ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




大賀荘。江東区東陽1-38。1996(平成8)年1月7日

大門通りの東陽一丁目交差点を東に入って、裏通りとの交差点角にあった洲崎パラダイスのカフェー建築。「大賀楼」または「タイガー楼」という店だった建物で、2か所に残る「大賀」の文字は「たいが」と読むらしい。洲崎(すさき)の赤線街(洲崎パラダイス)では大手だったというから写真左の日本家屋も大賀に含まれるのだろう。『東京紅団>洲崎遊廓跡を歩く』の「昔の写真」を見ると、その写真とあまり変わらない外観だ。赤線廃止後は大きな改装をしないでアパートして使われてきたのだろう。『東京紅団』には昭和29年の洲崎パラダイスの規模を「カフェー220軒、従業婦800人」としている。昔の写真はその頃のものだろうか。
1993(平成7)年の地図では「大賀荘/㈲光運輸」。現在は3軒の建売住宅と思われる家に建て替わっている。



明治企業深川倉庫。東陽1-38。1996(平成8)年1月7日

写真右の日本家屋が大賀だった建物。白い壁の建物には「明治企業㈱深川倉庫」の看板がかかっている。3階部分は増築だろう。『東京紅団>洲崎遊廓跡を歩く』の「昔の写真」にわずかに写っている建物と思われる。その写真では「明治○○」と読める看板も写っている。カフェーだった建物としていいのではないかと思う。
現在は「ミオカステーロ東陽町」(2004年5月築、8階建て28戸)というマンションに建て替わった。写真左の早川荘は今も残っている。

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