ライトノベルベスト はるか・15
あっけなく、のぞみはホームを離れていった。
見えなくなるまで見送って、ため息一つ。
父と、父の新しい奥さんを見送って、はるかの『親の離婚から……』は幕が下りてしまった。
この四カ月、無意識に大人ぶって、親の離婚から目を背け、割り切ったように、ZOOMERに乗ることと、演劇部にのめり込むことで逃げてきた。それに気づき、家族の復活を果たそうともがいて傷ついて……その間に大人たちは、新しい道を歩み出していた。
父も母も、新しい父の奥さんも。
その、大人道の三叉路で、いつまでも立ち止まっていたのは自分一人だけなんだ。
寂しさと、安心と、寄る辺ない孤独がいっぺんにやってきた。
え!?
振り返ると、ケータイを構えたオネーサンが二人、スマホでわたしの写真を撮っている。
「ごめんなさい、あんまり可愛かったから……あ、ダメだったら消去するから!」
「あ、いえ……」
「よかったら、この写真送ろうか。ケータイ持ってるでしょ」
「はい、ありがとうございます」
送ってもらった写真は、とてもよく撮れていた。
一枚は、ちょっと寂しげに、のぞみを見送る全身像。
もう一枚は、振り向いた刹那。ポニーテールがなびいて、群青のシュシュがいいワンポイントになって、少し驚いたようなバストアップ。
「このままJRのコマーシャルに使えるわよ」
と、オネーサン。聞くと写真学校の学生さんだった。
いつもだったら、すぐに「消して!」と拒絶した。でも、寂しさと、安心と、寄る辺ない孤独にやられて鈍くなってたのか、オネーサンたちの目がまっすぐだったからか、受け入れてしまった。
オネーサンたちと別れてしばらく写真を見つめて……ひらめいた!
――これだ、『おわかれだけど、さよならじゃない』
わたしは、ベンチに腰を下ろし、写真を見ながら、そのときの物理的記憶を部活ノートにメモった。
この写真が、後に大きな波紋を呼ぶとは想像もしなかった。
文化祭がやってきた。
うかつにも気がついたのは、一週間前。
わたしが、お父さんを新大阪に見送りに行ったその日。
演劇部は、それくらい『すみれの花さくころ』に集中していたってことなんだけど、うかつは、うかつだった。
逆に言えば、真田山は、それほど行事に関心がない。
一部のクラブやサークルを除いて、みんなの関心は、三年生を中心にまず進路。就職や、推薦入試がこの時期に集中する。そしてバイトのことであったり、趣味や検定とか、要するに自分のことにしかいかない。
しかし、迫ってきたものは仕方ない。
クラスの取り組みも、そのころにやっと動きだした。
でも「演劇部だから」を免罪符にして、クラスの取り組みからは抜け出せた。
一応、クラブに集中はできる。
そして、これはいいニュースなんだけど、三年生の人たち、みんな揃って進路が決まったこと。
タロくん先輩は念願かなって(なんせ幼稚園のころからの夢)大手私鉄に。
タマちゃん先輩は、保育系のT短大。
山中先輩はO音大に。
当然ここにいたるまでには、稽古日程の調整が大変だったけど(わたしもお父さんの看護で二日ほど抜けた)タロくん先輩が、臨時ダイヤを組むように、その都度改訂してくれて、稽古場のモチベーションは下がることが無かった。
しかし、先生の間で一悶着あった。
乙女先生は、リハを兼ねて『すみれ』を演ろうという。
大橋先生は、文化祭で、本格的な芝居をやっても観てくれる者などいなく。雑然とした空気の中で演っても勘が狂うだけだし、演劇部はカタイと思われるだけと反対。
「文化祭というのんは文字通り『祭り』やねんさかい、短時間でエンタティメントなものを演ろ」
と、アドバイスってか、決めちゃった。
わたしは、どっちかっていうと乙女先生に賛成だった。部活って神聖でグレードの高いものだと思っていたから。
出し物は、基礎練でやったことを組み直して、ショートコント。そしてAKB48の物まね。
こんなもの一日でマスター……できなかった。
コントは、間の取り方や、デフォルメの仕方。意外に難しい。
物まねの方は、大橋先生が知り合いのプロダクションからコスを借りてきたんで、その点では盛り上がった。ただ、タロくん先輩のは補正が必要だったけど。
振り付けはすぐにマスターできた。しかし先生のダメは厳しかった。
「もっとハジケなあかん、笑顔が作りもんや、いまだに歯痛堪えてるような顔になっとる」
パソコンを使って、本物と物まねを比較された。
一目瞭然。わたしたちのは、宴会芸の域にも達していなかった。
当日の開会式は体育館に生徒全員が集まって行われた。
校長先生の硬っくるしく長ったらしい訓話の後、実行委員でもあり、生徒会長でもある吉川先輩の、これも硬っくるしい挨拶……。
と思っていたら、短い挨拶の後、やにわに制服を脱ぎだした! 同時に割り幕が開くと、軽音の諸君がスタンバイしていて、五秒でライブになった!
ホリゾントを七色に染め、ピンスポが、先輩にシュート。
先輩のイデタチは、ブラウンのTシャツの上にラフな白のジャケット。袖を七部までまくり、手にはキラキラとアルトサックス。
軽音のイントロでリズムを作りながら、「カリフォルニア シャワー」
わたしでも知っている、ナベサダの名曲(って、慶沢園の後で覚えたんだけど)を奏でる。
みんな魅せられて、スタンディングオベーション!
でも、わたしには違和感があった。
――まるで自分のライブじゃない、軽音がかすんじゃってる。
会議室で、簡単なリハをやったあと、昼一番の出までヒマになった。
中庭で、三年生の模擬店で買ったタコ焼きをホロホロさせていると、由香と吉川先輩のカップルがやってきた。
「おう、はるか、なかなかタコ焼きの食い方もサマになってきたじゃんか」
「先輩こそ、サックスすごかったじゃないですか。まるで先輩のコンサートみたいでしたよ」
「そうやろ、こないだのコンサートよりずっとよかったもん!」
綿アメを口のはしっこにくっつけたまま、由香が賞賛した。もう皮肉も通じない。
「なにか、一言ありげだな」
さすがに先輩はひっかかったようだ。
「あれじゃ、まるで軽音が、バックバンドみたいじゃないですか」
「でも、あいつらも喜んでたし、こういうイベントは(つかみ)が大事」
「そうそう、大橋先生もそない言うてたやないの。はい先輩」
由香は綿アメの芯の割り箸二人分を捨てに行った。
「わたし、やっぱ、しっくりこない……」
「まあ、そういう論争になりそうな話はよそうよ」
「ですね」
「こないだの、新大阪の写真、なかなかよかったじゃん」
「え、なんで先輩が?」
「あたしが送ってん……あかんかった」
由香が、スキップしながらもどってきた。
「そんなことないけど、ちょっとびっくり」
由香にだけは、あの写真を送っていた。しかしまさか、人に、よりにもよって吉川先輩に送るとは思ってなかった。でもここで言い立ててもしかたがない。今日は文化祭だ。
「あれ、人に送ってもいいか?」
「それはカンベンしてください」
「悪い相手じゃないんだ。たった一人だけだし、その人は、ほかには絶対流用なんかしないから」
「でも、困ります」
「でも、もう送っちゃった」
「え……?」
「「アハハハ……」」
と、お気楽に笑うカップルでありました……。
『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第18章』より