時かける少女・35
『女子高生怪盗ミナコ』
鈍色の空から名残の雪が舞い落ちる……A刑務所の第二通用口がひっそりと開いた。
「ども、お世話になりましだ……」
「もう、二度と戻ってくるんでねぞ」
送る方も送られる方も訛りの抜けぬ短い言葉を交わし、肩の雪ひとひらが溶けるほどの間があって、出所専用の小さな鉄の扉が閉められた。
「クション……」
塀の内側でクセになった小さなクシャミ一つして、藤三は背中を丸くして一礼、その丸まった背中のまま刑務所の塀沿いをホタホタと歩いた。
しばらく行くと、チャンチャンコに毛糸の帽子を被った婆さんが待っていた。
「お務めご苦労様でやんした」
「加代、待ってくれだったな……」
「なあんも、こやっで、お迎えすっしが、おらでぎねぐで。堪忍しでけだんしょ」
「なあんも、こんたにしばれる朝によ、迎えにけだっただげでも、おら果報もんだでや……」
「しばれっで、おどっさ、車さ乗ってけんに」
婆さんは、刑務所から少し離れたところにポンコツの軽自動車を置いていた。
「しまねえ……」
「なあんも、なあんも……」
「藤じいちゃん、もういいよ」
婆さんが、若やいだ声で無人の後部座席に声を掛け、ハンドルを右に切り、林の中に入った。
後部座席に、もう一人の藤三がムックリ起きあがった。
「ケンさん、すまねえ、オラのために一年六月(ろくげつ)もよ、この通りだ」
「だめじゃないか、藤三さん。体に障るぜ」
「せめて、迎えぐれえしねど、オラ顔がねえ」
「いや、こちらも貴重なネタをいろいろ仕入れさせてもらいやした。どうぞ、お顔お上げくださいやし」
「爺ちゃん、美代子ちゃんだよ」
藤三の孫娘の美代子がホンダN360Zで迎えに来た。ドアを開けると美代子は白い息を吐きながら、ボロの軽に駆け寄ってきた。
「あ……どっちが、うちのお爺ちゃんだべ?」
「あ、すまねえ。オレが謙三って弟分。後ろが本物」
そう言って謙三は、変装をとった。藤三より幾分若く、かなり元気なジジイが現れた。
「ほんとにお世話になってまって、ありがとうございました」
「さあ、藤三さん。これで義理は済んだ。家にけえって、養生しておくんない。その顔色じゃ、まだ現役復帰ってわけにはいかねえんでしょ」
「病院のベッドには、弟が代わりに寝てるから、早く戻ってやらないと」
「じゃ、謙の字、また、いっしょに仕事ができるの、楽しみにしてっがらな!」
「じゃ、お婆ちゃんも、あんがとさんでした」
「なんも、なんも、藤三さん、お大事にね」
祖父と孫娘は、何度も頭を下げながら、自分たちの車に向かった。車の中でも、幾度も頭を下げ、やっとホンダN360Zは、県道の彼方に消えていった。
「さ、行こうか、あたしたちも」
婆さんの変装を取ったミナコは、あっと言う間に若い姿に戻り、髪をヒッツメにするとアクセルを踏んだ。
「まだまだだなあ、ミナコは……」
「どうしてさ、美代子ちゃんだって、完ぺきに騙せたよ」
「歩く姿が、もう一つだ」
「どこがよ、ちゃんと腰も落としてたし、歩幅だって七十歳の平均守って、歩いてたんだよ。少しは孫娘の進歩認めてもいいんじゃないの!?」
「足跡に力が残ってる。年寄りはもっとフワって歩くもんだ。あれじゃ、桜田門の伝兵衛あたりにゃ見破られっちまう。まだまだ未熟だな」
「はいはい、努力して、半年もしたら、その桜田門の伝兵衛さんの警察手帳かましてみせますよ!」
「おっと、年寄り載っけてんだから、もっと安全運転してくれよ」
「へいへい、未熟なもんで……あれ、買い言葉なし?」
「いや、藤三兄いのこと思っちまってよ」
「また、コンビくむんでしょ?」
「……あの体じゃ、無理だろうなあ……一年六月身代わりやったが、これでよかったのかなあ……」
「ケ、爺ちゃんらしくもない。見込み違い?」
「バカ言え。藤三兄いにゃ、盗みのイロハから習ったんだ。たとえ本業にもどれなくたって、身代わりにお務めするのが、弟分の義理ってもんだ」
「そのわりにゃ、よく塀乗り越えてたみたいだけど。こないだ、アメリカ大使館に入ったの爺ちゃんでしょ?」
「さあな。仕事の中身は孫にも言えねえよ」
「この稼業は厳しいからねえ」
ミナコは急ブレーキをかけた。
「おい、なんだよ?」
「あたし、これでも女子高生なの。ここから電車に乗るから、爺ちゃん、あとは自分で運転してね」
ミナコは、マジックのように制服に着替えた。
「ミナコ、胸大きくなったな」
「え、見えた!?」
「雷門の謙三、舐めちゃいけねえ。で、ここから駅までの的は」
「内緒。じゃ、行ってきま~す♪」
ミナコは、ルンルンで駅に向かう高校生の群れの中に溶け込んでいった。
「ハハ、的は、あのニイチャンか……」
徐行で進んだ謙三は、軽くクラクションを鳴らした。みんなが振り返った瞬間、藤三はミナコと並んで歩いている男子高校生の顔をチラと見て、眼鏡形のカメラでバッチリ写真を撮った……。
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