千早 零式勧請戦闘姫 2040 

26『ひとつ巴の姫鏡』
千早の部屋は倍の広さになった。
姉の挿が嫁いだので、その襖で隔てられていた八畳間が丸々千早の部屋になったのだ。
「なんか偉くなったみたいだな(^_^;)」
挿はもともと道具を多く持たなかったが、嫁ぐにあたって整理もしていたので、部屋に残っているものは机と本棚ぐらいのものでガランとしている。
「うん、友だちとか呼んだら、お泊り会ができるなあ……おお、こっちから見たら、あたしの部屋が上段の間っぽい。なんだかお姫さまだなあ」
『これ、ジイ。姫はこれより学校に参るゆえ、供の貞治を呼べ』
『ハハ、貞治ならば、これに控えておりまする』
『おお、そこに居ったっか。愛い奴じゃ。オホホ、八畳間は広いゆえ目に入らなかったぞよ』
『姫さまにおかれまして……は……今朝もご機嫌麗し……』
『話が遠いのぉ、近こう寄れ……もっと近こうじゃ……』
『ハハ』
「なんてね! と、いうぐらいに広いよなあ(^▽^) あれ?」
浮かれてクルリと回ったところで小机の上に姫鏡が残されているのに気が付いた。
「おやおや、おねえちゃん、こんなの持ってたんだ……」
姫鏡は伏せられていたが、朱の漆地に金泥でCの字が描かれている。
「え、C……?」
神社には似つかわしくないアルファベットに惹かれて手に取る千早。
『Cではないぞよ』
「わ!?」
ビックリして手を離してしまう千早だが、手鏡は、手放したままの状態で宙に浮き、ゆっくりと姿勢を正した。
『Cではなくて、一つ巴であるのじゃぞ』
「あ、ああ……」
巴、あるいは巴紋は二つ巴や三つ巴が一般的で、多くの神社で神紋になっている。数は少ないが一つだけの巴紋があることを千早は思い出した。
「え、あなたも神さま?」
『そうじゃ、挿に憑いておったのだがな、いっこうに使わずじまいで嫁いでしまいおった。じゃによって、これからはそなたに憑いてやるから大事にいたせ』
「え、あ、はあ……」
『なんじゃ、不服か?』
「あ、いえいえ、そんなことは(^_^;)」
先月からこっち、様々な神さまや妖が現われては事件が起こるので、少し身を引いてしまう千早であった。
『わしは、千早にとって大事大切を映す鏡である。ゆめゆめ疎かにするではないぞよ』
「は、はひ」
『そんなに緊張することは無い。まずは、これを見よ……』
「……あ、これは」
鏡に映ったのは、先週、バブルの森で黒ウサギたちと戦った時の様子である。小さな鏡なのだが、カメラワークが良くてアクションRPGのプロモを見るように劇的で面白い。
「あ、わ! おお! すごい! カッコいい!」
戦闘シーンはたちまちのうちに終わって、辺境伯の武内館長と喋っている場面に切り替わった。
『その方、妾の姿が見えておるのか?』
『いや、その……』
『いまの黒ウサギ……フフ、その方はゴリウサギと名付けたか』
『その、これはつまり……』
『よい、その方も、この事態を憂いてのことであろう。辺境伯の二つ名も床しいぞ。いずれまた会うこともあるかもしれぬが、構えて他言は無用である。よいな』
『は、はい』
『では、さらばじゃ』
「ああ……なんか偉そうにしてる……」
神を勧請し憑依した時、千早の意識はほとんど眠っているので、こんなに横柄な口をきいていることに少しショックな千早である。
『神は尊く偉いものであるから仕方のないことじゃ、まあ、これからの神々との付き合い方次第。今は気に留めておく程度でよい』
「……そうなの?」
『うむ』
「じゃあ、あなたのことは、巴さんと呼ぶね」
『トモエさんじゃと!?』
「ああ、だってヒトツドモエノカミってのは長いでしょ」
『ウ……まあ、よいわ』
コトリ
巴さんは静かに小机に着地すると姫鏡に戻って静もった。
☆・主な登場人物
- 八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
- 八乙女挿(かざし) 千早の姉
- 八乙女介麻呂 千早の祖父
- 神産巣日神 カミムスビノカミ
- 天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
- 来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
- 天野明里 日本で最年少の九尾市市長
- 天野太郎 明里の兄
- 田中 農協の営業マン
- 先生たち 宮本(図書館司書)
- 千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
- 神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
- 妖たち 道三(金波)
- 敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)