宇宙戦艦三笠
テキサスの修理は大変、いや不可能だった。
なんせ艦体の1/4を失っている。修理というレベルではなくて、艦尾を新造して接合するという大工事になる。とても備蓄の修理用資材では足りない。
それに、一口で艦尾を新造すると言っても簡単なことじゃない。
戦前、扶桑級戦艦の速度を上げようとして艦尾を七メートル延長する工事をやった。改装後に公試をやると、速力は上がったものの急制動を掛けると、左に旋回して、停止した時には180度艦体が回ってしまうという事態になって、修正に苦労するということがあった……って、なんで、こんなマニアックな知識が頭にあるんだ? やっぱ、ミカさんにインストールされたんだろうな。ま、いいけどな。
困うじ果てていると、ヘラクレアという未確認の小惑星から連絡があった。
―― よかったら、うちで直せよ ――という内容だった。
ズゥイーーーン
警戒してアナライズしようとしたら、なんとヘラクレア自身がワープして三笠の前に現れた。
ガチャガチャ キュイン トントン コンコン ガガガ グガガガ パチパチ
長径30キロ短径10キロほど、様々な宇宙船のパーツがめり込むように一体化した変な星だ。なにか工事か建造しているような音をまき散らし、あちこちで溶接やリベット打ちの火花が散って、絶えず星のどこかが姿を変えている。
「やあ、ようこそ。わたしが星のオーナーのヘラクレアだ。趣味が高じて気に入った宇宙船のスクラップの引取りやら、修理をやっとる。ああ、みなまで言わんでもいいよ。目的地はピレウスだろ。あれは宇宙でも数少ない希望の星だからね。ここにあるスクラップのほとんども、ピレウスを目指して目的を果たせなかった船たちだ。中にはグリンヘルドやシュトルハーヘンの船もある」
「おじさん、どっちの味方なの!?」
アメリカ人らしく白黒を付けたそうに、ジェーンが指を立てる。
俺たちは、ただ、星のグロテスクさに圧倒され、みかさん一人ニコニコしている。
「自分の星を守ろうとするやつの味方……と言えば聞こえはいいが、その気持ちや修理できた時の喜びを糧にして宇宙を漂っている、ケッタイな惑星さ」
「あの、惑星とおっしゃる割には、恒星はないんですね?」
天音が、素朴な質問をした。
「君らが思うような恒星は無い。だが、ちゃんと恒星の周りを不規則だが周回している。みかさんは分かるようだね?」
「フフ、なんとなくですけど」
「それは全て知っているのと同じことだね」
「なんのことだか、分かんねえよ!」
トシが子供のようなことを言うが、樟葉も天音も、船霊であるジェーンも聞きたそうな顔をしている。
「ここに、点があるとしよう。仮に座標はX=1 Y=1 Z=1としよう……」
ヘラクレアのオッサンが耳に挟んだ鉛筆で、虚空をさすと、座標軸とともに、座標が示す点が現れた。
「これが、なにを……」
「この光る点は暗示にすぎない。そうだろ……点というのは面積も体積も無いものだ。目に見えるわけがない。君らは、この暗示を通して、頭の中で点の存在位置を想像しているのに過ぎない。だろう……世の中には、概念でしか分からないものがある。それが答えだ……ひどくやられたねぇテキサスは」
「直る、おじいちゃん?」
ジェーンが、心配げに答えた。
「直すのは、この三笠の乗組員たちだ。材料は山ほどある。好きなものを使えばいいさ」
「遠慮なく」
「うん……トシと天音くんは、自分のことを分かっているようだが、修一と樟葉は半分も分かっていないようだなあ」
俺も天音も驚いた。
こないだ、みんなで自分のことを思い出したとき、二人は肝心なことを思い出していないような気がしていたからだ。
「ヒントだけ見せてあげよう」
ヘラクレアのオッサンが、鉛筆を一振りすると、0・5秒ほど激しく爆発する振動と閃光が見えた。ハッと閃くものがあったが、それは小さな夢の断片のように、直ぐに意識の底に沈んでしまった。
気づくとすぐ近くを、定遠と遼寧が先を越して行ってしまった……。
☆ 主な登場人物
修一 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉 横須賀国際高校二年 航海長
天音 横須賀国際高校二年 砲術長
トシ 横須賀国際高校一年 機関長
ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
テキサスジェーン 戦艦テキサスの船霊