詩織は不思議だった。
夜寝ているときや、お風呂に入っているとき、無意識に幸子に擬態している。でも、まだ擬態をうまくコントロールできていない。ただ人が居るところでは擬態はしない。無意識に敵のベラスコに発見されるのを警戒しているんだろうと思う。
不思議は擬態のことではない。どうやら自分には特殊な能力と役割があるようで、その能力はM機関の目的のために使わなければならないこと。
それは理解できた。
不思議なのは、幸子には、この一年より以前の記憶がないことである。擬態すると幸子の記憶も思い出す……というよりはインストールという言葉の方がしっくりくる。
幸子は、一年前新宿の西口で倒れているところを発見された。すぐに救急車で病院に運ばれたが、病院で気づいた時には記憶が無かった。
言葉遣いから東京の人間であろうと思われた。幸子は「朝日新聞」を「あさししんぶん」と発音する。またら抜き言葉を使わないことなどから、しつけのしっかりした家庭で育ったように感じられた。
しかし、そういう女の子の捜索願は出ていなかった。また、身に着けていた物や、持ち物からも身元や出身を特定されるものは何もなかった。
で、三か月後、身元不明のまま児童施設に引き取られ、推定される年齢から都立高校に編入された。成績は抜群で、その秋の期末試験では主席になった。友達は少なかった。そつなく付き合ってはいたが、同学年の者とは話も趣味も合わなかった。
幸子の古風と言ってもいい立ち居振る舞いや、学習意欲、意欲に伴った成績は教師たちからは好感が持たれた。
「鈴木先生にだけは、お別れ言っておかなきゃ」
幸子に擬態した時に、詩織は、そう思った。しかし幸子に擬態していては、直ぐにベラスコに発見されてしまう。
で、詩織は、もう一人擬態できるように努力した。
「なに、はっちゃけてんのす?」
ヘッドホンで、AKBの曲を聴いているといつのまにか、ノリノリになってしまって、ピロティーにいる他の学生もクスクス笑っている。
「あ、お勉強、お勉強。ちょっと来て、ドロシー」
「なにしたんだす?」
おかしがるドロシーを、空いているゼミ教室の一つに連れ込んだ。
「好きなアイドルとかに絞ったら、擬態のレパートリーも増えるんじゃないかと思って」
そう言うと、詩織はヘッドホンの片方をドロシーに渡して、AKBのヒット曲をかけた。
「あ、フォーチュンクッキーだ!」
二人でノッテいるうちに、詩織は渡辺麻友に、ドロシーは高橋みなみに擬態してしまった!
「いけてるよ、これ。さっそくだけど付き合って」
マユユの姿かたちで、タカミナそっくりのドロシーに頼んだ。
二人は、野球帽を目深に被って、幸子が通っていた高校を目指した。しかし、最寄りの秋葉原に来たのがまずかった。
くだんのフォーチュンクッキーが大音量で流れていた。
二人は知らぬ間にリズムにノッテ歌って踊ってしまった。アキバでAKBの看板が踊っていれば集まるなと言う方が無理である。あっという間に若者たちが集まって集団路上パフォーマンスになってしまった。
夜寝ているときや、お風呂に入っているとき、無意識に幸子に擬態している。でも、まだ擬態をうまくコントロールできていない。ただ人が居るところでは擬態はしない。無意識に敵のベラスコに発見されるのを警戒しているんだろうと思う。
不思議は擬態のことではない。どうやら自分には特殊な能力と役割があるようで、その能力はM機関の目的のために使わなければならないこと。
それは理解できた。
不思議なのは、幸子には、この一年より以前の記憶がないことである。擬態すると幸子の記憶も思い出す……というよりはインストールという言葉の方がしっくりくる。
幸子は、一年前新宿の西口で倒れているところを発見された。すぐに救急車で病院に運ばれたが、病院で気づいた時には記憶が無かった。
言葉遣いから東京の人間であろうと思われた。幸子は「朝日新聞」を「あさししんぶん」と発音する。またら抜き言葉を使わないことなどから、しつけのしっかりした家庭で育ったように感じられた。
しかし、そういう女の子の捜索願は出ていなかった。また、身に着けていた物や、持ち物からも身元や出身を特定されるものは何もなかった。
で、三か月後、身元不明のまま児童施設に引き取られ、推定される年齢から都立高校に編入された。成績は抜群で、その秋の期末試験では主席になった。友達は少なかった。そつなく付き合ってはいたが、同学年の者とは話も趣味も合わなかった。
幸子の古風と言ってもいい立ち居振る舞いや、学習意欲、意欲に伴った成績は教師たちからは好感が持たれた。
「鈴木先生にだけは、お別れ言っておかなきゃ」
幸子に擬態した時に、詩織は、そう思った。しかし幸子に擬態していては、直ぐにベラスコに発見されてしまう。
で、詩織は、もう一人擬態できるように努力した。
「なに、はっちゃけてんのす?」
ヘッドホンで、AKBの曲を聴いているといつのまにか、ノリノリになってしまって、ピロティーにいる他の学生もクスクス笑っている。
「あ、お勉強、お勉強。ちょっと来て、ドロシー」
「なにしたんだす?」
おかしがるドロシーを、空いているゼミ教室の一つに連れ込んだ。
「好きなアイドルとかに絞ったら、擬態のレパートリーも増えるんじゃないかと思って」
そう言うと、詩織はヘッドホンの片方をドロシーに渡して、AKBのヒット曲をかけた。
「あ、フォーチュンクッキーだ!」
二人でノッテいるうちに、詩織は渡辺麻友に、ドロシーは高橋みなみに擬態してしまった!
「いけてるよ、これ。さっそくだけど付き合って」
マユユの姿かたちで、タカミナそっくりのドロシーに頼んだ。
二人は、野球帽を目深に被って、幸子が通っていた高校を目指した。しかし、最寄りの秋葉原に来たのがまずかった。
くだんのフォーチュンクッキーが大音量で流れていた。
二人は知らぬ間にリズムにノッテ歌って踊ってしまった。アキバでAKBの看板が踊っていれば集まるなと言う方が無理である。あっという間に若者たちが集まって集団路上パフォーマンスになってしまった。