オフステージ(こちら空堀高校演劇部)151
そう言うと蜂須賀小七くんは、通学カバンを持ったわたしを先導した。
校門を出て、普通なら地下鉄の駅を目指して商店街を東に向かう。
商店街は東に向かって上り坂になってるんだけども、下校の開放感があるので、僅かだけども楽園に向かっているような趣があるのよ。アーケードの向こうには、上り坂だから青空が広がっていたりするしね。その青空に、ポッカリ雲なんかが浮いていると、まさに『坂の上の雲』って感じで、人生を前向きに考えようというような雰囲気になる。
登校するときは、逆に下り道になっている商店街に突っ込む。下りになってるから微妙に勢いが付く。下り坂だから勢いがついて、平地になっているよりも数十秒速くなる。人によっては一分くらい早く学校に着く。このことが空堀高校の生徒の心を明るくしている。
なんだか屁理屈めいているけど、去年転勤した生活指導の先生が言っていたことで、いつもは忘れている。
それを思い出したのは、小七くんが、商店街を西に下り始めたから。
西に下るのは初めて。
少しだけれど、気が進まない。なんで? 自問したら、いま言った生指の先生の言葉を思い出した。
「ここだよ」
小七くんが指差したのは、平成どころか昭和の、それも、わたしの母国であるアメリカとの戦争も始まっていないころの昭和かという佇まいの駄菓子屋さん。
「おばちゃん、奥借りるね」
「いやあ、若ぼん、お久しぶり」
おばちゃんは、そう言うと、百均で売っていそうなミニチュアのレジカゴを渡してくれる。
「あ、えと」
「おもてなしはしてくれないから、セルフサービス。好きな駄菓子を入れて持っていくんだ」
「え、いいの?」
「若ぼんの言わはる通り、遠慮のう……言うても、そないは入らへんけど(^▽^)」
「はい、じゃあ」
小七くんの真似をして、三つほど入れる。
ノレンカーテンを潜って奥に進むと、小さくてかわいい庭を横目に見るところで靴を脱ぐ。廊下を進んだところの六畳ほどの和室に入る。和室の向こうにも小さな庭があって、空堀商店街とは思えないくらいの静寂な空間になっている。
僕の家は蜂須賀っていうんだけど、聞いたことある?
お茶を淹れながら小七くんが問いかけてくる。
シカゴに居たころから井上のおばあちゃんの話を聞いたり、本を借りたりして並みの高校生よりは知識がある。ちょこっとだけだけどね。ヨシカワエイジとかヤマオカソウハチとかシバリョウタロウとかね。
「えと、戦国時代の大名だよね、ヤハギブリッジで少年のころの豊臣秀吉と出会って、出世していくんだよね」
「正解。さすがはミリー、よく知ってるね」
「え、あ、うん……」
正解と言いながら、小七くんの顔は冴えない。
二つの湯飲みに交互に急須のお茶を淹れ、最後の一滴を絞るように急須を上下させ、お茶のお点前のように湯呑を差し出してから、小七くんは後を続けた。
☆ 主な登場人物
- 小山内 啓介 二年生 演劇部部長
- 沢村 千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
- ミリー・オーウェン 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
- 松井 須磨 三年生(ただし、六回目の)
- 瀬戸内 美晴 二年生 生徒会副会長
- 姫田 姫乃 姫ちゃん先生 啓介とミリーの担任
- 朝倉 佐和 演劇部顧問 空堀の卒業生で須磨と同級だった新任先生
☆ このセクションの人物
- 杉本先生
- Sさん
- 蜂須賀小鈴
- 蜂須賀小七