大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

紛らいもののセラ・7『木本春美』

2022-01-03 05:49:17 | カントリーロード

らいもののセラ

7『木本春美』   



 手が込んでいた割には、あっさり引き下がった。

 セラはバス事故で唯一の生存者。そして、そこらへんのモデルやタレント並にイケている。

 そのことがニュースで流れたりして「かわいすぎる生存者」とか「神が選んだ奇跡の生存者」などと、他の遺族が見ても心無いキャプションがついてマスコミにとりあげられる。

 セラは、事故までは無口でハーフということ以外では目立たない女子高生だった。人前で喋ることも苦手、特別に成績がいいわけでも、流行りの軽音楽などにも関心がなく、二年生の今まで帰宅部だった。

 それが事故の後の鮮やかな記者会見で注目され、マスコミが単なる取材ということではなくセラにアプローチしてくるようになった。

 その様子を報道で見ていた芸能界の大御所猫柳徹子は自分の番組に呼ぶことで「マスコミの誘いに乗らないようにね」と収録後注意してくれた。

 もとよりセラには、そんな気持ちは無い。39人の犠牲者の上に乗っかって芸能界に入ろうなどという心無いことはできない。

 しかし、猫柳徹子が注意したことは予想を超えていた。

 学校の行き返り、ちょっと買い物に出かけた時など、あきらかに業界の人間と思われる人が近づいてくる。

「そんな気はありません」「他の遺族の方々に失礼です」と、そのたびにキッパリと対応してきた。

 たいがいのスカウトは、自分や自分の事務所が反社会的なことをしていると思われたくないので、それ以上付きまとうことはなかった。

 しかし、三社ほどしつこい事務所があった。

「必ずしも、ご遺族や亡くなった方に失礼にはならないんじゃないかな。記者会見でのセラさんの態度は立派で、ご遺族の方々も感動されていた。これ見て」

 そのスカウトはタブレットを出して、遺族の何人かが「わたしたちも応援しています」と言っている画像まで見せた。
 人は、状況や誘導で、思ってもいないことを口にすることぐらいはセラにも分かっている。要は、そういう画像はヤラセだと取り合わなかった。

 が、木本という女性スカウトは違っていた。

 自然なかたちでセラにアプローチするために、父の造船所からの帰りに、意図的に車を側溝に脱輪させ、人の良い兄に手伝わせるという手の込んだ仕掛けでアプローチしてきた。

 そして、その場は「あ、あのセラさんでしょ!?」だけで引き上げていった。

 あくる日学校の帰り道、駅前で高校生たちにインタビューをしている木本を見かけた。

「いやあ、セラさん、奇遇! アイドルについての意識調査を、この沿線でやってるの。また会えるといいわね」

 木本は、そう言っただけで、セラからは関心を失って、下校中の高校生などにインタビューを続けた。

「考えすぎなのかな……」

 動画サイトの木本の取材ぶりや、木本のPプロ事務所のブログを見ても、きちんと意識調査の結果が特集として並んでいた。とてもセラに接近するためのヤラセには見えなかった。

 インタビューは、数百人にのぼり、その全てを木本自身がやっている。

 そして、木本がふる形ではなく、セラにデビューしてほしいという答えが数件、それが日を追うにしたがって、数が増えていく。

「Pプロの意識調査は本気みたいだな。他の芸能記者も取り上げてたし、うちの社会調査法の先生も講義でPプロの調査は質・量的にも本気だって言ってる、ほら、万引きしてSNSに投稿していたやつとか、犬猫の殺処分とかへの調査とか、よくやってる……」

 兄の竜一までが好意的になってきた。

 そんな金曜日の放課後、駅前の大型書店に数少ない友人の三宮月子と立ち寄った。

 目的の雑誌を買って、店内を少しぶらりとして、店の外に出ると、木本が駅前にいた。

「あ、セラちゃん。お久しぶり。うちの『まち聞き』も軌道にのってね、いま一段落したとこなの。よかったらお茶しない。お友だちもごいっしょに」

 それで、ちょびっとセレブな紅茶専門店に付き合った。セラたち地元の高校生も知ってはいたが、一杯1000円もする紅茶を飲みにくる仲間はいなかった。

 話題は意外にも、連れの月子のことに集中した。

「そう、元皇族の家系なのね……」

「もう75年も前の話だし、お婆ちゃんの代からは女系になったから、もう織田信成さんと信長ほどぐらいに薄い関係です」

「でも、皇族復帰の話が出たころは大変だったでしょ」

「はい、一時は本気で心配しました。皇族の素養も知識もなにもありませんから」

「でしょうね。でも、あれで国民が皇室のことに関心をもったことは良かったと思うわ」

 セラは、ほとんど聞き役だった。

「よかったら、このアプリあげようか。業界の人にしかまわってないもんだけど、ニュースのネタが、みんなより少し早く読めるわ。うちの業界って誤解されやすいけど、意外とノーマル。うちの社内のレベル3までの情報もわかるわ」

「レベル3て?」

「ああ、身内のお話し。雑誌やネットに出る前のよもやま話が出てくる。むろん外に出ちゃだめなものは抜いてるけどね。アプリそのものも三か月で更新だから、ああ、お試しみたいなもの」

 スマホを出すと、あっという間にアプリが転送されてきた。

「へえ、例の万引き動画の少年のこと話題になってるんですね」
「もう捕まるの時間の問題だし、今から取材の準備」
「すごいんだ!」

「ハハハ、ハゲタカだから、あたしたち」

 木本春美は男のように笑った。これが木本春美との本格的な関わりの第一歩になった……。


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