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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・147『荒川土手道の幻想・2』

2020-04-24 14:14:23 | 小説

魔法少女マヂカ・147

『荒川土手道の幻想・2』語り手:友里   

 

 

 瞬きした瞬間、ゼロ戦の操縦席に収まってしまった。

 

 自然に左手が動いてスロットルを引く、エンジンの回転数が上がって、ゼロ戦は荒川の土手道を滑走したかと思うと、あっという間に空に舞い上がった。

 え? ええ!?

『頭を空っぽにしろ!』

「え、マヂカ?」

『右を見ろ』

「右?」

 右を向くと、もう一機のゼロ戦が高度を上げてきて横に並んだ。操縦席に収まっているのはマヂカだ。

「もう一機あったの!?」

『魔法で出した。ここは敵も味方も魔力が上がるみたいだ。頭を空っぽにして、敵機を墜とすことだけをイメージしろ。そうすれば機体は自由に操れる』

「機銃とか撃つのは?」

『イメージしろ!』

 それだけ言うと、マヂカのゼロ戦は高度を上げて三時の方向に飛んでいく。わたしは反射的にフットバーを踏み込んで操縦桿をいっぱいに引いた。

 グィーーーーーーン!

 ゼロ戦はみるみる上昇していき、上空に迫るゴマ粒は金属バットに翼を付けたような姿に……ひょっとして、B29?

 むき出しのジュラルミンの機体がキラリと光る。

 きれいだ……。

 ドドドドドドド!

「やばい!」

 見とれていると、眼前に迫った三機のB29のあちこちからアイスキャンディーがほとばしってきた。

『ユリ!』

「分かってる!」

 フットバーを蹴ってロールしながらアイスキャンディーの束を避け、二番目に近いB29の鼻先に20ミリ機銃をぶち込む!

 なんで二番目かと言うと、一番近いB29を狙っても射撃の時間は二秒もなく、撃墜には至らないと判断したからだ。

 狙った二番目はジュラルミンの破片をキラキラまき散らしながら高度を下げていき、視界から姿を消したかと思うと、下後方からドーンと鈍い音をさせた。

『ひき続き下方の敵機を食え!』

「了解!」

 敵編隊の上空に突き抜けたところで捻りこみをかけ、八十度の降下角で突っ込んでいく。この降下角ならば、敵機の機銃はこちらを狙えない。しかし、機速は350ノットを超え華奢な機体は十秒も耐えられない。

 ミシ ミシ

 機体が音をたて、翼面のジュラルミンに皴が寄り始める。

 ドドドドドドドドドド! ドドドドドドドドドド!

 二十発余りの二十ミリと八十発ほどの七・七ミリを左翼の付け根あたりにぶちまける。照準器のレチクルが敵機の翼で一杯になった瞬間、操縦桿をいっぱいに引く!

 ガシ

 水平尾翼のあたりで嫌な音がする、敵機のプロペラに擦られた!

 ボグ

 敵機の翼が折れたか?

 やっと水平を取り戻して、見上げると、数百メートル上空で煙を吐いて墜ち始める敵機が見えた。

 ガクン ガクン

 機体が震えて、操縦が難しくなってきた。

『一度下りて、別の機体に乗り換えろ』

「わ、分かった」

 

 土手道は、いつのまにか滑走路になっていて、予備のゼロ戦が準備されている。

 

 そうやって、機体を乗り換えること三回。

 十機は墜としただろうか、マヂカは、その倍は墜としている。

 頑張らなきゃ……気は焦るんだけど、集中力がもたない。

 敵の編隊が、消えては現れるというバグのような状態になってきた。

『ここまでだ、これ以上やっては次元の断裂に呑み込まれてしまう』

 マヂカの無線で気が抜けた。

 すると、敵機は寄り集まった……かと思うと、赤白に塗り分けられた巨大なB29になって、ゆっくりと旋回しながら姿を消していく。

 合体しきれなかった敵機はプテラノドンに姿を変えたが、瞬くうちにマヂカが撃ち落としていった。

 

「あれは、いったい何だったの?」

「全部墜とせたら、東京大空襲を阻止できたかもしれんがな」

「東京大空襲?」

「昭和二十年三月十日に三百機のB29が来襲してきて、十万の東京市民が犠牲になった」

「……教科書に書いてあったような」

「いいさ、ろくに教えられてはいないんだからな」

「全部墜とせたら、本当に阻止できた?」

「フフ、そんな気がしただけだ」

 マヂカは、ずっと昔から魔法少女をやっている。ひょっとしたら、リアルに出撃していたのかもしれない。

 でも、聞いてもマヂカは答えないだろう。

 話題を変えた。

「合体したら、赤白のB29になったじゃない……」

「うん、あの姿は意味があると思う」

「でも、怖いよね」

「でも、後戻りはできない。もう、荒川を渡ってしまったからな」

「え、いつの間に!?」

「とりあえず、クロ巫女には伝えておくか」

 ひそかを取り出すと、クロ巫女に電話をするマヂカだった。

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・110「八重桜先生の深慮遠謀」

2020-04-24 06:56:03 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
110『八重桜先生の深慮遠謀』
         



 

 諦めもしないし期待もしない。

 事故で足が動かなくなってからの生活信条。


 諦めないから――車いすに乗れるところまでのリハビリ――と思ったから車いすをマスターするのは早かった。
 そうでなければ、あやうく小学校を七年通うところだった。

 学校に復帰してからは大人しくしている。

 障がい者ががんばると、周囲は過剰な期待をするようになる。
 24時間テレビとか観てたら思うでしょ、車いすで富士登山とか車いすマラソンとか、あれって感動ポルノだよ。
 そこまで行かなくても、足の不自由な自分がなにかやろうとしたら「がんばって!」とか「一人じゃないわよ!」とか「応援してる!」とか、善意に違いは無いんだけど、世間のお節介が始まる。
 文句なんか言ったらバチが当たるんだろうけど、本音はそっとしていてほしい。

 そういうことが煩わしいから、地元を離れて、お姉ちゃんが居るってだけの縁で大阪に来た。

 そしてバリアフリーモデル校の空堀高校に入った。

 モデル校なら、わたしくらいの障がい者は普通に居るだろうし、そうそう特別扱いはされないだろうと思ったから。

 でも、ちがうんだよね。

 モデル校にはモデル校の……よく言えば熱さ、わたし的に言えば「いい加減にして!」がある。
 お姉ちゃんが最新式のウェルキャブ(身障者用リフトなんかを完備した車)を買ったら先生たちの注目の的だし、なにかにつけて、あれこれ聞かれたり、してほしくもないカウンセリングとか人寄せパンダ的に部活に勧誘されたりとか。
 そういうの嫌だから、入学早々一学期一杯で辞めようと思った。
 辞めるためには、一通りやったけどダメだったという事実が欲しいので演劇部に入ったんだよ。

 演劇部って、看板だけで、実際には放課後の休憩室みたくなっていて、近々廃部間違いなし!

 それが、ちっとも廃部にならない。

 それどころか、この演劇部は間違っても演劇なんかしないだろうと思っていたら、そのまさかの演劇をやることになってしまった。
 世の中何が起こるか分からないという見本みたいに。

 文化祭で『夕鶴』を上演することになった。

 でも、府立高校の舞台って車いすの役者が動き回れるようには出来ていない。間口の割に奥行きが無いし、車いすで舞台に上がれるようにも出来ていない。最初の舞台稽古ではミッキーにお姫様ダッコしてもらって舞台に上がったけど、正直ミッキーの足元は危なっかしかった、緊張の本番にやったら、ちょっと怖いよ。だいいち、上がった舞台は狭くて動きづらいし。

「澤村さんも来て」

 いつものように部室で留守番を決め込もうと思っていたら、八重桜先生みずから呼びに来た。
「でも、わたしが行っても……」
「なに言ってんの、あんたもメンバーの一人でしょうが」
 先生は、どんどん車いすを押していく。あっという間に体育館。

 え、なにこれ……?

 演劇部の先輩たちも口を開きっぱなしにして驚いていた。
 
 なんと舞台が広くなって、舞台の脇には車いす用の特設リフトまで付いているではないか!

「A新聞に載った甲斐があってね、急きょリースしてもらったのよ。張りだし舞台とリフト。今日の昼過ぎにやっと間に合った!」

 あ、それでA新聞の取材とかがあったんだ……八重桜、いや、朝倉先生のしぶとさを思い知った。

「「「「「すごい!!」」」」」

 部員一同感動はしたんだけど、やっぱ、胃の底にズシーンとくる。

 文化祭の本番は明日です。
 

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《ただいま》第二回 休職教師・貴崎由香

2020-04-24 06:39:40 | ノベル2


第二回 休職教師・貴崎由香
        

※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)


 

 やつれてはいたけど、ちゃんとしていれば二十代でも通りそうだった。

 貴崎由香。県立S高校の国語の先生で、この五月から鬱病を発し半年の休職。で、この科教センターのカウンセリングにたどりついてきた。最初は三人いるカウンセラーの若い先生が引き受けたが、手に負えないので、中村先生のところにまわってきた。

 今日が、その第一回目だ。

 ラフ……と言うよりは、くたびれたジーンズにオリ-ブドラブのフリ-ス。ここに来るまで被っていたんだろう。フリースと同じ色のキャスケットを手に、少し大きめのトートバッグをぶら下げている。

「今日から相手させてもらう中村です。こちらは記録係の里中さん。まあ、よろしゅうにね」
「……はい」
「由香さんと呼んでも、よろしか?」
 由香さんは、静かに頷いた。
「そのバッグは大事なもんが入ってまんのんか?」
「え……」
 由香さんは、初めて自分が大事そうにバッグを抱えていることに気づいたようだった。
「持ってることも忘れてました……そうなんだ、あたしって、いつも……」
「それ持ってんねんね。中身言える?」
「え……ちょっと見てみます」

 由香さんは、バッグの中身を取りだして、テーブルの上に並べ始めた。

 何カ月も前の週刊誌、タブロイドの新聞、文芸書やラノベ、アニメなどの本たち。学校などの様々な書類やプリント、何かの領収書やレシート、化粧品のポーチ、小物入れの袋、ペンケース、そしてお財布。

 並んだものたちは、まるで歳月がたった遺失物のように生気がなかった。全体にヨレていたり、ちぎれかかっていたり、ホコリがついていたり。最後にペンケースが出てきたときは、バッグの底のホコリやゴミがいっしょに出てきた。

「こんなに入ってたんだ……」

 自分で驚いていた。でも、その驚きはプラスにはならなかった。彼女は大きくため息をついてうなだれてしまった。

「由香さん、あんた、なかなか、ええ趣味してるやないの」
「え、これがですか……?」
「うん。これは、まだ、あんたが元気やったころの足跡や。ペンケースも小物入れも明るうて陽気や。新聞も蛍光ペンで線ひいたある。これは授業のマクラに使うネタやろね……ほお「正論」読んでるんやね。先生にしては珍しい。おやおや、ひっくり返して分かったけど、バッグもノダメちゃんのピアノバッグ。ラノベは……大橋むつお。これうちも読んだわ『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』……せやせや、由香さんと同じ名前の先生出てくるんや」
「貴崎マリ……ですね。こういう挫折はアリだな……」
「貴崎由香の挫折は、あきまへんか?」
「あたし、挫折って言いました……?」
「うん、言うたよ」

 すると由香さんは、涙をポロポロ流しはじめた。珠生先生は、優しくそれを見守って、私はパソコンの文章を確認するフリをした。珠生先生みたいな優しいポーカーフェイスは苦手だ。

「ハハ、由香さん。あんた、高校生のとき面白い家出してるね」
 珠生先生は、由香さんの記録を見て、子どものイタズラを見つけたような温もりのある笑顔で言った。
「よかったら、この辺から話ししてくれへんやろか。サッチャン、お茶入れてくれる?」
 ほんとうは、このタイミングでお茶が出ていなければいけないことを、後で学んだ。

「あたし、修学旅行の朝に家出したんです……」

 私は、思わず由香さんの顔を見た。この人の本性には、元来日だまりのような明るさがあるんだと直感した……でも、それが良くなかった。私は、アシスタントの立場を超えて興味を持ってしまった。それが由香さんには眩しすぎた。

「……続きは。またこの次ぎに」

 そう言うと由香さんは、バッグの中身をしまって、ペコンとお辞儀して出て行ってしまった。

「すみません、私のせいですね……」
「こういうことは、三歩前進二歩後退や。ちょっとホコリを見せていっただけで成功。あ、テーブルの上のホコリ集めて残しといてな」
「はい」
「人間て、おもしろうて、かいらしいもんやで」

 珠生先生は、まだ熱いお茶を飲みながら、ポツンと言った。

 

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ここは世田谷豪徳寺・89『長徳寺の終戦・2』

2020-04-24 06:28:15 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・89(さくら編)
『長徳寺の終戦・2』   



 なるほど、後ろ姿はそっくりだ。

 初日、衣装を着けメイクが終わってカメラテストで前後左右から撮られ、モニターで確認していると、ディレクターが呟いた。自分でも、そう思った。横顔のロングも違和感がない。豪徳寺で三越紀香さんに会ったときは、似てるのは背の高さぐらいかと思ったけど、四か所ほど、同じ姿勢、動きでやってみると、我ながら似ている。

「さくら君、事前にかなり読み込んでくれたね」

 ディレクターは褒めてくれたけど、あたしは、一回しか読んでいない。期末テストの勉強だってあるし、戦時中の設定なので、分からない言葉が二三ページに一つは出てくる。
 たとえば訓導という役職の先生。生活指導みたいなもんかと思ったが、どうやら、それより強い力を持っているようだ。お寺に疎開してくる学童の世話を懸命にやっている先生で、人柄は良さそうだった。で、その人柄に対しての演技でぶつかってみようと思った。
 配属将校。これも分からない。
 学校に、軍人。それも将校がいるのは、まるで惣一兄ちゃんがうちの学校にいるようなもんで、想像したら吹き出してしまった。

 とにかく、ざっと読んだだけなんだけど、明るくて頭の回転がよくて、でも大きなところで抜けているのが、あたしの役のかづゑという役だと理解した。
 そうそう、一等最初は、この名前が分からなかった。
「え、かづ……最後の字はなんて読むんだ?」
 この「る」だか「ん」だか、よく分からない字一つで一時間。あたしは、そういうところで引っかかると次に進めない性質なので、苦労した。あいにくお母さんもいなくて、お姉ちゃんにスマホで「かづゑ」を写メって送ったけど、忙しいのか返事がかえってこない。仕方がないので裏のアパートのチュウクンに聞いてみる。あっさり「かづえ」と読みがいっしょだと分かったけど、ちょっと驚いた。アパートに妹の篤子さんとは違うきれいな女の人がいたのだ。質問に来た身であるので、あからさまに聞くことははばかられ、ちょっと演技した。
「あの、もう一個聞きたいんだけど」
 そうやって、チュウクンを廊下に呼び出した。
「なんだ?」
「ちょっと、だれなのよ、あのきれいな人?」
「ないしょ!」
 そう言われると気になるもんで、アパートの住人のハニーさんに聞いてみる。
「フフ、それがね。さくらって言うらしいわよ」
 と、ニューハーフの聞き耳頭巾は教えてくれた。
「あたしと、同じ名前?」
「うん、なんかわけあり。偶然なのか、倒錯したさくらちゃんへの愛情からなのか、興味津々なのよね!」
 と、ここで三十分ほどのロスして結果的に一時間。

 ま、こんな感じでトロトロ読んでいるもんだから、昨日の本番までに一回しか読めなかった。

 最初は家族九人の集合写真。他の役者さんも来るのかと思ったら。撮影は、あたし一人。あとはデジタルのはめ込みでやるらしい。
 他の演技も、大方このやり方。
「糸枝ちゃん、あたしがするから。いいよ気にしなくっても」
「お父さん、また休み? この非常時に……あ、戦死した中村さんのお葬式? じゃ、昼からは出勤できるわね。そう言っとくよ」
「あ、すみません。急いでたもんで!」
 などなどの台詞を相手役無しでやる。後ろ向き横向きは三越さんのをまんま使って、声だけ吹き替える。どうにもやりにくい。
 でも、一番やりにくいのは、相手役ありの撮りなおしだった。はめ込みでも処理できないことはないんだけど。相手がこだわりのある人で納得しないらしい。

 その相手役は、なんと、この撮り直しのためだけにアメリカから来たのだ!

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乙女と栞と小姫山・25『梅沢先生との対談』

2020-04-24 06:18:05 | 小説6

乙女小姫山・25  

『梅沢先生との対談』     
 

 

 栞は、生まれて初めてメイクをされた。
 

 メイクと言っても、ハレーション止めのファンデがほとんどだが、メイク映えのする顔立ちだったので、ついメイクさんも力が入ってしまった。眉を描き足し、シャドウ、アイライン、チークも軽く引かれた。化粧前に映った自分の顔を見て、栞は、想いがクッキリしてきたような気がした。実際、収録中の栞はいつにも増して饒舌であった。司会はセリナ、同世代のゲストとしてMNBの榊原聖子が出演していた。
 

「係争中ですので、裁判の中身に触れることはできませんので、ご了承ください」
 

 最初の一言に、梅沢先生は興味を持った。知性と論理性、幼さと美しさが同居し、うかつにもこの十七に満たない少女のなかに「志」を感じてしまった。
 

「それじゃ、ズバッと聞きます。手島さんが、いまの教育について欠けていると思うことはなんですか?」

「わたしは、生まれは東京ですが、中高は大阪です。ですので、その狭い大阪の中でしかお答えできないことをお断りしておきます」

「はい」

「分かりやすく表現します。大阪の教育に欠けているものはありません」
 

「ほう……」
 

「むしろ過剰なんです。まずカリキュラムが過剰です。そのために授業時間が無意味に多くなっています。学校によって程度の差はありますが、0時間目、7時間目の授業は珍しくありません。その上に、生徒に求めているものは、昔の6時間で授業をやっていたころと変わりません。わたしの学校の校是は希望・自主・独立の三つです。この三つを校是、目標と考えるならば、物理的、時間的な制約が多すぎて、現実的には否定しているのと同じです」

「具体的には、どういうところに現れていますか?」

「部活が成立しません。7限が終了して、部活に入れるのは、早くて四時半になります。決められた下校時間は5時15分です。このハンパな時間は、先生の勤務時間に縛られるからです。先生の勤務時間は午前八時半から、午後五時十五分までです。それを越す部活には延長願いが必要です。この延長願いは元来非常の措置です。しかし、熱心な部活は、この非常の措置が常態化しています。だから顧問のなり手が恒常的に不足しています。また、熱心な先生ほど、過剰な労働時間が課されます。部活指導のあと分掌の仕事や教科準備、家庭連絡のための時間が取られます。勢い、そういう部活の顧問のなり手は減るか、名前だけの判つき顧問になり、顧問と生徒との乖離という問題にもなります。結果、部活の減衰傾向に歯止めがかかりません」

「他には?」

「総合学習、総合選択制の問題です。『生徒の多様なニーズに応えて』というのが表看板ですが、無節操な世論に押されて、意味のない授業を増やしています。『園芸基礎』『映画に見る世界都市』『オーラル英語』などの選択授業。お断りしますが、我が校だけではなく、他校にも似たような教科がありますので、一般論として聞いて下さい。正規の授業としてこれらの授業が必要なんでしょうか。ちょっとした土いじり、映画の部分的な鑑賞、喋れもしない英会話。ただのルーチンワークです。こんなことに先生も生徒も時間を取られて居るんです。それよりも基礎学科である国・数・理・社、そして英語に力を入れればいいんです」

「今、手島さんは、英語は無用だとおっしゃいませんでしたか?」

「オーラル英語です」

「発音や会話は不要ということかな?」

「はい」

「少し乱暴な気がしますが……」

「理由は二つです。日本語は明治になって近代社会に耐えられる言葉になりました。学術用語から日用品に到るまで日本語化しました。例えば放送と言う言葉、新聞、二酸化炭素、三人称、三人称としての彼・彼女などの言葉の発明です。授業で習う言葉のほとんどが母国語で間に合います。欧米以外では、あまりありません。だから、あえて英会話の授業はないと申し上げています。もう一つは……」

 栞は、ため息をついて、背もたれにもたれてしまった。

「なにか、ためらいがあるんですか?」
「……先生達の英語には魅力がありません」
「なるほど、ひょっとして、他の教科や、指導などでも同じようなことを感じていらっしゃるんじゃないですか」
 梅沢先生は、足を組み替えて、ゆっくりとお茶をすすった。
「……どうして、お分かりになるんですか?」

「ハハ、僕も学生のころ同じことを思ったからですよ」
 

 それから、二人の話は二時間に及び、世代を超えて意気投合した。おかげで司会を務めたセリナにも、同世代の代表として引っぱり出されたMNBの榊原聖子にも出番はほとんど無かった。
 

 収録語、そのことに気づいた栞はセリナと、聖子に謝った。二人とも勉強になったと喜んでくれた。

「二つも年下なのに、すごいと思っちゃった!」

 ことに聖子は喜んでくれて、この後、思いもかけないところで縁ができることになる……。

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