大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

連載戯曲・改訂版 エピソード 二十四の瞳・4

2020-04-04 06:27:23 | 戯曲

連載戯曲

エピソード 二十四・4   
       

時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生


 下手(しもて)でなにやらもめる気配。すぐに美保が投げ飛ばされてきて、瞳が続いて馬乗りになって美保の首を絞める。


瞳: オラアアアアア! 今日は、どうして休んだあ!? 今から美保の家へ行くとこだったんだぞおおお!
美保: ……し、死ぬ~。
瞳: 死ねえええええええええ!
由香: ひ、瞳!
美保: ま、まいった、まいった~あ(;゚Д゚)! ロープ、ロープ、ロープ!
由香: はい、えと、ああ、タオル、タオル!(タオルを投げる)
瞳: 由香あ~(タオルが投げられたので、美保を解放)!
美保: 助かったあ……あ、あんた?  
瞳: 友達。山手高校の鈴木先生。
 美保の家へ行く前にこの公園で立ち話してたとこ。先生の同業者だから気にしなくていい。
 ごめんな由香。
由香: ううん。    
美保: 山手……偉い学校の先生なんだ。大石先生より賢いの?
瞳: そうね、あたしと違って本雇いの先生だからな。
美保: ああ、先生って、一年契約の先生だもんね。こっちの先生は一発で通ったの?
瞳: そうよ、あたしが三回もすべった採用試験を一発で……(カメラをたたむ手が一瞬止まる)
 美保、今あたしを見下しただろ?
美保: いや、そんな……。   
瞳: 正直に言え! 正直さだけが美保の取り柄なんだからな。
 口で違うことを言っても表情には正直に出るんだよ……正直に言った方が身のためだぞ……。  
美保: いや、あの……うん。
瞳: よし、正直でよろしい。
美保: じゃあ……大石先生って、ほんとうはバカなの?
瞳: バカだよ……って、なんでそうなるんだよ!?
美保: だ、だって正直に言えって……。
瞳: 試験だけが教師の値打ちを計る物差しじゃねえよ。こっちの先生とあたしは総合的には甲乙つけがたいくらいにエライんだよ。
美保: そう……でも先生は……。
瞳: 何だよ……。
美保: そんな……絡まないで……。
瞳: なんだと……。
美保: 今日の分は、おしまい……。
瞳: タオルの分残ってるんだよ(指の骨を鳴らす)
美保: 先生……(;゚Д゚)。
瞳: オリャー!(コブラツイストをかける)
美保: ……イテエエエエエエ!
由香: 瞳! よしなさいよ、瞳!
瞳: あのう、つっこみはもうちょっと早めにしてもらえる?(美保を解放する)
 それにもうちょっと気の利いたつっこみしてもらわないと、ボケようがないでしょ。
由香: すみません……て、なんでわたしが謝らなきゃなんないのよ!
美保: ごめんなさい。大石先生とはいつもこうなんです。
 由香……っていうんですね。あたしの妹と同じ名前。妹もがんばったら山手高校ぐらいいけるかなあ……。
由香: 美保ちゃん、あなた、学校で人の優劣を考えちゃだめよ。
美保: だけど、松本高校はバカな学校でしょ?
由香: そ、そんなことないわよ、ねえ瞳。
瞳: いや、ある(二人ズッコケる)由香の言うとおり、うちはバカの学校だよ、偏差値測定不可能のバカ学校だよ。
由香: 瞳……。
美保: そうだよねえ……。
瞳: だけど、バカなのは勉強のことで、人間のことじゃない。人間性は偏差値で測れねえからな
 うち卒業したり中退したような子たちでも、立派な大人になってる奴はいっぱいいるからな。
美保: そうなの?
瞳: そうだよ。卒業してもいい。中退してもいい。だけど中途はんぱにブラブラしてる奴は一番ダメだ。
 それは、うちの学校でも山手高校でも同じこと……今日はなんで休んだ?
美保: ……なんとなく。
瞳: なんとなくか……それも正直でいいけどさ。先生懇談でも言ったろ。
 なんとなくで休んじゃだめだって……今日で音楽切れちゃったよ。音楽は……。
美保: 十三時間でパー。今日で十四時間だもんね。
瞳: 日数も厳しいよ……あと十六日でアウト……二度目のダブリはきついぞ、死ぬぞ、血吐いてウンコ垂らして死ぬぞ。
美保: う、うん。
瞳: 十三単位でアウト、わかってるよね? 音楽二単位でアウト決定だから、残り……。
美保: 十一単位でおしまい。  
瞳: そおだよ。そのへんは懇談でちゃんと説明したよな?
美保: これから……がんばる。
瞳: う~~~信じてやりたいけどなあ……。
美保: 今までが、今までだから?
瞳: おう。だけどこの世の終わりみたいにとっちゃだめだぞ。血吐いてウンコ垂らしても、生きてりゃ道はあるからな。
美保: うん……。

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乙女と栞と小姫山・05『鳥居をくぐる』

2020-04-04 06:16:11 | 小説6

乙女と小姫山・5
『鳥居をくぐる』        

 

 

 鳥居をくぐって足を踏み入れると境内は別世界であった。

 伊邪那美神社は、この地の産土神(うぶすながみ)である。
 旧集落そのものが、古い摂津の村の佇まいを残しているが、こんもりとした森の中の神域に入ってみて、乙女先生は息を呑んだ。一の鳥居をくぐって石畳の道が「く」の字に曲がって、五メーターほどの石段を登って、二の鳥居。それをくぐったところから見える境内は、一面の玉砂利で、ちょっとした野球場ほどもあった。

 正面彼方に拝殿、手前上手に手水舎。

 そこで口をすすぎ、手を清めて振り向くと、拝殿の前で二人の若い巫女さんが境内を掃いている。

「あのう……ご祈祷をお願いしたいんですけど」
 背の高い方の巫女さんに声をかけた。
「そこの社務所の窓口の鈴を……鳴らしておくれやす」
 京都弁に近い摂津言葉で巫女さんが答えた。岸和田の神社に慣れた乙女先生は、少しドギマギした。

「ほう、それはご奇特なことですなあ」

 神主は、拝殿の板の間で感心した。

「青春高校の前身のS高校のころから、先生が来はったことなんかありませんなあ、先生が初めてですわ。お若いのに、よう気いまわらはりましたなあ」
「岸城神社には、しょっちゅう行ってましたから」
「ほう、岸和田の……」
「はい、だんじりの引き回しが生き甲斐です。それと、わたしそんな若いことありませんよって」
 正直に答えた年齢に、神主は目を丸くした。
「わたしより、四つ若いだけですか……いや、それにしても……ご立派なことです」
 神主は「ご立派」に敬意といろんな意味の興味をこめてため息混じりに言った。その素直な反応に、乙女先生は思わず笑ってしまった。いい神主さんだと思った。
「そこいくと、うちのカミサンは……」

 神主は、廊下続きの社務所に目をやった。
 
 吉本のベテラン女優によく似た奥さんが、横顔でパソコンと睨めっこしていた。
「あ、えと、ご祈祷は、なんでしたかいなあ?」
「青春高校の生徒の学業成就と、すこやかな成長を……」
「は、はあ、そうでしたな。ほんならさっそく」
 神主はCDのスイッチを入れ、大幣(おおぬさ=お祓いに使うハタキみたいなの)を構えた。
「すんませんなあ、貧乏神社やさかいに、巫女もおりませんのでなあ。若い頃はカミサンが巫女もやりよったんですがな。まあ、こんなとこで堪忍してください」
「は、はあ」

「オホン」

 神主は居住まいを正した。
「かけまくも~かしこき伊邪那美の尊に~かしこみかしこみ申さく……」
 祝詞は五分ほどで終わり、玉串料をご神前に供えると、神主は笑顔で振り返った。
「ほな、お茶でも持ってきますさかいに、お楽になさってください」
「あの……」
「は?」
「この神社には、巫女さんがいらっしゃらない?」
「ええ、さっきも申し上げましたが、カミサンの巫女姿は氏子さんからも不評。本人も、今はネットで、御札やらお守り売るのに一生懸命。いや、シャレで始めたんですけど、このネット通販がバカにならん稼ぎになりましてな。いやはや……あ、正月なんかは、アルバイトの子に巫女さんやらせてますけどな。どないです、先生も正月にバイトで……」

 社務所のほうで、奥さんの咳払いがして神主はいそいでお茶を入れにいった。

 ご神前に目を向けると、そこにいた……。

 アルカイックスマイルで座って、さっき境内を掃いていた二人の若い巫女さんが……。

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・90「この酔っぱらい!」

2020-04-04 06:03:29 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
90『この酔っぱらい!』
      



 そりゃあ二人ずついるからよ。

 ビールの泡を飛ばしながらお姉ちゃん。


 部室が二階の広い部屋に替わったことを報告すると、缶ビールかっくらいながら結論付けた。
「交換留学生が二人も入ったんじゃ、おろそかにもできないっしょ。松井さんも攻めどころ知ってるねえ」
 なるほど、ミッキーもミリー先輩も学校に二人しか居ない交換留学生だ。
「それに、二人ともアメリカでしょ。日本はアメリカに頭上がんないからね」
「そうなの?」
「そーよ、自民党がダントツなのはアメリカが付いてるからよ。知ってる? 自民党って大所帯のバラバラだけど親米って点だけでは一枚岩、だから今月の選挙も安倍さんの大勝利なんでしょ……あ、枝豆切れた」
 お姉ちゃんは真っ赤な顔して酒の肴を探しにいく。
「短パンのお尻掻きながら冷蔵庫覗くの止めてくれる」
「だって、痒いの……」

 普段のお姉ちゃんは品行方正なんだけど、アルコールが入ると人格が変わる……にしても、今夜はひどい。
 よく分からないけど、民進党がぶっ壊れたことで仕事に影響があるらしい。組合が連合なんで、それも関係しているらしいけど、わたしは関係しない。だって、くどくど絡まれるのが分かってるから。
 ま、この春まで異郷の大阪で一人暮らし。決まった男も居ないようだし、ハメを外せるお友だちも居ない。
「あーー冷蔵庫の中身ぶちまけるんじゃないわよ……」
「だって、肴がなきゃ飲み過ぎちゃうっしょ」
「わたしのお八つあげっから」
「どこ? お姉ちゃんとってく~」
「あ、わたしが取ってくる」
 酔っぱらいに部屋をかき回されちゃたまんないので、自分で行く。

「はい、ポップコーン」

「すまんねー、ポップコーンてば映画館といえばアメリカだよね……」
「なんでもアメリカなんだね」
「そだよ、戦前の映画かんてオセンにキャラメルってのがスタンダードだったんだど……ね、なんで、アメリカの映画館てポップコーンなのか分かる?」
「知らなわよ。あー、こぼさないでくれる、車いすで掃除って大変なのよ」
「アメリカ人って、興奮すると投げるんだよね、国ごと興奮すると戦争になっちゃうしー……投げるとスクリーン破れるっしょ! 人に当たったらケンカになるしー、んでもってポップコーンだと大丈夫! モノも壊れないし怪我もしないし! でも、日本人てそういうことしないじゃん。それなのにポップコーンてのは、もう骨の髄からアメリカに毒されてるってわけよ……でも、美味しいから、なんでもいいのよさ」
「ハイハイ」
「ハイは一回だけ! ね、さっき二人ずつって言ったよね」
「え、あ、そうだっけ?」
 酔っぱらいの言うことはいちいち覚えてなんかいられない。
「言った! アメリカ人の交換留学生が二人! だからー日本はアメリカに弱いのよ!」
 酔ってるわりに記憶はいい。
「もう一個の二人!」
 え……急には思いつかない。

「車いすが二人よ!」

 あーーミリー先輩もにわか車いすだ。

「日本はね、障がい者には弱いのよ! 気にかけてます! 対策はしっかりやってます! で、大慌てで対面だけは整えて、でもって、ほんとのところは肝心のところは、な~んにもしてくれないのよね! お姉ちゃん知ってるよ、千歳が学校辞めたがってたの……でも、お姉ちゃん、知らん顔してたよね……ごめんね千歳ーーーー!」
「わーー酔っぱらって抱き付くな! ちょ、顔舐めないでよ!」
「いいじゃんいいじゃん、たった二人の姉妹なんだからーーーー!」
「ちょ、ほんとにお姉ちゃん! 留美ネエーーー!!」
「困ったことがあったら、なんでもお姉ちゃんに言うんだよーー! お姉ちゃん、千歳の為ならなんでもやっちゃうからねーーー!」
「こ、困ったことって、いまの酔っぱらいお姉ちゃんだよ! む、胸揉むなーーー!」
「それはダメ、それ以外、言ってみそ、言うまで止めないかんね!」

 うーーーこの酔っぱらい! そうそう困ったことって……あった!

 今度の文化祭で、演劇部は演劇をしなくちゃならなくなったんだ!

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坂の上のアリスー40ー『放出さんのいない朝・2』

2020-04-04 05:54:27 | 不思議の国のアリス

坂の上のアリスー40ー
『放出さんのいない朝・2』   

 

 

 俺たちの夏旅行は唐突に終わった。

 

 ロビーのソファーで放出さんの次の連絡を待っていると見知らぬ人からメールが入った。

―― 杭全と申します、突然ですが担当を代わりました。まことに申し訳ありませんが、この旅行は、これをもって終了とさせていただきます。一時間後にお迎えに参りますので、お帰りの支度を整えて一階ロビーにてお待ちいただきますようお願いいたします ――

「いきなりなんだよ……コウゼンってだれなんだ? おい、すぴか……」

 すぴかは可愛く寝息を立てながら居ねむっている。なにかのアプリで遊んでいたのか、膝の上、ゆるんだ左手からスマホが落ちかけている。

「落とすぞ……」

 手を伸ばすのとスマホがずり落ちるのが一緒だった。

「おっと」

 床に落ちる寸前でキャッチ。そのショックで画面に移っていたメールが消えてしまう。

 一瞥した画面には、俺に送られてきたのと同じメールが見えた。ただし、末尾には、こんな意味のことが書かれていた。

 

―― 夕べは放出がお世話になりました ――

 

 むろん一瞬のことで、文面全部が読めたわけじゃない。夕べ・放出・お世話、というような単語からくみ取った意味だけど大意は間違っていないだろう。

「なに、人のスマホ見てるのよ」

 スマホのショックで目覚めたすぴかがジト目で睨んでる。

「滑り落ちたからキャッチしてやったんだよ。放出さんの代理っぽい人からメール来てたみたいだから確認した方がいいぞ」

「やっぱ、見たんだ」

「ちが……俺にも来たとこだから、来てんじゃねーかと思ったんだよ」

「ふーーん…………旅行はおしまいなんだ」

 意外に当たり前に受け止めている、ちょっと拍子抜けがする。意外に楽しそうにしていたから残念がると思っていたんだが。

「ね、この人、なんて読むんだろ?」

「え、あ、コウゼンさんじゃね」

「もー、しっかり見てよ」

「さっきは見るなつったじゃ……」

「持ち主が見せるのは別でしょ、バカね」

 一言多いが、こういう場合は言い返さない方がいい。

「……あれ?」

「やっぱ、コウゼンじゃ変でしょ」

 

 読みの方はどうでもいい、さっき見えたハズのお礼の言葉が無い。

 

 ねー、ちょっとどーなってんのよ!?

 

 スマホを振り回しながら綾香が階段を下りてきた。後ろには当惑顔の一子と真治。

「うっさいな、俺も訳わかんねー」

「あたし、まだまだ行きたいとこあったのに!」

「仕方ないよ綾ちゃん、旅費とか全部持ってもらってるんだから」

「一時間あるから、もういっぺん風呂とか入っとかない?」

 一子と真治は納得のようだ、すぴかも文句はないようなので、綾香はむくれる以上の自己主張はしなくなった。

 

 そして、一時間後に迎えに来た杭全さんは、コウゼンという音から、ひょっとしたらお坊さんか何かと思ったら、国際線のキャビンアテンダントと大統領補佐官が同時に務まりそうな美人だった。

「突然の打ち切りになって、ほんとうに申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げる杭全さんに、プータレテいた綾香も恐縮した。

 

「どうもお世話になりました、ありがとうございました杭全さん」

 

 新幹線のホームで最後の挨拶をする。

「あの、コウゼンじゃございません。クマタと読みます、読みにくい苗字で申し訳ありません」

 

 コウゼンさんの正しい読みを理解したところで、俺たちの旅行は一応終わった。

 一応ね……。

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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ここは世田谷豪徳寺・61《眩しいよ、さくら・1》

2020-04-04 05:45:29 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・61(さつき編)
《眩しいよ、さくら・1》   



 

 関空快速を降りて、三階の乗り換え通路を歩いていると、妹のさくらを見かけた。

 同時に驚いた。さくらはただの通行人なんかじゃない。

 周りを沢山のスタッフやカメラに囲まれてロケの最中だった。

 さくらは、あたしがフランスに行く前からマスコミの仕事をしていた。しかし、女子高生がエキストラに毛の生えたようことを始めたぐらいの認識しかなかった。
 それが、今、相手役の勝呂勝也とカメラにフォローされながら歩いている姿は、もう立派な女優だった。
 ツーテイク撮る間、あたしは身動きできずに、ずっと妹を見続けていた。

「お姉ちゃん、どうしたのよ!?」

 気づくと、さくらが衣装の女子高生姿で前に立っていた。
「あ、ああ。偶然通りかかったら、撮影現場にでくわしちゃって。ビックリしちゃった」
「ビックリは、こっちよ。フランスにいるはずじゃないの?」
「あ、ちょっと事情があって……」
「ちょっと待ってて。あたしのテイクは終わっちゃったから、マネージャに言って場所確保してもらう」

 五分ほどすると、さくらは上着をひっかけて「こっち」と、あたしに目配せをした。

「ロケで、泊まる部屋だから、気楽にしてね。ルームサービス、コーヒーでいいよね?」
「あ、ついでに何か食べたいな」
「だろうと思ってフレンチパンケーキ付けといた」
「アハ、持つべきものは妹だ」
「で、どうしてフランスのクレルモンに居るはずのお姉ちゃんが、あたしのロケ見に来るわけ?」

 あたしは、ゆっくりと窓の外を見た。ざっと目に入るだけでも数万の人が歩いたり、早足だったり、人待ち顔で立っていたり、交差点を横断したり、地下街に飲み込まれていったり。この人たちは、ほんの偶然で、大阪駅の北側、ヨドバシカメラの前を行き来している。で、99・99%なんの関係もなくすれ違っていく。
 あたしは、クレルモンまで行って、交通事故に遭ったようなものだった。

「え、交通事故に遭ったの?」

 さくらがスカタンを言う。
「違うわよ。川端康成とか司馬遼太郎とか、大阪に関係ある作家のこと調べに戻ってきたのよ」
「え……ワケ分かんないよ。そんなのをわざわざ大阪に調べるためにクレルモンから来る?」
「という名目」
「で、本当のところは?」

 こういう時の目の輝かし方は、わが妹ながらチャーミングになったと思う。やっぱり人に見られる仕事というのは大したものだ。

「アラブの大富豪に追いかけ回されてるって言ったら、どんな顔する?」
「え!?……こんな顔」

 さくらは、文字通り桜一輪満開になったような顔になった……。

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