ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

小林研一郎&日フィル マーラー:交響曲第9番

2007-01-28 | コンサートの感想
一昨日、日フィルの定期で、コバケンのマラ9を聴いてきました。


     

<日時>2007年1月26日(金)19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>マーラー:交響曲第9番
<演奏>
■指 揮:小林研一郎
■管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

この日は、コバケンが日本フィルの音楽監督としてタクトをとる、最後の定期演奏会でした。
「今シーズン限りで、日本フィルの音楽監督を退任する」という衝撃の発表があったのは、つい先日のこと。
今シーズンのラインナップを決める時に、コバケンはすでに退任の意思を固めていたのでしょうか。
最後の定期のプロが「マラ9」とは、あまりに「相応しい」選曲・・・。

今日の聴衆は、当然のことではありますが、マエストロ最後の定期であることを十分すぎるくらい強く意識しているように感じました。
そして驚いたのは、開演前のロビーで何人かの小学生を見かけたこと。
「小学生でマーラーの9番? それも実演で・・・。」
小学生に、このマーラーの9番という音楽は、いったいどんなふうに聴こえるんだろう。
羨ましさとともに、正直、私は驚きを隠せませんでした。

この日の私の席は RA席の2列目。
P席のように指揮者の真正面ではなく、ステージを斜め横から見下ろすイメージの席ですが、視覚的にも音響的にも本当に素晴らしい席でした。

LPやCDではあれだけ何回も聴いてきたマラ9ですが、実演で聴くのは、この日が初めて。
結論から言います。
素晴らしかった。
マーラーの音楽も、この日の演奏も・・・。
私は、心から感動しました。

最近コンサートの感想をブログに書くたびに、「素晴らしかった」「良かった」と書くのは、私自身いかがなものかと思っているのですが、それだけコンサートの質が上がったのかもしれません。
あるいは、私の聴き方(前にも書きましたが、受け身で聴くのは嫌いなたちで、何かメッセージを感じさせてくれる演奏を好みます)に応えてくれる演奏が増えたのかもしれません。

この日のマーラーも、些細な傷はありましたが、死を目前に控えたマーラーのメッセージは、私には痛いほど伝わってきました。
これがマーラーの9番なんですね。

第1楽章は、悩み・死の予感とピュアな美しさが交錯する音楽ですが、ラストの吹っ切れたような静寂さが、本当に見事に表現されていたと思います。
第3楽章のなかほど、ターンで始まるフレーズが聴こえてくると、「ああ、もうアダージョが近いんだ」と鳥肌がたってきてしまい、既にうるうる気味。
そして、アダージョを迎えます。
冒頭で、ゆっくりと弦楽器が奏でる音楽の何と感動的なこと。
(いや、違うな・・・。言葉で書くと本当に陳腐になってしまいます。文章表現の稚拙さを身に沁みて感じております)

旋律が綺麗だとか、ロマンティックだとか、そんな音楽ではありません。
5番のアダージェットでは、まさに天上の音楽そのものでしたが、この9番のアダージョはまだそこまでいかない。
現世から離れて、天上の世界へ到達する「道」のように私は感じます。
「浄化」「諦観」という言葉が最も相応しいかもしれません。
この日、私はアダージョの途中から、不思議なことに今何の楽器で演奏されているのか、まったく分からなくなってしまいました。
いったい、どうしたことだろう。
どうやら、音楽の大きなうねりの中に、完全に飲み込まれてしまったようです。

ラスト5分、残念ながら、あの静かな箇所で断続的に聴衆の咳が入ってしまいましたが、これはライブではいたしかたのないこと。
きっと、ぎりぎりまで必死で咳を我慢し続けたんでしょうね。
しかし、そんなアクシデントがあっても、奏者ならびにホールを埋めた聴衆の緊張感は、まったく途切れませんでした。

そして、最後の音が消えたあとも長い静寂が続き、その後ホールは爆発的なブラヴォーにつつまれました。
ホールにいたすべての聴衆が、マーラーの音楽に心を動かされたことでしょう。

また、終演後、心温まるシーンがありました。
聴衆の熱狂的な拍手で何度もステージに呼び戻されたマエストロが、途中で大きな花束を持ってきて、ティンパニのほうに向けて大きく投げたのです。
受け取ったのは、首席ティンパニの森茂さん。
実は、後進の指導にあたられるとかで、森さんもこの日が最後の定期演奏会なんだそうです。
森さんは、いつも雄渾で素晴らしいティンパニを聴かせてくれていましたが、この日のティンパニは、普段にも増して、怖いくらいに気迫のこもった響きがしていました。
森さんも、きっと感無量だったことでしょう。

この日の定期演奏会は、結果的に、マエストロと首席ティンパニストという、日フィルのキーマンふたりのラストステージだったのですね。
感動的なマーラーを聴けて、私は大満足で家路に着きましたが、これから日フィルはどのように変貌していくんだろうと、いささかの不安を持ったことも事実です。
私の不安が杞憂になってくれることを祈っています。

P.S
ステージにはたくさんのマイクがセットされていましたので、この日の演奏はきっとCDとしてリリースされると思います。
しかし、あの「音のうねり」は、残念ながら録音に入りきらないように思います。
まさに「ホールの空気」そのものですから・・・。
でも、リリースされたら、きっと買っちゃうでしょうね(笑)
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ガヴリリュク:『月光』

2007-01-23 | CDの試聴記
今日は、日帰りで広島出張。
往復ともに新幹線を使いましたが、帰りはJRのポイントが貯まっていたので、通常の指定席の料金でグリーン車に乗ることができました。
ラッキー・・・。

グリーン車は本当に楽です。
片道4時間強の長旅でしたが、ザ・プレミアム・モルツを片手に、ipodで好きな音楽を聴く。
何ともリッチな4時間でした。

今日聴いたのは、ガヴリリュクのデビューアルバム。

<曲目>
■ハイドン:ピアノ・ソナタ第32番ロ短調 作品36
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調 作品27‐2『月光』
■ブラームス :パガニーニの主題による変奏曲
■ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調 作品36
<演奏>アレクサンダー・ガヴリリュク(ピアノ)
<録音>2001年4月18-20日 秩父ミューズパーク

     

ハイドンのソナタを聴いて、まず感じるのは、テンポの良さ。
そして、音楽的なセンスのよさ。
どのフレーズをとっても、見事なまでに整った表現で、「これが17歳の演奏?」と思わずにはいられません。
第3楽章のスピード感も大変なものですが、絶対にレーシングカーの暴走のようにはなりません。
小憎らしいくらい完璧にコントロールされています。
ただ、とても美しい音色ではあるのですが、少し暗めの印象です。
ディスプレイでブライトネスを少し押さえめにしたようなイメージといえば、お分かりいただけるでしょうか。

次の「月光」でも、印象はほとんど変わりません。
第1楽章のレガートの美しさは、もう格別です。
かつて吉田秀和さんがソロモンの弾く月光を評して、「油をひいたように滑らかな・・・」というようなニュアンスで仰っていたように記憶していますが、この若きガヴリリュクのアダージョ・ソステヌートも、まったく負けてはいません。
そして、第3楽章の躍動感も惚れ惚れとするくらいの見事さ。
しかし、相変わらず、ブライトネスは抑え気味です。

しかし、次のパガニーニ・バリエーションで、サプライズが・・・。
音色が変わりました。
ひとこと、華麗!
この曲が要求している、すべてに彼は応えています。
ここで、初めてブライトネスを大きくアップさせたように感じました。

そしてラストのラフマニノフでは、さらにエンジン全開。
激しさも、きつさも、必要に応じて見事に表現し、圧倒的な演奏を聴かせてくれました。

ガヴリリュクさん
あのブライトネスのコントロールは、やはり意図したものだったのね・・・。(笑)
恐れ入りました。
あなたは、本物の天才です。

でも、17歳にして、この完成度。
昨年、読響マチネーで聴いたラフマニノフのコンチェルトでも、天賦の資質をいやというほど思い知らせてくれた人ですから、これからも、さらに円熟味を加えながら歴史に残る大ピアニストになってくれるように、ひたすら祈るだけです。


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グシュルバウアー&読響 オールシューマンプログラム

2007-01-22 | コンサートの感想
日頃、毎月のマチネーコンサート専門の私ですが、たまには違うコンサートもと思いたって、今日はサントリーホールで読響の定期演奏会を聴いてきました。
席は例によってP席です。

結論から言います。
読響のサウンドは、本当に素晴らしい!
いつも聴いている「前から3列目」の音とは異なりますが、P席で聴いても、分厚く馬力があって、中身がぎゅっと詰まったサウンド。
しかも、弦の音色には独特の色気があるし、管楽器もうまい。
国内のオケというよりは、ドイツのオケのサウンドに近いものを感じます。
昨年来、サントリーホールのP席では、既に10数回コンサートを聴いてきましたが、この日の読響の音は出色でした。
こんなに充実した音を聴けたのは、アバド&ルツェルン以来かもしれません。

この日のプログラムは、オール・シューマン・プロ。
あまり細かくは書きませんが、グシュルバウアーの創り出すシューマンの音楽に、私は全面的に賛同します。
全体に早めのテンポで、生気に満ちたシューマン像を描き出していました。
しかも、ひとつ間違えれば壊れそうなデリケートな美しさにもこと欠かない。
実に見事なシューマンでした。

    

<日時>2007年1月22日(月) 午後7時開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■シューマン:〈ゲノフェーファ〉序曲
■シューマン:交響曲第1番
■シューマン:悲劇
■シューマン:交響曲第2番
<演奏>
■ソプラノ:堪山 貴子
■テノール:高橋 淳
■指揮:テオドール・グシュルバウアー
■読売日本交響楽団

前半のメインである第1番のシンフォニーは、「春」という副題をもち、ある意味で最も有名な曲かもしれませんが、私の中の評価は4曲中4番目でした。
しかし、今日の演奏は素晴らしかった。こんなにいい曲だったんだ。
この曲の魅力を再認識させられました。

また、後半の最初に演奏されたソプラノとテノールのための「悲劇」という歌曲は、今日初めて聴きましたが、とても素敵な曲ですね。
とくにソプラノによって歌われる第2曲が良かった・・・。
ソプラノと絡み合うオーボエとクラリネットの何と美しいこと!

そしてこの日のハイライトは、やはりメインの第2番のシンフォニー。
第1楽章冒頭のブラスが少し危なかったけど、その後は実に素晴らしい演奏でした。
とくに、あの美しいアダージョ・エスプレッシーヴォから、フィナーレにかけては圧倒的な名演。
第3楽章のアダージョ・エスプレッシーヴォは、シューマンの全ての作品の中でも屈指の美しい音楽ですが、この部分を聴くと、私はいつもバーンスタインを思い出して胸がいっぱいになります。
1990年の夏、札幌でPMFの若き音楽家を相手にリハーサルをしながら、バーンスタインがかすれる声で次のように語りかけます。
「これが、ブラームスがシューマンの元でその全てを学んだ素晴らしいウィーンの伝統なんだ。それを常に心で感じながら弾いて!」
この素晴らしいリハーサルの3ヵ月後に、バーンスタインは帰らぬ人となってしまいます。

実は、今日は仕事で「保身の権化」のような人たちを相手に、昼食もとれないまま2時間あまりも話さないといけないはめになり、まったく不愉快な思いをしました。
「ええかげんにせんかい!くそったれー!」
少々下品になってしまいましたが、どうかお許しください。

そんな大ストレスを、グシュルバウアーと読響が見事なまでに払拭してくれました。
感謝感謝です。
これで、今夜はぐっすり眠れそうです。
明日は広島出張だ。
がんばろう。



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アルミンク&新日本フィル 第411回定期演奏会 「音楽になった神の導き」

2007-01-20 | コンサートの感想
バッハのカンタータ第51番、バルトークのピアノコンチェルト第3番、シューマンの『ライン』という素晴らしいプログラムに加えて、ソプラノ独唱は今をときめく歌姫森麻季さん。
これは、何をさておいても聴かねばなりますまい。
ということで、昨日、新日本フィルの定期演奏会に行ってまいりました。
今年初めてのコンサートになります。

新日本フィルの定期演奏会の開演は、いつも19:15。
この15分が、サラリーマンにとっては、ほんとに助かります。
クリスマスイブに「聖夜のメサイア」を聴いて以来、約1月ぶりのサントリーホールということになりますが、この日の席は例によってP席でした。

<日時>2007年1月19日(金)19:15開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■バッハ:カンタータ『もろびとよ歓呼して神を迎えよ』BWV.51
■バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
■シューマン:交響曲第3番変ホ長調『ライン』op.97
<演奏>
■ソプラノ:森 麻季
■ピアノ :松本和将
■クリスティアン・アルミンク指揮
■新日本フィルハーモニー交響楽団

     

オープニングのバッハのカンタータは、私の大好きなカンタータのひとつで、いかにも新春にふさわしい選曲。
プログラムをぱらぱら眺めていると、森さんがアルミンクとともにステージに登場しました。
やっぱり華がありますねぇ。
期待して第1曲を待ちます。

しかし、冒頭のトランペットの音が大きい!
加えて、テンポが少し前のめりになる感じで、ソプラノが入ってきてもあまり音量が落ちません。一生懸命聴こうとすればするほど、ソプラノの声は聴こえないし、アンサンブルの乱れも気になりました。
P席だからということもあるのでしょうが、同じP席で聴いたアバド&ルツェルンのモーツァルトのコンサートアリアは、ソプラノのハルニッシュの声も明瞭に聴こえましたので、席だけの問題ではないようです。
そんなこともあって、肝心の第1曲のアリアについては、残念ながら楽しむことができませんでした。

意図したかどうか分かりませんが、アルミンクは、第2曲までの間を少し長めにとりました。
この効果は大きく、第2曲以降は美しいバッハを聴かせてくれました。
第3曲では、アルミンクが指揮をやめてソプラノとチェロ・オルガンに任せていたのですが、本当に美しかった。とくにソプラノを支えるチェロの素晴らしさが印象に残りました。
ただ、この日の森さんは少し調子が悪かったのかしら。
もちろん美しい声ではあったのですが、あの清楚ながら凛とした森さん独自の魅力が感じられなかったのです。
次回に期待しましょう。

前半の2曲目は、松本和将さんをソリストに迎えてのバルトークの3番。
これは良かった。
松本さんのピアノを聴くのは、この日が初めてでしたが、スケールが大きく雰囲気のあるピアニストですね。
第1楽章では、つぶやくようなフレーズが何度か出てきますが、実に自然に聴こえました。
第2楽章の瞑想するような深い表現、第3楽章の生気溢れる表情、いずれをとっても見事で、もし初めてこの曲を聴いた人がいたとしても、きっとこの曲のファンになったことでしょう。
またまた、魅力的なピアニストに出会うことが出来ました。

この日のメインは、シューマンの『ライン』。
悠然としたスケールの大きな『ライン』で、素晴らしい演奏でした。
アルミンクは、決して「勢いに任せて」という表現をとりません。
音楽の流れを大切にしつつ、常に内声から音楽を変化させ、バスにエネルギーを与え、旋律に真実味を感じさせてくれます。
どこかジュリーニの音楽を思わせる、そんな演奏でした。
ただ、第一楽章では、対旋律を随分意識してオケに指示していましたが、アルミンクが指示したほどには音として聴き手には伝わってきませんでした。
やはりシューマンのオーケストレーションの問題なんでしょうね。マーラー版を使ったと思われるジュリーニの演奏では、あざやかに対旋律が浮かび上がっていましたから・・・。
一方、フィナーレのエンディングに向かう構成力の巧みさと力感には、思わず手に汗握って聴き入ってしまいました。

また、終演後万来の拍手のなか、この日が最後のステージになるクラリネット奏者に後ろからそっと近づき、茶目っ気たっぷりの表情で大きな花束を渡しながら、長年の労を心からねぎらっていたアルミンクに、人間としての魅力を感じました。
来月も新日フィルの定期に行く予定ですが、次回のプロはブリュッヘンのモーツァルト。
今から、ワクワクしています。
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吉野直子 バロックハープ

2007-01-16 | CDの試聴記
今、出張先のホテルでパソコンに向かっております。
パソコンは部屋に備え付け。
ホテルの部屋でインターネットが楽しめるなんて、本当にすばらしい時代になったものです。

相棒のipod(今夜は40ギガの旧友ではなく、先日新しく仲間になった8ギガnanoちゃんの初デビュー!)と愛用のB&Oのイヤースピーカーから流れてくる音楽に耳を傾けていると、出張に来たことを忘れてしまいそうです。
ちょいとばかり焼酎を飲みすぎたので、少々テンションは高めですが・・・(笑)

今聴いているのは、吉野直子さんのハープ。
バロックの作品ばかりを集めたものです。
ギターと同様に指ではじく撥弦楽器のハープの音には、昔から少なからず愛着を感じてきました。
バロック音楽の珠玉の名品を、慈しむように弾く吉野さんの音楽は本当に温かい。
どの曲から聴き始めても、聴き手をいつも幸せにしてくれます。

私がとくに好きなのは、ヘンデルのパッサカリアとコレッリのジーグ。
パッサカリアの冒頭主題を堂々と提示した後、リピートでは一転してひそやかに美しく息づいた表情で奏でてみせる吉野さん。
格調高く、しかもやさしく歌われるこのヘンデルは、一度きいたら決して忘れられないでしょう。
しかし、この優雅さが曲者なんです。
ハープという楽器は、音が実に美しく響く代わりに、消音を少しでもおろそかにすると何を弾いているのかわからないくらい気持ちの悪い音楽になります。
そう、風呂場で少し調子はずれの音程で歌をうたったときのあの感じです。

吉野さんは細心の注意を払いながら、ものの見事にこのリスクを回避しています。
しかも、想像するだけでも大変な技術だと思いますが、その苦労を聴き手にまったく感じさせることはありません。
まさに「白鳥が泳いでいるかのようなイメージ」、といったらお分かりいただけるでしょうか。
あるときはリュートのような、またあるときはオルガンのような響きをすっかり堪能させてもらいました。

明日の夜は福岡です。
もう一丁、がんばろう!

     

<曲目>
1. チェンバロ・ソナタ第4番からトッカータ(パラディーシ/レニエ編)
2. サラバンド(クロフト)
3. グラウンド(クロフト)
4. 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番BWV1006から
プレリュード(J.S.バッハ/グランジャニー編)
5. 「オルフェの宝」~パヴァーヌとブランル(フランシスク/グランジャニー編)
6. パッサカリア(ヘンデル/ベオン編)
7. トッカータ(ルイエ/グランジャニー編)
8. 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番BWV1001から
フーガ(J.S.バッハ/グランジャニー編)
9. ソナタ ハ短調(ペシェッティ/サルゼード編)
10. カノン(パッヘルベル/マクドナルド,ウッド編)
11. イタリア協奏曲ヘ長調BWV971からアンダンテ(J.S.バッハ)
12. ジーグ(コレッリ/サルゼード編)
<演奏>吉野直子(ハープ)
<録音>1998年4月 ユトレヒト、マリア・ミノール教会
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ベーム&ウィーンフィルの『フィガロの結婚』(ザルツブルク音楽祭のライブ)

2007-01-14 | BS、CS、DVDの視聴記
早いもので、もう1月も半分が過ぎようとしています。
今週、来週と出張が続くので、自宅でじっくり音楽を聴けるのは今日だけかもしれないと思い、朝から、たまりに溜まったディスクの整理をしながら、いろいろな音楽を聴きました。

なかでも、時間を忘れて聴いた(観た)のが、ベームが1966年にザルツブルク音楽祭で上演したフィガロ。
こんな映像がよく残っていたものです。

ベームのフィガロのディスクは、1963年の来日ライブ盤を含めて私は3組持っていますが、いずれも、とびっきり魅力的な演奏です。
そもそも、私が初めて『フィガロの結婚』に接したのも、大学2年のときに教育テレビで放映していたベームの映像でした。
フィッシャー=ディスカウやヘルマン・プライ、キリ・テ・カナワ、フレーニといった芸達者の歌手達が、実に生き生きとしたモーツァルトを聴かせてくれました。
「何て楽しい世界!モーツァルトのオペラって、こんなに素敵なんだ」と、私にフィガロの魅力を教えてくれたのは、まさにベームなんです。

このDVDは、1966年のザルツブルク音楽祭のライブです。
白黒、モノラル録音ではありますが、鑑賞するうえで何ら支障はありません。
もう何もいうことはないくらい素晴らしいフィガロでした。
今から40年以上前に、こんなに素晴らしい上演がザルツブルクで行われていたんですね。

何といっても、私の永遠のアイドルであるマティスがケルビーノを歌っている・・・。
もうそれだけでも嬉しいのに、この日のマティスは、最高に魅力的なケルビーノを演じてくれています。
そして、ヴィクセル、ベリー、ワトスン、グリストといった主役たちが、いずれもまったく隙のない素晴らしい歌を聴かせてくれています。
とくに、伯爵夫人を歌ったワトスンは、恥ずかしながらほとんど知らない歌手だったのですが、気高くそして少し憂いをもった歌唱で、すっかり私を虜にしました。
容姿も含めて、まさに私の理想の伯爵夫人といっても過言ではありません。

そしてベームの作り出す音楽が、晩年のそれとは違い、とにかく躍動感に溢れています。
そのことが、このフィガロというオペラにおいて、どれだけ重要なことか・・・。
進行に合わせて、歌手にそっと寄り添い、またあるときは歌手をリードしながら、聴衆をどんどん核心に引き込んでいくその指揮ぶりは、最良の意味での「職人」です。
また、ウィーンフィルも、随所でその妙技を聴かせてくれます。
まったくこれ見よがしの表現はとらないのに、ベームの棒を信じて生み出されるその表情は、「あー、やっぱりウィーンフィル!」と実感させてくれます。

このDVDを堪能しながら、ふと昨年4月にウィーンで観たムーティのフィガロを思い出しました。
このときのムーティのフィガロが、私が今までみた中で最高のオペラ体験だったことは、以前ブログでも書いたとおりですが、実は、このDVDでみるベームのフィガロと印象が実によく似ているのです。
最大の共通点は、オーソドックスだけど音楽そのものが躍動感に溢れていること。そして、歌手にまったく穴がないこと。
第二幕のフィナーレ手前から音楽がどんどん勢いを増していくあたりの表情は、まさにムーティのときに感じたものと同じでした。

誤解を怖れずにいわせていただくと、多くの指揮者の中でも、ウィーンフィルが伝統を受け継ぐタイプのマエストロとして、最も信頼を寄せているのはムーティなのではないかしら。
なにか、そんな気がしてきました。

      


モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』全曲
<配役>
■アルマヴィーヴァ伯爵:イングヴァール・ヴィクセル
■伯爵夫人:クレア・ワトスン
■スザンナ:レリ・グリスト
■フィガロ:ヴァルター・ベリー
■ケルビーノ:エディト・マティス
ほか
<演奏>
カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
<演出>
ギュンター・レンネルト
<録音>
1966年8月11日、ザルツブルク祝祭劇場小ホール「ライブ」
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スカルラッティ ソナタ ロ短調 K.27ほか

2007-01-12 | CDの試聴記
10日近く更新が滞ってしまいました。
急な仕事が入ったのと、原稿の締め切りが重なってしまって、新年早々、早くも焦るはめに・・・。
我ながら、本当に段取り悪いなあ。
反省しきりであります。(汗)

さて、今年はグリーグ、シベリウス、エルガーあたりが、メモリアルイヤーとして各方面で採りあげられていますが、ドメニコ・スカルラッティも没後250年の年にあたります。

このドメニコ・スカルラッティは、昔からギターを弾く者にとっても近しい作曲家です。
これは、ひとえに神様セゴヴィアが編曲した数曲のソナタのおかげでしょう。
私の場合は、とりわけK.11のホ短調ソナタ(原曲はハ短調)が想い出の曲です。
高校生1年の頃にチャレンジしたのですが、なかなか思うように弾けず、泣きそうになりながら必死で練習したことをよく覚えています。
当時はまだカークパトリック番号よりもロンゴ番号で呼ぶことが多く、この曲はロンゴ番号でいうと352番ということになります。
カークパトリック番号が優勢になってくるのは、いつ頃からなんだろう。

さて、今日採りあげた曲は、K.27のロ短調のソナタ。
500曲を超えるスカルラッティの膨大なソナタの中でも、とくにロマンティックな作品で、私の大好きな曲です。
冒頭まもなく現われるアルペッジョを使って下降する響きの何と美しいこと。
そして、ドメニコお得意の数オクターブにまたがる下降スケールも、前後半の最後に聴くことができます。

このソナタについては、原曲のチェンバロもいいけど、私はピアノの演奏が好きです。
とりわけ、ペライアの演奏が素敵でいいなあ。
このディスクには、スカルラッティのソナタが7曲と、ヘンデルのソナタやシャコンヌ等の作品が収められていますが、いずれも素晴らしい演奏です。
ペライアの圧倒的なテクニックと、詩的でありながらも決して様式が崩れないスタイルが、大変魅力的。

スカルラッティのソナタでは、このペライアの演奏のほか、
チェンバロでは、生命力に満ちたスコット・ロス盤、
ピアノでは、永遠のスタンダードであるホロヴィッツ盤や、透明感に溢れた若きケフェレック盤が忘れられません。
そして、ギターでは、ジョン・ウィリアムスの演奏が本当に華麗に弾ききっていて爽快そのものですし、珍しいところでは、御木美江さんのアコーディオンによるディスクもあります。
この御木さんのアコーディオンによる演奏は、私の愛聴盤のひとつで、一聴するとオルガンのように聴こえますが、もっと自在で柔軟性にとんだ等身大のスカルラッティが聴けます。隠れた名盤だと思います。

この一年で果たして何曲聴けるか分かりませんが、スカルラッティのソナタについては、今年のひとつのテーマとして、できるだけ多く聴いていきたいと思います。


<曲目>
ヘンデル作曲
■クラヴィーア組曲第5番ホ長調 HWV430
■シャコンヌ ト長調 HWV435
■クラヴィーア組曲第3番ニ短調 HWV428
■クラヴィーア組曲第2番ヘ長調 HWV427
スカルラッティ作曲
■ソナタ ニ長調 K.491
■ソナタ ロ短調 K.27
■ソナタ 嬰ハ短調 K.247
■ソナタ ニ長調 K.29
■ソナタ イ長調 K.537
■ソナタ ホ長調 K.206
■ソナタ イ長調 K.212
<演奏>マレイ・ペライア(ピアノ)
<録音>1996年10月

    
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フィオレンツァ・コッソット

2007-01-03 | BS、CS、DVDの視聴記
正月も今日で3日目。
本当に時間がゆったりと流れていきます。
社会人になって静岡に赴任している息子も帰ってきて、久しぶりに家族4人で食卓を囲むことができました。
(といっても、子供達はめいめい予定が入っていて、一日の半分以上は家にいなかったのですが・・・(笑))

元日に初詣をすませ、2日は箱根駅伝と大学ラグビーの準決勝。
テレビのチャンネルを切り替えながら、ゆっくり観戦しました。
そして今日は、箱根駅伝の復路とライスボールの日。
加えて高校ラグビーの準々決勝もCSで放送されていたので、もう嬉しい悲鳴です。
その間、もちろん音楽も聴いているわけですが、大好きな焼酎やビールを飲みながらですから、どの音楽を聴いても素晴らしい。
こんなときがあっても良いですよね。

さて、今日は違うエントリーを考えていたのですが、夕食をとりながら何気なく観た『NHKニューイヤー・オペラコンサート』に釘付けになってしまいました。
ゲストで登場していたのが、なんとフィオレンツァ・コッソット。
あの世紀のメゾ・ソプラノです。

大変失礼ながら、彼女は70歳を超えているはず。
しかし、今日聴かせてくれたイル=トロヴァトーレのアリアの何と素晴らしいこと!
全盛期の声のはりは、さすがにありません。
しかし、この熟成された味わいは、もう何と表現したらいいんだろう。
声の威力に頼ることなんてまったくない。
ただ、悲運のアズチェーナがコッソットの姿を借りて歌っているのです。
もう私は声を失いました。
酔いもいっぺんに醒めました。

「音楽家の理想的な年のとり方・・・」、今日のコッソットを聴いて、つくづくそう思いました。
2曲歌い終わった後の鳴り止まぬブラヴォーが、NHKホールを埋めた聴衆の気持ちを表しています。

さあ、明日から仕事です。
コッソットの域にはとても達しませんが、味のある仕事を目指して頑張ろう。
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バッハ カンタータ第151番「甘き慰めなるかな、わがイエスは来ませり」

2007-01-01 | CDの試聴記
明けましておめでとうございます。

清々しい元旦になりました。
お雑煮を食べて、大好きな黒糖焼酎で新年を祝いました。
あと両親に電話で新年の挨拶を済ませた後、今年初めての珈琲を淹れていま飲んでいます。

新年最初に聴いた音楽は、バッハの教会カンタータ。
冒頭の美しいアリアが聴きたくて、選んだのは第151番です。
本当に美しい曲ですね。
ソプラノとオブリガードフルートが美しく絡み合うこのアリアは、いつ聴いても心が温まります。
今日は黒糖焼酎+珈琲効果もあって、とくに温かいのかも・・・(笑)

<演奏>
■ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮
■ドイツバッハゾリステン
■アグネス ギーベル(ソプラノ)ほか
<録音>
1968年6月

昨年は、私の音楽ライフの中でもとくに印象的な年でした。
年初二つの目標をたてていました。
①出来る限り、生の音楽を数多く聴こう。
②モーツァルトイヤーに敬意を表して、モーツァルトの全作品を聴こう。

このうち②については、モーツァルトの全作品のデータベースを作成して、ほぼ全作品のCD等をゲットしたところまでで終わってしまいました。
かなり頑張ったのですが、実際に聴けたのは、結果的に6割くらいでしょうか。
残りは、これから、ぼちぼち聴いていきます。
(先の長い話やなぁ)

一方①については、目論み以上に実現したと思います。
勤続25周年の休暇をもらえたので、幸運にも聖地ウィーンへ行くことができ、夢だったムジーク・フェラインでウィーンフィルの定期演奏会、ムーティのフィガロという素晴らしい公演を聴くことが出来ました。
そして、国内でも「アバドのマーラー6番」や「アーノンクールのメサイア」という超ど級の名演奏にも接することができました。
宝くじではありませんが、「コンサートに行っても、必ずしも『当たり』かどうかは分からない。でも行ってみなければ始まらない!」と固く信じて、聴き続けた甲斐があったように思います。

ただ、さすがにそれなりの散財になってしまいましたし、仕事の面でも、コンサート以外の日にしわ寄せがいってしまったことも事実です。
そして、体調が十分でない状態で聴くことになったコンサートも、中にはありました。
これでは、必死に演奏してくれるアーティストに失礼ですよね。

そんなこともあって、今年の目標はこんな感じです。
■音楽
コンサートもCDも質の高い真摯な聴き方をしよう。
そして、感動を1つでも多く心に刻みつけよう。

■仕事
何よりもインプットを大切にする。
(=新しい情報を絶えず入手し、頭の中に整理したうえで叩き込んでおく)

様々な状況下でのアウトプットがメインタスクになっている私にとっては、まさにインプットはまさに生命線。
これは、実は昨年に続いてのテーマになるのですが、まだまだ不十分だと自戒しています。
著名な弁護士である久保利英明さんのことばを、日々噛みしめているところです。
「インプットのないアウトプットを続けているといずれ駄目になる。」

さあ、どこまで実践できるでしょうか。

みなさま、今年もどうぞ宜しくお願い致します。
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