ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

Ryo’s Bar 14th 室内楽コンサート

2006-07-30 | コンサートの感想
昨日は、いつもブログでお世話になっているemiさまが出演される室内楽のコンサートに行ってきました。
「ティアラこうとう」というコンサートホールへ行くのは、今回が初めてです。
隅田川の花火大会と同じ日だったこともあり、地下鉄の中は、浴衣姿にうちわを帯に挟んだいでたちの方も沢山いらっしゃいました。日本の夏の風物詩という感じで、なんともいい風景ですね。
住吉駅で下車し、猿江恩賜公園を横手にみながら5分ほど歩くと、めざす「ティアラこうとう」に着きました。
小ホールは、140名収容のこじんまりした素敵なホールで、室内楽には理想的なホールだと感じました。

さて、プログラムの前半はベートーヴェンのヴァイオリンとチェロのソナタ。
ヴァイオリンソナタ第2番は、ベートーヴェン25歳のときの作品ということもあり、ひとことで言うと「優雅」。
誤解を恐れずに言うならモーツァルトの後期のヴァイオリンソナタの延長線上のイメージですが、繊細で優雅な雰囲気が見事に表現されていたと思います。
また単に優雅なだけではなく、途中何箇所かベートーヴェンが書き加えたスパイス的な部分も、とても印象的でした。
2曲目のチェロソナタ第5番は、先のヴァイオリンソナタから20年のときを経て作曲された作品だけに、中身はまったく違う音楽になっています。
あの大作、ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」とほぼ同時期の作品だと考えると分かりやすいかもしれません。
安藤亮さんのチェロは雄渾でとても素晴らしかった。第3楽章のフーガはいつ聴いても大変スリリングですが、今回はばっちり!
そして、この2曲のソナタでピアノを受け持ったemiさんの演奏も、実に見事で感動しました。
ピアノの音色の美しさもさることながら、それぞれの相方の楽器を生かしつつ、様式感確かな表現力に心打たれました。

後半は、ブラームスの名品クラリネット五重奏曲。
もう、何十回いや百のオーダーで聴いてきた曲ですが、実演を聴くのは何と今回が初めてでした。
ほんとに良い曲ですね。
とくに第2楽章なかほどでブラームスが全パートにffと書き込んだ箇所は、鳥肌がたちました。
そして終楽章の最後ウン・ポコ・メノ・モッソ以下の静謐な雰囲気も、とても素晴らしかった。

勝手に秋の音楽と思い込んでいたブラームスですが、夏の夜のブラームスも風情があっていいものですね。
アンコールで弾かれたモーツァルトとの対比もとても印象的でした。

「演奏者と聴衆が、素晴らしい音響のホールで、直接向き合って室内楽の素晴らしさを味わう」、そんなちょっと贅沢な雰囲気を堪能できた素敵なコンサートでした。
emiさま、ありがとうございました。

      

<日時> 7月29日(土) 7:00pm開演
<会場> ティアラこうとう 小ホール
<曲目>
■ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第2番 ニ長調 作品12-2
■ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ 第5番 ニ長調 作品102-2
■ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115
(アンコール)
■モーツァルト:クラリネット五重奏曲イ長調から 第3楽章メヌエット

<出演>
■伊藤恵美(ピアノ)
■霜島義明(クラリネット)
■安藤貴子(ヴァイオリン)
■栗原祐子(ヴァイオリン)
■九谷眞世(ヴィオラ)
■安藤 亮(チェロ)

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シューマン ピアノ四重奏曲変ホ長調 op47

2006-07-29 | CDの試聴記
今日7月29日は、ロベルト・シューマンの150回目の命日です。
メモリアルイヤーということもあり、いろいろなイベントが企画されていますが、シューマンの熱狂的なファンというのは、実はかなり多いのではないでしょうか。
強く触ると壊れてしまいそうなその美しい音楽、妻クララへの終生変わることのなかった深い愛情、不幸な晩年、それらエピソードを含めたすべてのことが渾然一体となって、音楽家としてまたひとりの人間としてのシューマンを、特別魅力ある存在にしているのでしょう。

かくいう私もシューマンの大ファンなのですが、そのなかでも特に好きな作品がこのピアノ四重奏曲です。
1842年、シューマン32歳のときに作曲されましたが、この年には3曲の弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲等も作られており、まさに室内楽の当たり年ですね。
同時期に作曲された傑作ピアノ五重奏曲とはある意味で対照的な曲想で、シューマンの心の叫びや優しさが込められているように感じます。
とくに第3楽章のアンダンテ・カンタービレは、第2シンフォニーのアダージョと並んで、私にとって宝物のような音楽です。

そのアンダンテ・カンタービレを最も美しく演奏しているのが、このバリリ四重奏団とデムスの共演盤。
決して感情過多にならず、しかしロマンの薫りと作品への深い愛情を感じさせてくれる秀演です。
まさに絶品。

         

<曲目>
シューマン作曲
■ピアノ五重奏曲変ホ長調 op44
■ピアノ四重奏曲変ホ長調 op47
<演奏>
■バリリ四重奏団
■イェルク・デムス(ピアノ)
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渡辺範彦 幻のライブ

2006-07-26 | CDの試聴記
渡辺範彦という不世出の名ギタリストがいます。いや、いらっしゃいました。
実際にお目にかかったことはありませんが、渡辺範彦さんは、ずっと私の心の師匠でありアイドルでしたから、親しみと敬意をこめて「範彦さん」と呼ばせていただきます。
私がギターを始めた中学生の頃、範彦さんは既に日本ギター界の星でした。
世界一権威のあったパリ国際ギターコンクールで、日本人として初めて満場一致で優勝したのが1969年。ややマイナーだったこの楽器にとっては、小澤征爾さんがブザンソンのコンクールで優勝したのと同じくらいインパクトのある出来事でした。

その後もまさにスターとして大活躍されましたが、これからという時期に体調を崩され、表舞台から徐々に遠ざかっていきました。
しかし、私は、いずれ必ず復活の日がくると固く信じていました。
ところが、2年前の平成16年に亡くなっておられたんです。
56歳の若さでした。

この訃報は、当時新聞でも報道されたようですが、その頃の私は、ある大プロジェクトに従事しており、その関係で「毎日深夜の2時過ぎに帰宅し睡眠時間は一日3時間、ほとんど休日もなし」という、まさに想像を絶する生活を半年余りも強いられていました。
よくまあ過労死しなかったことだと、いま振り返ると恐ろしくなりますが、そのためにこの大ニュースを見過ごしてしまったんですね。

つい先日購入した範彦さんのライブ盤を聴きながら何気なく読んだライナーノートで、初めてこの事実を知りました。
もう、しばらくの間、ショックで口を聞くことができませんでした。
範彦さんの音楽の特徴は、なかなか言葉では表現しにくいのですが、「完璧なテクニック、豊かで美しい音色、何よりも人柄が滲み出るような温かく誠実な音楽性」という感じでしょうか。
私が高校生の頃ですが、当時所属していたギターアンサンブルの合宿帰りに京都で聴いた範彦さんのコンサートは、今も鮮烈に覚えています。
冒頭に置かれたダウランドの美しいフレーズを聴いた瞬間、合宿で疲れきった体が一瞬にして金縛りにあったような状態になりました。
温かくかつ強靭な「バッハのリュート組曲第4番」、こんな素晴らしい曲だったかとため息をついた「ポンセのソナタ第3番」等、全てが空前の名演で、私が聴いた最高のギターコンサートのひとつでした。
しかし、もう全て過去形でしか語れないのですね。

ところで今回リリースされたこのCDは、1971年6月25日武蔵野公会堂で行なわれたコンサートのライヴ録音で、主催者であった成蹊大学ギターソサイエティのメンバーが録音し保存されていたテープからCD化されたものだそうです。
したがって、音の状態は決してベストとはいえませんが、コンサートにおける範彦さんのもの凄い集中力が実感できて、私は大変感動しました。

ただ、聴くほどに、感動と同時に寂しさがこみ上げてきます。
本当に素晴らしい音楽家でした。
合掌。

         

<曲目>
■フレスコバルディ:アリアと変奏
■ヴァイス:ファンタジー
■ポンセ:前奏曲ホ長調
■ポンセ:ジーグ(イ短調組曲より)
■バッハ:前奏曲BWV999
■バッハ:前奏曲(プレリュードとフーガ&アレグロ BWV998より)
■バッハ:前奏曲(リュート組曲第4番 BWV1006aより)
■ソル:魔笛の主題による変奏曲
■ヴィラ=ロボス:練習曲第1番
■ヴィラ=ロボス:前奏曲第1番
■ヴィラ=ロボス:前奏曲第3番
■ヴィラ=ロボス:前奏曲第4番
■ヴィラ=ロボス:前奏曲第5番
■ヴィラ=ロボス:前奏曲第2番
■ポンセ:ソナタ第3番から第2楽章「カンシオン」
■モレノ=トローバ:ソナチネから第1楽章

<録音>1971年6月25日 武蔵野公会堂
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モーツァルト 少年時代の音楽(K1)

2006-07-23 | CDの試聴記
以前のブログで、モーツァルトのシンフォニーの第1番を採りあげたことがありました。
最後のシンフォニーである第41番「ジュピター」の終楽章と同様の音型が、早くも第1番のシンフォニーでも見られて大変驚いたのですが、では、本当の原点である「作品1」ってどんな作品なんだろう。

モーツァルトの作品番号であるケッヘル番号で、1番はクラヴィーアのための作品です。
父レオポルドが娘ナンネルのために作成した「ナンネルの楽譜帳」のなかに、ウォルフガングの5歳のときの作品として記録が残っていたのが、従来K1と言われていた「メヌエットとトリオ ト長調」でした。
ところがその後の研究で、この曲は8歳のときの作品だと分かり、新たに5歳のときの作品が4曲発見されたのです。
そのため、K1は枝番としてa~fを持つ6つの作品になりました。
ちなみに前述の「メヌエットとトリオ」は、eとfに当たります。

早速、ファン・オールトのフォルテピアノで聴いてみました。
最初の曲であるK1aとK1bは、ともに20秒足らずの小曲で、「5歳の子が・・・」という前口上を言わなければ、正直あのモーツァルトの作品とは思わないでしょう。
つぶやきのようなものが、そのまま楽譜に書き留められたという感じです。

ところが、半年ほど経過して作曲されたK1cは、随分しっかりした音楽になっています。
このメロディは、よく言われるように、晩年のオペラ「魔笛」のパパゲーノのアリアと類似性があります。シンフォニーでも最初と最後の作品に同じテーマを用いていることを考えあわせると、モーツァルトの晩年の音楽には、少年時代の回帰がひとつのテーマになって、あの純度の高い音楽が生まれたのかもしれません。

ところで、このメロディは紛れもなくパパゲーノのアリアのテーマなんですが、私にはもうひとつ連想する曲があります。
それは、ドイツ民謡として知られている「山の音楽家」という曲です。
そうです、この歌詞の愛らしい曲。
 わたしゃ音楽家 山の小りす
 じょうずにバイオリンひいてみましょう
 キュキュキュッキュッキュ いかがです・・・
この民謡の原曲も、まさかモーツァルト作?

少し話が逸れてしまいました。
K1dのメヌエットも、半年間で随分優雅さを獲得しています。
そして8歳の作品であるK1e/fでは、優雅さとともに既にあのモーツァルトの雰囲気を感じさせてくれます。

ファン・オールトの誠実な演奏に触れた後、久しぶりにギーゼキングのディスクでK1e/fを聴きました。
うーん、何という美しさ! 何という優雅さ!
ギーゼキングの美しいピアノが奏でるK1e/fの素晴らしさは、また格別のものでした。


         

■曲目
アンダンテ ハ長調 K1a
アレグロ ハ長調   K1b
アレグロ ヘ長調   K1c
メヌエット ヘ長調   K1d
メヌエットとトリオ ト長調 K1e/f
ほか
■演奏:バルト・ファン・オールト(フォルテピアノ)
■録音:2005年11月、ローン、ヘルフォルムデ教会

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セゲルスタム シベリウス:交響曲第6番ニ短調 op104

2006-07-17 | BS、CS、DVDの視聴記
「暑い夏にシベリウス」というのも、また良いものです。
7曲(クレルヴォ交響曲を入れると8曲)のシンフォニーのなかで、私が最も好きなのは第6番。
あまり人気にならないようですが、ほんとに真っ正直で、可憐といってもいいくらいの美しさをもった素敵な曲です。
第1楽章の冒頭を聴くだけで、いつも私は思わず眼をつぶって、ついうっとりしてしまいます。
まだ観たことのないフィンランドの瑞々しい初夏の情景を思い浮かべながら・・・。
第2楽章の木管と弦が奏でる素朴な美しさ、第3楽章の「静」からにわかに「動」へ移ろうとするときの躍動感、終楽章のやや遠慮がちに語りはじめ、だんだん弾けてくるような人懐っこさ、いずれもチャーミングという表現がぴったり。

この佳曲には、さすがに多くの名演奏がありますが、私はベルグルンドの3回目のアルバム(ヨーロッパ室内管弦楽団との演奏)とカラヤンがベルリンフィルを振ったディスクが最も好きです。
そんな折、ケーブルテレビで、若かりし頃のセゲルスタムがフィンランド放送響を指揮した映像を観ました。
セゲルスタムのシベリウスは、読響とのコンビでも素晴らしい演奏を聴かせてくれていましたので、大いに期待して観はじめました。
やっぱり、素晴らしい!。
ただ、第3楽章以降はもう少しデリケートな表現でもいいかなあ。現在のセゲルスタムなら、さらに充実した演奏をすると思います。

ところで、この映像をみて演奏以上に驚いたのは、セゲルスタムの容貌です。
この演奏の収録が1983年ですから今から23年前。
そりゃイメージが変わっても無理はないですが、この2人同一人物に見えますか?
最初は、ほんとに弟が出てきたのかと思いましたよ。
正直、ぶったまげました。


■シベリウス作曲 交響曲第6番ニ短調 op104
■指揮:レイフ・セゲルスタム
■演奏:フィンランド放送交響楽団
■録音:1983年3月3日

            2006年                       1983年



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ギターと調性 (ソル 幻想曲「ハ短調」op7)

2006-07-16 | CDの試聴記
連日本当に暑いですね。
もういやになるくらい・・・。
そんななか、冷房のきいた部屋で音楽を聴くのは、生き返ったようでむしろ気持ちがいいものです。
楽器(私の場合はクラシックギター)を練習するときも、冷房のありがたさをつくづく感じます。
そして何よりも、ギターという楽器そのものが高温多湿を最も嫌うので、まさに冷房さまさまといったところでしょうか。

さて、そんなわけで今日は少しばかりギターのお話を。
ご存知の通り、ギターには通常6本の弦が張られています。
普通は、高いほうから順に、①E(ミ)⇒②H(シ)⇒③G(ソ)⇒④D(レ)⇒⑤A(ラ)⇒⑥E(ミ)というふうに、調弦されます。
ここで重要なのは、低いほうの3つの開放弦が、④レ、⑤ラ、⑥ミであることです。

ギターは、ピアノやハープ等と並んで、和音を同時に鳴らすことの出来る数少ない楽器の1つです。
つまりハーモニーの表現に非常に適した楽器なんですが、調性音楽を演奏する上で最も重要な主和音のバスの音が、上記の開放弦を使って表現できると、楽器の構造上音も良く響くし、演奏も格段にしやすくなるのです。
昔から、ギターは#(シャープ)系の調性が得意だといわれています。
それには理由があります。
長調で少し検証してみましょう。

まず♯も♭もない「ハ長調」。
バスの音は「ド」で開放弦が使えない。そうです。ギターではハ長調は意外に響きにくいし、弾きにくい調性なのです。

次に♯(シャープ)系
■ト長調:#1つ、バスの音は「ソ」で中音の開放弦が使える。
■ニ長調:#2つ、バスの音は「レ」で低音の開放弦が使える。
 (⑥弦をミ⇒レに一音下げる変則調弦をすると、さらによく響く)
■イ長調:#3つ、バスの音は「ラ」で低音の開放弦が使える。
■ホ長調:#4つ、バスの音は「ミ」で低音の開放弦が使える。

一方で♭(フラット)系
■ヘ長調 :♭1つ、バスの音は「ファ」で開放弦は使えない。
■変ロ長調:♭2つ、バスの音は「シ♭」で開放弦は使えない。
■変ホ長調:♭3つ、バスの音は「ミ♭」で開放弦は使えない。

加えて♭系の場合は、たとえば♭3つの変ホ長調を例にとると、シ・ミ・ラが♭になるので、①②⑤⑥という4本の開放弦が使えないということになります。
結果的に、中音③④の2本しか開放弦が使えないので、和音を美しく響かせるためには、とくに左手の技術に大変な苦労を伴うのです。

長々と書きましたが、ギターが得意な調性はシャープ系であり、フラット系はちょっぴり苦手であることが、少しお分かりいただけたでしょうか。
モーツァルトが特別の愛着を示した「変ホ長調」や、ベートーベンが特別の意味を持たせた「ハ短調」(同じく♭3つです)は、ギターでは残念ながら難物なんですね。

しかし、一方で調性が持つ独特の色彩・感性というのは、拭い去りようもありません。
ここで、古典時代のギターの名品をご紹介しましょう。
フェルナンド・ソルの手になる「第2幻想曲 op7」です。
ソルは、ベートーベンとほぼ同時代に生きた著名なギタリスト兼作曲家ですが、この曲がピアノ製作家として有名なプレイエルに捧げられているのは興味深いところです。
さて、この第2幻想曲、単独で演奏されることも多い序奏部にあたるラルゴ・ノン・タントが、ハ短調で書かれているのです。
わずか5分足らずの楽曲ですが、この気品と哀愁を帯びた色調は、まさしくハ短調でないと表現できません。
この曲を格調高く演奏するのは、技術的にも精神的にも至難なことですが、古くからこの曲を愛奏してきた名手ジュリアン・ブリームの演奏を聴くと、この曲の本来の魅力がわかります。
蓋し名演です。

      
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ヘンデル 「メサイア」

2006-07-12 | CDの試聴記
先月から、仕事の関係で、ある個人のお客様のところへ何度かお邪魔させていただいています。
そのお客様は70歳代の女性なのですが、大袈裟ではなく20歳は若く見えるんです。
初めてお会いしたときには、あまりにお若いので本当にびっくりしました。

お客様といろいろお話しているうちに、とても音楽好きな方であることがわかりました。
そしてご自身はずっとアマチュア合唱団で歌っておられるとか。
若さの秘訣は、どうやら合唱にあったようです。
・立って歌うので姿勢が良くなること
・腹筋が鍛えられること
・大好きな音楽を大きな声で歌うので、何よりストレス解消になること
等、教えていただきました。

なるほど、合唱か・・・。良いことを聞いたぞ!
すぐに納得してしまう私は、一瞬「老後の楽しみのために、私もやってみるか」と思ったりしたのですが、やっぱり無理かなあ。

ところで先週お邪魔したときに、お客様が、「今日は、なぜか朝からずっとメサイアを聴いているんです」と仰っていました。
その言葉に触発されて、久しぶりに私もメサイアを・・・。

私のお気に入りのメサイアは、アーノンクールの新盤。
旧録音から20年以上の歳月が経過していますが、新録音に聴くこの柔らかく包み込まれるような雰囲気は、私が全く想像できなかったものです。
アーノンクールは、いつの間に、こんなに真摯でありながら優しさを併せ持った音楽を聴かせてくれるようになったんだろう。
メサイアでも、ピリオド楽器を使ったきびきびした演奏が流行のようですが、このアーノンクールの演奏はまったく趣を異にするものです。
とくに「ハレルヤ・コーラス」の神々しいまでの素晴らしさには、何度聴いても新しい感動を覚えます。
ライブ録音であるがゆえの小さな傷もないわけではありません。
しかし、最後まで聴き終わった後、まるでタイムスリップして、「ムジーク・フェラインで、たったいまこの名演に立ち会ったかのような感銘を与えてくれる」と言ったら、雰囲気をお分かりいただけるでしょうか。

11月21日には、サントリーホールで、ついにこのコンビの「メサイア」を聴くことができます。
いまから、子供のようにそわそわしている私です。

ヘンデル作曲
オラトリオ『メサイア』
<演奏>
■クリスティーネ・シェーファー(S)
■アンナ・ラーソン(A)
■ミヒャエル・シャーデ(T)
■ジェラルド・フィンレイ(Bs)
■アルノルト・シェーンベルク合唱団
■ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
■指揮:ニコラウス・アーノンクール
<録音>
■2004年12月18日&19日 
■ウィーン、ムジークフェラインザール(ライヴ録音)



      
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ウィスペルウェイ&カリニャーニ 読売日響マチネーコンサート

2006-07-10 | コンサートの感想
昨日の読響マチネは、充実した今シーズンのプロの中でも、私が最も楽しみにしていたもののひとつです。

<日時>2006年7月9日(日) 午後2時開演
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
■チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲
■ブルッフ:コル・ニドライ
(アンコール)バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番からサラバンド
■ベルリオーズ:幻想交響曲
(アンコール)ストラビンスキー:サーカス・ポルカ
<演奏>
■チェロ:ピーター・ウィスペルウェイ
■指 揮:パオロ・カリニャーニ
■管弦楽:読売日本交響楽団

  

前半は、オランダのチェロの名手 ウィスペルウェイを迎えての演奏。
最初の曲は、チャイコフスキーのロココ風バリエーションです。
前から3列目のセンターやや左といういつもの座席なので、ちょうど5~6m先の真正面でウィスペルウェイが弾いています。チェロをこんなに近くで聴くのは、ジュルネ・ジャポンの趙静(チョウ・チン)以来。あのときは、ほんとに2mくらい先で演奏してくれたので、思わず「よろしければ、譜めくりをして差し上げましょうか?」という感じでした。(笑)

さて話がそれましたが、このチャイコフスキーのロココ風については、私なりのお約束がありまして、それはどんなに難しい箇所でも顔色ひとつ変えないで、楽々と弾いてほしいということ。
それは、この曲が大変な難曲であることは十分承知しているんですが、この曲の持つ華麗でかつ優雅な雰囲気に浸りたいからなんです。
その点で、この日のウィスペルウェイは、はなまる大合格。
まあ、何と楽しそうに活き活きと弾いているんだろう。テクニックも完璧。
テーマの優雅な表情、華麗な技術に目を見張った各変奏、そして強烈なアクセントに加えて気合のうなり声?が印象的な最終変奏のパ・パ・ゲ・ノ(すみません、私にはこのテーマ、何回聴いても、パパパの二重唱の「パパゲノ」に聴こえるんです!)、いずれも素晴らしい表現力でした。

第2曲のコル・ニドライでは、一転して豊かで息の長いフレージングを聴かせてくれました。とくにハープが入ってからの濃い表情は、ロココ風とは明らかに違うもの。
そして、アンコールで聴かせてくれたバッハは、いつもバッハに使用しているピリオド楽器ではなくモダン楽器での演奏でしたが、師ビルスマ譲りの敬虔な表情が何とも感動的。
様式感の確かさもこの人の持ち味のひとつですね。

後半は、ベルリオーズの幻想交響曲。
カリニャーニの演奏を聴くのは初めてでしたが、この指揮者只者ではないですね。
フランクフルト歌劇場の音楽監督として将来を嘱望されているだけあって、演奏現場の実践的なスキルを持っている上に、決して陳腐な表現をしないところが気に入りました。
誠実そうな人柄も、きっとオケの人たちに愛されているんだろうなぁ。

今回の演奏をひとことで言うと、とても新鮮な「幻想」でした。
第1楽章から対旋律の扱いが巧みで、「え!こんなフレーズあったの?」と何度も驚かせてくれました。
第2楽章では、冒頭チェロの音型の最高音に強いアクセントを入れて、続く優美なワルツとの見事な対比を作っていましたし、第3楽章は、コール・アングレとオーボエの掛け合いが本当に美しかった。
終楽章では、「鐘」を伴って不気味に鳴り響くブラスの「怒りの日」の凄みと、その裏拍に入ってくるチェロ・コンバスの重く強いアクセントに、肺腑をえぐられるような思いがしました。

カリニャーニの演奏の特徴は、「どんなフレーズも流しっぱなしにしない」ということではないでしょうか。特にフレーズの終わりに強く意識がはたらいているので、そのフレーズが次に再現されたときに、もの凄く鮮烈な印象を与えるんですね。
強奏部分でも、単に大きく重い音にはなりません。どちらかというと、マルカート気味の表現が多かったのではないかしら。強い意志を感じさせる音という印象でした。
盛大なブラヴォーに応えて、アンコールはストラビンスキーのサーカス・ポルカ。
これが大変な名演奏で、アンコールでこれだけブラヴォーがくるのも珍しいと思います。

また、楽しみなアーティストにめぐり合うことが出来ました。
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ベッチャー&フィッシャー・ディースカウ ハイドン:チェロ協奏曲他

2006-07-05 | CDの試聴記
不世出の名バリトンであるフィッシャー=ディースカウが、なんとハイドンを振ったディスクを見つけました。
指揮者としてデビューしたときの録音だそうです。
前半は、ベルリンフィルの首席チェリストであったベッチャーをソリストに迎えて、チェロ協奏曲の第1番。
後半は、最後のシンフォニーである「ロンドン」交響曲というプログラムでした。

<曲目>
ハイドン作曲
■チェロ協奏曲第1番ハ長調 Hob.Ⅶb/1
■交響曲第104番ニ長調「ロンドン」 Hob.Ⅰ/104
<演奏>
■ディトリヒ フィッシャー=ディースカウ(指揮)
■ヴォルフガング ベッチャー (チェロ)
■カメラータ・アカデミカ・ザルツブルク
<録音>1973年10月19日 ザルツブルク

     


まず、チェロ・コンチェルト。
第1楽章冒頭から、瑞々しいオーケストラの響きに耳を奪われます。
ベッチャーのチェロは、実に豊かに美しく歌うのですが、どんな場合も細部まで気配りされていて、やりすぎることはありません。
フィッシャー=ディースカウとの息もぴったり。まずは理想的なハイドンです。
第2楽章の叙情的な表情も出色。いつの間に近づいてきたんだろうと思わせるくらい、本当にひそやかに始まる独奏チェロ。いったん姿がみえてくると、ベッチャーは何とも朗々と美しい歌を聴かせてくれます。ほんといい曲ですねえ。
第3楽章は、一転してこれぞアレグロ・モルトという実に快適なテンポ。私が大好きなヨー・ヨー・マの快演とはまた違って、フレーズのひとつひとつに味があります。
いい意味での職人気質が感じられて思わずにっこり。
フィッシャー=ディースカウの真摯さと、ベッチャーの手堅くかつ柔軟性に富んだチェロが、意外なほどマッチしています。

この素敵なコンチェルトに比べると、「ロンドン」はやや厳しさに欠けるような気もします。
しかし、ここでもフィッシャー=ディースカウの温かく真剣なアプローチは、いやおうなく聴き手に感動を与えてくれます。
決して音楽を煽ることなく、音楽に語らせようとする彼の姿勢、私は大好きです。
そして、カメラータ・アカデミカ・ザルツブルクも、熱のこもった素晴らしい演奏でフィッシャー=ディースカウの期待に見事に応えています。
また一枚、素敵なハイドンのアルバムに出合うことができました。




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ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番イ長調 op.69 

2006-07-02 | CDの試聴記
この4月に社会人になった長男の配属場所が決まりました。
東京近辺かと勝手に想像していたのですが、初めての職場は何と浜松。
先週、自分でアパートの手配や荷物の準備をしながら、週末に慌しく引越していきました。

独り暮らしをするのも初めて、浜松という場所も初めて、何より仕事も初めて、と何から何まで初めてずくしで、「ほんま、大丈夫かいな」。
父親である私も、さすがに少しばかり心配です。
聞いてみると、最初の仕事は営業。
それならば心得のひとつでも教えてやろうかなと一瞬考えましたが、何ごとも自分で考えて、自分でやってみて、そして頭をうって、はじめて一人前になれます。
だから、あえて何も言わないことにしました。ただ、ひとことアドバイスしたのは、「どんな場合でも、お客さんに信頼される人間になれよ」ということ。
何かあったときに思い出してくれるといいんだけど・・・。

私はかねがね、仕事に限らず、縁というのが最も重要だと考えてきました。
よく「縁あって・・・」という言い方をしますが、縁(=タイミング・人との出会い)を大切にする人は、仕事でもプライベートでも、例外なく活き活きとした人生を歩んでいるような気がします。
何とか、いい意味での自然体で頑張って欲しいなぁ。

さて、そんな長男の新しい門出を祝福する意味で採りあげたのが、このベートーベンのチェロソナタの第3番です。
作品番号が示すとおり、この名曲は「運命」(op67)とほぼ同じ時期に作曲されているわけですが、男性的なスケールの大きさは大変なものです。
この音楽のように、情熱的ではあるけど、どっしり泰然と構え、常に前を見据えているような人間になってくれたらと願っています。(ちょっと期待しすぎでしょうか・・・(笑))

私のイチオシの演奏は、フルニエがグルダと組んだ1959年の録音。
他にも同じフルニエがケンプと組んだ新盤や、ロストロポービッチ&リヒテル、マイスキー&アルゲリッチ等名演奏にこと欠きませんが、このグルダと組んだフルニエ盤のもつ音楽の躍動感・愉悦感は最高です。

■ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番イ長調 op.69
■演奏:フルニエ(チェロ)、グルダ(ピアノ)
■録音:1959年6月23-28日
(ウィーン、ムジークフェライン、ブラームスザール)

      
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