ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

セル&ベルリン・フィル モーツァルト:交響曲第29番、第40番ほか

2008-01-24 | CDの試聴記
ようやく本日の名古屋を最後に、冬の「死のロード」から帰還しました。(笑)
仕事的にはなかなか充実した一週間で、体は確かに疲れていますが、心地よい疲労感というのか、とにかくほっとしたというのが実感です。

さて、移動中・ホテルで聴き込んだのが、このセルのディスク。
初めてセルの29番が聴けるということ、そしてベルリンフィルとのライヴということで、大いに期待していたアルバムです。

最初はその29番。
「ティントン タタタ・ティアタタ・ティアタタ ティントン・・・・」と続く冒頭の魅力的なフレーズ。
しかし、これが、ちっとも良くない。
何度聴いても良くない。
ティントンの「トン」が、やたら硬くて重いのです。
スウィトナーが、そしてケルテスが、あれほど自然に柔らかく聴かせてくれたメロディなのに・・・。
それだけではありません。
とにかくオケの集中力が散漫で、気乗りしていないことが見え見え。
残念ながら、このシンフォニーの最後まで、イメージが変わることはありませんでした。

続くハ長調のピアノ協奏曲。
これは、フィナーレに特に顕著ですが、ライヴの雰囲気が感じられてなかなか良かった。
しかし、セルにしては珍しく場面場面のつなぎに粗さが感じられ、私がこの曲の名盤のひとつだと評価している、スタジオ録音のフライシャー&クリーヴランドオーケストラ盤を凌駕するまでには至りませんでした。

というわけで、ここまでなら、このディスクを採りあげることはなかったでしょう。
そうです。メインのト短調のシンフォニーで、演奏はがらりと変わるのです。
まず第1楽章。
楽章全体を貫くヴィオラの特徴的な音型の扱い、しっとりとしたテーマの歌わせ方やデュナーミクは、既に晩年のスタジオ録音盤やあのジャパン・ライヴを思い起こさせます。
ベルリンフィルの合奏力の高さも、ここへ来て初めてその威力を発揮していますし、何よりもセルがスタイリッシュな鎧を脱ぎ捨てて、本質的にはロマンティックな音楽家であることを隠さないところに、私は大きな感銘を受けました。
5分~5分30秒あたりで最初のテーマに戻る直前に聴くデリケートな表現は、何よりの証左でしょう。
フィナーレの20秒過ぎで、ヴァイオリンが慌てて飛び出してしまうのは、ライヴならではのご愛嬌。
セルの唸り声?が何回か聴けるのも、ファンにとっては嬉しいことですね。
緊張感を徐々に増しながらエンディングを迎えました。
やはり、セルにとってもモーツァルトの40番は特別な音楽だったのかもしれません。

<曲目>
モーツァルト作曲
■交響曲第29番イ長調 K.201
■ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503
■交響曲第40番ト短調 K.550
<演奏>
■レオン・フライシャー(ピアノ)
■ジョージ・セル(指揮)
■ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
<録音>1957年8月3日、ザルツブルク(ライヴ)
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読響マチネ 《R.ホーネック・モーツァルト協奏曲シリーズⅡ》

2008-01-20 | コンサートの感想
今年初めてのコンサートに行ってきました。
今日のコンサートは、《R.ホーネック・モーツァルト協奏曲シリーズⅡ》と銘打たれた読響マチネーで、前半にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲を2曲、後半にブラームスの3番というプロでした。

<日時>2008年1月20日(日) 午後2時開演
<会場>東京芸術劇場(池袋)
<曲目>
《R.ホーネック・モーツァルト協奏曲シリーズⅡ》
■モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第2番
■モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番
■ブラームス/交響曲第3番
<演奏>
■ライナー・ホーネック(ヴァイオリン)
■ヒュー・ウルフ(指揮)
■読売日本交響楽団

ホーネックは昨年のモーツァルトの4番がとても素敵だったので、期待して開演を待っていました。
まず冒頭のオーケストラの音が、引き締まったとても良い響き。うん、これは期待できるぞ。
そしてお待ちかねのホーネックのソロ。
柔らかい・・・。本当に柔らかな音色です。
まさにウィーンのモーツァルト!
聴きながら、私はずっと幸福感を味わっていました。
同じウィーンフィルのコンマスであるキュッヘルと比べると、幾分地味な印象を受けますが、この優雅な雰囲気はやはり得がたいものです。
ただ、マチネーコンサートの前半のステージで至福のモーツァルトというのは、意外な落とし穴があります。
それは睡魔。
3番の第2楽章を聴きながら、突然睡魔大王が私を襲いました。
ひょっとすると5分くらいは夢うつつだったかもしれません。(汗)
ホーネックの短いカデンツァの箇所で、ようやく大王から解放されました。
演奏者のみなさま、ごめんなさい。

後半は、ブラームスの3番。
指揮者のヒュー・ウルフは松葉杖をついての登場でした。
来日直前に自宅で骨折したとの噂ですが、ちょっと痛々しかったです。
でも、この人、いったんタクトを握ると、全然ハンデを感じさせません。
オケの統率力という点で、やはり相当の才能を持った人ですね。
ブラームスの3番の冒頭は、その雰囲気を大切にするあまりリズムがべったりしてしまう可能性があるのですが、ヒュー・ウルフのブラームスは、はっきりリズムがわかりました。
ブラームスらしさを失わずにリズムに弾力性を与えることは、とても難しいことだと思います。
とくに第3交響曲は、大いに盛り上がるんだけど、そのエネルギーは外に発散されずにひたすら内へ内へと向かいます。そんな、憂愁をぎゅっと凝縮して閉じ込めたような味わいを消してしまっては、ブラームスになりません。一方で、深いグレー一色に染めてしまっては重すぎる。
そのあたりのバランス感覚のよさを、ヒュー・ウルフから感じました。
奇をてらわないアプローチにも好感が持てましたし、是非また聴いてみたい指揮者です。
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ボッケリーニ 交響曲ニ短調「悪魔の家」

2008-01-19 | CDの試聴記
木曜日から、広島⇒山口⇒東京⇒名古屋⇒東京⇒静岡⇒大阪⇒名古屋と各地を転戦中です。
1週間の工程ですが、ダブルヘッダーも含まれているので、8月ならさしずめ「死のロード」と言うところでしょうか。
今回はテーマが手強いせいか、質問も活発で、1回のセミナーが終わると結構疲れます。(やっぱり齢かなあ・・・)

さて、そんな状況の中、新幹線の車中で岩城宏之さんの『音の影』というエッセイを読みながら、ボッケリーニの音楽を聴きました。
「悪魔の家」って、何かとんでもない標題ですよね。
岩城さんのエッセイで知ったのですが、例のサリン事件の時に、あるテレビ局の報道中にバックでずっとこの音楽が流れていたそうです。

交響曲というには小さな規模の作品で、まさにシンフォニアというのが相応しいでしょう。
3楽章からできていますが、第1楽章と第3楽章の序奏がまったく同じ音楽であることが大きな特徴でしょうか。
序奏はアンダンテ・ソステヌートと指示されていますが、ユニゾンで奏でられるゆったりとした音階風のパッセージのあとに登場するチェロのカンタービレが、いかにもチェロの名手として高名だったボッケリーニらしく、とても印象的。
第1楽章の主部は、やや重苦しい雰囲気の序奏と好対照な澄み切った晴れやかさを持っています。モーツァルトのような、いやハイドンに近いかなあ。
歌というよりも、話しかけられているような素朴な雰囲気の第2楽章を経て、第3楽章では再び第1楽章冒頭の音楽が戻ってきます。
しかし、序奏の後がまったく違うのです。
かなり強いパッションを感じさせる音楽で、サリン事件の報道のバックで使われたのは、きっとこの部分なんでしょうね。
ハイドンの疾風怒涛時代の交響曲を想像していただいたら、イメージに近いと思います。
細かな動きで不安感を表現した後、フォルテで下降フレーズを2回ずつ繰り返します。そのあと上昇フレーズに移るのですが、上昇フレーズは3回繰り返し解決に向かいます。この最後の1回がダメ押しのような効果で、聴き手に迫ってくるのです。
極めてビジネスライクにかつシンプルに作られているくせに、しっかりとした個性を感じさせるその音楽。
ボッケリーニは、やはり天才的な作曲家だったのですね。

また、私が今回聴いたのはシモーネの指揮による演奏ですが、ボッケリーニへの強い共感と愛情を感じさせる素晴らしい演奏です。
収録されている他の2つの作品も、生気にとんだ魅力的な仕上がり。
私が、いつか音楽喫茶を開いたら、きっとCDプレーヤーにかかる可能性の高いディスクになりそうです。
それから、もう一枚、キアラ・バンキーニ率いるアンサンブル415による演奏もいい演奏ですが、やはりシモーネ組の演奏に一日の長を感じました。

<曲目>
■ボッケリーニ作曲
1. 交響曲ハ長調op.21-3(G.495)
2. 交響曲第16番イ長調op.37-4(G.518)
3. 交響曲第4番ニ短調op.12-4(G.506)「悪魔の家」
<演奏>
■クラウディオ・シモーネ指揮
■イ・ソリスティ・ベネティ
<録音>
■1988年11月

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バッハ 「楽しき狩こそ我が喜び」(狩りのカンタータ)BWV 208

2008-01-14 | CDの試聴記
今日は娘の成人式でした。
着付けの予約時間は、なんと朝の5時半。
着付けを終えて家に戻ってきたのは7時頃だったでしょうか。
文字通り「親ばか」といわれそうですが、初めて娘の晴れ着姿をみた印象は、「うん、なかなかのもんじゃわい・・・」
(すみません・・・

思えば、よくここまで無事に育ってくれたものです。
生まれた時は本当に小さかったし(今でも小柄ですが・・・)、小学生の時は交通事故にも会ったりして、随分心配したこともありました。
でも、今日こうやって成人式を迎えたのですから、これからは、ひとりのレディとして接しないといけないですね。

そんな晴れやかな日に相応しい音楽ということで選んだのが、バッハの「狩りのカンタータ」です。
大好きなマティスが歌っているシュライヤー盤、弾むような若々しさに満ちたアーノンクール盤にも心惹かれながら、今日聴いたのはリリング盤。
ヘンスラー原盤のバッハ全集に含まれている演奏ですが、音楽することの喜びに溢れた本当に素敵な演奏だと思います。
まず冒頭、何気なく聴きはじめると、CDを間違えたかと一瞬錯覚に陥ります。
えっ?これってブランデンブルク協奏曲の第1番じゃん?
でも、決して奇をてらった演出ではなく、当時、ブランデンブルク1番の第1楽章が、このカンタータの序曲のような形で演奏されたこともあったそうです。
確かに、聴いてみると、このカンタータにぴったり!
続くディアナのレチタティーヴォとアリアから終曲の合唱に至るまで、リリングのバッハは躍動感に溢れています。
とくに第9曲のパレスのアリアを、これほど見事なリズム感と清潔な歌唱で表現した演奏も稀でしょう。

娘には、これからの人生を、何よりも健康で、そしてこの第9曲のように伸び伸びと、また第13曲のように溌剌と過ごしてくれたら、親としてこれほど嬉しいことはありません。

<曲目>
■バッハ カンタータ「楽しき狩こそ我が喜び」(狩りのカンタータ)BWV 208
<演奏>
■シルヴィア・ルーベンス(ディアナ)
■エヴァ・キルヒナー(パレス)
■ジェームズ・テイラー(エンデュミオン)
■マティアス・ゲルネ(パン)
■リリング指揮
■バッハ・コレギウム・シュトゥットガルト
<録音>1996年9月


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シェリング&ティボー/ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲他

2008-01-05 | CDの試聴記
今年の初詣は、例年どおり氷川神社にお参りしました。

久しぶりに実家に帰省していたこともあり、3日に妻と2人で行ったのですが、それでも入場制限がかかるくらい多くの人がお参りに来ていました。
小一時間待たされた後、十数秒だけ許されたお参りを済ませ、破魔矢をいただき、おみくじを引きます。
妻が代表で引くと「第37番:吉」。
いつもはこれで終わるのですが、今年は少しばかり色気が出て?私も引いてみました。
驚いたことに、私もまったく同じ「第37番:吉」。
これは真剣に読まなきゃ。

「つらい苦労を乗り越え、りっぱに物事を果たし、名声を得る」兆だそうです。
ただし、「日によりては危うきことあるべし。」とも書かれていましたので、むしろこの方を心しないといけないのでしょうね。

さて、新年シェリング第2弾は、昨年リリースされたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲です。

<曲目>ベートーヴェン作曲
■ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61
■ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 op.24『春』※
<演奏>
■ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
■ジャック・ティボー(指揮)
■パリ音楽院管弦楽団
■ミシェル・オークレール(ヴァイオリン)※
■ジェネヴィーヴ・ジョワ(ピアノ)※
<録音>1950年(モノラル),1950年代(モノラル)※

シェリングのベートーヴェンのコンチェルトは、少なくとも5種類以上の音源が残されているはずですが、この1950年に録音されたディスクは最も若い時代の録音。
30代半ばにルビンシュタインとメキシコで運命的な出会いをしてから、シェリングの演奏スタイルはより強靭なものに変わっていきますが、この演奏はその前のものということになりますね。
硬い表情、いかめしい表情は、まったくありません。
ティボーの勧めでパリで学んだスタイルなのでしょうか、録音当時30代初めだったシェリングの瑞々しい感性が、眩しいくらい輝いています。
たとえば、第1楽章の再現部直前で独奏ヴァイオリンが奏でる箇所。
それは、和音の変化に合わせてデリケートに光と影が描写されていて、もう、ふるいつきたくなるような見事さです。
同じ理由で、第2楽章のラルゲットも実に素晴らしい。

それにしてもこのコンチェルト、第1楽章では、ティンパニの4つの音が最後まで重要なカギになっていますが、同じ4つの音が支配する「運命」となんと印象が違うことだろう。
ベートーヴェンが生涯たった1曲しか書かなかったこのヴァイオリン協奏曲は、交響曲第4番と同じ年に作曲されており、2年後に作曲された交響曲第5番「運命」とは、やはり一線を画しているのですね。

ところで、ここで指揮をしているティボー、決して副業とは言わせない力量を示しています。
このコンチェルトを知り尽くした強みと、愛弟子シェリングへの愛情も大きく影響しているのでしょう。主題はあくまでも明快に、そして歌わせるべき箇所は絶妙の歌いまわしで、一本筋のとおった見事な伴奏をつけています。
数多あるこのコンチェルトの名盤の中でも、十分存在意義を主張できる魅力的な1枚だと思います。

また、併録されているオークレールの「春」も、なかなか素敵な演奏です。
ただ、かなりしっかりした輪郭をもった演奏なので、華奢なイメージを持つと少々ショックを受けますが、アマゾネス的なイメージはまったくありませんので、ご安心を。
一点だけ気になったのは、コンチェルトが終わったあと3~4秒で、ベートーヴェンのソナタが始まってしまうこと。
オークレールの「春」のオープニングがきらきら輝くような鮮烈さをもっているだけに、もう少しコンチェルトの余韻に浸らしてくれた方が良かったかも・・・。
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シェリング&へブラー/ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番『春』

2008-01-01 | CDの試聴記
明けましておめでとうございます。

旧年中はたいへんお世話になり、本当にありがとうございました。
12月は少々更新をさぼってしまいましたが、新しい年を迎えて、気持ちも新たに頑張っていこうと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、年末年始は、強行軍ですが、家族で関西の実家に来ております。
音楽を聴くのも、ipod+B&Oのイヤースピーカでしか聴けない状況なのですが、年末最後に聴いたのは、リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」から最後の3重唱でした。
昨年、突然私に微笑んでくれた「ばらの騎士」。
チューリッヒ歌劇場の来日公演が、そのキューピット役になってくれたのは間違いありませんが、いまや私にとって最も大切なオペラになった「ばらの騎士」で、この年の最後を飾りたいと思ったのです。

そして、新年最初に選んだのは、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ「春」。
演奏は、シェリングとへブラーのコンビです。
久しぶりに聴きました。そして感動しました。
なんと、瑞々しい語り口だろう。
渇ききったからだ全体に、水が自然に沁みわたっていくような音楽。
これほど、「春」の名にふさわしい演奏はないんじゃないでしょうか。
シェリングには、もう1枚、1958年にルビンシュタインと組んだディスクがあります。
シェリングのヴァイオリニストとしての運命を決めた記念すべき名盤ですが、このへブラー盤と比べるといささか構えた部分があって、この曲が求めている瑞々しさという点でへブラー盤に一日の長があるような気がします。
(しかし、併録されているクロイツェルソナタは、ルビンシュタイン盤も大変な名演!)

今年一年、この演奏のように、常に柔軟で瑞々しい感性をもって日々過ごしたいものです。

<曲目>ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 Op.24『春』
<演奏>
■ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
■イングリット・ヘブラー(ピアノ)
<録音>1978~79年


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