ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

東京・春・音楽祭2012 ワーグナー:歌劇「タンホイザー」(4/8) @東京文化会館

2012-04-15 | オペラの感想
気がつくと、4月ももう半ば。
その間、会社も大きな変化があったし、私自身も4月から新しい立場で仕事をすることになったが、まだ中々しっくりこない。
焦っても仕方がないし、馴染むまでに、もう少し時間がかかると腹をくくることにしよう。

さて、一週間遅れになってしまったが、先週の日曜日に今年初めて観たオペラの感想を。
コンサート形式だけど、不思議に違和感はない。
むしろ煩わしい過剰な演出に翻弄されないだけ、純粋に音楽が味わえる。
演目は、ワーグナーのタンホイザー。
昨年は震災の影響で聴けなかった「東京ハルサイ」だけに、今年は同じ時期に「生の音楽」に浸れることが何よりも嬉しい。
加えて今回のタンホイザーは、指揮者や歌手にも興味津津。
ハイドンの交響曲全集のイメージが強いが、ワーグナー指揮者としても世評の高いアダム・フィッシャーが、どのようなタンホイザーを聴かせてくれるのか。
そして主役を務めるグールドやシュニッツァーといった歌手陣が、どんな歌唱を聴かせてくれるのだろう。
4階席センターブロックの1列目で、私はオペラグラスを片手に大きな期待感をもって開演を待った。

序曲が始まる。
あまりにも有名な音楽だけど、実際のオペラの中で聴いても本当にいい曲だ。
ただ、東京文化会館のホールの性格にもよるのだろうけど、響きがいささか硬い。
各パートの音はしっかり出ているし、音量も十分ある。
また部分的には、ハッとするくらい美しい瞬間も多々あった。
しかし、いかんせん響きが溶け合わないのだ。
だから、第1幕全体を通して、どこかよそよそしい印象が拭えなかった。
歌手陣は、よく歌っていたのだけど・・・

第2幕に入ると、響きがかなり柔らかくなってきた。
歌手との呼吸も、第1幕とは随分違って絡み方がずっと自然だ。
マエストロの生気あふれる音楽作りもあって、その後はラストまで一気にワーグナーの世界を堪能させてもらった。

この日の歌手陣では、何と言っても主役の3人が素晴らしい。
タンホイザー役のグールドは、朗々とした声もさることながら、第3幕のローマ語りの場面の上手さに痺れた。
エリーザベト役のシュニッツァーも素晴らしい。
決して絶叫しないのに、声が実によく通る。
加えて抒情的な表現にも長けているので、第2幕でタンホイザーが四面楚歌になっている場面における鶴の一声も絵空事にならない。
また第3幕のエリーザベトの祈りの歌では、クラリネットの絶妙のサポートも相まって私は目頭が熱くなった。
ところで、エリーザベトの悲痛なまでの心の叫びを聴きながら、私は2月の最終日に聴いたマタイ受難曲を思い出していた。
ひょっとすると、今年は「贖罪」ということを考えさせられる一年になるかもしれない。

そして、3人の中でもとくに素晴らしかったのが、ヴォルフラムを歌ったアイヒェ。
不勉強で今回初めて聴いたバリトンだったが、真面目で誠実なヴォルフラムを見事に演じてくれた。
声もいいし、表現力の巧みさも特筆もの。
なるほどタンホイザーが唯一心を許せる人は、こんな人物なんだと思い知らされた次第。
その他の歌手も好演。
いろいろご意見はあるだろうけど、私はこれだけ粒の揃った上演は滅多にないと感じた。

もうひとり、今回の上演で忘れてはならないのが、マエストロ アダム・フィッシャー。
全体を、心に響く壮大なドラマに仕上げてくれた。
コンサート形式の上演だったけど、お世辞抜きに素晴らしいタンホイザーだったと断言できる。
お花見にも行きたかったが、こんなワーグナーが聴けたのだから文句は言えません。
大満足の一日でした。

<日時>2012年4月8日(日)15:00開演
<会場>東京文化会館 大ホール
<歌手>
■タンホイザー:ステファン・グールド
■エリーザベト:ペトラ=マリア・シュニッツァー 
■ヴェーヌス:ナディア・クラスティーヴァ
■ヴォルフラム:マルクス・アイヒェ
■領主ヘルマン:アイン・アンガー
■ヴァルター:ゲルゲリ・ネメティ
■ビーテロルフ:シム・インスン
■ハインリッヒ:高橋 淳
■ラインマール:山下浩司
■牧童:藤田美奈子
<演奏>
■指揮:アダム・フィッシャー
■管弦楽:NHK交響楽団
■合唱:東京オペラシンガーズ

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トリノ王立歌劇場来日公演 「ラ・ボエーム」(7/28) @東京文化会館

2010-08-06 | オペラの感想
昨日は日帰りで福岡出張だった。
往復ともに、搭乗した便は満席。
機内を見渡すと、子供連れやカジュアルな服装の若者が多い。
あらためて、世の中、夏休みなんだと実感した次第。
この時期にスーツを着てネクタイを締めるなんて、ほんとクレイジーの一言ですね。
そんな中、行きの羽田空港でちょっぴり嬉しいことがあった。
機内からぼんやり外を眺めていると、整備を終えた整備員の人たちが、一礼した後、とびきりの笑顔で手を振ってくれている。
マニュアルどおりなのかもしれないが、炎天下の中、彼らのみせてくれた笑顔がとても素敵だった。
思わず「皆さんありがとう。行ってきます。」と心の中でつぶやきながら、私も少しだけ頭を下げた。
何気ないことだけど、大いに元気をもらったような気がした。

さて、最近精神的に元気をもらったといえば、トリノ歌劇場の来日公演だ。
「椿姫」のことは前回書かせてもらったが、ナタリー・デセイのヴィオレッタに涙した翌々日、今度はフリットリのミミを聴くべく再び東京文化会館へ向かった。
フリットリの舞台を観たのは2回しかないけど、彼女は既に私の中で絶対的な存在だ。
ウィーン国立歌劇場来日公演のフィオルディリージ、ミラノ・スカラ座来日公演のエリザベッタ、いずれもフリットリが登場するだけで、大袈裟ではなく場の空気が一変する。
そしてフリットリが歌い出すと、まるで催眠術にかかったかのように彼女の世界に引き込まれてしまう。
ミルキーボイスと呼びたくなるような磨き抜かれた声の美しさ、とりわけ弱音の美しさが本当に魅力的だ。
今回演じたミミでも、フリットリの存在感、そしてミルキーボイスは健在だった。
第1幕、屋根裏部屋にノックして彼女が入ってくるだけで、何だかドキドキする。
アルバレスの瑞々しい「冷たい手」に続いてフリットリが「私の名はミミ」を歌い出すと、「ラ・ボエームの魅力、ここに極まれり」という感じがして、思わずジーンときてしまった。

そして、この日感動的だったのは第3幕以降だ。
それにしても第3幕の雪の情景は美しかったなぁ。
「花咲く頃に別れましょう」と歌うミミに、ぴったりと優しく寄り添うヴァイオリンとハープ。
一方で、「雪解けの最初の太陽は私のものだ」と語るほど春を愛してはずのミミが、「冬が永遠に続けばいいのに」とつぶやくいじらしさ。
フリットリの歌を聴きながら、ミミの抱きしめたくなるような可愛らしさと優しさに、私は涙が止まらなかった。


第4幕は、もう涙なしには観れなかった。
「朝の光のように美しいよ」と励ますロドルフォに対し、「ちがうわ、夕暮れのように美しい」でしょうと答えるミミ。
このよく知っているはずのやりとりも、この日は特別のものに感じた。
そして、ミミが天に召されるあのラストの場面まで、息もつかせぬくらいの濃密な時間を与えてくれた。

フリットリのことばかり書いてきたが、彼女の大ファンなので何卒お許しください。
この日「ラボエーム」は、上演に関わったすべての人が本当に素晴らしかった。
アルバレスは、歌も容姿も今最高のロドルフォかもしれない。
詩人ロドルフォを、単なる「好青年」ではなく、「生身の人間」として、瑞々しくかつ人間的に歌ってくれたと思う。
森麻季さんのムゼッタは、第4幕がとても良かった。彼女の透明感のある声は、「祈り」の表現にふさわしいと思った。
ただ、第4幕の素晴らしさと比べると、第2幕の方は少々無理をして演じていたか・・・。
それから、忘れてはならないのが、マエストロ・ノセダ。
「椿姫」も素晴らしかったが、ノセダの統率力のお陰で、「ラ・ボエーム」ではさらに完成度が高いオペラになっていたと思う。
強引にドライヴする場面は、ほとんどない。
にもかかわらずというか、だからこそ、オペラそのものの魅力そして歌手たちの素材としての魅力が、よりストレートに出てきたのではないだろうか。
この日、第1幕が始まってすぐに感じたのは、驚くほどの軽さと柔らかさだった。
これこそが「椿姫」と根本的に違う部分だと常々思っていたのだが、この日の上演は、まさにそういった「ラ・ボエーム」の性格が明確に表現されていたと思う。
加えて、トリノのオーケストラも、この日は実に素晴らしかった。
やはり「ラ・ボエーム」が初演された歌劇場であるという伝統の強みもあるのかなぁ。

トリノ歌劇場の来日公演、チケット販売当初は何故かあまり話題にならなかったようだが、両方の演目を実際に聴いてみて、きわめて水準の高い感動的な公演だった断言できる。
チューリッヒ歌劇場もそうだったけど、トリノ歌劇場のもつ「家族的な暖かさ」が、この素晴らしい成果を生んだ原因のひとつかもしれない。
「椿姫」が5階中央の天井桟敷席、この日の「ラ・ボエーム」が1階6列目中央という絶好のロケーションに恵まれたこともあり、本当に感慨深い想い出をプレゼントしてもらった。ただただ感謝あるのみです。

最後に、ノセダが「ラ・ボエーム」について興味深いコメントをしていたので、ご紹介させていただく。
「『ラ・ボエーム』ではミミが病に倒れて幕となるが、プッチーニの思いはすべてこの最終部に凝縮されていると思う。ただ、ミミは当然のこと、ミミを看取るほとんどの人々に明日はないだろう。改善しようのない各々の性格、ボヘミアンの厳しい生活を考えた場合、そのような発想こそ相応しいように思えてくる。(中略)しかし、すべてを不幸の底で絶望的に表現するわけにはいかないので、ほんの少しの希望、僅かな喜びを控え目に音に表すために、極力、抑揚をつけずに音を紡いでいきます。(以下略)」

うーん、なるほど。思い返すと、まさにマエストロの言葉どおりの音楽でした。


プッチーニ:オペラ《ラ・ボエーム》
<日時>2010年7月28日(水)18:30開演
<会場>東京文化会館
<出演>
■ミミ:バルバラ・フリットリ
■ロドルフォ:マルセロ・アルバレス
■ムゼッタ:森麻季
■マルチェロ:ガブリエーレ・ヴィヴィアーニ
■ショナール:ナターレ・デ・カローリス
■コッリーネ:ニコラ・ウリヴィエーリ
<指 揮>ジャナンドリア・ノセダ
<管弦楽>トリノ王立歌劇場管弦楽団
<合 唱>トリノ王立歌劇場合唱団
<演 出>ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ
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トリノ王立歌劇場来日公演 「椿姫」(7/26) @東京文化会館

2010-08-01 | オペラの感想
少し遅くなりましたが、先週観てきたトリノ歌劇場の来日公演の感想を。
幸い今回は「椿姫」「ラ・ボエーム」の2演目ともに観ることができた。
いずれも甲乙つけがたい感動的な上演で、本当に幸福な時間を過ごさせてもらった。
それでは、まず26日に観た「椿姫」の感想から。

「椿姫」といえば3年前の9月に観たチューリッヒ歌劇場の来日公演が忘れらない。
エヴァ・メイのヴィオレッタを聴きながら、私はその可憐さに思わず涙した。
現在聴ける最高のヴィオレッタだと確信しながら・・・。
そして、その感動も覚めやらぬ11月、東京オペラシティのリサイタルでナタリー・デセイが歌った「そは彼の人か~花から花へ」を聴いて、私の心は揺れた。
「最高のヴィオレッタが何人いてもいいじゃないか。せめて一度でいいから、デセイのヴィオレッタをオペラの中で聴きたい、いや観てみたい・・・。」と。

そんな夢が、トリノ歌劇場の初めての来日公演という形で早くも実現した。
そして、実際の舞台は、私の夢をはるかに上回るものだった。
ローラン・ペリの演出も、デセイをはじめとする歌手陣も、全体を見事にまとめあげたノセダもお世辞抜きに最高。
加えてこの日の席はD席ながら、東京文化会館の5階1列目中央という、音の良さと見やすさを兼ね備えたまさに垂涎の天井桟敷席。
こんな素晴らしい席で、夢にまでみたデセイのヴィオレッタを観ることができたのだから、神様のプレゼントと言わずして何と言えばいいのか。
ただただ、感謝するのみでございます。

第1幕
幕が上がると、その舞台の暗さに驚く。
前奏曲直後の華やかなサロンのイメージを我々が知っているだけに、そのうす暗さは一層衝撃的だ。
しかし暗いのも当然。ローラン・ペリは、冒頭の場面をヴィオレッタの葬儀として描いたのだ。
「ひとりの薄幸の女性が天に召された。今日は彼女の葬儀だ。」と考えると、逆にこの前奏曲の哀しいまでの美しさも納得できる。
そして、これから続く物語はヴィオレッタ・ヴァレリーを偲ぶお話なんだというペリーの演出には、大きな説得力があった。

前奏曲が静かに終わり、鮮やかなピンクのドレスを着たデセイが登場するところから華やかな夜会が始まる。
小柄ではあるがデセイの演技力と歌唱力は、やはり桁違いだ。
歌と演技がともに素晴らしいというよりも、彼女の場合、もはや二つの要素が別物ではなく完全に一体のものとなっていることが凄い。
「エ・ストラーノ(不思議だわ)・・・」とつぶやく場面も、寝た状態からくるっと半身を起こし、これしかないという絶妙の間で表現してみせる。この自然な呼吸感をともなった歌と演技こそがナタリー・デセイの真骨頂。
だから、続く有名なカヴァティーナとカバレッタも、ヴィオレッタの揺れ動く心理としてしっかり聴き手に伝わってくるのだろう。

第2幕
さきほど歌と演技が完全に一体のものになっていると書いたが、歌だけとっても、やはりデセイは超一流だ。
歌唱の安定感、歌詞の内容を完璧に聴き手に伝える表現力、そして何よりも滑らかで伸びやかな声、いずれをとってもディーヴァの名にふさわしい。
ジェルモンとの長い二重唱の場面、「一度堕落した哀れな女は、幸せになれないのね」と歌うデセイに、もう目がうるうるしてきた。
そして「美しいお嬢さんに伝えてください・・・」と歌い出す弱音の何と美しいこと!
ヴェルディがアンダンティーノ・カンタービレの美しい音楽に込めた思いを、デセイは十全に表現して見せる。
それにしても、同じ8分の6拍子でありながら、第一幕のカバレッタ「花から花へ」の雰囲気とこれほどまでに違うことに、あらためて愕然とさせられた。
聴きながら、ちょっぴり8分の6拍子の気まぐれさに恨めしさを感じた次第。
その後、ト短調で4拍子に転じたあと、ヴィオレッタが決然と歌う「私は死んでいきます」のテンポが異常に速い。
少しでもテンポが緩んだら、また別れる決心が崩れると思っているかのようだ。
またジェルモンについては、いつも「このオヤジ、何を理不尽な言いがかりをつけて可愛いヴィオレッタを泣かせているんだ」と勝手に腹を立てているのだけど、この日は不思議にそう思わなかった。
デセイの夫君であるナウルの存在感ゆえかもしれない。

第2場で印象に残ったのが、最後のほうで夜会の参加者がヴィオレッタに向かって、「我々はみんな貴女の味方よ。涙を拭いなさい」と口々に言う場面。
そんな優しい言葉とは裏腹に、誰もヴィオレッタに近寄ってはこないのだ。
結局、道を外したヴィオレッタは一人ぽっちなんだということを暗示していたのかもしれない。
そして、その孤独感を漂わせたまま、舞台は第3幕のヴィオレッタの寝室へと変わる。
この間、女性たちがヴィオレッタを取り囲み、デセイが衣装替えをするシーンも印象に残った。

第3幕
この第3幕は、いつも涙なしには見れないのだけど、この日も涙が止まらなくて大変だった。
ヴィオレッタの手紙朗読の場面は、決して大げさな表情をみせないのに胸にぐさりとくる。
やはりオペラ女優だ。
続くアリア「さようなら、過ぎ去った日よ」は、聴き手の心にひたひたと迫ってくるような圧倒的な名唱。
「ラ・トラヴィアータ(道を外れた女)」という言葉の重みを、デセイは見事に表現してくれた。
オーボエのソロも絶品。
そういえば、この素晴らしいアリアも8分の6拍子だ。
ヴェルディは、このオペラの中で重要な部分にこの拍子を使っているように感じる。

そして、衝撃のラストが待っていた。
美しいヴァイオリンソロに導かれるようにヴィオレッタが「エ・ストラーノ・・・」と歌い出した後、ジェルモンもアルフレードも、みんなヴィオレッタから静かに離れていくのだ。
照明も徐々に暗くなっていく。
そんな中、ひとり寂しく死んでいくヴィオレッタ。
こんな結末は見たことがなかった。
あまりに可哀そうじゃないか。
でも、結局のところ、「さようなら、過ぎ去った日よ」の中で彼女自身が歌った「(道を外れた)私のお墓には十字架もない、花もない・・・」ということなんだろうか。
悲しすぎる結末だけど、人生の厳しさというか私たちに強烈なメッセージを伝えてくれた舞台だった。

夢にまでみたナタリー・デセイの「椿姫」。
本当に大きな感銘を与えてくれた。
きっと、一生忘れないことだろう。

最後にナタリー・デセイが語ったメッセージを・・・。
~ヴィオレッタは技術的にもソプラノ歌手にとって最大の難関。
その難役を自分の意見を最大限に採り入れた演出で挑戦できる。
私の仕事の到達点であり声の極限。これ以上先には進めない~


ヴェルディ:オペラ《椿姫》
<日時>2010年7月26日(月)18:30開演
<会場>東京文化会館
<出演>
■ヴィオレッタ:ナタリー・デセイ
■アルフレード:マシュー・ポレンザーニ
■ジェルモン:ローラン・ナウリ
■フローラ:ガブリエッラ・スボルジ
<指 揮>ジャナンドリア・ノセダ
<管弦楽>トリノ王立歌劇場管弦楽団
<合 唱>トリノ王立歌劇場合唱団
<演 出>ローラン・ペリ
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新国立劇場 ワーグナー:楽劇「ジークフリート」 2/20

2010-02-23 | オペラの感想
明日は、いよいよ真央ちゃんの登場だ。
結果なんて気にしないでいい。
思い切り青春を爆発させてください。
とくにこの1年間、貴女は誰よりも悩んだはずだし、それをエネルギーに変えて辛い練習にも耐えてきたはず。
とにかく自分のやってきたことを信じて滑ってくださいね。
鉢巻き締めて、応援してるよ。

さて、遅まきながら土曜日に観た「ジークフリート」の感想を…(汗)
結論から言ってしまうと、ひとこと、ブラーヴォ!
こんなハイレベルの上演に立ち会えたこと、しかもその上演を新国立劇場で観れたことに、私は日本人として本当に誇らしく思った。
粒揃いの歌手たち、本場ドイツのオケからもなかなか聴けないような東京フィルの素晴らしいサウンド、そして全体を重厚かつドラマティックにまとめあげたエッティンガーの確かな手腕。
うーん、素晴らしい!
演出もアバンギャルドな雰囲気ではあるが、私は好感をもった。何よりも押しつけがましくないところがいい。
おまけに、この日はセンターブロックの1列目という夢のような席だった。
舞台を観ながら、こんな幸運をもたらしてくれた神様に心から感謝した次第です。

ほとんどの場面で、舞台のセットが平面ではなく斜面になっていたのが印象的。
フラットな居場所なんてまず存在しない「今」を象徴しているのだろうか。
こんな安定しない足場にもかかわらず、あれほどの歌唱を聴かせてくれた歌手たちは、ほんと凄い。
ただ良く見ると、みんなスニーカーのような靴を履いていたっけ。
歌手の皆さんの苦労を垣間見ることができますねぇ。

この日の上演は先ほど書いたように全部素晴らしかったのだけど、とくに感銘を受けたのが第3幕。
さすらい人(=ウォータン)とエルダの会話の場面は、正直退屈することが多いが、これが素晴らしかった。
ウォータンが、どれほど我が娘ブリュンヒルデを、そして自らの分身のようなジークフリートを愛していたか思い知らされて、ジーンときた。
そしてクライマックスのジークフリートとブリュンヒルデの2重唱を迎える。
英雄ジークフリートが自分を目覚めさせてくれたことへの喜び、しかしそんなブリュンヒルデの喜びもつかの間。
時間の経過とともに、神性をはく奪されて、彼女は一人のか弱い人間になってしまった自分への嘆きを味わうことになる。
そんな陰鬱な気分の中、暗転した舞台から聴こえてくるジークフリート牧歌の何と暖かいこと。
その後の二人のやりとりが面白い。
ジークフリートが勇気を出してブリュンヒルデに迫ると、ブリュンヒルデは決まって一歩後ろへ下がる。
逆にジークフリートが一歩下がると、ブリュンヒルデが一歩前へくる。
うーん、まどろっこしいやっちゃなぁ。
あんた達は、いったい何やってんねん。
好きなら好きで、相手が逃げられんようにさっさと抱きしめんかい。
まるで、男と女の永遠の姿を見せられているみたいで面白かった。

粒揃いの歌手陣の中でもとくに印象に残ったのは、さすらい人のラシライネンとアルベリッヒのユルゲン・リン。
この二人がナイトヘーレのペンションに同宿する第2幕は、その意味でも聴きごたえがあった。

フランツのジークフリートも勿論素晴らしかったが、私は英雄としての強さを表現する部分よりも、むしろ弱音の美しさが際立っていたと思う。

終演は20時を回っていたが、あっという間の6時間(2回の休憩を含む)だった。
幕間では、yokochanさん、そしてブログで何度かコメントをいただいているIANISさんにばったり遭遇。
楽しい会話に、50分もあるインターミッションも全然長く感じない。
yokochanさんとは終演後、地下の居酒屋でさらに打ち上げ。
いやー、楽しかった。
ただでさえ大きな感動を与えてくれた公演だったのに、そんなこんなでさらに増幅されて、私の心に深く残ることになりました(笑)
感謝、感謝です。

<日時>2010年2月20日(土)14:00開演
<会場>新国立劇場
<キャスト>
【ジークフリート】クリスティアン・フランツ
【ミーメ】ヴォルフガング・シュミット
【さすらい人】ユッカ・ラシライネン
【アルベリヒ】ユルゲン・リン
【ファフナー】妻屋秀和
【エルダ】シモーネ・シュレーダー
【ブリュンヒルデ】イレーネ・テオリン
【森の小鳥】安井陽子
<演奏>
【指 揮】ダン・エッティンガー
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
<初演スタッフ>
【演 出】キース・ウォーナー
【装置・衣裳】デヴィッド・フィールディング
【照 明】ヴォルフガング・ゲッベル
【振 付】クレア・グラスキン
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新国立劇場のオペラもろもろ(備忘録)

2009-12-29 | オペラの感想
今年聴いた新国立劇場のオペラのうち、書きもれたものを備忘録として。

◎ワーグナー:「ワルキューレ」
<日時>2009年4月12日(日)14:00開演
<歌手>
■ジークムント:エンドリック・ヴォトリッヒ
■フンディング:クルト・リドル
■ジークリンデ:マルティーナ・セラフィン
■ヴォータン:ユッカ・ラジライネン
■ブリュンヒルデ:ユディット・ネーメット
■フリッカ:エレナ・ツィトコーワ ほか
<演奏>
■指 揮:ダン・エッティンガー
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
<演出他>
■演 出:キース・ウォーナー
⇒「ラインの黄金」も良かったが、この「ワルキューレ」はさらに良かった。
第3幕はもう泣けて泣けて・・・。
すっかりワルキューレ症候群に罹ってしまい、出張の新幹線の車中でもずっと第3幕を聴いていたら、体内のセンシティヴゲージが振り切れんばかりに全開!
その結果、肝心のセミナーでは、テンションが全然上がらないという由々しき事態に・・・。
大きな教訓をもらった。


◎ショスタコーヴィチ:「ムツェンスク郡のマクベス夫人」
<日時>2009年5月10日(日)14:00開演
<歌手>
■ボリス:ワレリー・アレクセイエフ
■ジノーヴィー:内山 信吾
■カテリーナ:ステファニー・フリーデ
■セルゲイ:ヴィクトール・ルトシュク
■アクシーニャ:出来田 三智子
■ボロ服の男:高橋 淳
■番頭:山下 浩司
■屋敷番:今尾 滋
■司祭:妻屋 秀和
■ソニェートカ:森山 京子 ほか
<演奏>
■指 揮:ミハイル・シンケヴィチ
■管弦楽:東京交響楽団
<演出他>
■演 出:リチャード・ジョーンズ
⇒ボリスの存在感と、カテリーナ役のフリーデが抜群。
初めてみるオペラだったが、大いに引き込まれた。
でも、やっぱり若杉さんの指揮でみたかったなぁ。


◎ロッシーニ:「チェネレントラ」
<日時>2009年6月14日(日)14:00開演
<歌手>
■ドン・ラミーロ:アントニーノ・シラグーザ
■ダンディーニ:ロベルト・デ・カンディア
■ドン・マニフィコ:ブルーノ・デ・シモーネ
■アンジェリーナ(チェネレントラ):ヴェッセリーナ・カサロヴァ
■アリドーロ:ギュンター・グロイスベック
■クロリンダ:幸田浩子
■ティーズベ:清水華澄
<演奏>
■指 揮:デイヴィッド・サイラス
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■合 唱:新国立劇場合唱団
<演出他>
■演出・美術・衣装:ジャン=ピエール・ポネル
■再演演出・演技指導:グリシャ・アサガロフ
⇒最高の配役で定評のあるポネルの演出。何も言うことがないくらいの出来。
カサロヴァは、チューリッヒオペラの「ばらの騎士」以来だったが、さすがとしか言いようがない。
すっかり堪能させてもらった。


◎清水脩:「修禅寺物語」
<日時>2009年6月28日(日)14:00開演
<歌手>
■源左金吾頼家:村上敏明
■夜叉王:黒田博
■かつら:小濱妙美
■かえで:薗田真木子
■春彦:経種廉彦 ほか
<演奏>
■指 揮:外山 雄三
■管弦楽:東京交響楽団
<演出他>
■演 出:坂田 藤十郎
⇒この公演の前日、思わぬアクシデントに遭遇して、心待ちにしていた小菅さんのコンチェルトもキャンセルしたくらい。
そして心配ごとが解決しないうちにみた公演だったので、正直あまり記憶がない。
ただ、とても透明感のある美しいオペラだったことはよく覚えている。
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バッハ・コレギウム・ジャパン ヘンデル:歌劇《リナルド》(12/6) @東京オペラシティ

2009-12-08 | オペラの感想
今年はヘンデルのメモリアルイヤー(没後250年)だというのに、どういうわけか殆ど聴く機会がなかった。
そんなこともあって、是非一つでいいからヘンデルの大きめの作品を聴いておきたいと思い、BCJの「リナルド」を聴きにオペラシティへ。

ヘンデル:歌劇《リナルド》HWV7a [演奏会形式]
<日時>2009年12月6日(日)15時開演
<会場>東京オペラシティ
<演奏>
■鈴木雅明(Cond)
■バッハ・コレギウム・ジャパン(管弦楽)
■リナルド:ティム・ミード(C-Ten)
■アルミレーナ:森 麻季(Sop)
■アルミーダ:レイチェル・ニコルズ(Sop)
■アルガンテ:萩原 潤(Bar)
■ゴッフレード:クリストファー・ラウリー(C-Ten)
■エウスタツィオ:ダミアン・ギヨン(C-Ten)
■マーゴ・クリスティアーノ:上杉清仁(C-Ten)ほか

この日の席は、1階7列目の中央ブロックという最高の席。
早めに席についてプログラムをめくっていると、オケのメンバー表の中に、若松夏美さん、鈴木秀美さんといったBCJおなじみの名前とともに、ティンパニ&パーカッション奏者として菅原淳さんの名前を見つけた。
菅原さんと言えば、惜しまれながら一昨年読響を定年退団された私の大好きなティンパニストだ。
これは懐かしいなぁ。
さて、どんな演奏を聴かせてくれるのだろう。
演奏会形式ということもあって、舞台下手側に3人のカウンターテナー(リナルド,ゴッフレード,エウスタツィオ)が座り、上手側には、アルミレーナ,アルミーダ,アルガンテの3名が座るという配置。
アルミレーナはゴッフレードの愛娘でリナルドの恋人でもあるのだから、本来十字軍側のヒロインのはず。でも彼女が下手側に来ると4:2になって視覚的にもバランスが悪いし、1幕の途中でアルミレーナはさらわれてエルサレム側に連れて行かれることを考えると、やむを得ない選択か。

第1幕では、まずアルガンテの対をなすアリアがいい。
萩原さんの歌は、強さと優しさを豊かな表情で歌い上げてくれて素晴らしかった。
そして、アルミレーナがさらわれた後、失意のリナルドが歌うアリアはもう絶品。
3人のカウンターテナーの中でも、リナルド役のティム・ミードの存在感はやはり1番だった。

第2幕は、第1幕よりもさらに密度の濃い音楽を聴かせてくれた。
有名な「私を泣くがままにさせてください」が、やはり前半のクライマックス。
決してストーリーの展開上重要なアリアではないのだけれど、この崇高なまでの美しさはこのオペラの最大の聴きどころだ。
もともと森麻季さん得意のアリアだけど、オペラの中で出てくると一味もふた味も違う。
とくに後半、上品な装飾を施して歌われる箇所が見事。
声量こそやや控えめではあるが、彼女のピュアな歌唱は、清楚で凛とした美しい舞台姿とともに、忘れがたい印象を与えてくれた。
続くアルミーダの変身の場面は、ヴェール1枚を使ってとても巧みに行われていた。
舞台上演でよくみられる自己主張の強い演出に辟易とさせられるよりも、演奏会形式でさりげなくこんな演出をしてくれるほうが遥かにいい。
そしてリナルドに振られた魔女アルミーダが歌う、レチタティーヴォとアリアも素晴らしかった。
このときレチタティーヴォで伴奏するオーボエが哀しいくらい美しい。
三澤寿喜さんがプログラムの中で書かれている次の言葉に、私は全面的に共感する。
「社会的弱者や忌み嫌われる者、哀れな者に人一倍、深い共感を寄せるヘンデル。アルミーダを描くときのヘンデルの音楽は豊かな霊感に満たされていて感動的である」
第2幕の最後はそのアルミーダのアリア。
レイチェル・ニコルズも抜群に上手いけど、ここでは何といってもチェンバロが光っていた。もうこれはチェンバロ協奏曲といっても過言ではない。
チェンバロ独奏は鈴木優人さんだったが、この人のチェンバロは本当に素晴らしい。
テクニックもさることながら、音楽を楽しく聴かせる術を知った人だ。
私は5月にラ・フォル・ジュルネで聴いたバッハのカンタータ78番の妙技を思い出していた。

第3幕は、第2幕までと明らかに違う。
それまで、前後左右に表現の幅を持たせていたヘンデルが、ここでは真っ直ぐ前に向かってエネルギーを解き放っている。
とくにリナルドがアルミーレーナと再会する以降の音楽は、「王宮の花火の音楽」あたりと同様に独特の華やかさをもっていて、楽しませてくれた。
BCJの演奏も見事。
最後はアルミーダとアルガンテがキリスト教に改宗して6重唱を歌いハッピーエンド。

この「リナルド」というオペラ、3枚組のCDを聴いてもなかなかピンとこなかったが、この日の上演を聴いてすっかり気に入ってしまった。
やっぱり生の演奏は素晴らしい。
終演後の長い長い聴衆の拍手が、演奏の素晴らしさを物語っていた。
来年は4月にさいたまの芸術劇場でBCJのマタイを聴く予定だ。
きっと感銘深いマタイになることだろう。
今から楽しみにしている。
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2010年は、トリノ王立歌劇場が来日!

2009-09-15 | オペラの感想
ジャパンアーツから定例のコンサート案内が届いた。
それによると、来年7月~8月はトリノ王立歌劇場が来日するらしい。
「1年近く先の公演チケットを、もう売りだすんだ」と思いながら見てみると、
演目は「椿姫」と「ラ・ボエーム」の2つ。
演目に目新らしさはないが、キャストをみて一瞬時間が止まった。
デセイとフリットリがそれぞれのヒロイン!
なんと、私がいま最も好きなソプラノ二人じゃないか。
これじゃ、どちらかひとつを選択することすら難しい。
加えて、チケットをゲットした後に、万一彼女たちが降板したらどうしてくれるの?
ジャパンアーツさん、なんとも罪作りなことをしてくれますねぇ(泣)

おまけに、翌9月には英国ロイヤルオペラも来る。
これまた、ネトレプコの「マノン」、ゲオルギューの「椿姫」という当代きっての美女ソプラノ二人の競演ではないか。
しかも、ロイヤルオペラの「マノン」のほうは、トリノの「椿姫」と同様にローラン・ペリーの新演出。
またまた嬉しい悩みで、当分眠れそうにありませんわい。


♪ヴェルディ:「椿姫」 
(サンタフェ・オペラ・フェスティバル共同制作 2009年8月プレミエ予定)
トリノ王立歌劇場では2009年9月~10月初演予定
<演出>ローラン・ペリー  
<指揮>ジャナンドレア・ノセダ
<出演予定>
■ヴィオレッタ:ナタリー・デセイ
■アルフレード:マシュー・ポレンザーニ
■ジェルモン:ローラン・ナウリ 他
<公演日時>2010年 7/23,26,29, 8/1

♪プッチーニ:「ラ・ボエーム」
<演出>ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ
<指揮>ジャナンドレア・ノセダ
<出演予定>
■ミミ:バルバラ・フリットリ
■ロドルフォ:マルセロ・アルバレス
■ムゼッタ:森麻季 他
<公演日時>2010年 7/25,28,31



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ミラノ・スカラ座来日公演 「ドン・カルロ」(その2) @東京文化会館(9/8)

2009-09-13 | オペラの感想
私にとって、オペラの楽しみの一つは幕間のシャンパン。
この日も第2幕が終わった後、私はロビーでシャンパングラスを片手に、「2幕は1幕よりずっと良くなってきたぞ。次の第3幕でパーペはフィリッポ王の深い悲しみをどう表現するんだろう、ロドリーゴの最後の場面は? フリットリのエリザベッタはきっと素晴らしいだろうな・・」なんてひとり思いをはせていた。

さて、休憩が終わり、私の最も好きな第3幕が始まった。
独奏チェロが美しい。単に美しいというのではなく、悲しみをたたえた美しさだ。
そして、フィリッポ二世の独白が続く。
「王妃は私を愛してくれない・・・」という嘆きで始まるこのアリア、名曲中の名曲だが、朗々と歌いすぎてもいけないし、かといって暗くなりすぎると王としての威厳に欠ける。
そんな難しい音楽を、パーペはまさに最高の形で歌い上げてくれた。
誰にも言えない王としての孤独な寂しさを、威厳を失わずに且つ一人の人間として表現してくれたのだ。
私は震えるほどの感動を覚えた。
深いバスというよりも、チェロの音色とも相通じるような艶やかさをもったパーペの声は、人間フィリッポ二世を表現するのにぴったり。
それと私が印象に残ったのは、フィリッポ王にぴったり寄り添うかのように、王の心理を見事に表現したオーケストラの素晴らしさ。
これこそミラノ・スカラ座の伝統なのだろう。
コチェルガの宗教裁判長の頑固一徹さ、「呪われし美貌」を見事に歌いきったザージックも素晴らしい。
もうこのあたりに来ると、ステージだけではなく、聴衆も一体になって、ホール全体が「ドン・カルロ」の世界になっていた。

第2場では、ロドリーゴが牢獄で銃撃されて、亡くなる直前のアリアが印象に残った。
このオペラの中でも最も美しい音楽のひとつだけれど、本来伴奏であるはずのハープとフルートが、ピアノと指示されているにもかかわらず、ロドリーゴの声と対等なくらい大きめの音量でのびやかに奏でていた。
そうか、もうすでに彼の魂は天国にあって、ハープとフルートが作る美しい花園の中にロドリーゴは佇んでいるんだ。
また、この日の舞台では、ロドリーゴの死の後、フィリッポ王が歌う「誰がこの男を私に返してくれるのか」という嘆きのアリアがおかれていた。
通常の上演ではカットされることが多いようで、私も初めて聴いたが、物語の展開上も大切なものではないだろうか。
アリアの冒頭、「あなたの手は血で染まっている!さがってください」とカルロが強い口調で父に迫る場面で、ヴァルガスにもう少し切迫感があればと惜しまれるが、父と子が共にロドリーゴというかけがえのない人物の死を惜しむ姿は感動的だ。

そして第4幕。
この幕では、何といってもエリザベッタの名アリア「世のむなしさを知る神よ」がメインになるが、この日のフリットリの素晴らしさを何と形容したらいいのだろう。
独特の甘く伸びやかなシルキーヴォイスは、エリザベッタの優しさ、運命に翻弄されながらも王妃としての務めを懸命に果たそうとする健気なまでの心情を、完全に表現しつくしていた。
昨年コジで聴かせてくれたフィオルデリージにも圧倒されたが、今回のエリザベッタの名唱はさらにその上を行っていたのではないだろうか。
永遠に続くかと思うような拍手の嵐が、その何よりの証だ。

全体的な印象で言うと、初日ということもあって、最初はややまとまりを欠く状態だったが、最後は「さすがスカラ座のドン・カルロ!」と思わせてくれた。
また、今回の上演では、マエストロ・ガッティの存在をあまり強く感じることはなかったが、歌・オーケストラ・演出のバランスを重要視し、歌だけあるいはオケだけが決して突出しないようにきめ細かくコントロールする彼の姿勢は、随所に現れていた。
最後に、カルロとエリザベッタの心のふるさとである「フォンテンブローの森」、カルロとロドリーゴの少年時代から変わらぬ友情と忠義、そして原点ともいえるサン=ジュスト修道院といった重要なモティーフを、子役を巧みに登場させつつ視覚的にも美しく演出したブラウンシュヴァイクにも大きな賛辞を送りたい。
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ミラノ・スカラ座来日公演 「ドン・カルロ」(その1) @東京文化会館(9/8)

2009-09-12 | オペラの感想
8日に「ドン・カルロ」の初日を観た。
2回に分けてその感想を。

今回のミラノ・スカラ座の来日公演は2演目。
2演目のうちアイーダとドン・カルロとどちらか一つと言われたら、やっぱりドン・カルロだ。
そして、キャスティングをみると、私にとっては初日しか選択肢がなかった。
というわけで、この日は仕事を定時に切り上げて上野の文化会館へ急いだ。
この日の席は、3階のレフトサイドの2列目。
あまりいい席とは言えないが、観れるだけで幸せ。
どきどきしながら開演のベルを待った。

<日時>2009年9月8日(火) 18:00開演
<会場>東京文化会館
<出演>
■フィリッポ二世:ルネ・パーペ
■ドン・カルロ:ラモン・ヴァルガス
■ロドリーゴ:ダリボール・イェニス
■宗教裁判長:アナトーリ・コチェルガ
■エリザベッタ:バルバラ・フリットリ
■エボリ公女:ドローラ・ザージック
<演奏>
■指 揮:ダニエレ・ガッティ
■管弦楽:ミラノ・スカラ座管弦楽団
■合 唱:ミラノ・スカラ座合唱団
<演 出>シュテファン・ブラウンシュヴァイク

この日の公演は、1~2幕と3幕以降でまるで別物だった。
第3幕以降は、さすが天下のミラノ・スカラ座!
それに比べて、前半はいささかフラストレーションのたまる内容。
とくに第1幕は、ほとんど印象に残っていない。
オケは粗いし、声も思ったほど通らない。
とくにヴァルガスのドン・カルロは、声は奇麗だけど全くこちらに訴えかけてこない。だからというわけではないが、ロドリーゴとの有名な「友情の二重唱」も、はっきり言って絵空事。
第2場の白く明るい舞台が、やけに鮮烈だった。ザージックの「ヴェールの歌」は素晴らしい。ヴィブラートはあまり私の好みに合わないが、この人の歌唱には納得。
それから、パーペとフリットリが登場して歌いだすと、そのときだけ周りの空気が一変する。ただ、彼らの出番があまり多くないので、全体の印象を変えるまでには至らなかった。

第2幕は、第1幕よりもずっといい。
全体に集中力が増してきたし、何よりもメッセージが強く伝わるようになってきた。
ドン・カルロの独白の場面でも、初めてヴァルガスの柔らかな声が活きていたのではないだろうか。
ただ、オーケストラの肌理の粗さが、私には依然として気になっていた。
ウィーン国立歌劇場やドレスデン国立歌劇場のオケの緻密な表現力と比べると、どうしても違和感を覚えるのだ。
しかし、それも次の第3幕では見事に解消することになる。

(続きは次回に)

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新国立劇場 ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」 3/15

2009-03-21 | オペラの感想
2009年のトウキョウ・リングが始まりました。
8年ぶりの再演になるそうです。
少し遅くなりましたが、15日の「ラインの黄金」の感想を。

<日時>2009年3月15日(日)14:00開演
<会場>新国立劇場
<出演>
■ヴォータン:ユッカ・ラジライネン
■ドンナー:稲垣俊也
■フロー:永田峰雄
■ローゲ:トーマス・ズンネガルド
■ファーゾルト:長谷川顯
■ファフナー:妻屋秀和
■アルベリヒ:ユルゲン・リン
■ミーメ:高橋 淳
■フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
■フライア:蔵野蘭子
■エルダ:シモーネ・シュレーダー
■ヴォークリンデ:平井香織
■ヴェルグンデ:池田香織
■フロスヒルデ:大林智子
<演奏>
■指 揮:ダン・エッティンガー
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
<演 出>キース・ウォーナー

この日の席は1階8列目で、とても見やすい席でした。
いつものように、目薬を点した後のど飴を一粒口に含み、ハンカチを膝の上において開演を待ちます。
いつの間にかエッティンガーが入場し、静かにラインの黄金の幕が上がりました。
1幕物としては異例の長さのオペラですが、終わってみれば、まさにあっという間の2時間40分でした。
先入観をもちたくなかったので、初演のときの情報はつとめてインプットしないようにしてきましたが、音楽も演出もとても充実した素晴らしい上演だったと思います。
キース・ウォーナーの演出は、一見シンプルでモダンな印象を受けますが、実に良く考えられたもので、決して奇をてらったものではないところが大いに気に入りました。
右上の画像は2場・4場の基本セットですが、この4角形は長方形でもひし形でも平行四辺形でもありません。このいびつな4角形の中で、そして底辺も少し傾いた空間の中で神々は暮らしているのです。
まるで、「神々といえども、気を抜くと滑り落ちるぞ」と暗示しているようです。
底辺が水平でないというのは、なにもこの「神々セット」に限った話ではなく、ほとんどの舞台がそうなっていました。
「みんなよく聞け!今日無事だったからと言って、明日はどうなるか誰も分からんのよ。」という万人に向けたメッセージだと私は受け止めました。
そう考えると、純白で美しいけどいかにもちゃちな作りのワルハラ城や、日本神話の神様?や東洋風の神様?たちが登場するラストのシーンもよく理解できます。
しかし、そんな演出も、歌手たちが大真面目に演じてもらわないと、そして何よりも説得力を持った音楽として聴かせてもらわないと、単に滑稽な風刺物語に終わってしまいます。
その点でも、この日の歌、演技、音楽は、いずれも満足できるものでした。

最も印象に残ったのが、アルベリヒ役のユルゲン・リン。
声も演技も出色でした。アルベリヒのずる賢さだって、一皮むけば誰でも持ち合わせているもの。
「自分の信じるところを、まっすぐ行動に移して何が悪い」とばかりに堂々と悪役を演じる姿に、私は人間臭さと一種の清々しさを感じました。

巨人族のファーゾルト・ファフナー兄弟も良かった。
とくにファーゾルトが第2場で、「無骨な自分たちだけど、さびしい我が家に優しい女性がいてほしいと願うのは、そんなにおかしなことか?」とオーボエの絶妙の伴奏をともなって訴えかける場面に、私は深く感動しました。
登場人物の中で最もヒューマンな存在が、実はこのファーゾルトだったのではないでしょうか。

優柔不断のウォータン、心配性な妻フリッカを、それぞれ表情豊かに演じたラジライネン、ツィトコーワも素晴らしかったと思います。

惜しむらくは、ズンネガルドのローゲ。
こうもりのファルケ博士ならぴったりだと思うのですが、ある意味で狂言回しのような役割をもった「知謀にたけたローゲ」としては、やや優し過ぎる印象。
ローゲ対ウォータン、ローゲ対アルベリヒ、ローゲ対巨人族という対比が、この楽劇では重要な要素をしめているので、より冷やかで硬質の存在感があったほうが良かったと思います。

しかし、前述したとおり、総じて大成功の舞台だったのではないでしょうか。
長丁場に備えて、当日は大好きな珈琲も1回で我慢し、新宿駅・初台駅・劇場でそれぞれトイレに行くという、涙ぐましい努力をしただけのことはありました(笑)
4月のワルキューレが、今から楽しみです。


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ムーティ&ウィーン国立歌劇場 来日公演 「コシ・ファン・トゥッテ」

2008-10-31 | オペラの感想
ムーティ&ウィーン国立歌劇場の最終回のコジを観てきました。
少し遅くなりましたが、そのときの感想を。

<日時>2008年10月27日(月) 6:30p.m. 開演
<会場>東京文化会館
<出演> 
■フィオルディリージ:バルバラ・フリットリ
■ドラベッラ:アンゲリカ・キルヒシュラーガー
■グリエルモ:イルデブランド・ダルカンジェロ
■フェッランド:ミヒャエル・シャーデ
■デスピーナ:ラウラ・タトゥレスク
■ドン・アルフォンソ:ナターレ・デ・カローリス

■指揮:リッカルド・ムーティ
■演出:ロベルト・デ・シモーネ
■ウィーン国立歌劇場管弦楽団
■ウィーン国立歌劇場合唱団

ずいぶん聴いてきたつもりのオペラだけど、実際の舞台に接するのはこの日が初めてです。
何カ月も前から、指折り数えて開演の日を待ちました。
期待が膨らみすぎて胸が潰れそうだったけど、終演後は、胸だけじゃなくて、それこそ身体中に感動が沁みわたりました。
私が聴きたかった理想のコジがそこにあったのです。

ムーティとウィーンのシュターツオーパー。
それだけでも、最高のコジが約束されているはずでした。
しかも歌手は、フリットリ、キルヒシュラーガー、ダルカンジェロ、シャーデとくれば、興奮するなというのが不思議なくらいです。
今年2月にウィーンで同じムーティの指揮、シモーネの演出でコジが上演されましたが、そのときからはフェッランドがフランチェスコ・メリからシャーデに変わっています。
まさに、当代最高のキャストといっても過言ではないでしょう。

このオペラは、ストーリーだけ追っかけると、はっきり言って矛盾だらけの茶番劇。(そこが魅力でもあるのですが・・・)
ところが、モーツァルトが魔法の粉を振りかけると、もうかけがえのない最高の音楽になってしまうのですから不思議なものです。
しかし、このオペラは難しい。そして怖い。
まず、登場人物が最初から最後まで6人しかいませんし、その6人すべてが粒揃いでないといけません。
誰か一人でも穴があると、あっという間に全体のバランスが崩れて、その穴だけがやけに気になって、オペラを楽しむどころではなくなってしまうからです。
また、全編ジョークの塊のようなオペラですが、少しでも媚びを売ろうとした瞬間に、聴き手はさっと醒めてしまいます。
だから歌手たちも、ひたすら大真面目に歌い、演じてもらう必要があります。
これら2つの条件を満たした時に、初めて「コシ・ファン・トゥッテ」というオペラは本来の魅力的な姿を現してくれるのだと思います。

この日の上演は、これらの要素を完全に満たしていました。
いや、そんな月並みな表現ではとても言い表せないなぁ。
ムーティのタクトが一閃するたびに、血の通った人生模様が舞台で次々と繰り広げられるのです。
歌手たちが真剣に演じてくれるからこそ、聴き手はつい笑ってしまいます。
しかし次の瞬間には、恋人に対する複雑な想いに心を馳せて、思わずもらい泣き・・・。
まさしく、この繰り返しでした。
そして、喜怒哀楽をものの見事に描写するモーツァルトの音楽のとびきりの美しさ。
モーツァルトだけがもつ「泣き笑い」の真髄を、とことん堪能させてもらいました。

歌手では、やはりフリットリ。
以前に比べると少しふっくらした感じもしましたが、あのミルキーボイスは健在。
舞台での存在感は格別で、フィオルディリージの芯の強さと優しさを見事に表現してくれました。「岩のように・・・」のアリアも、2幕のロンド「許して恋人よ」もともに素晴らしかった。コロラトューラの技巧もすぐれている上に、弱音が本当に綺麗。女王様感覚がないのもコジにはうってつけでしょう。

ダルカンジェロは、私のお気に入りのバリトンで、当代最高のフィガロ歌いだと確信していますが、今回のグリエルモもやはり抜群。
オペラグラスを通してみたその表情の豊かさと、張りのある歌唱には思わずうっとり。

シャーデが歌う1幕のフェッランドのアリア「いとしき人の愛のそよ風は」も、印象に残りました。
とくにリピートした後の弱音は、鳥肌が立つくらい美しかった。

うれしい発見だったのがキルヒシュラーガー。
ウィーン中で愛されているメゾは、やはりチャーミング。
私にとって、まさに理想のドラベッラでした。
しかし、私がうれしい発見と申し上げたのは、第2幕で新しい恋に揺れ動く姉に向かって歌うアリア「恋は心を盗む」を聴きながら、エディト・マティスの面影をみたからです。
何度も書いてきましたが、マティスは私の最も愛するソプラノです。
キルヒシュラーガーの歌い方、声、そして表情に、マティスとの多くの共通点を感じました。
マティスのもつ安定感にはまだ及びませんが、何よりも雰囲気が似てる。
これから絶対彼女を応援していこうと、心に決めました。

ひとりひとりの歌唱も上記のとおり素晴らしかったのですが、今回のコジで最も感動したのはアンサンブルの素晴らしさ。
とても全部を紹介できませんが、たとえば第1幕で出征の直前に歌われる5重唱「毎日手紙を書いて」。
何て柔らかくて優しい音楽だろう。
そして、船が出て行ったあとの3重唱「風よ穏やかに・・・」。
これはモーツァルトの書いた最も美しい音楽の一つだと思いますが、聴きながら心の中がこのときほど暖かくなったことはありません。

そして、何といってもウィーンフィルの素晴らしさ。
その魅惑的な音色、豊かだけど決して重くならない低音をベースにした独特の響き、もう溜息をつくばかりです。
オペラというものを知り尽くしたオケというのは、どんな主役にも負けなくらい重要なのですね。
些細な傷ができても、あっという間に治してしまう名医のような力。
歌手とともに音楽の中で語りあう表現力の高さ。
当たり前と言われればそれまでですが、この日もいやというほど思い知らされました。
たとえば、2幕でドラベッラが陥落したことを知った後、失意のフェッランドが歌うアリアの中間部。
そっと彼を励ますように奏でられる木管の何という優しさ。思わず目頭が熱くなりました。
また、コジでは、ブン・チャチャチャという8分音符の単純な伴奏音型が随所にでてきますが、彼らは何気なく弾いているにもかかわらず、それが実に音楽的。
やはり世界一のオーケストラです。

それから、書き忘れるところでした。
通奏低音のフォルテピアノが、もう抜群に良かったのです。
この絶妙の呼吸感が、どれだけオペラ全体をリードしてくれたか計り知れません。
ムーティも全幅の信頼を寄せていたことでしょう。

まだまだ書きたいことは沢山ありますが、いったんこれくらいにしておきます。
また、終演後の上野のギネスまで一緒にお付き合いいただいたユリアヌスさんにも、改めて感謝を申し上げたいと思います。
感動が2倍になったかも・・・(笑)

2年前にウィーンで味わうことのできた最高のフィガロ。
そして、いま東京で体験できた最高のコジ。
きっと一生忘れないでしょう。
マエストロ・ムーティ、ウィーンフィル、フリットリを始めとする最高の歌手のみなさん、本当にありがとう。
至福の3時間でした。




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ウィーン・フォルクスオーパー オペレッタ『こうもり』

2008-05-27 | オペラの感想
韓国演奏旅行記の続きを書かないといけないのですが、その前に日曜日に観たフォルクス・オーパーの「こうもり」の感想を。

<日時>2008年5月25日(日) 14:30開演
<会場>東京文化会館
<出演>
■ロザリンデ:ナンシー・グスタフソン
■アデーレ:ダニエラ・ファリー
■イーダ:マルティナ・ドラーク
■オルロフスキー公爵:ヨッヘン・コワルスキー
■アイゼンシュタイン:ディートマール・ケルシュバウム
■ファルケ博士:ミリェンコ・トゥルク
■アルフレート:ルネ・コロ
■フランク博士:カルロ・ハルトマン
■フロッシュ:ハインツ・ツェドニク
■ブリント弁護士:ゲルノート・クランナー
<演奏・演出>
■指揮:レオポルト・ハーガー
■演奏:ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団・合唱団
■バレエ:ウィーン国立バレエ団
■演出:ハインツ・ツェドニク

最近セミナーが続いておりまして、話すネタや資料の準備で、ちょいとばかり本業の方でバタバタしております。(汗)
そんな中、「忙中閑あり」と開き直り、日曜日にフォルクスオーパーの「こうもり」に行ってまいりました。
席は3階のR列(B席)。
日曜日の午後ということもあり、チケットは完売です。
15分ほど前に席に着き、オペラグラスの調整をしながら客席に目をやると、みなさんとてもリラックスして開演を待っています。
「日本でも、オペレッタをこんな風に楽しめるようになったんだなぁ」と、妙に感心してしまいました。

そうこうしているうちに開演のベルがなり、場内が暗くなると同時に指揮者のハーガーの登場です。
いつ聴いても心躍るあの序曲で「こうもり」が始まりました。
ただ、少し響きが薄いかなぁ。オーボエなんかもまさにチャルメラそのものだし・・・。
少々心配です。
しかし、幕が上がると、そこはまさにウィーン・オペレッタの世界。
オケの響きのことは、まったく気にならなくなりました。
そして、はっと気がつくと、終演のカーテンコール。
少々大げさですが、まさにそんな感じだったのです。

それにしても、この日の歌手達はそろいも揃って、みんな芸達者!
フォルクス・オーパーの面目躍如といったところでしょうか。
何より嬉しかったのは、引退したはずのルネ・コロのアルフレードが聴けたこと。
10年前にベルリンドイツオペラが来日したときに、ルネ・コロがタイトルロールを歌った「タンホイザー」をみましたが、これでいよいよ見納めだと思いこんでいただけに、このサプライズは嬉しかった・・・。
70歳ということもあり、さすがに息が続かないような部分もありましたが、時折みせる「歌いまわし」は、まさにルネ・コロだけのもの。
あー、聴けてよかった!
それに、コワルスキーのオルロフスキー公爵は、とにかく存在感が凄い。
その他の歌手で印象に残ったのは、アデーレ役のダニエラ・ファリー。
容姿・歌唱ともにコケティッシュな魅力に溢れたアデーレを演じてくれました。
きっと多くのファンを掴んだことでしょうね。近々「ホフマン物語」のオランピアを歌うそうですが、まさにぴったりの雰囲気。大化けの気配濃厚です。

あと、グスタフソンのロザリンデも貫禄十分だったし、アイゼンシュタイン役のケルシュバウム、ファルケ博士役のトゥルクも好演でした。
ツェドニクの抱腹絶倒の看守フロッシュや、ドラーク演じる美貌のイーダと、脇役陣も充実していましたね。
先ほども書きましたが、今回のキャストは、歌もさることながら、表情の豊かさ、演技のうまさが際立っているように感じました。
やはり、「こうもり」はこうでなくちゃ!

それから、もうひとつ特筆しておきたいことがあります。
それは、字幕です。
とにかく自然で適切な日本語に訳されているので、初めて「こうもり」を見た人もきっと楽しまれたことと思います。
幕間ごとに飲んだシャンパンの味と共に、私にとって記憶に残る「こうもり」になりそうです。




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新国立劇場 R・シュトラウス:歌劇『サロメ』

2008-02-09 | オペラの感想
今日も本当に寒いです。
外を見ると、ちらほらと雪が・・・。
先週に続いての雪ですね。

さて、少し遅くなりましたが、6日に観た新国立のサロメの感想を。



<日時>2008年2月6日(水) 19:30開演
<会場>新国立劇場
<出演>
■サロメ:ナターリア・ウシャコワ
■ヘロデ:ヴォルフガング・シュミット
■ヘロディアス:小山 由美
■ヨハナーン:ジョン・ヴェーグナー
■ナラボート:水口 聡
<演奏>
■指 揮:トーマス・レスナー
■管弦楽:東京交響楽団
<演出>アウグスト・エファーディング

今回のサロメには当初行く予定はなかったのですが、急に思い立ってチケットを入手しました。
席は1階7列目。とても良い席です。
いつの間にか指揮者が登場し、拍手のないままサロメが始まりました。
舞台には、大きな古井戸があります。
そして、この舞台設定が、シンプルだけど極めて強い印象を与えてくれました。
古井戸の地下に捕らわれているヨカナーンの存在こそが、王女サロメを虜にし、結果的に2人に「死」という運命を導くわけですから、サロメの心理を表現する上で、古井戸は大きな意味を持っています。
エファーディングの演出は奇をてらったところがなく、しかも聴衆にしっかりとリヒャルト・シュトラウスのメッセージを伝えてくれました。
せっかくの名演奏が、凝った演出のためにぶち壊しになった(少なくとも、今でも私はそう思っています!)昨年11月のドレスデン国立歌劇場の来日公演とは大違いです。

今回のサロメ役は、ナターリア・ウシャコワ。
サロメを演じるのは初めてだそうですが、とても魅力的なサロメでした。
決して強い声の持ち主ではありませんが、表現力がとても豊か。
さすがに、ウィーン国立歌劇場のヴィオレッタで評判になっただけのことはあります。
ヨカナーンと対面するまでの少女のような純真さ、ヨカナーンと出会ってからの一途な表情、「7つのヴェールの踊り」で見せた妖艶な雰囲気、いずれも私は大いに共感を覚えました。
サロメは決して狂った女ではありません。ヨカナーンとの出会いによって、「愛情」「ひたむきさ」があまりにエスカレートした挙げ句、「ヨカナーンを自分だけのものにしたい」という感情に全てを支配されてしまったのではないかと思います。
そう考えると、「7つのヴェールの踊り」にしても、ただ官能的なだけではダメで、常にヨカナーンへの熱い思いを伝えてほしいと思うのですが、この日のウシャコワにはそれがありました。
「7つのヴェールの踊り」の最初の部分でシルエットだけで見せる場面がありましたが、それが息をのむほど美しく、だからこそ実際に姿を現して踊る時の妖艶さが、一層鮮烈に感じられるのです。
また、最後にヨカナーンの生首を目の前にする場面。
布で覆われているヨカナーンをみたときの「自分の最も欲しかったものがついに手に入った」という喜びの表情、布をとったときに一瞬見せる恐怖の表情、そして再び首に近づき「ついに、私だけのものになった」と抱きしめるときの恍惚の表情。
もう、それは歌手というよりも女優の表情でした。
ウシャコワが彫りの深い美貌の持ち主だけに、その表現力はいっそう際立っていたと思います。

あと歌手で素晴らしかったのは、ヨカナーン役のジョン・ヴェーグナー。
古井戸から地上に姿を現し、眩しそうに光を避けるような表情をしたあと、歌い出した時の声に、私は忽ち痺れました。
とにかく説得力のある歌唱で、もう圧倒的な存在感。
これならサロメが夢中になるはずです。
また、ヘロデ役のヴォルフガング・シュミットも、ヘロディアス役の小山由美さんも、それぞれ味のある演技と歌唱で楽しませてくれました。
ヴォルフガング・シュミットは、ドレスデンの来日公演でもヘロデ王を歌っていましたが、この日のほうがさらに良かったかもしれません。
最後にオーケストラ。
昨秋のドレスデン・シュターツカペレと比べるとさすがに分が悪いけど、なかなかの好演でした。ヨカナーンが再び古井戸の中に戻ったあとの場面など、色彩豊かな表現力で、リヒャルト・シュトラウスの音楽の素晴らしさを満喫させてくれました。

結論。素晴らしいサロメ!
観れてよかった。
昨秋、大枚はたきながら何とも歯痒い思いをしたフラストレーションは、この日で完全に払拭されました。





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マリインスキー劇場 ボロディン:『イーゴリ公』

2008-02-05 | オペラの感想
マリインスキーの「イーゴリ公」を観てきました。
モニター券をゲットできた上に、席は3階Lの1列目。
この席の素晴らしさは、一度経験すると病みつきになります。

「イーゴリ公」というオペラは、有名な「だったん人の踊り」を除いてあまり知られていません。
日本での上演も、極めて少ないのではないかしら。
確かに派手さや泣かせる部分は少ない上に、もともと未完のオペラということもあって、ドラマの展開としては少々退屈な部分もありますね。でも、音楽だけをとってみればとても美しいし、私は「さすがボロディン!」と言いたくなります。
先程「未完のオペラ」と書きましたが、リムスキー=コルサコフとグラズノフによって完成され陽の目をみたので、その版が一般的です。しかし、この日の版は最終的にゲルギエフの手によって改訂されたものでした。
最大の違いは、リムスキー=コルサコフ&グラズノフ版の第1幕が、ゲルギエフ版ではそっくり最後の第4幕に来ます。
こうなると、さすがに随分印象が変わりますね。

さて、この日、ゲルギエフは例の爪楊枝みたいな指揮棒ではなく、普通の長さのものを使っていました。
そして、まずオケの音を聴いて驚きました。実に多彩で表情豊かなのです。弦は良く歌うし、輝かしいブラスと炸裂するティンパニはとにかく強烈!
昨秋ヨーロッパの名門歌劇場をたて続けに聴いてしまったので、正直比べてはいけないかなと思っていたところ、どうしてどうして・・・。
恐れ入りました。
舞台そのものも、派手さはないけど、オペラの特徴をとてもよく引き出したと思います。第1幕で本物の馬が2頭登場してきたのには少々驚きましたが・・・(笑)

この日のハイライトは、やはり「だったん人の踊り」。
バレエ団のプリンシパルが登場したダンスも素晴らしかったし、音楽の高揚感も抜群でした。
でも、私が見ていて興味深かったのは、ゲルギエフの指揮。音楽がどんどん熱を帯びながら高揚していくにつれて、逆に指揮の動きが小さくなっていくのです。
これは見ものでした。あのコンパクトな棒さばきで、あれだけのクライマックスを作れるわけですから、何かゲルギエフの指揮の秘密の一端を垣間見たような気がします。
それともう一つ。
「だったん人の踊り」をオペラの展開の中でみると、「あー綺麗だ。素晴らしい迫力!」だけではなく、音楽そのものが俄かに生命を宿したかのように感じるのです。
この踊りは、敵将ながらイーゴリ公に尊敬と敬愛の念をもっていたコンチャーク汗が、囚われの身となったイーゴリ公を励まそうとして贈ったプレゼントでした。
しかし、誇り高いイーゴリ公が、捕虜となっている自らの境遇で祖国のことを思い描きながら、コンチャーク汗のもてなしをどういう気持ちで受けとめたのか。
おそらく複雑な心中だったことでしょう。そう考えると、あのエキゾチックなメロディが、ますます心に迫ってくるのです。

マリインスキー劇場の公演は、合唱も素晴らしかったし、歌手達もいわゆるビッグネームはいませんが、総じてレベルの高い歌唱を聴かせてくれました。
ただ、イーゴリ公の妻ヤロスラーヴナだけは、声質も歌い方もあまりに私のイメージとかけ離れており、コメントを差し控えます。

また、「イーゴリ公」とは全然関係ありませんが、昨秋「バレンボイムのトリスタン」を同じNHKホールのこの席で観れたら、どんなに素晴らしかったでしょうか・・・。
この日のオペラを観ながら、ふと思ってしまいました。

<日時>2008年2月2日(土) 18:00開演
<会場>NHKホール
<出演>
■イーゴリ公:セルゲイ・ムルザーエフ
■ヤロスラーヴナ:ラリーサ・ゴゴレフスカヤ
■ウラジーミル:エフゲニー・アキーモフ
■ガリツキー公:アレクセイ・タノヴィツキー
■コンチャーク汗:セルゲイ・アレクサーシキン
■コンチャコーヴナ:ナターリア・エフスタフィーエワ
ほか
<演奏>
■指 揮:ワレリー・ゲルギエフ
■管弦楽:マリインスキー劇場管弦楽団
■合 唱:マリインスキー合唱団
<演出>
■エフゲニー・ソコヴニン
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ドレスデン国立歌劇場 R.シュトラウス:歌劇『ばらの騎士』

2007-11-28 | オペラの感想
ずっと縁遠い存在だった「ばらの騎士」が、やっと9月に私に微笑んでくれました。
きっかけは、チューリッヒ歌劇場の素晴らしい来日公演。
「夢よ、もう一度」というわけで、急遽ドレスデンの最終公演のチケットを入手しました。
この日の席は3階席で、少々舞台は遠いけど、センター付近のとても見やすい席でした。
ただ、元帥夫人役で出演予定のアンゲラ・デノケは、インフルエンザのため来日中止。
おまけに、指揮者も、準・メルクルから音楽総監督のファビオ・ルイジに急遽交代という、まさに前代未聞の事態。
大丈夫?
結論から言ってしまうと、そんな不安を吹き飛ばすような素敵な公演でした。



<日時>2007年11月25日(日)15:00開演
<会場>NHKホール
<出演>
■元帥夫人:アンネ・シュヴァンネヴィルムス
■オックス男爵:クルト・リドル
■オクタヴィアン:アンケ・ヴォンドゥング
■ファーニナル:ハンス=ヨアヒム・ケテルセン
■ゾフィー:森 麻季
<演奏・演出>
■指 揮:ファビオ・ルイジ
■管弦楽:ドレスデン・シュターツカペレ
■演 出:ウヴェ=エリック・ラウフェンベルク

歌手の中では、まず急な代役で出演したシュヴァンネヴィルムス。
彼女の歌唱・演技は、どんなときも元帥夫人らしい威厳と高貴さを失いません。
第1幕で、オクタヴィアンと戯れている時の幸福そうな表情、その後結い上げた髪型が「老人みたい」とつぶやくあたりから、やがて訪れる老いへの恐れ、そして「夜中に時計を止めてまわった」ほどの何ともいえない寂しさ、このあたりの微妙に変化していく心境を見事なまでに演じてくれました。
また、第3幕の大荒れの場面で登場するシーンでは、言葉は悪いけど、さながら黄門様の印籠のよう。
登場しただけであたりを払う存在感がありましたし、最後の3重唱を感動的に歌い上げた後、静かに退場するシーンでは、大袈裟な演技をしないだけに一層私の心を強く揺さぶりました。

オクタヴィアン役のヴォンドゥングは、もともとチャーミングなメゾ。
強い声の持ち主ではないけど、元帥夫人とゾフィーの間で揺れ動く若者を巧みに演じてくれました。どちらかというと、女装した(妙な言い方ですが・・・)マリアンデルの方が似合っていたでしょうか。
ただ、肝心の「ばらの騎士」の衣裳が、ベルボーイの制服のように見えたのは、いささか残念。

今回のゾフィーは森麻季さん。
栄えある凱旋公演でしたが、少し緊張気味?
透明感のある声なんだけど、周りの歌手たちと比べると、やはり声量不足は否めません。
ただ、この日1階で聴かれたyokochanさんは、「よくとおる声だった」と仰っていましたので、席の関係かもしれませんね。
全体的に少し視線が下がっていたことも、原因の一つでしょうか。
でも、森さんの生真面目さといく分硬い表情によって、「いかにも大切に育てられたお嬢さん」という感じが滲み出ていて、私はむしろ好感を持ちました。
カーテンコールで、大きなブーを飛ばしていた人がいましたが、そんなに酷い出来だったかなぁ。
一流歌劇場の来日公演の晴れの舞台で、同じ日本人が頑張って歌っているのだから、もう少し温かい眼で見てあげたらどうなんだろう。
少し寂しくなりました。

リドルのオックス。
こちらは掛け値なしに良かった。演技・歌ともに抜群。
「ばらの騎士」のオペラ・ブッファとしての魅力を満喫させてくれました。



そして、なんと言ってもドレスデン・シュターツカペレ。
「サロメ」でも感じたことですが、本当に素晴らしい!
強奏部においても絶対金属的にならないし、弱音がことのほか美しい。もちろん、表面的に綺麗という意味ではありません。
たとえば、第1幕の終わりで、元帥夫人が「銀のばら」をオクタヴィアンに届けるよう召使に命じた後、ひとり物思いにふける場面。このとき、元帥夫人をそっと慰めるかのように、とびきりやさしく奏でられる弦。
もう、ふるいつきたくなるような美しさでした。これほどニュアンスに富んだ響きを出せるオーケストラは、シュターツカペレ以外ではウィーンフィルくらいのものでしょう。
このオケは、コンサートで聴いても大変魅力的なオーケストラですが、オーケストラピットに入ると、さらに素晴らしい。
舞台で演じられているその瞬間の空気を感じ取って、変幻自在に音楽を奏でます。
ときに励まし、ときに寄り添い、ときに泣く。
どんなときでも、歌手と一緒に演じることができる素晴らしいオーケストラ。
このオケの魅力を十二分に引き出し、素敵な「ばらの騎士」を聴かせてくれたルイジにも、大きなブラーヴォをあげたい!
ルイジのストレートで真摯な音楽作りが、大きくものを言っていたと思います。

この日、たまたま私の隣に座られたご婦人が、「今まで準・メルクルの大ファンでした。でも、今日初めて『ばらの騎士』を観て、このオペラもルイジも大好きになりました」と終演後、笑顔で話されていました。
まったく同感!ご婦人の感想をきいた私まで、何だかとても嬉しくなりました。

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