ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

スクロヴァチェフスキ&読響 ブルックナー:交響曲第8番(3/26) @サントリーホール

2010-03-28 | コンサートの感想
先週金曜日からは、いよいよセ・リーグのペナントレースが開幕した。
我が愛するタイガースも、まだ2日間だけど最高のスタートを切ることができた。
やはり城島効果が大きい。ただ、戦うスタイルの確立、選手層の底上げという点では、まだまだ巨人や中日に及ばないと思う。
あの広い甲子園を本拠にする以上、戦うスタイルは自ずと決まってくるはずなのに、真のエースが育っていないし、守備力・走塁といった面でも気がかりな点が多い。
昨年も金本が4月に神がかり的な活躍を見せたにもかかわらず、その間に戦力の整備や戦い方の方向感が出せなかったことが、Bクラスに低迷した大きな原因だ。
今年はその轍を踏んではいけない。
城島効果が出ている間にこそ、冷静に次の次を見据えた戦略をたててほしいと切に願っている。

さて、先週金曜日から今週土曜日にかけては、私にとって大作鑑賞週間だ。
「神々の黄昏」「マーラー3番」「マタイ」と続くシリーズのトップを飾ったのが、読響定期のブルックナーの8番。
読響常任指揮者としてスクロヴァチェフスキが振る最後のコンサートだ。

<日時>2010年3月26日(金) 19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■ブルックナー:交響曲第8番ハ短調
<演奏>
■スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
■読売日本交響楽団

生涯決して忘れることのできないブルックナーだった。
かれこれ100回近く読響の演奏を聴き続けてきたが、今回のブルックナーほど大きな感銘を受けたことはなかった。
感想を書くとしたら、もうそれだけで十分かもしれない。
むしろ書けば書くほど、一昨日の感動が自分の中で薄れていくような気がして怖い。
それほど素晴らしいブルックナーの8番だった。
ただ、物忘れがひどくなってきた自分用に、思いつくまま印象を書きとめておこう。

この日のマエストロの聴かせたブルックナーは、まずオルガンのごとく横に滔々と流れる大河のような響きが基本。
そして、劇的に大きなうねりをみせる。
しかし、それだけではないのがスクロヴァチェフスキ流。
まず、細かなリズムに物凄く気を遣っていた。
それは第一楽章冒頭から既に明らかで、16分音符と4分音符の組み合わさったリズムの主題が本当に新鮮に描かれていたと思う。
また、テンポはかなり変化したにもかかわらず、全体の見通しにはいささかの曇りもなかった。
終楽章は、まさにその典型で、ぐぐっとテンポをあげても節目節目の太い柱が微動だにしないので、聴いている方は安心できる。

音楽の流れに沿って、もう少し振り返ってみる。
第1楽章は途中からどうにも涙が止まらなくなって、「まだまだ先は長いのに、こんなことでどうするんだ」と自分を叱咤しながら聴いていた。
第2楽章では、3小節目からのヴィオラとチェロの主題が暖かくかつ逞しい表情で、それがとても印象に残っている。
そういえば、この日のヴィオラとチェロはともにソロ主席がダブル出演で、このメンバーのときの読響の弦は強力だ。
第3楽章のアダージョは、もう涙なしには聴けなかった。
藤原さんのソロも最高。
そして、フィナーレ。
先ほど書いたようにテンポもかなり変わるが、ひょっとすると、これはマエストロの気合いの現れだったかもしれない。
音楽への感動と感傷的な思いが交錯しながら、あっという間に時がすぎる。
いよいよコーダだ。
聴こえる。たしかにすべての主題がはっきりと聴こえる。
これが聴きたかった。
すべての主題が大伽藍を築くこのコーダを、こんな風に聴きたかったんだ。
これでこそ、ブルックナーの8番。

それと、この日集まった聴衆にも感謝したい。
家族あるいは友人のような暖かな雰囲気と、一種独特の緊張感が、ホール全体を包み込んでいた。
終楽章の最後のリテヌートは、ほとんどインテンポでなだれ込むような形の終わり方だったが、その後完全な静寂があって、マエストロが指揮棒を下ろしきった瞬間に、割れんばかりの盛大な拍手。
さすが定期演奏会の聴衆だ。
この素晴らしい聴衆と同じ時間に同じ感動を共有できたことに、私は大きな喜びを感じる。
この日のコンサートを聴くことができて、本当に良かった。
心からそう思っている。
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スクロヴァチェフスキ&読響 シューマン:交響曲第3番「ライン」ほか(3/20) @東京芸術劇場

2010-03-22 | コンサートの感想
昨日は、いま私が最も期待している部下の結婚式があった。
会場は、池袋のレストラン・ウェディング。
媒酌人をたてないスタイルの披露宴だったが、昨日はチャペルで行われた結婚式から出席させてもらった。
オルガンで静かに奏でられる「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を聴きながら、思わず涙が出そうになって大いに困った。
東京と大阪の遠距離恋愛を見事に実らせてゴールインした二人は、お世辞抜きにお似合いのカップル。
長い結婚生活、いろいろなことがあると思うけど、明るい二人のことだから、すべてをポジティブにとらえてきっと素敵な家庭を築くことだろう。
末永くお幸せに・・・。

さて、忘れないうちに、一昨日、同じ池袋にある芸劇で聴いた読響マチネの感想を。
<日時>2010年3月20日(土) 14:00開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
■スクロヴァチェフスキ:「Music for Winds」
(読売日響・ミネソタ管他共同委嘱作品、日本初演)
■シューマン:交響曲第3番〈ライン〉
<演奏>
■スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(指揮)
■読売日本交響楽団

今回のマチネーは特別の意味を持つコンサートだ。
それは、今月限りで読響の常任指揮者を退任するスクロヴァチェフスキが指揮する最後のマチネ-コンサートだったから。
また、4月から芸劇名曲会員に変更した関係で、私にとってもマチネ会員として聴くのはこれが最後になる。
そんなこんなで、特別の感慨を持って開演を待った。
そして大きな拍手に迎えられて、スクロヴァチェフスキがステージに登場。
コンマスと握手した後、いつもどおりの短めの指揮棒をさっと構える。
ドン・ファンの最初の音を聴いた瞬間、「おー、本気になった読響だ」と感じた。
この87歳のマエストロのために、全員がリスペクトの念を持ちながら演奏している。
本当に素晴らしいことだ。
こんな時間を共有したい一心で、私はコンサート通いを続けているような気がする。
マエストロ自作の「Music for Winds」は、サックスを含む管楽器に打楽器を加えた構成で昨年12月にザールブリュッケンで初演されている。
前衛的な雰囲気はなく、私は大いに気に入った。
サックスの表現力の高さが印象に残る。
解説に書かれていた悲劇性というのはあまり感じなかったが、スクロヴァ氏の次の言葉はそのとおりだと思った。
「偉大な芸術が徐々に消えていき、表面的な見せかけの芸術にとって代わられようとしているこの世界の現状への、私なりのリアクションかもしれない」

後半は、シューマンの「ライン」。
素晴らしい。
掛け値なしに素晴らしい演奏だった。
この瑞々しく躍動感にあふれた音楽を聴いたら、マエストロが87歳なんて到底信じられない。
とりわけ、第4楽章が鳥肌がたつほど大きな感銘を与えてくれた。
感動的な金管のコラールを、私は眼を閉じて聴いた。
それほどの神々しさがあった。
そして弦のピチカートがこれほど鮮烈に胸に響いたことはない。
シューマンもきっと喜んでいるだろう。
終演後、思わずブラヴォーと叫んでしまった。

幸いなことに、今週サントリーホールでの定期演奏会で、もう一度マエストロの演奏を聴くことができる。
曲はブルックナーの8番。
昨年いささか残念な思いをした曲だ。
ミスターSが、その鬱憤を晴らしてくれるだろうか。
大いに楽しみにしている。
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「あのときの感動を再び」クラシック・コンサート(3/15) @日比谷公会堂

2010-03-20 | コンサートの感想
今週は花粉症のせいなのか風邪なのか分からないが、ずっと頭が重い。
例年季節の変わり目はそうなるので、旧い悪友だと思って上手く付き合っていくしかないか・・・。
そんなことを言いつつ、今週は2つのコンサートに出かけた。
ひとつが、月曜日に日比谷公会堂で行われたN響のコンサート。
もうひとつは、今日聴いてきた、スクロヴァチェフスキが振る最後の読響マチネ。
まず、月曜日のコンサートから感想を。

「あのときの感動を再び」N響コンサート
<文化庁地域文化芸術振興プラン>
<日時>2010年3月15日(月)19:00開演
<会場>日比谷公会堂
<曲目>
■箕作秋吉 / 小交響曲
■ベートーヴェン / ロマンス 第1番、第2番
■チャイコフスキー / 交響曲 第5番 ホ短調 作品64
<演奏>
■前橋汀子(ヴァイオリン)
■尾高忠明(指揮)
■NHK交響楽団

3/15に行われたこのN響のコンサートは、ちょっと特別の意味をもったコンサートだった。
今から66年前の同じ日に行われたコンサートを、当時と同じプログラム、同じ会場、同じオーケストラ(当時は日本交響楽団)で、そっくり再現しようとする素晴らしい企画。
題して、「あのときの感動を再び」というコンサートだ。

当日は会社を出る時間が少し遅くなってしまったので、タクシーに乗って日比谷公会堂へ向かった。
ところが何を勘違いしたのか、直進すればいいところをタクシーは有楽町側へ左折。
「あっ違う」と言ったがもう遅い。結局、東京宝塚劇場のあたりで降りることに・・・。
時計をみると10分前。必死で日比谷公会堂まで走り、会場に入ると2分前だった。
あー、なんとか間に合った。

実は日比谷公会堂へ行くのは今回が初めて。
良くも悪くも、歴史的な建物だった。
客席に入ってまず驚いたのが、椅子。
普通に座っている限りは問題ないが、座席が狭いことと、少し動こうとすると「キュッ・キュッ」というノイズがでてしまうことには閉口した。
そして、何より驚いたのがホールの残響。
「ほとんど響かない」と言った方が早いかもしれない。
しかし、その分、音の分離は非常に良い。
消音に気を遣わなくていい反面、普段よりも音を強めに出さないと和音として響かないので、奏者にとってかなり大変なことだったと思う。
しかし、N響は、やはり「さすがN響!」だった。
音が濁らないのを逆に利用して、いつものN響のサウンドとは少々異なる輪郭のくっきりした音楽を聴かせてくれた。
とくにチャイコフスキーでは、普段聴こえないような音型・モティーフが明瞭に聴けたし、随所に新たな発見があった。
それにしても、尾高さんの指揮は素晴らしい。
このデッドな響きな中で、高揚感とデリケートな表現が見事に両立していた。
大きなうねりに気を取られていると、アンサンブルがどんどん粗くなってしまいがちなチャイコフスキーの第2楽章も、ほぼ完璧な表現だった。
ブラーヴォ!

前橋さんも、ホールのデッドな響きに随分苦労されていたようだ。
音がかすれたり、音程が不安定になる箇所もあった。
しかし、前橋さんの表現したいことは私にはっきり伝わってくる。
ロマンス第1番の最後の音はとりわけ鮮烈で、前橋さんの気持ちのすべてがこの1音に込められているような気がした。

プログラムの全てを聴き終えて、私は不思議な感動を覚えた。
本音を言えば、もっと芳醇な響きの中で音楽を愉しみたい。
しかし、このホールで、このデッドな響きの中で、世界の超一流の音楽家たちが伝説の名演を成し遂げてきたのだ。
その「伝説の響き」が時空を超えて、私に何かを伝えようとしたのかもしれない。

そして、この記念すべきコンサートは、本来いつもお世話になっているyokochanさんがいくはずのコンサートだった。
親戚の急なご不幸で行けなくなったyokochanさんからご厚意でチケットをいただき、私はこの貴重な演奏会を聴かせてもらうことができた。
yokochanさんには感謝の気持ちとともに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ありがとうございました。
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バッハ:カンタータ第202番 「しりぞけ、悲しみの影よ」 byマティスほか

2010-03-14 | CDの試聴記
昨日は、とっても素敵なお食事会に招いていただいた。
ブログがきっかけで親しくさせていただいているリベラさんが、このたびめでたく結婚されることになったので、お二人を仲間内で囲んでお祝いをしようという企画だ。
京都の重鎮ことMickeyさんの並々ならぬご尽力で実現したこの食事会、西梅田のXEX WESTというレストランで行われたのだけれど、お料理もワインもそしてサービスもまさに最高。
忘れられない夜になった。

ブログをとおして、そして堂島にあった音楽バーのアインザッツで偶然出会った音楽好きの仲間が、恋に落ちて結ばれる・・・。
なんと素晴らしいことだろう。
私にとっても、仲間の一人としてこれほど嬉しいことはない。
若干緊張しながらも、終始幸せそうな笑顔をみせてくれたお二人をみながら、「ほんと、良かったねぇ。お似合いですよ。」と何度も頷いてしまった。
画像は、お二人の指輪交換のシーン。

指輪を交換した瞬間に感じた熱い気持ちを、これからも大切にしてください。
末永くお幸せに。

さて、昨夜のお二人の表情を思い出しながら、いまバッハを聴いている。
曲ですか?
そらもう、月並みだとは思いつつ結婚カンタータ(202番の方)ですよ。
とくに第7曲のソプラノの歌うアリアが、あまりにお二人にフィットしているように感じるから。
演奏は、エディット・マティスが歌いペーター・シュライヤーが指揮をしている廉価ボックス。
ここでもマティスが水際立って上手い。
この瑞々しさ、この健気な喜びの表現はどうだろう。
何度も何度も聴いてきたディスクなのに、どんな場合でも常に新鮮な感動を与えてくれる。
この曲の最高の演奏の一つだろう。

<曲目>
バッハ作曲
■カンタータ『しりぞけ、悲しみの影よ』 BWV.202
(結婚カンタータ)
<演奏>
■エディト・マティス(S)
■ベルリナー・ゾリステン(合唱)
■ディートリヒ・クノーテ(合唱指揮)
■ベルリン室内管弦楽団
■ペーター・シュライアー(指揮)
<録音>1981/1984年 ベルリン、キリスト教会

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モーツァルト:3台のピアノの為の協奏曲(2台のピアノ版)ヘ長調 K.242 by ブリュッヘンほか

2010-03-10 | CDの試聴記
眼がかゆい。
ほんとに、かゆ~い。
それから鼻も当然のようにムズかゆい。
そういえば、喉まで変だ。
私の場合は、なかでも眼の痒さが一番辛い。
眼球を取り出して、冷水でじゃぶじゃぶ洗いたくなる。
飲み薬を朝夕欠かさず飲み、眼薬は2種類使い分けて、鼻炎用スプレーも強めのものを処方してもらっているにもかかわらず、状態がちっとも良くならないのだ。

花粉大魔神との付き合いは、かれこれ20年以上になるだろうか。
「花粉症は、文明人しか罹らないんだぞ~」と強がりを言ってみるのだけど、なぜかむなしく響く。
こんなひどい症状から逃れられるのなら、文明人でなくてもいい。
原始人で結構。私の場合、むしろ原始人の方に惹かれるものが多いのに・・・
あ~、何とかしてくれ~。

さてこんな「エブリデイ ブルー」の状態の中、飲み薬よりも多少は聴き目があると信じているのが、私の大好きなこのコンチェルト。
もともと3台のピアノのために書かれたコンチェルトだが、2台のピアノ用にモーツァルト自身が編曲も行っている。
このディスクの演奏も、その2台のピアノ版だ。
冒頭3小節の強奏のあと、一転してノンヴィブラートで弾かれる弦の透き通るような美しさを聴くだけで、忽ちこの演奏に心を奪われてしまう。
さすがブリュッヘン!
そして、肝心の2台のピアノも即興精神にあふれた素晴らしい演奏。
カニーノは以前ハイドンの室内楽だったと思うが、その躍動感に満ちた表現力に大いに感心した記憶がある。
ただ、もう一人のバリスタの方はというと、名前すら聴いたことがなかった。
しかし、ここでは、カニーノとともに自由で闊達な素晴らしいモーツァルトを奏でている。
いやー、素晴らしい。
二人のやりあう光景が眼に浮かぶようだ。
私はすっかり魅了されてしまった。
ライブだけに多少の疵はある。しかし、そんなものを遥かに超えたかけがえのない魅力・愉悦感をこの演奏はもっている。
今までブレンデルとクーパー女史がマリナーと協演したディスク(フィリップス盤)を愛聴してきたが、このブリュッヘンとカニーノ達の演奏は、モーツァルトの天真爛漫な性格の描写という点でさらに上を行っているように感じる。

今回は詳しくは書かないが、プログラムの最初で演奏されたアイネクライネは「こういうアプローチもあるのか」と感心させられるし、メインの40番も、ブリュッヘンの指揮者デビュー時に聴かせてくれた伝説の名演奏と比べても何ら遜色がない。
素晴らしいモーツァルトだと思う。

<曲目>モーツァルト作曲
■セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
■3台のピアノの為の協奏曲(2台のピアノ版)ヘ長調K.242「ロドュロン」
■交響曲第40番ト短調
<演奏>
■ブリュッヘン指揮
■オランダ放送室内フィルハーモニー管弦楽団
■B.カニーノ&A.バリスタ(P)
<録音>2006.7.2 アムステルダム ライブ録音
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シューマン:ピアノ三重奏曲 第3番 ト短調 by ボザール・トリオ

2010-03-06 | CDの試聴記
今週後半は山口へ出張。
山口を訪れるのは、既に4~5回目になるだろうか。
なんだか、とても身近な町に感じてきた。
料理も美味しいし、何よりも地元の人が温かいのが嬉しい。
結構ハードスケジュールであったにもかかわらず不思議に疲れないのは、きっとそのせいだろう。

今回は木曜日の夕方、東京を出発して山口へ向かった。
東京からのぞみで4時間半。
車中で仕事もできるし、たっぷり好きな本も読める。
おまけにipodでしっかり音楽も聴けるので、最近はもっぱら飛行機ではなく新幹線を愛用している。
新山口に着くと、まっすぐ常宿のホテルへ。
まっすぐと書いたが、新山口駅の場合降り口を間違うと大変!
私の常宿のホテルは在来線側にあるのだけど、うっかり新幹線側へ降りるとえらい目にあう。
陸橋があるにはあるが、暗がりの中、ホームを大きく迂回しないと在来線側に行けないのだ。
最初来たときは、これで失敗した。
でも、さすがに学習効果?もあって、この日は無事最短コースで到着。
えっ?何回も行っているのだから、あたりまえですって。
仰るとおりです、ハイ(汗)

さてホテルで部屋に入り、大好きなプレミアムモルツを飲む。
ささやかな幸せに浸る一瞬だ。
部屋の照明を暗くしてベッドへもぐりこみ、ipodで聴いた音楽がこのシューマンのピアノトリオ。
3曲あるピアノトリオは、いずれも傷つきやすいシューマンの心の叫びがストレートに表現された名曲だと思うが、なかでも私を魅きつけてやまないのがト短調で書かれた第3番。
この夜も、「かなり遅く」と指示された第2楽章を聴きながら、私は涙がとまらなかった。
美しい。切ないくらいに美しい。
楽器の数が少なくなればなるほど、シューマンは飾ることなく本音をさらけ出す。
この曲などは、まさにそうしたシューマンの魅力に溢れている。
それにしても、演奏しているボザール・トリオの何と素晴らしいことか。
この絶妙のルバート、深い呼吸感を一度聴いてしまうと、他の演奏がどうしても物足りなく感じてしまう。
彼らが、いかにシューマンに共感しているかの証左だろう。

今年はシューマンの生誕200年のメモリアルイヤーだ。
この曲を実演で聴くことができるかもしれない。
私にとって大きな楽しみでもあり、一方でボザール・トリオの幻影が怖いのも事実だ。

■シューマン:ピアノ三重奏曲 第3番 ト短調 作品110
<演奏>ボザール・トリオ
<録音>1971年8月
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樫本大進:バッハ無伴奏全曲演奏会(2/28) @サントリーホール

2010-03-01 | コンサートの感想
チリ大地震の影響による大津波警報や津波警報が出されている中、昨日はバッハの無伴奏ヴァイオリン全曲演奏会を聴きに行ってきました。

<日時>2010年2月28日(日)
■第1部(無伴奏ソナタ1番・2番、無伴奏パルティータ第1番):13時開演
■第2部(無伴奏パルティータ2番・3番、無伴奏ソナタ第3番):18時開演
<会場>サントリーホール
<曲目>バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ・パルティータ(全曲)
<演奏>樫本大進(ヴァイオリン)

この日素晴らしいバッハを聴かせてくれたのは、ベルリンフィルの若きコンサートマスターとなった樫本大進さん。
一日でバッハの無伴奏を全曲演奏するなんて、精神的も肉体的にも物凄いこと。
トリプルアクセルをフリーで2回成功させた真央ちゃんと同じくらいの大偉業だと思う。
樫本さんの演奏を聴いていて、いつも感じることがある。
それは、自分の世界に聴衆を引き込むのが、ほんとに上手だということ。
「いい音楽だなぁ」「素敵な演奏だなぁ」と自然に思わせてしまう。
「自分の世界に・・・」なんていうと、デフォルメした表現・自分流に解釈した演奏スタイルを想像されるかもしれないが、もちろん彼の場合は全く違う。
むしろ正反対で、アプローチはきわめて誠実かつ作曲家へのリスペクトの念に溢れている。
強弱・表情・音色・アーティキュレーション、そのいずれをとっても、作品への敬慕の念がすべてのベースになっていることが、彼の演奏を通してびんびん伝わってくる。
しかし、それでいて生み出される音楽は、紛れもない「ダイシンズワールド」になっているところが凄い。
少々ミスがあっても、音程がときに危なくなったとしても、全体は微動だにしないのだ。
このいい意味での図太さが、彼の真骨頂だと思う。

今日のバッハもそうだった。
ミスもあった。(チューニングに苦しんでいた影響からか)音程のあやしいところもあった。音が鳴り切らない箇所もあった。
でも、本当に感動的なバッハを聴かせてもらったという思いだけが、一日たっても鮮烈に残っている。
不思議な感覚。
でも、これこそが「ダイシンズワールド」なのだ。

マチネで素晴らしかったのが、ソナタ第2番。
あのフーガのあと奏でられたアンダンテでは、リズムがまるで心臓の拍動のように息づいていて大きな感銘を与えてくれた。
しかし、今日のハイライトは、やはり何と言ってもソワレのシャコンヌだろう。
ジーグの後かなり間をとって、決然とニ短調の主題が弾き始められた。
信念に溢れた実にいい音だ。
そして鳥肌がたつほど素晴らしかったのが、山あり谷ありの難しいスケールのあと登場する長大なアルペッジョ。
静謐感に満ちたひんやりとした空気の中、32分音符の分散和音が始まる。
緊張感を伴いながら音楽は暖かみを帯び始め、次第に高揚していく。
気がつくと、見事なまでのクライマックスが築かれていた。
うーん、本当に素晴らしい・・・
また、再び短調に転じたあとのカンパネラの部分も忘れられない。
それは、怒涛のカンパネラとでも呼びたくなるような凄味をもった表現だった。
ブラーヴォ ブラーヴォ!

よきライバルそしてよき仲間となることを運命づけられた天才が、同じ年にこの世に生を受けることがある。
たとえば、今年生誕200年を迎えるショパンとシューマンがそうだ。
そしてプロ野球の世界では、松阪世代と呼ばれる超一流の選手たちがいる。
先日バンクーバーで歴史に残る素晴らしい演技を見せてくれた浅田真央さんとキム・ヨナ選手は、ともに1990年生まれだ。
そしてヴァイオリンの世界でも、1979年に二人の天才が生を受けた。
それが樫本大進さんと、私のアイドルであるヒラリー・ハーン。
ヒラリーの素晴らしさは、何度もブログで取り上げさせてもらったので改めては書かないが、十年に一人の天才だと私は信じて疑わない。
樫本大進さんの場合は、その音楽に対する誠実さと、いい意味での図太さが、コンサートマスターとしての資質の大きさを感じさせてくれる。
加えて、愛器グァルネリから紡ぎだされる豊かで伸びやかな音色も魅力的だ。
決してナーヴァスな表現に陥らないところがいい。
ベルリンフィルのコンマスとして、きっとマエストロ・ラトルにも気に入られることだろう。
今後、この二人の天才ヴァイオリニストがどんな風にさらなる成長を遂げるか、楽しみでならない。

それから、この日はソワレの休憩後にサプライズがあった。
美智子皇后がご臨席されたのだ。
病み上がりときいていたが、お元気そうで何よりだ。
最後まで熱心に聴いてらしたのが印象的。
その気品のあるお姿は、日本の良心のような気がする。
いつまでもお元気でいてください。
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