ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

リヒテルのバッハ「平均律」(インスブルック・ライブ)

2004-12-29 | CDの試聴記
●バッハの「平均律クラヴィーア曲集」(全2巻)

<演奏者>
スヴャトスラフ・リヒテル(P)

1973年7月、8月 (インスブルック シュティフト教会)
中国POLO

 
バッハの平均律。
私の大好きな曲です。
全2巻あわせると、前奏曲とフーガの組み合わせが48セットもあるという文字通りの大曲ですが、ひとつひとつが宝石のような輝きをもっており、さながら小宇宙のようです。
どの曲から聴き始めても、不思議に心が落ち着きます。

私のお気に入りといえば、ピアノではリヒテルとグルダ盤、チェンバロではレオンハルト盤でした。
今年に入って、あらたにニコライエワ、テューレック(BBC盤)、アファナシエフ、ロバート・レヴィン(チェンバロ、クラヴィコード、オルガン)の全集を聴きました。
この中では、曲によって楽器を使い分けて演奏していたレヴィン盤(バッハ大全集の中に含まれています)が面白かったなあ。
特にオルガンがこんなに平均律に合うとは思っていませんでした。

そんな折、偶然CDショップでもうひとつのリヒテルの平均律にめぐり合いました。
世評高いリヒテルのスタジオ録音盤以外にもう一種類すごい全集があるということは、噂では聞いていましたが、発売後すぐに廃盤になったとかで私も見たことがありませんでした。
それが、何と輸入盤でしかも中国盤で発売されていたのです。

なぜ中国盤??
別に偏見を持っているわけではありませんが、中国製のCDというのが初体験だったので、自宅で聴いてみるまで正直不安もありました。

で結果はというと、言葉にならないくらい素晴らしかった。
音の状態も良いし、何よりライブの雰囲気を良く伝えた録音だと思いました。
「スタジオ録音盤の神秘感に即興性を加えたような」という感じでしょうか。
クレスハイム城でのスタジオ録音が1970年の録音ですから、約3年後の演奏ということになりますね。
第1巻の第1番は本当に静かに始まります。
しかし、続く2番に入るとどんどん集中力が高まっていく様子が窺え、3番、5番の前奏曲の恐ろしいまでのスピード感は最高にエキサイティングです。一方で24番の前奏曲・フーガに代表される深遠な表現はスタジオ録音盤も名演でしたが、こちらもまさに神業です。ひたすら頭を垂れて聴き入るしかない。何度聴いても胸がいっぱいになります。

年が変わろうとしているこの時期に、まさかこんな凄い演奏に出会うとは夢にも思いませんでした。私にとって今年のベストCDのひとつですし、これからも特別なアルバムになることは間違いありません。
唯一難を言えば、解説書の中身が中国語で書かれていること。(中国製なんだから当たり前ですね)
また、これだって、漢字をたどっていけば何となくイメージは分かってくるから、まっいいか・・。

今年は、仕事の面ではいつ過労で倒れてもおかしくないような日が続きましたが、一年の最後にこんな素晴らしいプレゼントをもらって、やっぱり捨てたもんじゃないなあと実感しています。


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下野竜也&読響 ベートーベン 「第9」

2004-12-25 | コンサートの感想
今年最後の芸劇マチネーを聴いてきました。
久しぶりに感想記を。


<曲目>
ベートーヴェン 交響曲 第9番 ニ短調 Op.125 〈合唱付き〉

<演奏者>
指揮 下野 竜也

ソプラノ 佐藤 しのぶ
アルト 坂本 朱
テノール 中鉢 聡
バリトン 三原 剛
合唱 東京音楽大学


23日(祝)は息子の大学の吹奏楽部の定演を聴きに行きましたが、
オーケストラコンサートとしては、ほぼ1月ぶりで、今年の締めくくりのコンサートです。

読売日響の第9については、
昨年のグシュルバウアーが微温的、
一昨年のルジツカ(ザルツブルク音楽祭の総裁)が形式的、
と正直いまひとつだったので、今年の下野さんには大変期待して聴きに行きました。

それで、結果はというと、
第一楽章冒頭から大変な気迫をもった熱演でした。
これで、「過去2年間のフラストレーションが見事に解消されました」
となれば万々歳だったのですが、なかなか一筋縄ではいかないところが難しいところで、
いろいろ考えさせられる結果になってしまいました。

テンポは総じて速く、しかしながら響きは重厚なのです。
速いテンポというと、古楽器風の軽めできびきびした響きというイメージをもちますが、全くその反対です。
「重厚だけど速い」、この感覚分かっていただけるでしょうか。
弦楽器はヴィオラ・チェロ・コントラバスといった中低音重視の音響だし、ティンパニもマレットの選択もあるのでしょうが、重厚な音質でした。
(私個人としては、もう少し固めで全体を引き締めてくれるような響きが好きです。リズムが明確になるから・・・)

小柄な指揮者、重厚だけど速い演奏と言えば、どこかシカゴ交響楽団全盛時のシェフであったフリッツ・ライナーを想像しますね。
ただ、「冷たく燃える」タイプのライナーと、「熱く燃える」下野さんは音楽の作り方がそもそも違うし、何よりもオケに対して君臨するタイプのライナーと下野さんは、人間的な面でも対極だろうと思います。
しかし、今日の演奏を聴いた限り、残念ながらライナー・シカゴ響と比べると、演奏の精度も随分違うと感じました。

私は決して縦にそろっている演奏でなければダメなんて考えたこともありませんし、
少々のアンサンブルの乱れよりも、演奏の熱気・一期一会の真実性を何よりも重要に考える人間です。
しかし、今日の第9は、熱気という点では素晴らしかったけど、どこか指揮者の気持ち(思い入れ)に対して、オケも出来るだけ指揮者の気持ちに応えようとしてはいるのだけど、終始微妙なずれがあったことは否めなかった。

演奏中ずっと「なぜだろう」と考えていたのですが、
①オーケストラの連日の大曲演奏による疲れ
(これは、12月の殺人的なコンサートスケジュールを考えると無理もないことです)
②指揮者とのリハーサル不足
(今年の読売日響のメイン指揮者はホーネックであり、下野さんは今日の1回だけ)
この二つは物理的な要因として、大きく影響したと思います。

しかしながら、それだけ?
私は、今回の早めのテンポと「間」の問題があると考えました。
インテンポを意識するあまり、「間」(≒休符)が、ほんの少しだけ不足していたのではないでしょうか。(本当に紙一重だと思います)
フレーズが時々寸づまりになっていたのは、このあたりに原因があるように思います。
実は、第3楽章に入るまで、私自身十分呼吸ができなかったのです。
うまく表現できなくて歯がゆいのですが、私自身一緒に音楽に溶け込もうとすればするほど、音楽がほんの少し先に進んでしまうのです。

そんなわけで、第3楽章(アダージョ)になってようやく自然に呼吸することができ、演奏と一体化できたのです。
その後、あの歓喜のフィナーレを迎えたわけですが、また、上手く呼吸が合わせられなくなりました。
でも、それを救ってくれたのが、見事なソリスト、コーラスでした。
とりわけ、男性2名(テノールの中鉢さん、バリトンの三原さん)が素晴らしかった。
第9のソリストとしては、日本屈指でしょう。
また、アルトの坂本さんはいつもながらの安定感のある歌唱でしたし、一時不調が伝えられていた佐藤さんも少し危ない部分もありましたが好演でした。
東京音大のコーラスも真摯で集中力のある見事な演奏で、感動しました。
4人のソリストを指揮者の前に並べる演奏スタイルもありますが、今日のようにコーラスの前の位置の方が絶対良いなあ。第9はソリストとオーケストラのコンチェルトではなく、あくまでもソリストはコーラスの代表(いや、アニキのようなもの)ですから・・・。

今日は少々ネガティブなことを書きましたが、終了後は盛大なブラボーが飛んでいました。
パーツパーツをとれば、コンマスは大好きな藤原浜雄さんでしたし、山岸さんのホルン、生沼さんのヴィオラをはじめ管楽器のソロも素敵で、もっと満足しても良かったのかもしれませんね。

あと、フィナーレの最後のマエストーソからプレスティッシモへのテンポ設定にはびっくりしました。マエストーソがものすごい早さだったもので・・・。

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