ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ケフェレック バッハアルバム「瞑想」

2009-03-29 | CDの試聴記
激動の1週間が終わりました。
新しいネタでセミナーを開催することになり、その準備や初回講演、そしてとびきりデリケートな官庁折衝が続き、まさにブルーウィークでした。
しかし、幸いすべて無事に終了し、疲労感は隠せないものの週末はちょっとした解放感を味わっておりました。
そして、土曜日には、日頃お世話になっている大阪の有力理事たちとT女史邸で「赤ワインと音楽を語る集い」に参加。
今年のウィーンフィルニューイヤーコンサートをメインの肴に、時間を経つのも忘れて楽しませていただきました。
美味しいワインをご提供いただいたT女史をはじめ理事の皆様には、ひたすら感謝・感謝でございます。

そんな激動の一週間を精神的に支えてくれたのが、このケフェレックのディスク。
編曲物を含めてオールバッハプロで、「CONTEMPLATION (瞑想)」というサブタイトルがついています。
ケフェレックのバッハと言えば、1975年の来日公演時のディスクがそれは素晴らしい名演でした。
さて、30年の時を経て録音された今回の新盤は?

一聴して、旧盤と随分コンセプトが違うように感じます。
選曲の傾向が180度異なるので当然と言えば当然ですが、人に聴かせるというよりも、まるでケフェレック自身のために弾いているかのような演奏。
しかし、独特の透明感が全体を支配しながらも、音の響きにはいささかの冷たさも感じさせないところは、紛れもないケフェレックの刻印。
どんなフレーズも仏頂面をせずに常にフレンドリーなのに、サウンドは常にピュア。
こんな素敵なアルバムを前に、この曲がどうのこうのなんて、まるでナンセンスな気もしますが、冒頭のコラールBWV639やシロティ編曲のプレリュード、ラストのカンタータ第106番の第1曲(この曲だけ連弾です)はとくに深い感銘を与えてくれました。
最後の連弾で弾かれた106番では、耳ではピアノの音を聴きながら、心ではずっと原曲のリコーダーの響きを聴いていたような気がします。
この曲を聴き終えた後、心の中がすっかり浄化されたような気持ちになるのは私だけでしょうか。

しかし、彼女の真価は、より実演で発揮されます。
この5月には、幸いなことに、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで再びケフェレックのバッハを聴くことができます。
今回のディスクに収められた曲が中心になるようですが、忘れ難い伝説の名演奏になると、私は今から確信しています。

<曲目>
バッハ作曲
■ブゾーニ編:コラール『主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる』BWV639
■カプリッチョ『最愛の兄の旅立ちにあたって』変ロBWV992
■平均律クラヴィーア曲集 第1巻よりプレリュード第4番 嬰ハ短調BWV849
■平均律クラヴィーア曲集 第1巻よりプレリュード第22番 変ロ長調BWV867
■コーエン編:カンタータ 第22番『イエスは十二使徒をひき寄せたまえり』BWV22
■平均律クラヴィーア曲集 第1巻よりプレリュード第8番 変ホ短調BWV853
■ブゾーニ編:トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調BWV564
■イギリス組曲 第2番 イ短調よりサラバンドBWV807
■ヴィヴァルディ:オルガン協奏曲 ニ短調BWV596
■フランス組曲 第1番 ニ短調よりサラバンドBWV812
■イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971
■マルチェッロ:オーボエ協奏曲 アダージョ ニ短調
■平均律クラヴィーア曲集 第2巻よりプレリュード第14番 嬰ヘ短調BWV883
■シロティ編:プレリュード ロ短調 BWV855a
■シロティ編:プレリュード ホ短調
■ゴルトベルク変奏曲よりアリア BWV988
■ヘス編:『主よ人の望みの喜びよ』BWV147
■イギリス組曲 第3番 ト短調よりサラバンドBWV808
■ケンプ編:シチリアーノ~フルート・ソナタ第2番 変ホ長調BWV1031
■ブゾーニ編:『来たれ、異教徒の救い主よ』BWV659a
■クルターク編(連弾):『神の時は最上の時なり』(哀悼行事のソナティナ)BWV106※
<演奏>
■アンヌ・ケフェレック(ピアノ)
■ガスパール・デヘヌ(※ピアノ)
<録音>2008年9月




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新国立劇場 ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」 3/15

2009-03-21 | オペラの感想
2009年のトウキョウ・リングが始まりました。
8年ぶりの再演になるそうです。
少し遅くなりましたが、15日の「ラインの黄金」の感想を。

<日時>2009年3月15日(日)14:00開演
<会場>新国立劇場
<出演>
■ヴォータン:ユッカ・ラジライネン
■ドンナー:稲垣俊也
■フロー:永田峰雄
■ローゲ:トーマス・ズンネガルド
■ファーゾルト:長谷川顯
■ファフナー:妻屋秀和
■アルベリヒ:ユルゲン・リン
■ミーメ:高橋 淳
■フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
■フライア:蔵野蘭子
■エルダ:シモーネ・シュレーダー
■ヴォークリンデ:平井香織
■ヴェルグンデ:池田香織
■フロスヒルデ:大林智子
<演奏>
■指 揮:ダン・エッティンガー
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
<演 出>キース・ウォーナー

この日の席は1階8列目で、とても見やすい席でした。
いつものように、目薬を点した後のど飴を一粒口に含み、ハンカチを膝の上において開演を待ちます。
いつの間にかエッティンガーが入場し、静かにラインの黄金の幕が上がりました。
1幕物としては異例の長さのオペラですが、終わってみれば、まさにあっという間の2時間40分でした。
先入観をもちたくなかったので、初演のときの情報はつとめてインプットしないようにしてきましたが、音楽も演出もとても充実した素晴らしい上演だったと思います。
キース・ウォーナーの演出は、一見シンプルでモダンな印象を受けますが、実に良く考えられたもので、決して奇をてらったものではないところが大いに気に入りました。
右上の画像は2場・4場の基本セットですが、この4角形は長方形でもひし形でも平行四辺形でもありません。このいびつな4角形の中で、そして底辺も少し傾いた空間の中で神々は暮らしているのです。
まるで、「神々といえども、気を抜くと滑り落ちるぞ」と暗示しているようです。
底辺が水平でないというのは、なにもこの「神々セット」に限った話ではなく、ほとんどの舞台がそうなっていました。
「みんなよく聞け!今日無事だったからと言って、明日はどうなるか誰も分からんのよ。」という万人に向けたメッセージだと私は受け止めました。
そう考えると、純白で美しいけどいかにもちゃちな作りのワルハラ城や、日本神話の神様?や東洋風の神様?たちが登場するラストのシーンもよく理解できます。
しかし、そんな演出も、歌手たちが大真面目に演じてもらわないと、そして何よりも説得力を持った音楽として聴かせてもらわないと、単に滑稽な風刺物語に終わってしまいます。
その点でも、この日の歌、演技、音楽は、いずれも満足できるものでした。

最も印象に残ったのが、アルベリヒ役のユルゲン・リン。
声も演技も出色でした。アルベリヒのずる賢さだって、一皮むけば誰でも持ち合わせているもの。
「自分の信じるところを、まっすぐ行動に移して何が悪い」とばかりに堂々と悪役を演じる姿に、私は人間臭さと一種の清々しさを感じました。

巨人族のファーゾルト・ファフナー兄弟も良かった。
とくにファーゾルトが第2場で、「無骨な自分たちだけど、さびしい我が家に優しい女性がいてほしいと願うのは、そんなにおかしなことか?」とオーボエの絶妙の伴奏をともなって訴えかける場面に、私は深く感動しました。
登場人物の中で最もヒューマンな存在が、実はこのファーゾルトだったのではないでしょうか。

優柔不断のウォータン、心配性な妻フリッカを、それぞれ表情豊かに演じたラジライネン、ツィトコーワも素晴らしかったと思います。

惜しむらくは、ズンネガルドのローゲ。
こうもりのファルケ博士ならぴったりだと思うのですが、ある意味で狂言回しのような役割をもった「知謀にたけたローゲ」としては、やや優し過ぎる印象。
ローゲ対ウォータン、ローゲ対アルベリヒ、ローゲ対巨人族という対比が、この楽劇では重要な要素をしめているので、より冷やかで硬質の存在感があったほうが良かったと思います。

しかし、前述したとおり、総じて大成功の舞台だったのではないでしょうか。
長丁場に備えて、当日は大好きな珈琲も1回で我慢し、新宿駅・初台駅・劇場でそれぞれトイレに行くという、涙ぐましい努力をしただけのことはありました(笑)
4月のワルキューレが、今から楽しみです。


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メッツマッハー& ベルリン・ドイツ交響楽団 at オーチャードホール

2009-03-12 | コンサートの感想
昨日、霙降る中、ベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートに行ってきました。
イープラスの特チケのおかげで、何とチケットは半額!
これは聴かねばと、急遽出陣した次第です。

<日時>2009年3月11日(水)19:00開演
<会場>オーチャードホール
<曲目>
■ウェーベルン:パッサカリアop.1
■メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64
■ブラームス:交響曲第4番ホ短調op.98
(アンコール)
■バッハ:ガボット(無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番より)
■ブラームス:ハンガリー舞曲第6番
<演奏>
■ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
■指 揮:インゴ・メッツマッハー
■管弦楽:ベルリン・ドイツ交響楽団

今年生誕200年を迎えたメンデルスゾーンの名協奏曲を挟みつつ、パッサカリアで始まりパッサカリアで終わるこの日のプログラム、なかなか味のある選曲だと思いませんか?
2曲目が当初の予定通りベルクのヴァイオリン協奏曲だったら、もう最高だったのに・・・。
でも、贅沢はいえませんよね。

ところで、この日のシェフであるメッツマッハーは、実は私と同い年。
現代音楽を得意とする指揮者で、ケント・ナガノの後任として、2007年のシーズンからベルリン・ドイツ交響楽団の音楽監督に就任しています。
しかし、ライナーノート(いけだ・たくお氏)をみて驚きました。
彼は1993年にヴァーツラフ・ノイマンのピンチヒッターとして来日しN響を振ったのですが、そのときN響の音程を一から正そうとしてひんしゅくを買い、「二度と招きたくない指揮者」の一員に加わったと囁かれていたそうです。
いろんなことがあるものですね。

さて、冒頭のウェーベルンは、メッツマッハーお得意のレパートリー。
出だしは少し集中力を欠いたように感じましたが、途中から非常に濃密な音楽を聴かせてくれました。
変容ぶりが鮮やかに響きとなって表現されていたと思います。

2曲目は、名手テツラフをソリストに迎えたメンデルスゾーン。
どこかオペラの1場面のようでした。
いや、オペラの一節というよりも、プリマドンナの伴奏をする劇場オケという感じかなぁ。
明らかにソリスト主導の演奏。
テツラフは集中力の高さと安定した技術で、さすがに第一級のヴァイオリニストだと思わせてくれましたが、アゴーギクと表情に独特の癖のようなものがあって私は少し違和感を覚えました。
オケも、正直ついて行くのが精いっぱいという感じ。
「ここで思いきり歌わせたいのね。だから、その前にぐぐっとテンポを上げて緊張感を高めて、そして・・・」と、テツラフの思いは本当によく伝わってくるのですが、私の感性とどうしてもフィットしないのです。
終演後大きな拍手を受けていたので、ひょっとすると私自身の問題かもしれませんが、私にとってはいささか不完全燃焼でした。

後半は、ブラームスの4番。
第1楽章冒頭は、拍子抜けするくらい淡々と始まりました。
思い入れを極力排した演奏で、私としてはもっと歌いこんだロマンの香り漂う表現を好みますが、古典的な格調の高さがこの交響曲の大きな魅力ですから、このスタイルもありでしょうね。
ただ、第2楽章は、もう少しぞくぞくするような艶やかさが欲しかったなぁ。
素晴らしかったのは、終曲パッサカリア。
これは良かった。重厚で中身がたっぷりと詰まったブラームスで、各変奏の描き方も秀逸。
とくに中間部のフルートソロの美しさは印象に残りました。
その中間部のあと一気呵成にエンディングまで突っ走る演奏も多いですが、メッツマッハーたちのブラームスは違います。
逆にテンポを少し抑え気味にして、実に彫りの深い表現を聴かせてくれたのです。
だからラストの充実感は一層引き立ちました。

ケント・ナガノ時代に比べて、メッツマッハーの就任当初は人気が落ち込んだという噂も耳にしましたが、このコンビはこれからさらに熟成した音楽を聴かせてくれることでしょう。
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ケフェレック&スクロヴァチェフスキ モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番ほか

2009-03-11 | コンサートの感想
日曜日、ケフェレックのK.595を聴いてきました。
素敵だった。
本当に素敵なモーツァルトだった。
今も、その幸せな余韻がずっと残っています。

<日時>2009年3月 8日(日) 14:00開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
■モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
■ブルックナー:交響曲第1番
(アンコール)
■スカルラッティ:ソナタ449番ロ短調
<演奏>
■ピアノ:アンヌ・ケフェレック
■指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
■読売日本交響楽団

ケフェレックといえば、3年前のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで聴いたモーツァルトが忘れられません。
とくに、K.311の第2楽章。
ト長調の明るく愛らしい音楽なのに、なぜか涙が止まらなかった。
多彩なスタッカートを自在に操り、モーツァルトの泣き笑いの真髄を教えられた思いがしました。
翌年のラヴェルでは、彼女のパレットにある音色の数の多さと、これぞエスプリといいたくなる表現力に思わずため息が・・・
そして、今回のモーツァルト。
聴く前から、こんなにどきどきしながら心待ちにしたコンサートも珍しいです。

第1楽章冒頭、スクロヴァチェフスキは絶妙のテンポで始めます。
曖昧さのない、しっかりした表情が印象的。
そして、いよいよケフェレックが入ってきます。
何て、きれいな音色だろう。
明晰な音にもかかわらず、冷たさがまったくない。
凛とした佇まいの中に、晩年のモーツァルトが到達したピュアな世界が、ごく自然な形で見えてきます。
しかし、少し注意深く聴くと、ケフェレックがどれほど慎重にアーティキュレーションを選んでいるかを思い知らされます。
第2楽章では、それに即興的な雰囲気も加わりますます魅力的になります。
そしてフィナーレでは、弾力性をもったリズム感と透明な響きがまことに心地よい。
現在聴ける最高のモーツァルトでしょう。
聴けてよかった。心からそう思いました。
そして、鳴り止まない拍手に応えて、アンコールはスカルラッティのソナタを聴かせてくれました。
こちらは、音量を少し控え目にしてロマンティックな表現でしたが、このロ短調のソナタにはそんなアプローチが実によく似合います。
CD(ご本人のサインをもらった私の宝物!)よりも一層素晴らしかった。

なんだか、ケフェレック礼賛で終わりそうな書きぶりになってしまいましたが、この日のスクロヴァチェフスキと読響は好調でした。
まず、幕開けのハイドンバリエーション。
変奏を重ねるごとに充実した響きになっていきました。
第7変奏のグラツィオーソで夢見るような優雅な表情を見せた後、続く第8変奏は、通り過ぎる一陣の風のような表情ではなく、スクロヴァチェフスキはしっかり克明に描いていきます。
それが、終曲への布石でした。
突然眼前に巨大なパッサカリアを見せるのではなく、用意周到に、我々を雄大なクライマックスに導いてくれたのです。
普段、私は自宅でこの曲のCDを聴くときは、声部をしっかり聴きとろうといつも分析的に聴いてしまうのですが、この日はまったくその必要がありませんでした。
だって、自然にすべての音が聴こえてくるのですから。
それほど見事に構築された音楽だったのですね。

そして、この日のメインは、ブルックナーの1番。
ブルックナーの演奏は本当に難しいと思います。
ひたすら純朴路線で押し進めすぎると、響きそのものに魅力がなくなる。
そうかと言って、外見的な効果を狙うと、とたんに安っぽい音楽に成り下がる。
旋律の美しさに入れ込みすぎると、全体像が見えなくなる。
そう考えてくると、ブルックナーには「勘どころ」というのが最も重要な気がします。

響きに対する鋭敏な感覚と抜群の構成力を持ったスクロヴァチェフスキは、そんな「勘どころ」をもった数少ないマエストロでしょう。
この日の1番でも、その特徴がよく現れていました。
美しい旋律は慈しむように大切に表現する一方で、ブルックナー特有の「これでもか、これでもか」と随所に登場する繰り返しフレーズの効果をうまく利用して、巨大な世界を作り上げていました。
この迫力が、響きを濁らせずに又恣意性を感じさせずに表現できるかが大きなポイントだと思うのですが、スクロヴァチェフスキはさすがでした。
とくに第1楽章のコーダ直前で奏でられる独奏チェロの心に染みる美しさ、フィナーレの鳥肌がたつような迫力は印象に残りました。
そういえば、スクロバチェフスキはこの長いシンフォニーを暗譜で振っていましたが、「枯れた」なんて印象を露ほども感じさせないこの瑞々しさの秘密は、いったいどこにあるのでしょう。
いつまでもお元気でステージに上がってほしいですね。
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花巻温泉と宮沢賢治

2009-03-03 | その他
思い立って、先週花巻へ行ってきました。
お目当ては、もちろん温泉です。
「露天風呂につかりながら、雪見酒・・・」なんて夢のようなことを考えながら、新幹線に乗って一路新花巻へ。

新花巻駅に着くと、駅前に宮澤賢治の石碑がありました。
この石碑、人が近づくとチェロが歌い出すのです。
曲はトロイメライ。
「セロ弾きのゴーシュ」のイメージなんですね。
みなさまに音を聴いていただけないのが、何とも残念!
今も昔も、宮澤賢治は花巻の宝だと痛感しました。
こうなると、何をさしおいても、まずは宮澤賢治記念館へ行かねばなりますまい。
歩いても行ける距離のようですが、お腹もすいたことだし、軟弱にもタクシーで記念館へ。(汗)


記念館のすぐ横にあるレストラン「山猫軒」に入って、まずは腹ごしらえです。
うん?山猫軒?
そう、あの「注文の多いレストラン」に登場するお店です。
どんなお店だろうと思いながら中へ入ると、そこはもう宮澤賢治の童話の世界。
そしてメニューをみると、冷麺がおいしそう・・・
だけど、私の場合うっかり食べると命にかかわるのです。
なぜって?
冷麺は冷麺でも、「そば冷麺」だったのです。
実は、私、知る人ぞ知る極度の「そばアレルギー」でして、大袈裟ではなく過去に何度か死にかけたことがあるのです。
「「そば粉」がどんな形で料理に入っているかわからないので、冷麺はもとより、山猫軒名物「特製すいとんセット」等も万が一のことがあるといけないので、泣く泣く諦めました。
(ウィーンへ旅行したときに、ガイドブックに、「そば団子入りのスープ」が美味しい田舎料理として紹介されていて、その時以来恐怖心が抜けないのです(泣)・・・)
その「特製すいとんセット」をためらいなく注文する妻を横目で睨みながら、私は迷ったあげく絶対安全(と思われる)カツカレーにしました。
しかし、この白金豚を使ったカツカレーが美味しくて、思わずにんまり。
この実在した「山猫軒」、おすすめですよ。

さて、童話の世界に浸りながら、腹ごしらえができたところで、記念館へ。
実によく考えてレイアウトされた館内で、これなら前知識のない人でも宮沢賢治の人となりを理解することができるでしょう。
「○○の天才!」ということではなく、37年という短い生涯の中で、とにかくすべてのことに対して、ひたむきに全力で走りきった人間のすがすがしさのようなものを私は強く感じました。
宮沢賢治は多くのジャンルで才能を発揮した人でしたが、私にとって最も親近感を感じるのは、やはり彼が熱心な音楽愛好家であったこと。
とくにベートーヴェンの「田園」が好きだったようですが、戦火を免れた彼の愛聴盤(SP)が館内に展示されており、よくみると、プフィッツナー指揮のベルリンシュターツカペレのポリドール盤でした。
すぐ隣には「未完成」のSPがありましたが、こちらはクレンペラー指揮の同じくベルリンシュターツカペレ盤。
何か、時空を越えて音楽が聞えてきそうな感じがして、しばし時間を忘れてその場に立ちつづけていました。
館内をくまなく見た後は、ラウンジで珈琲を飲みましたが、これがまた美味しかった。
なんだか心の中が洗われるような、素敵な時間を過ごさせてもらいました。

その後、花巻温泉「游泉 志だて」へ。
落ち着いた雰囲気の大人のホテルで、温泉も料理も掛け値なしに二重丸でした。
写真は部屋の露天風呂から眺めた風景ですが、静寂の中にきこえる川のせせらぎの音、澄んだ空気、「ああ日本人でよかった、日本に住んでいて良かった」と実感させてくれます。
そして、夕食前に大浴場の露天風呂にのんびり浸かっていると、雪がちらちら降ってきました。
この風情を何と例えればいいのでしょうか。
冒頭「夢のような・・・」と書いたことが、早くも半分実現したのです。
一方、雪見酒のうち「お酒」については、夕食時にプレミアムモルツ、シャンパーニュ、吟醸酒と、まさにフルコースで堪能させてもらいましたから、私の夢はこれで完全に実現したことになりますね。

ゆったりと流れる時間。
柔らかさをもった癒しの温泉。
最高の料理とお酒。
笑顔が素敵な従業員の人たち。
もう、最高の贅沢を味わわせてもらいました。

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