ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

2006年 私の聴いたコンサート ベスト10

2006-12-30 | コンサートの感想
CDのベスト10に続いて、今年聴いたコンサート・オペラの中でとりわけ感動したものを選んでみました。
また、今年はモーツァルト生誕250周年に湧くウィーンへも行くことができたので、そのときの演奏会(オペラ)も対象にしています。

今年は、本当に感動的なコンサートに数多く恵まれたので、選ぶのが大変でした。
ベスト3は(フィガロ、マーラー6番、メサイア)の3公演ですが、あとは順不同です。

----------------------------------------------
☆ムーティ モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』
<日時>2006年4月23日(日)15.30開演
<会場>ウィーン国立歌劇場
<出演>
■A.エレード A.ハルテロス D.ダムラウ I.ダルカンジェロ E.ガランチャ ほか
■ムーティ指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団、同合唱団

夢のウィーン旅行のハイライトになった公演。
私がいままで体験したすべてのオペラ・コンサートの中でも、間違いなく5本の指に入ります。
オペラ座の1列目0番という冗談?のような席。
しかし、この席がまさに最高の席でして、ムーティの指揮姿を真横から全て克明に見える上に、ステージにも非常に近い!
アクティブにオペラを楽しみたい私にとっては、まさに垂涎のロケーションでした。
穴がないキャスティングと、何よりもムーティーの生み出す音楽の生命力によって、まさに最高に愉しいフィガロを堪能しました。

----------------------------------------------
☆アバド&ルツェルン祝祭管 マーラー:交響曲第6番『悲劇的』
<日時>2006年10月13日(金) 19:00開演
<会場>サントリーホール 大ホール
<曲目>
■モーツァルト:コンサートアリア集
■マーラー:交響曲第6番 イ短調『悲劇的』
<演奏>
■ソプラノ:ラヘル・ハルニッシュ
■指 揮:クラウディオ・アバド
■管弦楽:ルツェルン祝祭管弦楽団

マーラーの最後の音が鳴り終わった後の、ホール全体の30秒に及ぶ静寂。
アバドのタクトによって、オケも聴衆もみんな魔術にかかりました。
正直に告白すると、アバドがこんな凄いマーラーを聴かせてくれるとは思いませんでした。
「悲劇的」なんてタイトルは、あくまでもこの曲の一面を表しているに過ぎません。
喜びも憧れも悲しみも、アバドはすべて見せてくれました。
「伝説のコンサート」として、今後永く語り継がれることでしょう。

----------------------------------------------
☆アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス 『メサイア』

<日時>2006年11月21日(火)19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>ヘンデル作曲 オラトリオ『メサイア』
<演奏>
■ニコラウス・アーノンクール指揮
■ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
■クライター、フィンク、ギューラ、ドローレ
■アーノルト・シェーンベルク合唱団

以前のブログに書いたとおり、ひとこと「最高のメサイア」。
聴き手を最高にハッピーにしてくれたコンサートでした。
アバドのマーラーが終わった後の帰路では、「誰とも喋りたくない。だって、喋った瞬間にこの感動が薄まりそうだから」と強く思っていました。
それとは対照的に、このメサイアの終わった後は、「この悦びを誰かと共有したい」と思ったものです。
ひょっとすると、もう日本でアーノンクールの指揮を見ることはできないかもしれません。
そう考えると、このコンサートを聴けたことは、本当に幸運だったかも・・・。

----------------------------------------------
☆アーノンクール&ウィーンフィル 来日公演
(モーツァルト第39番&ベートーヴェン第7番)
<日時>2006年11月13日(月) 19:00開演
<場所>サントリーホール
<曲目>
■モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K543
■ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92
<演奏>
■ニコラウス・アーノンクール指揮
■ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

昨年のムーティとは、また違った感動を与えてくれたウィーンフィルの来日公演でした。
とくに、ベートーヴェンの第2楽章。
ピアニッシモの凄さと表現力は、もう私を金縛りにしました。
できれば、もう一度聴きたい!

----------------------------------------------
☆ヒラリー・ハーン ヴァイオリンリサイタル
<日時>2006年 6月8日(木)19時開演
<場所>東京オペラシティコンサートホール
<曲目>
■イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ほか
<演奏>
■ヒラリー・ハーン (ヴァイオリン)
■イム・ヒョスン (ピアノ)

天才発見!
CDや映像からも、彼女の音楽の素晴らしさについては十分伝わってきましたが、実際にステージで聴いて、改めてその才能の大きさに感動しました。
まさしく天才!
あのイザイの難曲を、オープニングで軽々と、しかも深い音楽として聴かせるのですから・・・
次に聴くときが、ますます楽しみになってきました。

----------------------------------------------
☆ロータス・カルテット シューマン:弦楽四重奏曲(全曲)
<日時>2006年6月7日(水) 19時開演
<場所>東京・日本大学カザルスホール
<演奏>ロータス・カルテット

シューマンの室内楽の中では、比較的地味な曲だと思っていましたが、この日のロータス・カルテットの演奏を聴いて、考え方が変わりました。
この日カザルスホールにきた聴衆は、まちがいなくこの曲のファンになったことでしょう。
シューマンに対する愛情・気配りに溢れた演奏でした。

----------------------------------------------
☆ペーター・ノイマン モーツァルト:ヴェスペレK.339ほか
<日時>2006年5月6日(土)19:15開演
<場所>東京国際フォーラム ホールA
<演奏者>
■ヒョン・ミョンヒ、ブラウナー、ドナート、ダールマン
■ペーター・ノイマン指揮 コレギウム・カルトゥシアヌム、ケルン室内合唱団

恥ずかしながら、この日初めてペーター・ノイマンの名前を知りました。
そして、大変鮮烈な印象とともに記憶されることとなったのです。
何とピュアな音楽だろう!
文字通り、身も心も洗われるような素晴らしさで、この日初めてモーツァルトの宗教音楽の素晴らしさ・奥深さを教えてもらった気がします。

----------------------------------------------
☆ケフェレック モーツァルト:ピアノソナタ第9番K.311ほか
<日時>2006年5月4日(木)
<場所>東京国際フォーラム 
<演奏者>
■アンヌ・ケフェレック(ピアノ)
<曲目>
モーツァルト
■ピアノソナタ第1番、第17番、第6番、第10番、第3番、第9番ほか

今年の「熱狂の日」で最も感動したコンサート。
それは素晴らしいモーツァルトでした。
第9番K.311の第2楽章では、私はもうKO寸前。
この人、いったいスタッカートを何種類持っているんだろう。
その多彩なスタッカートが、すべてモーツァルトのために使われていました。
どうしてこんな素晴らしいケフェレックのソナタ全集が、録音されていないんだろう。 

----------------------------------------------
☆ゲルギエフ&ウィーンフィル 定期演奏会
「マチネ第8回定期演奏会」
■日時:2006年4月22日(土)15:30開演
■場所:ムジーク・フェライン 大ホール
■指揮:ワレリー・ゲルギエフ
■独奏:ワディム・レーピン(ヴァイオリン)、マルクス・シルマー(ピアノ)
■曲目:
 ・ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲イ短調作品77
 ・モーツァルト:ピアノ協奏曲ニ短調K466
 ・ショスタコーヴィチ:交響曲第9番変ホ長調

あこがれのウィーンフィルの定期演奏会。
もちろん会場はムジークフェラインの大ホール。
これで興奮するなというほうが、無理ですよね。
何かあっと言う間に過ぎ去った2時間でしたが、レーピンのヴァイオリンの「凄み」が何といっても印象的でした。
ショスタコ第九も、決して軽量級ではない素敵な名演でした。

----------------------------------------------
☆読響マチネー
ガブリリュク ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18ほか
<日時>平成18年1月15日(日)14:00開演
<場所>東京芸術劇場
<演奏>
■アレクサンダー・ガヴリリュク (ピアノ)
■セゲルスタム指揮 読売日本交響楽団

ケフェレックがスタッカートとの達人だとしたら、若き俊英ガブリリュクはレガートの名人。
このポピュラーな名曲を、あれだけ新鮮に聴かせてくれるのですから、只者ではありません。
この齢でこんなに完成した音楽を聴かせてくれると、かえってこの後が心配になってきます。(笑)
小菅優さんと並んで、若手ピアニストの中では私のイチオシです。



コメント (4)   トラックバック (2)

2006年 私の聴いたCDベスト10

2006-12-28 | CDの試聴記
今年聴いたCDの中で、とくに印象に残ったディスクを選びました。
決して「今年リリースされた新譜」という観点での選曲ではありません。
あくまでも、「私が、今年になって初めて聴いたディスクのうち、とくに気にいったディスク」という基準ですので、その点ご了承いただきたいと思います。
なお、一応(1)~(10)という形で番号をつけましたが、さしたる理由はありません。

(1)ヘンデル作曲 『メサイア』
<演奏>
 アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
 アルノルト・シェーンベルク合唱団ほか
(2004年12月のライブ録音)
<寸評>
アーノンクールの新盤。
もの凄い集中力だけど、ややエキセントリックな感じも否めなかった旧盤とは相当違う。
眼差しが優しくなって、全てを包み込むような大きさが感じられるようになりました。
「ハレルヤ」を聴いて、こんなに優しい気持ちにさせられたことはありません。
アルノルト・シェーンベルク合唱団の偉大さも大きく貢献。
「メサイア」最高の名盤のひとつ。

(2)モーツァルト コンサートアリア集
<演奏>
 ナタリー・デッセイ(S)
 グシュルバウアー指揮 国立リヨン歌劇場管弦楽団
<寸評>
グルベローヴァの素晴らしい歌唱に感動しつつも、「もう少し柔らかな表情で歌ってくれる演奏はないものか、たとえばデッセイのように・・・」と思っていたところ、IANISさんに教えてもらったのがこのディスク。
まさに、私の理想の演奏でした。
今年、最もよく聴いたディスクのひとつ。

(3)モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番『ジュノム』
<演奏>
 フリードリヒ・グルダ(P)
 カール・ベーム指揮 バイエルン放送交響楽団
<寸評>
超一流の演奏家たちが、若き日を思い出しながら何とも瑞々しい演奏を展開。
このコンビ、いい意味で大人です。
録音も優秀。

(4)モーツァルト:交響曲第36番ハ長調『リンツ』
<演奏>
 カルロス・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(1988年3月 定期演奏会のライブ録音)
<寸評>
6大シンフォニーの中では最も地味な「リンツ」から、これだけの魅力を引き出したカルロスはやはり天才!
ウィーンフィルの美質ともベストマッチ。
DVDの映像も文句なく素晴らしいけど、このムジークフェラインの定期演奏会の録音はさらに上を行きます。

(5)シューマン 弦楽四重奏曲(全曲)
<演奏>
 ロータス・カルテット
<寸評>
シューマン没後150周年という年に、実際にコンサートで聴いて感銘を受け、すぐに購入したディスク。
このレコーディングでは、日本人女性4名でカルテットを組んでいます。
シューマンへの愛情が、曲の隅々にまで感じられる素敵な演奏。
このディスクのおかげで、比較的演奏機会が少ないこの曲の魅力を再発見することができました。

(6)ブラームス ヴァイオリンソナタ(全曲)
<演奏>
 ゲアハルト・ヘッツェル(ヴァイオリン)
 ヘルムート・ドイチュ(ピアノ)
<寸評>
emiさんにご紹介いただいて、必死に探し回ってようやくゲットしたディスク。
優しさと豊かさに溢れた素晴らしいブラームス。
現在廃盤のようですが、早く復活させて欲しいと思います。
知る人ぞ知る隠れた名盤。

(7)ベートーヴェン ピアノソナタ(全曲)
<演奏>
 イーヴ・ナット 
<寸評>
学生時代2枚だけLP(もちろん廉価盤)を持っていました。
今年、CDの全集を手に入れ聴きましたが、どの曲もとても気に入りました。
決して気負うことなく、しかし、主張すべきはしっかり主張する。
そして、何気ないフレーズの表現に独特の色気があって、実に瑞々しいベートーヴェンだと感じました。
私の感性にぴったりフィット。

(8)ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調
<演奏>
 ヒラリー・ハーン(vn)
 ヤノフスキ指揮 オスロ・フィル
<寸評>
ウィーンへ旅立つ前に聴きました。
凄いとしか言いようのない集中力と、圧倒的なテクニックの冴え。
まさしく天才の為せる業。
6月に実演に接し、その思いは確信に変わりました。

(9)ケフェレック バッハアルバム
<曲目>
 パルティータ第5番、第2番ほか
<演奏>
 アンヌ・ケフェレック(p)
<寸評>
パリ生まれの名花アンヌ・ケフェレックが初来日した時に録音したアルバム。
レモンをかじった時のような新鮮な感触を持ったバッハ。
この録音から約30年経った今年5月、幸いなことに彼女のモーツァルトを実演で聴くことができました。
ただただ素晴らしかった。これはコンサートベストテンで書きます。

(10)ワーグナー 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』
<演奏>
 フリッツ・ライナー指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
 パウル・シェフラー(ザックス)
 ゴットロープ・フリック(ポーグナー)
 エーリヒ・クンツ(ベックメッサー)
 ハンス・バイラー(ヴァルター)
 イルムガルト・ゼーフリート(エーファ)ほか
(1955年11月、ライヴ録音)
<寸評>
オペラの分野からは、レコードアカデミー賞を受賞したカイルベルトの「ジークフリート」にしようかと大分迷ったのですが、結局ライナーのマイスタージンガーに決めました。
フルトヴェングラーが亡くなってちょうど一年後くらいの録音ですが、オペラ指揮者としても、ライナーがどれだけ凄い実力を持っていたかをいやというほど思い知らされる演奏。
歌手陣の豪華さも特筆もの。
録音も良いです。
詳細は、また後日ブログで採りあげるつもりです。
 
コメント (9)

聖夜のメサイア

2006-12-27 | コンサートの感想
昨日から一泊二日で、義父の喜寿のお祝いをするために、伊東温泉に行ってきました。
美味しい料理に、清潔でゆったりとした和室、そして源泉掛け流しの温泉と檜風呂、どれをとっても申し分なく、大満足の旅行になりました。
両親も「素晴らしい思い出になった」と喜んでくれて、本当に良かったと思います。
昨日は「爆弾低気圧」の影響で大荒れの天候でしたが、今朝は予報とは異なり絶好の快晴。
小室山公園の展望台からは、雪をいただいた富士山や遠く伊豆七島も望め、まるで義父の喜寿を一緒に祝ってくれているかのようでした。
(画像は、小室山公園から眺めた富士山です)

   

さて、遅くなってしまいましたが、24日のクリスマス・イブに聴いたバッハ・コレギウム・ジャパンの『メサイア』の感想を。

<日時>2006年12月24日(日)15:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>ヘンデル:オラトリオ『メサイア』
(モーツァルト編曲 K572/ドイツ語)
<演奏>
■ソプラノ:ハナ・ブラツィコヴァ
■アルト:マリアンネ・ベアーテ・キーラント
■テノール:櫻田亮
■バス:ドミニク・ヴェルナー
■合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
■指揮:鈴木雅明

    

メサイアといえば、11月に同じサントリーホールで聴いたアーノンクールたちのあまりに素晴らしい演奏が、いまだに忘れられません。
しかし、クリスマスイブに聴いた、このバッハ・コレギウム・ジャパンのメサイアも素晴らしかった。
しかも、モーツァルト編曲版です。

モーツァルト編曲版を実演で聴くのは初めてですが、大きな特徴として次の3つがあげられると思います。
1.第35曲(日本楽譜の原曲スコアによる番号:以下同じ)の合唱、第36曲のバスのアリア等、複数の楽曲がカットされたり、変更されたりしていること。
2.第18曲の「リジョイス グレイトリー・・・」を初めとして、いくつかの曲の声種が変更になっていること。ちなみにリジョイスの場合は、ソプラノからテノールに変更になっています。
3.オーケストレーションの変更。

普通に聴いている分には、劇的に印象が異なることはありません。
しかし、じっくり耳を澄まして聴き進むにつれて、「うん?、やっぱり原曲と違うなあ」という感じがしてきます。
私の場合は、1.のアリアのカットや、3.のオーケストレーションの変更よりも、2.の声種の変更の方がインパクトが大きいです。
この日も、「リジョイス」では、テノールの櫻田さんがすばらしく音楽的に歌ってくれましたが、やっぱり私はソプラノのほうがしっくりきます。

一方、3.のパターンに属する例では、たとえば第41曲のバスの有名なアリア「なぜ、異邦人たちは燃え立ち、怒り狂うのか」に、トランペットとティンパニが追加されています。
しかし、こちらのほうは、ハ長調で書かれた勇壮な雰囲気が原曲以上に表現されていて、私はモーツァルト編曲版の方がむしろ好きです。

ということで、「オリジナルと編曲版のどちらを採るか」については、一概にいえないのですが、モーツァルト生誕250周年の年のクリスマス・イブに、このモーツァルト編曲版のメサイアが聴けたことは、とても貴重でした。

また、鈴木雅明さん率いるバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏を、この日初めて生で聴きましたが、私は大きな感銘を受けました。
もちろんCDや映像では、今まで何度も聴いてきました。
そして、たとえばマタイにしてもヨハネにしても、私のライブラリーの中で、かけがえのないディスクになっています。
しかし、この日実際にステージで聴いてみて強く感じたのは、何よりもその「音楽に対する自然な悦び」でした。
鈴木雅明さんの音楽の作り方もそうですし、若松夏美さんをリーダーとするメンバーたちの真摯なんだけどリラックスした表情がいいですねぇ。
音楽への誠実なアプローチ、清潔なフレージングと多彩なアーティキュレーションから生まれるその音楽は、何とも心地よい。
「世界で一番知名度の高い日本のアンサンブル」という評判も頷けます。

それから、この日驚いたのが「ハレルヤ」。
演奏そのものではなく、客席で起立して聴く人を初めてみたからです。
ロンドンでメサイアが初演されたときに、臨席した国王ジョージⅡ世が感動のあまり起立したことに由来する慣習だそうですが、実際のコンサートで見たのは初めてです。
(ひょっとしたら、11月のアーノンクールのときも起立した人がいたのかなあ・・・)
ただ、後ろの人はいきなり前が見えなくなるので、喧嘩になったりしないんだろうか。
余分なことですが、少し心配してしまいました。(笑)

このイブのメサイアをもって、今年の私のコンサート通いは終了です。
質量ともに5年分くらいのボリュームを、この1年間で聴いたような(みたような)気がします。
年内に、今年のコンサートの総括をする予定です。



コメント (2)

アルブレヒト&読響のベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」

2006-12-24 | コンサートの感想
昨日は読響の第九に行ってきました。
読響のマチネー会員になって5回目の第九になります。

思い出深いのは、3年前の第九。
グシュルバウアーの指揮だったのですが、今から思えば、やや微温的な演奏でした。
しかし、当時、大プロジェクトを2つ抱えて心身ともに疲れ果てていた私にとって、このときに聴いた第九は、大袈裟な意味ではなく「いのちを貰った」コンサートでした。
「疲れきった心と体の隅々に、理屈ではなく、ベートーヴェンの音楽が沁み込んでいく。生き返っていく・・・。」、まさにそんな感じでした。
「ようし、負けないでやっていこう。そして来年もこの第九が聴けるように頑張ろう。」という勇気を貰ったコンサートでもありました。
実際は、翌年年明けから8月頃にかけて、さらに過酷な状況が続くのですが、このときの第九が、いつもどこかで支えになっていたように思います。

そんなことを考えながら、この日、第九の開演を待ちました。

  

<日時>平成18年12月23日(土) 午後2時開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■ベートーベン:交響曲第9番〈合唱付き〉 
<演奏>
■指 揮:ゲルト・アルブレヒト
■管弦楽:読売日本交響楽団
■合 唱:武蔵野音楽大学
■ソプラノ:林 正子
■メゾ・ソプラノ:坂本 朱
■テノール:中鉢 聡
■バリトン:三原 剛

今年タクトを取るのは、常任指揮者として最後のシーズンになるアルブレヒトです。
コンサートマスターが登場し、オーボエの音をもらってチューニング。
ここで、ふとある光景に気付きました。
「えっ? ステージに合唱団がいない!」
昨年は、4楽章が始まってもソリストがステージにいなくて、それもびっくりしましたが、今年はどうなるんだろう。

アルブレヒトが、ゆっくりとステージに現われました。
コンサートマスター2人と笑顔でがっちり握手したあと、指揮台へ。
何の気負いもなくタクトを振り上げ、いよいよ今年の第九が始まりました。
一回目のクライマックスで、「あー、読響のサウンド。この重厚な音が聴きたかったんだ。この音を聴きにきたんだ」と早くも鳥肌がたちました。
再現部のクライマックスでは、ティンパニをトレモロではなく譜面どおり32分音符できっちり叩かせます。
そして、チェロとコントラバスが同じように渾身の力で32分音符を刻むので、単なる巨大な音の塊ではなく、音楽の鼓動が息づいていきます。
素晴らしい演奏!

第2楽章は、速めのテンポで、まさにスケルツォ。
アルブレヒトお得意のメリハリをつけたスタイルなんですが、作為的な感じは全くしません。
ただ、アルブレヒトのタクトに金管が少し遅れぎみになる箇所が何回かでてきましたが、さすがに気心の知れたコンビです。
つぎに出てくるフォルテを豊かに響かせるような表現にすることで、破綻を見せません。
うまいなあ・・・。
第2楽章が終わって、合唱団がステージに登場しました。
ソリストも一緒です。ソリストは合唱団の前に座りました。指揮者の前に座らせるやり方もありますが、私はこの方が好きです。

さて、第3楽章。
非常に美しい演奏でした。
常に音楽を大きな流れで捉えて、パーツパーツに神経質にこだわることはしません。
だからこそ、ミスが発生しやすい96小節のホルンソロも、実に伸びやかな表情になったのでしょう。
その自然なホルンソロを引き継いだ第一ヴァイオリンの表情が、これまた実に美しかった。

フィナーレの冒頭は3つ振りする指揮者が多いですが、アルブレヒトは1つ振り。音楽の流れを大切にしているのでしょう。
この日、チェロ・コンバスが聴かせてくれた緊張感に満ちた雄渾な表現力には、もう見事というしかありません。
終演後、マエストロがとくにチェロ・コンバスを湛えたのも頷けます。
そして、バリトンソロを迎えます。いつ聴いても三原さんのソロは本当に素晴らしい!
胸がいっぱいになります。

そして、この日とくに感銘を受けたのが、武蔵野音大の合唱。
力と透明感に溢れた素晴らしいコーラスでした。
ソリストとしては、昨年までのメンバーからソプラノが林さんに代わりましたが、アンサンブルという点では、むしろ良くなったような気がします。
二重フーガの部分では、あまりに見事な声楽陣と充実したオケの響きを聴きながら、つい3年前のことを思い出してしまい、なぜだか分かりませんが不覚にも涙が出てきてしまいました。
いかん!まだ続きがあるのに・・。

762小節の「・・・ein lieber Vater wohnen」の箇所だけは、最後のフェルマータのあと、もう少し間が欲しかったなぁ。
とても感動的なところですから・・・。

この日のフィナーレは、概してテンポが速かった。
しかも、軽く速いのではなく、力強くかつ速い!
これが、本来ベートーヴェンが求めていたものかもしれません。
アンサンブルに若干の乱れはありましたが、この充実した響きはきっと忘れることはないでしょう。
大きなインパクトをもった第九でした。

アルブレヒトをマチネーシリーズで聴けるのは、残念なことにあと一回だけです。
とき、まさに、シーズン最後の日となる3月31日。
プロはマーラーの9番。
この最高の名曲に対して、どんな感動的な演奏を聴かせてくれるんだろう。
今から、楽しみです。





コメント

ノリントンのモーツァルト交響曲第41番「ジュピター」ほか

2006-12-20 | CDの試聴記
ちょうど1週間前になりますが、12月13日付の日経新聞に、「懐古2006 音楽」と題してモーツァルト新解釈に関する記事が出ていました。
私は名古屋へ向かう新幹線の車中で読んだのですが、ざっと次のような内容でした。

アーノンクールが26年ぶりに来日したことに始まり、彼は苦労してモダン楽器によるピリオド奏法に取り組み、巨匠としての評価を確立したと紹介。
その後、ノリントン&N響や飯森範親&山形交響楽団等の最近の活動にふれたあと、彼らのような新解釈で演奏する人は少数派で、日本では多くのモーツァルト演奏が譜面の版や読み方、奏法の吟味が曖昧な「垂れ流し」に終始していると筆者は結論付けていました。

仰ることは良く分かるし、納得できる部分も多いのだけど、「ピリオド奏法と新解釈だから良い」ということではないと思います。
オールドファッションのモーツァルトであっても、私たちを深く感動させてくれる例は枚挙にいとまがありません。
確かに時代考証は音楽家にとっても大変重要ですが、要は演奏という行為を通して何を表現するか、何を訴えかけるかじゃないでしょうか。
だから、最後に「垂れ流し・・・」と十把一絡げで総括されると、私にはいささか違和感があります。

とはいいながら、名前が挙げられているアーノンクールもノリントンも私の大好きなマエストロです。
理由ははっきりしていて、彼らの演奏が、どんな場合でも常に生気溢れるもので、私に音楽を聴く悦びを与えてくれるからに他なりません。
ピリオド奏法だから好きなのではなく、彼らがピリオド奏法を使って表現する生き生きとした音楽が好きなのです。

私が最近ipodで良く聴いているのが、ノリントンがザルツブルク・カメラータ・アカデミカと組んで演奏したモーツァルト。
とくに、メインのジュピターは、本当に楽しいです。
音楽の躍動感というかエネルギーが、これほどストレートに感じられる「ジュピター」も珍しいのではないかしら。
とくにメヌエットの愉悦感や、フィナーレの冒頭5小節目からヴィオラとバスが何とも自然に入ってくるあたりの自然な表現は、まさに最高。
いつ聴いても、にんまりしてしまいます。

また、あわせて収録されているディヴェルティメントK.136は、サイトウキネンオーケストラのトレードマークのような曲ですが、このノリントン盤もいかにもディヴェルティメントといった演奏で、とてもチャーミング。
私がこの曲最高の名盤だと信じているトン・コープマン盤と、甲乙つけがたい名演奏です。
通常のヴィブラートではなく、真ん中が少し膨らむ形の例のピリオドスタイルですが、音の響きそのものが実に美しい。
だからこそ、愉悦感を感じるんですね。
この「音の美しさ」「響きの美しさ」というのは、ピリオド奏法であろうとなかろうと、モーツァルト演奏に最も必要な要素であるような気がしてなりません。

お薦めのディスクです。

      

<曲目>
■モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》
■ストラビンスキー:交響的舞曲
■モーツァルト:ディヴェルティメントK.136
<演奏>
■ノリントン指揮
■ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ
<録音>
■1998年ザルブルク音楽祭でのライヴ録音。
コメント (4)

アインザッツのこと、ブログ仲間のこと、ブログ仲間のコンサートのこと

2006-12-19 | その他
俄かに仕事が立て込んでしまい、「武士の一分」以来更新が途絶えてしまいました。
やっぱり師走ですね。
ジャーナル投稿用の原稿作成やセミナーの準備、そして想定外の手ごわい案件が次々に飛び込んできたこともあり、いささかハードな日々が続いております。
「お願いだから、誰か時計を止めて!」

そんなことを言いながらも、先週13日には名古屋・大阪出張の折に梅田北新地のクラシックバー「アインザッツ」で東西のブログ仲間と久しぶりに再会しました。
楽しかったなあ。みんなノリノリでした。
時間があっという間にたってしまい、気がついたら何と12時半。
もちろん終電はありません。タクシーでホテルへ直行。
でも、ラッキーなことに、ホテルはツインルームのシングルユースでした。
ゆったりした気分で、バタンきゅー。
この気分ノリノリ作戦が効を奏したのか、翌日の14日の気が滅入るような仕事も何とか無事に終了。
アインザッツのマスターやブログ仲間の方々のおかげです。

前にも書きましたが、大阪出張の楽しみの一つだったアインザッツは、今月22日に閉店します。
22日の千秋楽には東京でセミナーの仕事があるので、どうしても行くことができません。
ということで、アインザッツに行けるのは、この日がとうとう最後になってしまいました。
アインザッツがなければ、この日集まったブログ仲間の方々と出会えなかったでしょう。
そう考えると、本当に残念としか言いようがありません。
でも、マスター、ブログ仲間の皆様、せっかくアインザッツの縁で親しくさせていただくことができたわけですから、今後ともどうぞよろしくお願いします。

そして、17日には、これまたブログ仲間であるMAIさんが出演されるコンサートに行ってきました。
新宿交響楽団の定期演奏会だったのですが、モーツァルトのジュピターや、マーラーの5番という何とも骨のあるプログラム。
オケのメンバー全員が、音楽に対して真摯に取り組んでいることがひしひしと伝わってきました。
マラ5のアダージェットが、とくに素晴らしかった。
透明なハーモニーが見事で、まさに天上の音楽でした。
また、音楽の美しさもさることながら、この演奏をするためにメンバーひとりひとりがどれだけ頑張って練習してきたかを想像すると、涙をこらえるのに本当に大変でした。
続くフィナーレも熱く燃える演奏で、エンディングもばっちり。
大きなブラヴォーがかかっていました。
MAIさん、素敵なコンサートにご招待いただき、本当にありがとうございました。

冒頭書きましたように、仕事の関係で睡眠不足であることは否めませんが、なぜか気力は充実しています。
これもやっぱり大好きな音楽に触れているから、そして音楽をとおしてブログ仲間の方々と本音で楽しくお話させてもらっているからなんでしょうね。
感謝!感謝!です。
22日のセミナーは200人以上のお客様が来られるようです。
さあ、もう一度ねじを巻きなおして頑張ろう!
コメント (6)

「武士の一分」

2006-12-10 | その他
今日、話題になっている映画「武士の一分」を観てきました。
映画館で映画を観るのは、2年ぶりです。
映画は大好きなのですが、封切後半年もしないうちにBSやCSで放送してくれるし、時間的にもそのほうが楽なので、ついついそちらのほうに流れがちでした。

さて、「武士の一分」。
これは素敵な作品ですねえ。
何か温かいものを感じさせてくれる映画で、見終わったあとの満足感・爽快感がとても心地よかった。
この映画の特徴的なところは、かたき役一人を除いて、みんな善人なんです。
小市民的なキャラクターもいますが、基本は善人。
このあたりのプロットの巧みさが、見終わって温かい気持ちにさせてくれる大きな要因なんでしょうね。

     

下級武士である主人公夫婦と、先代から仕える手伝いの老人。
決して豊かではないけど、つつましくも愛情に満ちた生活を送っていた彼らに突然襲った悲劇。
今の世なら、間違いなく労災適用になるような大事故に主人公が見舞われるのですが、何せ江戸時代の話。
明日からの生活保証もまったくない。そんな状況で、美人で気立てがいい妻が罠にはまります。夫婦仲が良かったからこそ嵌った悲劇。
ネタバレになるので、これ以上細かくは書きませんが、ここで主人公は、
「命に代えても守るべきものがある。守りたい愛がある」と一大決心し、ある行動に出るのです。

「私が主人公の立場だったら、どうする?」と思わず考えてしまいました。
考え方・思いは100%主人公に賛同するのですが、ついついリスクも考えてしまいそうで、ここまで男らしい行動が果たしてとれたかどうか。
大いに考えさせられる映画でもありました。

隣で一緒に見ていた妻はどう感じたんだろう。
また、じっくり聞いてみましょう。

P,S
ところで、この映画のキャスティングは、主役も脇役もまずは申し分ない最高の配役だったように思います。
とくに気に入ったのが檀れいさん。
女優初仕事だそうですが、その美しさと、純粋で健気さが伝わってくる演技に、すっかり心を奪われてしまいました。





コメント (10)

ヴンダーリッヒのシューベルト:「美しき水車小屋の娘」

2006-12-09 | CDの試聴記
冷たい雨が降っています。
今年も残すところ、あと3週間あまりになりました。
実はセミナーの資料とジャーナル投稿用原稿の締め切りが近いので、少々焦り気味です。

さて、今日はなぜか歌曲が聴きたくなって取り出したのが、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」。
フリッツ・ヴンダーリッヒが歌ったアルバムです。

<曲目>
シューベルト作曲
■歌曲集「美しき水車小屋の娘」D.795
■ます D.550
■春の想い D.686
■野ばら D.257
<演奏>
■フリッツ・ヴンダーリッヒ(テノール)
■フーベルト・ギーゼン(ピアノ)
<録音>
■1966年7月

     

久しぶりに聴きましたが、もう聴きながら胸がいっぱいになってきました。
素晴らしい歌、素晴らしい声・・・。
私がこの曲にイメージする全てが、この中にあります。
シューベルトが書き終えたばかりの五線紙を、たった今ヴンダーリッヒが受け取って歌っているかのような瑞々しさに溢れています。
とくに、第7曲「いらだち Ungeduld」の素晴らしさには、ただただ感動。

古今のテノールで好きな歌手を一人だけあげろと言われたら、私は迷うことなくヴンダーリッヒと言うでしょう。
誰よりも美しい声に恵まれていたヴンダーリッヒ。
その歌唱に、作為的な箇所、あざとさといった人工的なものはまったく感じられません。
まさに「天衣無縫」ということばがぴったり。
しかも、美声に溺れて音楽の様式感を崩すようなことは皆無です。
だからこそ、オペラから歌曲、宗教曲まで、どんなジャンルの音楽を歌っても最高の表現になるのでしょう。
誰かが評していた「奇跡のようなテノール」という表現に、私は全面的に賛同します。

ところで、このヴンダーリッヒの「水車屋の娘」に初めて出会ったときのエピソードを。
このディスクに初めて出会ったのは、私が大学生の頃でした。
当時大阪に住んでいた私は、梅田のレコードショップでこのヴンダーリッヒのLP(DGの廉価盤)を見つけ、大切に抱えて電車に乗っていました。
家に帰り着くまで待ちきれなくて、ジャケットを取り出して裏面を読み始めました。
ふと気付くと、隣に座っていた老紳士が私のほうを見ています。
そして、つぶやくように「本当に素晴らしいテノールだった」と。
その後、「ヴンダーリッヒはお好きですか?」と聞かれたので、「ええ」と答えると、嬉しそうに頷いておられました。
何とその老紳士は、オーストリアで実際にヴンダーリッヒのコンサートを聴かれたことがあるそうです。
しばらくお話したあと、名前も聞かずに別れましたが、このときの会話はこの演奏の素晴らしさとともに鮮明に覚えています。

こんな素晴らしい録音を残してくれた、わずか2ヵ月後にヴンダーリッヒは不慮の事故でこの世を去ることになります。
35歳の若さでした。
コメント (8)   トラックバック (1)

「クララへの愛」 東京ニューシティ管弦楽団定期演奏会

2006-12-06 | コンサートの感想
「クララへの愛」
このタイトルに惹かれて、東京ニューシティ管弦楽団の定期演奏会へ行ってきました。

今年は、ロベルト・シューマンの没後150周年のメモリアルイヤーにあたります。
今宵のタイトルの「クララ」とは、もちろんロベルト・シューマンの愛妻であるクララ・シューマンのこと。
このプログラムを見て、最初仰天しました。
うん?冒頭の曲がブラームスの1番?しかも、終楽章だけ?
ブラームスが生涯クララを敬愛していたことは有名ですが、よりによってあの大曲の、しかも終楽章だけをなぜオープニングに持ってきたのか。
パンフレットを読んでその理由が分かりました。
1868年9月12日、ブラームスはクララの誕生日に第1交響曲の第4楽章のホルンの旋律へ「幸せに!貴方に1000回もの挨拶を送ります」という歌詞を書き付けて、彼女に贈ったそうです。

続く前半のメインは、夫ロベルト・シューマンのピアノ協奏曲イ短調。
クララと結婚した1941年に、彼女に捧げられた「ピアノとオーケストラのための幻想曲」が、このコンチェルトの第1楽章になっています。
初演でピアノを弾いたのは、もちろんクララ。

そして、後半は、ロベルト・シューマンの交響曲第4番。
良く知られているように、この曲は第1番と平行して作曲されたものですが、22歳のお誕生日にこの曲のピアノスコアを贈られたクララは、大変喜んだそうです。

なるほど・・・。
そう考えると、よく考えられた選曲ですね。


   

「クララへの愛」(シューマン没後150年記念)
<日時>2006年12月6日(水)19:00開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■ブラームス: 交響曲第1番から終楽章
■シューマン: ピアノ協奏曲イ短調 op54
■シューマン: 交響曲第4番ニ短調(マーラーオーケストレーション版)
<演奏>
■指 揮: 曽我大介 
■ピアノ: 三浦友理枝
■管弦楽: 東京ニューシティ管弦楽団

さて、今日の席は、何と1列目でした。
よく知っているつもりの芸劇ですが、1列目に座るのは初めてです。
東京ニューシティ管弦楽団は初めて聴くオーケストラでしたが、そのサウンドは、ひとことで言うと重厚。
派手さはありませんが、音の響きは私の好みです。
ただ、軽妙さ・いい意味での色気という点では、やや不足しているかなあ。
それと、木管の歌いまわしに、やや癖があるように感じました。

シューマンのコンチェルトを弾いてくれたのは、三浦友理枝さん。
写真のとおり、大変美しいピアニストです。
シューマンのコンチェルトとは、まさにイメージがぴったり。
第1楽章はよく弾けているんだけど、「とにかく一生懸命弾いています」という印象が拭えない。
しかし、第2楽章は詩的な雰囲気が素敵だったし、フィナーレでは、清潔なタッチから生まれる瑞々しい音楽に惹かれました。
さすがに、昨日聴いたヴォロドスや、私の大のお気に入りである小菅優さんが聴かせてくれる、いい意味での奔放さとか強烈なパッションといったものは、まだ感じられませんでした。
でも、彼女にはステージで聴衆を惹き付ける何かがあります。
今後、さらに魅力的なピアニストになってくれることでしょう。

本日のメインであるシューマンの4番。
これは、良かった。
オケのサウンドと曲がよくマッチしていました。
曽我さんの指揮も、きびきびしていて、歌わせるところとリズミックに表現するところのメリハリがよくついていたと思います。
終楽章は、フルトヴェングラーのトラウマからいまだ抜け切れない私ですが、素晴らしい演奏でした。
また、この日はマーラー編曲版による演奏でしたが、オリジナルと正直それほど大きな違いは感じませんでした。響き自体は、少し華やかになった印象はありましたが・・・。

P.S
終演後、CD購入者向けのサイン会があったので、三浦友理枝さんにサインしてもらいました。
素顔の彼女はとても華奢な感じでしたが、やっぱりチャーミング。
でも、舞台ではもっと大きく感じました。
「名手は舞台で大きく見せる」と言われているので、既に名演奏家の資質十分かも・・・。


コメント (2)

アルカディ・ヴォロドス ピアノリサイタル

2006-12-05 | コンサートの感想
今日は、会員になっているジャパンアーツから年一回の招待券をいただいたので、アルカディ・ヴォロドスのピアノリサイタルに行ってきました。
正直に言うと、ほかに聴きたいコンサートがあったのですが、残念ながらはずれてしまい、結局第3希望で申し込んだこのコンサートになりました。
でも、ヴォロドスは是非一度聴いてみたいピアニストだったので、大いに楽しみにして今日を迎えました。

ところが、今日に限って仕事でトラブルが発生。
トラブルシューティングに予想外に時間をとられてしまい、気がついたら既に7時半。
さすがに「もう、今日はだめだな」と一瞬諦めかけましたが、幸運なことにオフィスが青山にあるので、何とかぎりぎり後半のプロに間に合いました。

<日時>2006年12月5日(火)  7時開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■シューベルト:「楽興の時」D.780より 第1曲、第2曲、第5曲
■シューベルト:ピアノ・ソナタ第11番 ヘ短調 D.625
――――――――――――――――――――――
■リスト:オーベルマンの谷(「巡礼の年」第1年 “スイス”より)
■リスト:物思いに沈む人(「巡礼の年」第2年 “イタリア”より)
■リスト:小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ(「伝説」より)
■リスト:葬送(「詩的で宗教的な調べ」より)
(アンコール)
■リスト:ノクターン ”夢の中に”
■J.S.バッハ(リスト編曲):「泣き、嘆き、憂い、おののき」による前奏曲
■スクリャービン:「舞い踊る愛撫」op.57-2
■マルチェッロ(バッハ編曲):オーボエ協奏曲 第2楽章から
■リスト(ホロヴィッツ編曲):ラコッツィ行進曲

        

客席を見渡してみると、残念ながら聴衆の入りはあまり良くありません。
(だからこそ、招待コンサートの対象になったのか・・・)
しかし、この日は、1階席の前から8列目という素晴らしい席だったこともあり、大いに期待しながら開演を待ちました。

後半のプロは、オールリストプログラム。
開演前に、ヴォロドスからのお願いという形で、館内アナウンスがありました。
「私が今回選んだプログラムは、切り離せぬひとつの“まとまり”として考えたものです。曲順もただ並べただけではなく、すべて内面的道理と共通の構想でつながれています。演奏会では、すべての作品を休憩無しで弾きます。全体のつながりを壊さぬよう、聴衆の皆様には、曲間での拍手をご遠慮いただきたくお願い申し上げます。」

アナウンスの後、舞台に登場したヴォロドス。
ひとことで言うと、まさにロシアン・ヴィルテュオーソです。
凄いパワーとスケール感。そしてロマンティックな歌。また意外なくらいの詩的な表現も聴かせてくれました。
とくにプログラム最後の「葬送」は、全てが重なり合った素晴らしい演奏といえるでしょう。
ただ、確かに凄いパワーではあるのですが、ときに「少々、力まかせでは?」と感じたことも事実です。

しかし、アンコールで聴かせてくれた5曲は、文句なしの名演奏でした。
今日は、アンコールを聴くだけでも、値打ちがあったかもしれません。
とくに、バッハの編曲による「マルチェロのオーボエ協奏曲(第2楽章)」と、最後に弾いてくれたホロヴィッツ編曲の「ラコッツィ行進曲」は、言葉を失うくらいの素晴らしい演奏。
聴衆から、大きなブラヴォーとスタンディング・オベイションを受けていました。
このヴォロドフというピアニスト、やはり只者ではありませんね。




コメント (2)

グルダ&ベームのモーツァルト:ピアノ協奏曲第9番『ジュノーム』

2006-12-03 | CDの試聴記
今日は、国立競技場で大学ラグビーの試合を見てきました。
対戦カードは、伝統の一戦といえる早稲田vs明治。



この日に向けて、両校の選手たちがどれくらい必死に練習してきたかは、今日のプレーをみたらすぐに分かります。
試合結果は、あえて書きません。
決定的なチャンスに、「あー・・・」というシーンも確かにありました。
しかし、こんなにひたむきに、人生の一時期をラグビーに打ち込めるのは、本当に幸せなことではないでしょうか。
「青春」という今やあまり使われなくなった言葉を、つい思い出してしまいました。

ラグビーは、野球と並んで私の大好きなスポーツですが、正直決して人気があるとはいえないのが現状です。
しかし、あの広い国立競技場を満員にするほどの魅力が、確かに存在するのです。
ひたむきに楕円形のボールを追いかけてプレーする選手たち。そして声をからして懸命に応援する観衆。
スタンドからは、地鳴りのような声援が、試合中、ずーっと響き渡っていました。
きっと、観衆の多くは、両校の学生、家族、関係者、OBたちなんでしょうね。
自分の母校を誇りに思うこと、つまり愛校心というのは、こういう積み重ねなのかもしれません。
こんなに必死に母校を応援できる対象を持っている人たちをみてて、ちょっぴり羨ましく思いました。

さて、せっかく忘れかけていた青春を思い出させてくれたのだから、今日は何かそんな音楽を聴きたい。
プロコフィエフの最後のシンフォニーも考えたのですが、さんざん迷ったあげく取り出したのが、モーツァルトの「ジュノーム」。
今年になって、この曲をブログで採りあげるのは、早くも3回目になります。

このジュノーム、青年モーツァルトの名曲のひとつですが、決して昔からよく聴いていたわけではありません。
モーツァルトでピアノコンチェルトを聴きたいときは、どうしても20番以降のコンチェルトに食指が動いたし、もっとオペラティックな雰囲気に浸りたいときは、12番から15番、あるいは17番・18番といったナンバーを聴くことが多かったのです。
「ジュノーム」に本格的に惹かれたのは、ことしモーツァルト250回めの誕生日のこと。
NHKテレビで、小菅優さんが弾き振りで、この曲の第3楽章を演奏していたのです。
好調時の小菅さんを聴くときにいつも感じることですが、まさしく「天馬、空を行く」といった風情で、こんな曲だったのかと、しばし呆然としておりました。
そのときからです、この曲が私の大好きなコンチェルトになったのは。

ところで、今日聴いたのは、グルダがベームと1969年にミュンヘンで共演したディスク。

<曲目>
■ブラームス:交響曲第1番
■モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番『ジュノム』
<演奏>
■フリードリヒ・グルダ(P)
■カール・ベーム指揮
■バイエルン放送交響楽団
<録音>
■1969年9月~10月(ステレオ・ライヴ)



グルダには意外なくらい、正攻法の演奏です。
しかし、よく聴いてみると、淡々と弾きながらも、その音楽は常に瑞々しく生気に溢れています。
ためしに、第一楽章のカデンツァを聴いただけでも、すぐに分かるでしょう。
そして、どんな箇所でも、モーツァルト一流の和音の変化に対して、さりげなく気配りされています。
もう見事すぎて、ため息が出るくらい・・・。
カデンツァの後、最後にきらきらと天から降ってくるようなピアノの分散和音も、たまらなく魅力的です。

このジュノームはモーツァルト21歳のときの作品ですから、まさに「青春真っ盛り」の音楽ということになりますが、この録音当時、グルダは39歳、ベームは75歳でした。
したがって、若さにまかせて一直線という演奏ではありません。
しかし、この2人の名人は、お互い20代の頃を思い出しながら演奏したのではないでしょうか。
この瑞々しさを聴くと、そんな気がしてきます。
「若さにまかせて一直線」の演奏もいいけど、今の私には、こんな2人のスタイルがぴったり来るのです。

P.S
このディスクにカップリングされている、ブラームスの1番。
これがまた大変な名演奏なんです。
賛否両論あるようですが、ライブのベームの凄さを再確認させてくれる演奏です。
後日、ご紹介したいと思います。








コメント (4)   トラックバック (1)

マリス・ヤンソンス&ロイヤル・コンセルトヘボウ管 「新世界」「春の祭典」

2006-12-02 | コンサートの感想
今朝も冬晴れの清々しいお天気です。
昨日から、カレンダーは最後の一枚になりました。
最近、特に日が過ぎるのが早く感じます。

さて、一昨日は、マリス・ヤンソンス率いるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
のコンサートを聴いてきました。
コンセルトヘボウを聴くのは13年ぶり。
前回は、地元の大宮ソニックシティで聴きましたが、タクトをとっていたのは若きシェフのリッカルド・シャイーでした。
シェフも変わり、13年の年月を経て、今回はどのような演奏を聴かせてくれるのでしょうか。
とても楽しみにして、溜池山王からサントリーホールに向かいました。

<日時>2006年11月30日(木)19:00~
<会場>サントリーホール
<曲目>
■ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
■ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ長調「新世界より」
(アンコール)
■ブラームス:ハンガリー舞曲第6番ニ長調
■ドヴォルザーク:スラヴ舞曲ハ長調 op.72-7
<演奏>
指 揮:マリス・ヤンソンス
管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

    

この日の席は、例によってP席。
5列目のど真ん中で、音が生々しい上に全体が見渡せる素晴らしい席でした。
ヤンソンスの指揮ぶり、細かな指示も全て分かります。
まるで、オーケストラの一員になったような錯覚を覚えます。

開演を告げるチャイムが鳴り、首席フルートのエミリー・バイノンを先頭にして、メンバーがステージに現われました。結構女性の奏者も多いですね。
さて、チューニングが終わり、マエストロ・ヤンソンスが登場しました。

前半は「新世界」。
奇しくも13年前と同じプログラムです。
第1楽章冒頭のフレーズの扱いが、とても清潔で心地よい。ヤンソンスの意志がはっきり感じられます。続くフォルテとの対比も非常に鮮烈な印象を与えてくれました。
第2楽章は、ヤンソンスが、演奏前に非常に柔らかな笑顔でオケのメンバーを見渡します。
そして、とくに管楽器のメンバーがリラックスしたのを確認して、ゆっくりタクトを振り上げました。
管楽器が弱音で合奏するのは大変だと思いますが、このような背景もあり素晴らしい演奏でした。
この日のイングリッシュホルンは女性の奏者でしたが、本当に柔らかい表情で魅了してくれました。
ただし、ヤンソンスは絶対に情緒に溺れるような音楽は作りません。
抑制された表情の中にデリケートなニュアンスが感じられる、そんな印象です。
もう少し自由に歌わせる演奏を私は好みますが、このスタイルはそれで素晴らしいと思いました。
ラスト近くに登場する前一列だけの弦楽合奏、この箇所もとても素晴らしい演奏でしたが、ここは13年前のほうがさらに素晴らしかったなあ。そのときは、とにかくピアニシモの表現力が凄かった・・・。

「新世界」で印象に残ったのは第4楽章。ヤンソンスが最も統率力を発揮した楽章でした。
途中で、ががっとテンポを上げていきますが、テンポだけではなく内的なテンションも同時に高めて、ぐんぐん核心に切り込んでいきます。
ヤンソンスの意図を完璧に表現できるコンセルトヘボウの実力も凄い!
そして、エンディングは、まさにスコアどおり、徐々に時間をかけながら消えていくような表現。
見事です。

後半に向けて、10分以上前に席に着いたのですが、既に10人以上の奏者がステージで各々ハルサイのフレーズをさらっています。
5分前には、3分1くらいの奏者が席についていたのではないでしょうか。
もう、ミニ・ハルサイというか、「ハルサイのテーマによる即興曲」のような感じです。こんな光景は、実演ならではですね。楽しませていただきました。

さて、後半の「春の祭典」。
冒頭、最高音域を使う例のファゴットの音色が、普段聴かないような独特のしなやかさをもっていて、のっけからため息をつくような素晴らしさ。
その後も、夢見るような柔らかな表情をみせたかと思えば、一転して暴力的と言ってもいいくらいの強烈な表現が交錯します。
とくに第一部ラストの「大地の踊り」のエキサイティングな表現には、もうすっかり参りました。
どのパートが、どのフレーズがというレベルではなく、全てが生気に溢れ躍動感をもった見事な演奏でした。

ヤンソンスは、ひとことで言うととても真面目に、真正面から音楽を作る人です。
CDできくと、ときに非常に濃厚な表情を作って「やっぱりロシア出身の指揮者だ」と思うこともありますが、決して所謂「はったりをかます」タイプの指揮者ではありません。
だから、コンセルトヘボウやウィーンフィルのように、アンサンブル能力が高くかつしなやかなサウンドを持ったオーケストラを振ると、相乗効果で素晴らしい演奏を聴かせてくれるのではないでしょうか。

そして、コンセルトヘボウ管弦楽団のなんと素晴らしいこと!
間違いなく超一流のオーケストラです。
キャッチフレーズにもなっている「ビロードの弦、黄金の金管、典型的なオランダ風の音色を持つ木管」に、私はまったく異論がありません。
でも、この音色はどう表現したらいいんだろう。
ウィーンフィルとはまた違った魅力的なサウンド。
とくに新世界で感じたのですが、弦楽器が同じテーマを楽器を変えながら引き継いで行く部分で、同じ系統の音色なんだけど、微妙に違う。
例えて言うなら、光の当たり方で、同じものでも少し異なって見えますよね。
まさにそんな感じでした。

しっとりとした弦の魅力もさることながら、私は木管の音色とブラスの素晴らしさにも大いに惹かれました。
とくに、単にでかく目立つ音・華麗なテクニックを見せびらかすのではなく、音楽の要求にしたがって自在に振舞うことの出来るブラス、私はすっかり酔いしれました。

私にとって「特別なオーケストラ」は、やはりウィーンフィルですが、コンセルトヘボウを「特別のオーケストラ」だと感じる音楽ファンも少なからずいらっしゃるでしょうね。
そんな気持ちにさせてくれた素敵なコンサートでした。

コメント (2)   トラックバック (1)