ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

100回目のエントリーになりました

2005-10-30 | その他
今回の記事で、第100回目のエントリーになりました。
ブログを書き始めたのが昨年の10月ですから、大体週2回のペースで投稿してきたことになります。
生来怠け者である私にしては「良く続いたなぁ」というのが正直なところですが、ここまで続けてこれたのも、私の拙い記事にお付き合いいただいた皆さまの暖かい励ましのおかげだと、心より感謝しております。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します。

エントリーの内容をざっくり分析してみると、
■CDの試聴記:7割
■コンサートの感想:2割
■その他:1割
ということになっているようです。本当はコンサートの感想が3割くらいになると、音楽の聴き方としては理想的なんでしょうね。でもちょっと厳しいかなぁ。

さて、100回記念だからということではないのですが、私のハンドルネームである「romani1988」の由来について少しお話したいと思います。
このromaniというのは、私の愛器(ギター)である「ホセ・ルイス・ロマニリョス(Jose Luis Romanillos )」からとったもので、1988は制作された年が1988年ということを表しています。
私がクラシックギターと出会ったのは中学生の頃でしたから、下手の横好きではありますが、既に人生の3分の2以上をギターと一緒に過ごしてきたことになります。
その間いろいろなギターを弾かせてもらいましたが、最後に運命的な出会いをしたのがこのロマニリョスです。初めてみたときから、その真っ白な表面板をもつ華奢で美しいボディに一目ぼれ!さらに実際に弾いてみて、その弾きやすさと音色の美しさにすっかり虜になってしまいました。
弾きやすさと、音の美しさを含めた表現力を兼ね備えてくれているので、弾き手からすると本当に頼りがいのある相棒です。
ロマニリョスは、名手ジュリアン・ブリームが長年愛奏してきたことで知られていますが、最近では日本でも村治佳織さんや福田進一さん等一流ギタリストに使われています。
なお、ロマニリョスは全ての作品にニックネームをつけており、私の楽器は「AGUILA」(スペイン語で鷲を意味するそうです)という名前がつけられています。

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モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲

2005-10-29 | CDの試聴記
朝夕が少しずつひんやりとしてきました。
秋も深まり、一年中で一番音楽が心に沁みる季節になりましたね。
この季節、私はブラームスやシューマンあるいはバッハといった作曲家の音楽が無性に聴きたくなります。
ただ、この一週間で最もよく聴いたのは、モーツァルトの協奏交響曲でした。

<曲目>
■モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364
ほか
<演奏>
ブランディス(ヴァイオリン)
カッポーネ(ヴィオラ)
カール・ベーム(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ほか
<録音>1966年2月


私がもっとも気に入っているのは、ベームがベルリンフィルの名手と組んだディスクです。
何と暖かい演奏!名手ぞろいのベルリンフィルが、そのテクニックの全てを「モーツァルトを美しく再現する」ためだけに使っています。ブランディスもカッポーネも陳腐な言い方ですが、どのフレーズも一音一音心をこめて弾いています。
そういえば、ブランディスは自らの名前を冠した弦楽四重奏団を結成していたし、カッポーネもカラヤンの懇請によってベルリンフィルに招かれた名手で、これまたアンサンブルの達人でしたから、この曲のソリストとしてはうってつけの人ですよね。
この演奏では、ベームに対するオケの信頼感の高さも随処にうかがえます。大切な宝物にそっとさわるような丁寧な接し方をしているにもかかわらず、緩んだ部分は全くありません。好調時のベームがみせる一本芯のとおった見事な演奏といえるでしょう。

ベーム盤以外にも、私が大切にしているディスクがあります。
それは、セルが手兵のクリーヴランドOと組んだディスクです。
格調の高さという点では、この演奏がベストかもしれません。第1楽章の冒頭、sfp⇒sfp⇒fという簡単そうで実は難しい形で始まるのですが、さすがにセルは見事に演奏しています。その後のソロの部分においても、ドルイアン(Vn)・スカーニック(Va)の両ソリストとも、さすがにセルの意図を完全に理解してそれを実に鮮やかに表現しています。私が意外に感じた点は第2楽章のアンダンテで、ベームが10分40秒くらいで演奏しているところを、セルは12分もかけて演奏しているのです。あのセルの芸風を考えたらちょっと考えられないことです。この演奏時間が物語るように、いつまでも浸っていたくなるような、本当にしみじみとした素晴らしいアンダンテです。
このセルの第2楽章を聴きながら、ビスコンティの名作「家族の肖像」で、この曲のことがさりげなく使われていたことを思い出しました。

いつ聴いても幸せな気分にさせてくれるこの曲は、やはりモーツァルトの名品というべきでしょう。私の大好きな曲のひとつです。


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バシュメット&モスクワ・ソロイスツ with 森麻季

2005-10-23 | コンサートの感想
昨日は一日中ぐずぐずした天気で、とくに夜中は雷雨だったようです。
恥ずかしいことに、私は爆睡していて全く気づきませんでした・・・。
今日はうって変わって、本当に爽やかな一日です。
朝は富士山がとても綺麗でした。

秋は何と言っても爽やかだし、うっとうしい花粉症もないし、ときに感傷にも浸れるので、一年中で一番好きな季節です。
そんなこともあって、仕事が忙しいといいながら、結構コンサートやオペラにも行っています。
昨日は、午後からバシュメット率いる室内オケのコンサートへ行ってきました。

<日時>10月22日(土)14:00開演
<場所>東京芸術劇場 大ホール
<曲目>
■J.S.バッハ:
ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調
あなたがそばにいたら(アンナ・マグダレ―ナ・バッハの音楽帳より)
■ヘンデル:
オンブラ・マイ・フ(「セルセ」より)
シオンの娘たちよ、大いに喜べ(「メサイア」より)
涙の流れるままに(「リナルド」より)
つらい運命に涙は溢れ(「エジプトのジュリアス・シーザー」より)
■武満 徹: 三つの映画音楽
■モーツァルト: ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲
(アンコール)
シュニトケ:ポルカ
バッハ:メヌエット、サラバンド(無伴奏チェロ組曲第1番から)
モーツァルト:ディヴェルティメントK136から第3楽章
<演奏>
指揮&ヴィオラ:ユーリ・バシュメット
モスクワ・ソロイスツ合奏団
ソプラノ:森 麻季

読売日響以外のコンサートで東京芸術劇場に行ったのは久しぶりです。
バシュメットの凄いとしかいいようのないヴィオラはCDで体験済みですが、果たして生ではどんな演奏を聴かせてくれるんだろう。

最初のブランデンブルク協奏曲第6番、これは大好きな曲なんですが正直期待はずれでした。
ヴァイオリンなしの中低音楽器だけの構成、かつ少人数というこの曲特有の編成にしてはホールの残響が大きすぎるのが最大の原因だと思いますが、残念ながら最後までもやっとした印象が拭いきれませんでした。
続いては、森麻季さんの登場。
この人、ほんと舞台姿が美しいし華がありますね。ステージに現われただけで、周りがいっぺんに明るくなります。
聴かせてくれたアリアも素晴らしい歌唱でした。
どんなときもバロックの様式感を踏み外すことがないので、聴いていて何よりも安心感があります。コロラテューラの技術も素晴らしく、大きな拍手を受けていました。
オンブラ・マイ・フあたりは少し硬い感じもしましたが、私はとくにメサイアの「リジョイス」で聴かせてくれた華麗さと、「涙の流れるままに」(リナルドから)の深い情感に、大きな感動を覚えました。
オケもブランデンブルクに比べ編成が少し大きくなったせいか、随分活き活きと響くようになりました。

後半は、まず武満徹の映画音楽から3曲。
いずれも素敵な曲でした。武満さんの音楽は他の誰とも異なりますが、彼独自の音の響きは私も大好きです。
メインは、モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」。
バシュメットは弾き振りで、少し忙しそうでした。
またヴィオラの弓を使って指揮をするので、奏者にあたらないかしらと妙な心配をしながら見ていました。
テンポは総じて早め。流麗なモーツァルトでしたが、もう少ししっとりした感じがあってもいいかなとも感じました。バシュメットは以前ヴィオラ専任でN響とこの曲を演奏したことがありましたが、そのときのほうがしっとりした情感が感じられたような気がします。
ただ、ソロ・ヴァイオリンは名前も紹介されていませんでしたが、バシュメットとの呼吸もピッタリで素晴らしい演奏でした。そういえばデュメイにどこか似た風貌だったような・・・。

アンコールは、モーツァルトの協奏交響曲の第1楽章のカデンツァを再演奏したあと、上で紹介した曲を聴かせてくれました。
中でも最も印象に残っているのは、バシュメットのバッハです。
もちろんオリジナルはチェロですが、やっぱり上手い。圧倒的に上手いです。とくにサラバンドは深い感銘を与えてくれました。不思議なことですが、この曲を聴いているあいだ中、テナーサックスの音をずっと聴いていたような気がしました。音域が似ているんでしょうか。こんな経験は初めてです。
このバッハを聴いただけでも、今回のコンサートは値打ちがありました。



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ブラームス 3つの間奏曲op117

2005-10-22 | CDの試聴記
今週で、全国主要都市で開催したセミナー行脚も一段落。
幸い、来ていただいたお客様の評判も良かったようで、少しほっとしています。

出張先のホテルや新幹線等の移動時にたっぷり音楽を聴くことができました。まさにipodさまさまですね。
ブルックナーやマーラーのシンフォニーから、ブラームス・シューマンの室内楽にいたるまで、その時々に聴きたい音楽を聴けたのは自宅にいるときよりもラッキーだったかも。
そんな中で一番良く聴いたのが、ブラームスの間奏曲です。
とくに、作品117の最初の間奏曲が好きで何度も聴きました。

不思議な曲ですね。
変ホ長調という落ち着いた調性でありながら、どこか悲しみをたたえている。
神秘的と言ってもいいかもしれません。
この曲が作曲されたのは1892年、ブラームス59歳のときで、姉や親友、知人が相次いで亡くなっていく時期と重なっていたせいかもしれません。
なお、この曲には、スコットランドの民謡集から次のテクストが楽譜に引用されています。
「やすらかに眠れ、わが子。美しく眠れ、お前の泣くのを見るのは私にはたまらないから」
この後期のピアノ曲集のことを、ブラームスは「自分の苦悩の子守歌」と呼んでいたそうですが、何となく分かるような気がします。

私のお気に入りは、アファナシエフ盤。


ブラームス:後期ピアノ作品集
<曲目>
■3つの間奏曲 作品117
■6つのピアノ小品 作品118
■4つのピアノ小品 作品119  
<演奏>ヴァレリー・アファナシエフ(ピアノ)
<録音>1992年3月

通常4~5分の曲ですが、アファナシエフはこの曲を7分以上かけて演奏しています。
異例の遅さです。しかし、この極端に遅いテンポのなかに、ブラームスの訴えがじわりじわりと聴き手に伝わってきます。
中間部でいったん変ホ短調に転じた後、もう一度変ホ長調で冒頭のテーマが帰って来るあたりの情感に、私は言葉を失います。
けだし名演だと思います。

なお、私のipodにはもうひとつの愛聴盤であるポゴレリッチの演奏が入っています。この演奏も素晴らしいです。
アファナシェフよりもっと表情が細かく大きな起伏がつけられており、より生々しくこの曲の魅力を感じさせてくれます。このポゴレリッチの演奏も私にとって大切な1枚です。
そういえば、今年はショパンコンクールの年。
日本人のピアニストが入賞したと朝のニュースで報じていました。
だいぶ昔の話になりますが、ポゴレリッチが出場した年は随分話題になりましたね。ポゴレリッチの演奏を推すアルゲリッチが、審査結果に激昂して審査員を降りてしまったという一幕もありました。
朝のニュースをきいて懐かしく思い出しました。
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テデスコ ギター協奏曲第1番ニ長調op99

2005-10-16 | CDの試聴記
10月1日に施行された法律改正の関係で、先週から各地でセミナーを開催しています。説明資料の作成等の事前準備にも相当時間をとられますので、いささかハードな毎日を送っています。
今週も名古屋と広島でセミナーがあるので、出張の時間のほうが長いくらいですね。
9日の日曜日に初めて生で聴いたウィーンフィルの素晴らしさは、一週間たったいまでも鮮烈に余韻として残っています。
あの弦の透明な響きはきっと一生忘れることがないでしょう。

さて、今日はギター協奏曲の名作をご紹介します。
ギター協奏曲の名作といえば、なんと言ってもロドリーゴのアランフェス協奏曲を避けて通れません。冒頭ラスゲアードで始まるワンフレーズだけであっという間に聴き手をスペインへ連れ去ってしまう素晴らしい第1楽章、あの哀愁を帯びた第2楽章、確かに素晴らしい曲だと思います。
しかし、アランフェス協奏曲以外にもギター協奏曲には名曲があります。
同じロドリーゴの「ある貴紳のための幻想曲」も名曲ですし、ヴィラロボスにもまたエストレリータで有名なポンセにも、古くはジュリアーニにも傑作と呼べるギター協奏曲があります。
そんな中で、私が最も好きなギター協奏曲がこのテデスコのギター協奏曲第1番です。


このテデスコというイタリア生まれの作曲家をご存知の方は、意外に少ないのではないでしょうか。
フルネームは、マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコと言います。
昔FM放送で彼の曲を流した時に、ユーモアのセンス溢れる解説者が、「この作曲家の名前は難しいので『カステラ女房 手ですくう』と覚えています」と話していたことを思い出しました。
このテデスコは、器楽曲・室内楽からオーケストラ曲、映画音楽まで幅広く作曲活動を続けた人で、ハイフェッツが名演を残しているバイオリン協奏曲第2番あたりが有名かもしれません。
でも彼の名を最も有名にしたのは、何と言ってもこのギター協奏曲ではないでしょうか。
ギターの神様セゴヴィアに捧げられたこの曲は、イタリアのどこまでも明るい空、真っ青な海を目の前でみるような印象を与えてくれます。
特に第2楽章:ロマンスの明るく済んだメロディは、一度聴いたら忘れられないでしょう。アランフェス協奏曲の切々とした哀愁とは、また一味違った魅力をもった音楽だと思います。
そして第3楽章は一転してリズミックな主題で始まります。この躍動感も第2楽章が美しかっただけに、大変大きなインパクトを聴き手に与えます。華麗なカデンツァを経て豪快にエンディング。
どのフレーズをとっても明るく爽やかな魅力に溢れており、献呈されたセゴビアがとくに気にいっていたこともうなずけます。

<曲目>
■テデスコ ギター協奏曲第1番ニ長調op99 ほか
<演奏>
ジョン・ウィリアムス(ギター)
サー・チャールズ・グローブス指揮
イギリス室内管弦楽団
<録音>
1977年

私のイチオシは、ジョン・ウィリアムスがサー・チャールズ・グローブスと組んで録音した演奏です。
とにかくギターが上手い。べらぼうに上手い。これだけ美しい音でかつ完璧に弾けるギタリストは今もいないのではないかしら。
また、グローブスの指揮がツボを押さえた絶妙の伴奏で、この演奏の魅力を一層際立たせています。
ジョンは、若いときにオーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団と組んでこれまた素晴らしい名演を残していますが、残念ながらCDでは発売されていないようです。
この旧盤は、アランフェスとカップリングされており、若き日のジョンがオーマンディ相手に真剣に向かい合っている姿が微笑ましく感じられる演奏でした。
その他にもこの名曲には素敵な演奏が数多くあるのですが、なんといってもまずセゴビアのSP録音を忘れるわけにはいきません。気力充実していた若かりしセゴビアの凄い気迫がひしひしと伝わってきます。
もう一枚、ドイツの大物ギタリストであったベーレントの演奏をあげます。
やや独特の音色なんですが、どこまでも明るいこの曲の雰囲気が良く出た演奏です。またこの演奏ではベルリンフィルが伴奏していることも大きな特徴です。
さすがに木管のソロなんかは抜群に上手い!

さあ、明日からまた出張だあ。
音楽中毒である私にとって、自宅で音楽が聴けない時は、ipod+B&Oのイヤースピーカーが無類の友になってくれます。
ipodちゃん、よろしくね。
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ムーティ&ウィーンフィル モーツァルト:「クラリネット協奏曲」他

2005-10-09 | コンサートの感想
今、ウィーンフィルのコンサートから帰ってきました。
私にとって、生でウィーンフィルの音を聴くのは今日が初めてです。

<日時>10月9日(日)午後3:00開演
<場所>サントリーホール
<曲目>
■モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K622
■シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 D944 「グレイト」
<演奏>
指揮:リッカルド・ムーティ
クラリネット:ペーター・シュミードル
ウィーン・フィルハーモニ-管弦楽団

驚いた。本当に驚いた。大袈裟ではなく別世界の音楽でした。
よく「最初のワンフレーズで」という言い方をしますが、まさにこれです。
クラリネット協奏曲の最初のワンフレーズが流れた瞬間、
「ああ、モーツァルト!」「ああ、ウィーンフィル!」、思わずそんなふうにつぶやきそうになりました。
ウィーンフィルの音の素晴らしさは、LPやCDで十分知っているつもりでしたし、スピーカーを通して聴いても、その音の響きは他のオーケストラと一線を画すものだと自分なりに理解していました。
しかし、しかしです。今日初めて生のウィーンフィルの音を聴いて、こんな夢のようなサウンドがあるんだと改めて思い知らされました。
とにかく柔らかい。どんなときも決してきつくならず、しかも透明感を失わないしなやかなサウンド。こんなオーケストラの音は聴いたことがありません。
第1楽章でクラリネットが登場するあたりでは、既に涙をこらえるのに必死でした。

シュミードルのクラリネットは、即興性に富んだ素晴らしい演奏。
その変幻自在のクラリネットにぴったりあわせていくのが、ウィーンフィルのアンサンブルの凄いところ。とくにコンマスのライナー・キュッヒルとのアイコンタクトは、大変な見物でした。
第2楽章はまさに天国的な音楽ですが、それにぴったりの演奏でした。シュミードルとオケの、息の長いフレージングが、別世界へ誘ってくれます。
第3楽章はうって変わって快活なロンド。ここでもシュミードルとオケのかけあいの妙が見事。
実は、シュミードルがソリストとしてムーティーと一緒にステージに登場してきたときに、キュッヒルの背中を軽くたたきながら入ってきたんです。
「よろしく頼むぜ」「まかしとき!」というような雰囲気に見えました。
これがこのウィーンフィルというオーケストラの原点なんですね。

シューベルトのグレイトでも、まったくスタイルは変わりません。
第1楽章冒頭のウィンナホルンの美しさ、弦楽器の滴るような美しい音色、弦楽器の素晴らしいアンサンブルをベースに華麗に歌う管楽器、きっと一生忘れることはないでしょう。
曲のスケールが大きい分、ウィーンフィルの表現力の凄さを思い知らされました。

ムーティーの指揮について触れていなかったのですが、ウィーンフィルの素晴らしいアンサンブル能力を信頼しそれを最大限活かしながら、ムーティが大きな方向感を示して音楽を作りあげているように感じました。
きっとウィーンフィルとの相性もピッタリなんだと思います。あのプライドの高いウィーンフィルのメンバーたちが、あるときは椅子から飛び上がらんばかりの姿勢で必死でムーティーの棒についていっていましたから。
アンコールで演奏された「ロザムンデ」間奏曲も、泣かせてくれる名演でした。

オーケストラの演奏でこれだけ感動したことはありません。
上手に表現できませんが、今日もらったこの感動で、これから1年間何かがあっても耐えられるような、そんな気がしています。
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ヴァンスカ&読響 ニールセン交響曲第2番・3番他

2005-10-08 | コンサートの感想
今週はハードな一週間でした。
睡眠時間もほとんど毎日3時間強という状態で、インターネットをみることも、スピーカーを通して音楽を聴くこともほとんどできませんでした。
歳を考えると、ちょっと考えなければ・・・。

さて、今日は午前中会社で仕事をした後、午後は読売日響のマチネーコンサートへ行ってきました。

<日時>10月8日(土)
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
■ベートーヴェン: 序曲〈レオノーレ〉第3番 op.72b
■ニールセン: 交響曲第2番op.16〈四つの気質〉
■ニールセン: 交響曲第3番op.27〈おおらかな交響曲〉
<演奏>
指揮:オスモ・ヴァンスカ
ソプラノ:増田 のり子  
バリトン:成田 博之

やっぱり心身とも疲れているときに、生の音楽を聴くのはいいですねえ。
身体中に音楽が沁みてきます。
今日のシェフはヴァンスカ、曲は得意のニールセンを中心としたプログラムです。
まず冒頭のレオノーレ第3番が素晴らしかった。
中低音がしっかりしているので響きが充実しています。これぞベートーベンを聴く醍醐味!
以前、指揮者の宇宿允人さんが、リハーサルでこの曲を仕上げていく過程をテレビで放映していましたが、そのときに何度も何度も厳しくさらっていた難所も、読響はさすがに難なくクリアしていました。
また、バンダのトランペットがとても気持ちよさそうに吹いていました。
第一曲の序曲としては異例のブラボーがかかっていたのも、さもありなんという感じです。

前半のメインはニールセンの2番。
「四つの気質」という副題が面白いですよね。
血液型による人柄のタイプ分けが一般的になる以前は、「胆汁質」「粘液質」「憂鬱質」「多血質」の4分類説がスタンダードだったそうです。
ニールセンは、あるとき居酒屋でこの4気質をイメージした4枚の絵を見てこの曲を作曲する気になったらしく、4楽章構成のこのシンフォニーの各楽章にそれぞれ4気質のサブタイトルがついています。
ヴァンスカは弱音の表現に気を配りながら、各楽章の特徴を的確に表現していきます。ヴァンスカはオケの響きを作るのがほんと上手な指揮者ですね。ホール一杯に響き渡るような雄大なフォルテシモから、夢見るようなひそやかなピアニシモまで、力むことなく聴かせてくれます。パウゼ(休符)の緊張感も見事。
もっとも、それを楽々と実現した読響の力量は大変なものですが・・・。

後半の3番も同様に素晴らしい演奏でした。
第2楽章では、ソプラノとバリトンが登場しますが、マーラーの歌付シンフォニー等とは役割も異なり、歌詞もありません。イメージ的には、ワーグナーのラインゴールドのような水と戯れるような雰囲気と言ったら言い過ぎ?
私は終楽章のフーガの部分が大変見事で印象に残りました。

正直に言いますが、私はニールセンは苦手な作曲家の1人でした。
でも今日のヴァンスカ&読響の演奏は、私にイメージの変更を促しているようです。昨年聴いた5番も見事でしたが、今日のとくに3番が良かった。
同じように苦手だったヤナーチェクは、アルブレヒトの一言「ヤナーチェクの音楽はビター味のチョコレートのようなものです」の一言で吹っ切れたし、ニールセンも、ヴァンスカの演奏で印象が変わりそうです。
残念だったのは、いつもほとんど満席に近いマチネーコンサートが、今日は空席が目立ったことです。やっぱり、ニールセンはなじみが少ないんでしょうか・・・。

さあ、明日はムーティ指揮のウィーンフィルです。
どんな演奏を聴かせてくれることやら・・・。
楽しみだなぁ。


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セルのモーツァルト:交響曲第40番ト短調(東京ライブ)

2005-10-01 | CDの試聴記
今週の大阪出張の車中でじっくり聴いたのが、1970年に来日したセルの「伝説の東京ライブ」で演奏されたモーツァルトのト短調です。
(「うそつけ!帰りは六甲颪じゃないの?」という声も聞こえてきそうですが、残念ながらipodに六甲颪が入っていませんでした・・・)

<曲目>
■ウエーバー:歌劇「オベロン」序曲
■モーツアルト:交響曲第40番ト短調K.550
■シベリウス:交響曲第2番ニ長調op.43
■ベルリオーズ:ラコッツィ行進曲
<演奏>
ジョージ・セル指揮
クリーヴランド管弦楽団
<録音>
1970年5月22日
東京文化会館 ライブ録音

感動的なト短調です。
ジュリーニのト短調もスケールの大きさとゆったりしたテンポが印象的な孤高の名演でしたし、フルトヴェングラーもワルターもシューリヒトもケルテスもみんなそれぞれに素晴らしい名演奏を残してくれましたが、私のイメージに最も近いのはやっぱりセルです。

第1楽章冒頭のヴィオラが2声で刻む八分音符の音型の何と意味深いこと!一見何気ないようにみえて本当に強い意思を感じさせます。そのヴィオラに導かれて歌うバイオリンの主題が、大袈裟にすすり泣かないだけかえって心に響きます。清潔なフレージングと細かな陰影を与えるデュナーミクが本当に絶妙。それにしても、特に弦楽器の透明感が凄い。
冒頭数小節だけで、この演奏がただものではないことを予感させてくれます。
また、この有名な主題は、楽章の中で何度か再現されますが、主題が再現される直前のフレーズでは、都度ほんの少し名残惜しそうにリタルダンドがかけられます。これはスタジオ録音盤でもみられた特徴ですが、このライブ録音ではよりはっきりした形で現われます。しかも、再現を繰り返すたびにリタルダンドの程度が大きくなり、最後に主題が再現される時はまるで「後ろ髪を引かれる」ような印象を持ちました。ライブ特有の雰囲気のせいなのか、セルが自分の死期を本能的に悟っていたからなのか分かりませんが、「あのセルがここまで・・・」と考えるだけで私の胸はいっぱいになります。
第2楽章は、第1楽章から一転して明るい表情でほっとさせてくれます。ここでもクリーブランド管のアンサンブルの精度は抜群で、醸しだされる何ともいえない気品は何もののにも替えがたいものがあります。
第3楽章は、凄い緊張感をもったメヌエット。普通にイメージする優雅なメヌエットとはまったく異なる曲調です。
第4楽章のフィナーレは、第3楽章を上回る緊張感で始まります。アレグロ・アッサイというスコアの指示通りのテンポで一気に駆け抜けますが、特に展開部の対位法的な処理はさすがにセル&クリーブランドと思わせる見事なもの。
ラスト30小節くらいのところから一段とテンポを上げ(スコアには何もテンポの変化について指示がありません!)、圧倒的なエンディングを迎えます。この部分のオケの表現力は凄いの一言で、うなりをあげて襲い掛かるという感じがぴったり。
鳥肌が立ちました。
今回、少し大きめのボリュームで通して聴いてみて感じたのですが、クリーブランド管弦楽団の音(特に弦楽器)はけっして軽くも薄くもありません。ただ、あまりに響きが濁らないのでスリムな感じを与えがちですが、必要とみればト短調のフィナーレのように凄いパワーを見せてくれます。

さて、ライブ録音を音だけで聴いてこれだけ感動するのですから、生で体験したらどんなに感動したことでしょう。
70年当時私はもう中学生でしたから、このコンビの演奏をその気になれば聴けたはずなので、そう考えるとほんと残念です。
逃した魚は大きすぎる!

また、このアルバムに納められているシベリウスの2番は圧倒的な高揚感を持った名演ですし、オベロン序曲も瑞々しい雰囲気に包まれた素敵な演奏です。
また機会があれば、感想を詳しく書くつもりでおります。
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