ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ロータス・カルテット シューマン:弦楽四重奏曲(全曲)

2006-06-23 | CDの試聴記
6月7日に聴きに行ったロータス・カルテットのコンサートがとても素晴らしかったので、5月にリリースされた同じ曲のCDを買って来ました。
愛用のスピーカーであるCremonaで全曲通して聴いたあと、ipodに入れて5回は聴いたでしょうか。
初対面のCDを、こんなに集中して聴いたのは珍しいです。

     

<曲目>
R・シューマン作曲
■弦楽四重奏曲 第1番 イ短調 op.41-1
■弦楽四重奏曲 第2番 ヘ長調 op.41-2
■弦楽四重奏曲 第3番 イ長調 op.41-3
<演奏>
■ロータス・カルテット
<録音>2003年1月

これまで、2番と3番だけのカップリングではありますが、ハーゲン・カルテットの演奏が気に入っていて、ときどき引っ張り出しては聴いていました。
でも、この3つの弦楽四重奏曲はいずれも密接に関連していることもあり、ロータス・カルテットの演奏で全曲とおして聴いてみて、初めてシューマンの弦楽四重奏曲の魅力を教えてもらった気がします。

研ぎ澄まされた鋭敏な感覚と並外れた集中力で、繊細で傷つきやすいシューマンの心の中を鋭くえぐるハーゲン・カルテット。
一方、シューマンの優しさ・愛情深さにスポットをあてて、瑞々しい抒情で聴き手を魅了するロータス・カルテット。
いずれもシューマンの本質に迫った秀演ですが、今どちらか1枚といわれれば、私はロータス・カルテット盤を採ります。
ロータス・カルテットの演奏を聴いてしまうと、ハーゲン・カルテットの演奏は、やや強く感じてしまうんですね。

とにかく、ロータス・カルテットのシューマンは、優しく温かい。
第1番の第3曲アダージョを聴いてみてください。
真摯なアプローチから生み出される抒情がたまらなく美しい。そして終曲プレストでは、細かい音符のメインフレーズと伴奏フレーズが交錯していくなかで、伴奏にまわったときの各奏者の表情が本当に見事で、大変感銘を受けました。
第2番は、私にとって少し苦手な曲。今までどの演奏を聴いてもぴんと来なかった第3楽章のトリオが、初めて違和感なく聴こえました。
そして終曲はバスの動きが大好きなのですが、こんなに活き活きとした表現を聴くのは初めてです。
第3番では、第1楽章の「(ク)ラーレ」フレーズがとびっきり優しい。本当にクララに話しかけているみたいです。そして各楽器間の会話が何ともチャーミング。
第2楽章のテーマも私には「クラーラ」に聴こえます。続く変奏の妙が実に見事でした。

実際にこの録音に参加された♪Mumukau♪さま によると、2003年の全国ツアーの途中、たった二日間のセッションで完成させてしまったそうです。
さぞかし強行軍で大変だったと思いますが、この演奏に、温かさとともに一種ライブ録音のような集中力と一気呵成さを感じるのは、そのあたりから来ているのかもしれません。

先日聴いたコンサートでは、唯一の男性奏者であるマティアス・ノインドルフの音色が他の奏者より柔らかく、そのことがハーモニーを奏でる上で、シューマン独特の陰影を与える大きな要因になっていたと思います。
2003年のこのレコーディングでは、4人の日本人女性奏者たちが作り出す表情は実に生気溢れるもので、各メンバーの音楽の同質性という点ではさらに上回っているように感じました。
メンバーが変わっても、緊密なアンサンブル能力と、常に温かさを失わない表現力がこのカルテットの伝統になっているんですね。

実に素晴らしいアンサンブルだと、改めて実感。

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バッハのシャコンヌ(3種類の編曲+原曲)

2006-06-18 | CDの試聴記
昨日、偶然面白いCDを見つけました。
バッハのシャコンヌを、3種類のピアノ編曲とヴァイオリンの原曲で聴かせるという趣向です。
バッハのシャコンヌは、いうまでもなく無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の終曲ですが、古今東西を問わず「変奏曲」の最高峰に位置する作品として広く知られています。

このヴァイオリンの聖典を、ピアノという最も高度な機能を有した楽器でアプローチするとどうなるか・・。

     

『シャコンヌ』
<曲目>バッハ 「シャコンヌ」二短調
(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004より)
■ ブゾーニ編曲 ピアノ版
■ ルッツ編曲 ピアノ版
■ ブラームス編曲 ピアノ版
■ 原曲 ヴァイオリン版
<演奏>
■エドナ・スターン(ピアノ)
■アマンディーヌ・ベイェ(バロック・ヴァイオリン)
<録音>2005年1月17-20日 スイス,ボスヴィル教会

ブゾーニの手による編曲版は、昔からよく知られており、ミケランジェリやワイセンベルク、ボレットといった大家による名演も数多くリリースされています。
ブゾーニ版の最大の特徴は、ロマンティックでスケールが大きいところでしょう。
ピアノという楽器の機能を余すところなく使って書かれているため、何よりも大変華麗な印象を受けます。
「これがバッハか?」と言われると一瞬答えに窮してしまいますが、20世紀初頭に活躍し、バッハを心から尊敬していた巨匠ブゾーニとの協働作品だと考えれば、それはそれで立派な音楽だと思います。

ルッツ版は、エドナ・スターンの先生にあたるルドルフ・ルッツの手によるもので、彼女のために書かれた作品だそうです。
まず冒頭のテーマが、オリジナルやブゾーニ版より1オクターブ高い音で始まります。そしてテーマそのものも既にモダンな和音でアレンジされています。
どちらかというと、「バッハのシャコンヌによる即興曲」を楽譜に書きとめたという感じでしょうか。
最後までモダンな和音の連続でとても面白いのですが、「さあ、ここから・・・」というときに必ずフェイントをかけられるので、初めて聴いたときはいささか面食らいました。
でも、コンサートで聴いたらきっと楽しいでしょうね。

最後のブラームス版は、ブラームスが思いを寄せるクララ・シューマンに捧げたといわれており、左手一本のために書かれています。
最近で言えば館野泉さんが復帰コンサートで素晴らしい演奏をされていましたね。
このブラームス編曲版は、左手一本のための作品ということもあり原曲に非常に近いです。
したがって、全体に非常に真摯な印象を受けるのですが、一方でたとえば前半の山場である長大なアルペッジョあたりでは、少し苦しい感じもしました。

こうやって3種類のアレンジを続けて聴くとそれぞれに面白いのですが、どれか1つといわれたら、私の場合はやはりブゾーニ版でしょうか。

このディスクで演奏しているエドナ・スターンというピアニストは、初めて聴きましたが、なかなか落ち着いた演奏をする人です。
「3曲とも、ゆうに15分以上かけた演奏です」というと、だいたいイメージがお分かりいただけるでしょうか。
ややロマンティックな方向に傾斜している感もありますが、私は好ましく思いました。
また、最後に原曲どおりのヴァイオリンで演奏しているアマンディーヌ・ベイェが、なかなか良いのです。たった一曲聴いただけですが、ビッグネームになる予感がしました。

これは拾い物のディスクでした。
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メトロポリタンオペラ 「椿姫」

2006-06-17 | オペラの感想
メトロポリタンオペラの「椿姫」を観てきました。
メトは、同じNHKホールで「カルメン」(ドミンゴ指揮)を見て以来10年ぶりになります。
当初行く予定ではなかったのですが、モニターチケットが当たったので、幸運にも観ることができました。
席は3階左手の前から3列目。天上桟敷かと思っていたのですが、とても見やすい場所でした。舞台もオケピットも良く見えるし、音も1階席よりもむしろ良いかも知れません。

☆ヴェルディ:歌劇《椿姫》
<日時>2006年6月14日(水)
<場所>NHKホール
<出演>
■ヴィオレッタ:ルネ・フレミング
■アルフレード:ラモン・ヴァルガス
■ジェルモン:ディミートリー・ホロストフスキー
■フローラ:エディタ・クルチャック 他
<演出・美術>フランコ・ゼッフィレッリ
<指 揮>パトリック・サマーズ
<管弦楽>メトロポリタン歌劇場管弦楽団
<合 唱>メトロポリタン歌劇場合唱団

        

第一幕
前奏曲が神秘的で抜群に美しい。フレーズのひとつひとつが心に染み入るようです。
10年前と比べても、今回の方がオケの音は充実しているのではないかしら。
そして幕が開きました。
オーソドックスだけどとても美しい舞台ですね。
正月にハイビジョンで放映されていたザルツブルクの「椿姫」も、斬新で印象的な舞台でしたが、今回のゼッフィレッリの舞台も素晴らしいなあ!
肝心の歌ですが、こちらは少し空回りしている感じが・・・。
もちろんメトの実力を考慮しての話であって、安定した、レベルの高い歌唱であることは間違いありません。ただ、このメンバーならもっとゾクゾクさせてくれてもいいのではと高望みをしたくなりました。

第二幕
これは素晴らしかった。本当に素晴らしかった。
フレミングの弱音の美しさと表現力は、もう神業ですね。ホロストフスキーも、単なる親バカではない威厳を持った素晴らしいジェルモンを演じてくれました。ふたりの二重唱は、まるで時間が止まったかのような世界。
「お嬢さんの犠牲になって死んでゆきます・・・」と静かに歌うフレミングを見ようと、オペラグラスを取り出しましたが、涙でレンズが曇ってしまいよく見えませんでした。
可哀想なヴィオレッタ・・・。今思い出しても涙がでそうです。

そして、アルフレードに手紙をしたためる場面で聴かせてくれたクラリネットの、美しくも切ない表情。
その直後「私を愛して!・・・」とアルフレードに語りかけるフレミングの名唱。
いずれも決して忘れることはないでしょう。
最後のアリア「プロバンスの海と陸」のあと、ホロストフスキーに対して贈られた拍手は、永久に続くのではないかと思わせるほど凄いものでした。
続く第二場のフレミングは、第一幕の真っ白のドレスとは対照的に、黒のドレスで登場。この場の雰囲気を良く表していたと思います。

第三幕
前奏曲は第一幕のそれよりさらに陰影の濃い演奏。
ヴィオレッタの運命・残された時間を感じさせてくれました。
第三幕はそのすべてが素晴らしかったのですが、まず良かったのが、ヴィオレッタがジェルモンからの手紙を読む場面。
フレミングのしみじみとした語り口と、それにぴったり寄り添うヴァイオリンの何という美しさ。
続いて、楽しかった日々を思い返しながらヴィオレッタが歌う有名なアリアも最高。「私のお墓には十字架もない、花もない・・・」とヴィオレッタが歌った後、転調してすぐに出てくる「ラ・トラヴィアータ(道を外した女)・・・」という歌詞が、非常に真実味を帯びて聴こえました。
また、このアリアで、終始もの悲しいフレーズを奏でるオーボエも本当に美しかった。

そして、最後に死のふちから一瞬甦ったヴィオレッタがつぶやく「エ・ストラーノ!(不思議だわ)」。
この言葉の重みと、「エ・ストラーノ!」を導くソロヴァイオリンの美しさは、この日最も感動的なシーンでした。
絶対奇跡が起きないことはもちろん知っているのですが、「何とか今回だけでもいいから、奇跡が起きて、このままヴィオレッタに新たな人生を歩ませてあげたい」と祈らずにはいられませんでした。

この「椿姫」、私は心から感動しました。
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追悼 岩城宏之さん

2006-06-13 | その他
岩城宏之さんが亡くなりました。

20回以上も体にメスを入れながら、その都度不死鳥のように立ち上がって、素晴らしい音楽を聴かせてくれた岩城さん。
一度も実演を聴くことはできませんでした。
それだけが本当に残念です。

岩城さんに関して、私が印象に残っていることが3つあります。

1.ベートーベン交響曲全曲演奏会(大晦日)
昨年と一昨年の大晦日に、「フル(振る)マラソン」と称してベートーベンの交響曲全9曲を1人で指揮されました。
CS放送で生中継していたので、若干つまみ食いではありましたが、全曲観ることができました。
昨年は、さすがに8月の肺がんの手術をした影響もあってか、いかにもやつれた表情ではありましたが、最後まで素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
とくに偶数番号のシンフォニーが見事で、大変印象に残っています。

2.スコアの暗譜と失敗談
「春の祭典」を覚える方法として、岩城さんはスコアの1頁1頁を写真のように覚えるそうです。
そして演奏中は、その記憶にある「写真」を1枚1枚めくっていくんだけど、あるとき頭の中で2枚続けてめくってしまったからもう大変。
戻そうにも音楽が進んでいくから大混乱に陥り、ついにはいったん演奏をストップすることに・・・。
でも、普通は隠したくなるこんなエピソードを本に書けるんだから、岩城さんはやっぱり大きい人だったんですね。

3.30年位前の新聞の文化欄の記事
たぶん産経新聞だったでしょうか。
小澤征爾さんを宿命のライバルと認めたうえで、小澤さんがトロント響、サンフランシスコ響と順調にステップアップしていく姿を見て、本当に悔しかったと述かいされていました。
でもそのことが自分を叱咤激励し、飛躍の原動力になったとも・・・。

そして、私が最も鮮烈に記憶しているのは、ものまねの記述でした。
よく「音楽において、人のものまねをしてはいけない」というが、岩城さんは真っ向からそんな言い方を否定していました。
たとえば、カラヤンにあこがれているんなら、とことん真似をしたらいい。
カラヤンそっくりに指揮ができるんなら、それは素晴らしいことじゃないか。
でも、必死にものまねをしているうちに、きっと物足りない部分がでてくる。
それが個性なんだと。
確かこんな内容だったと思います。

この話を読んで、私は雷に打たれたような状態になりました。
はっと目が覚めたというのでしょうか。
「良いと感じたもの、本当に気に入ったものは、まず見習ってやってみる。そして納得するまで、徹底的に何度でも繰り返しやってみる。」
これがいつしか私の信条になりました。

岩城さんの音楽については、また日を改めて書きたいと思います。
長い間、ほんとうにお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。



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「トーレス・サングレ・デ・ トロ」とモンポウ:「コンポステラ組曲」

2006-06-12 | シャンパン・ワイン・焼酎
今日は、我が家の定番となっている赤ワインをご紹介します。
「トーレス サングレ デ トロ(赤)」というスペインのワインで、ボトルに掛けられた牛のマスコットがシンボルですが、それがとっても可愛い!

       

ふくよかでありながら決して重くありません。
とにかくバランスのとれた赤ワインという印象。
お値段も1,000円前後ですから、「赤ワインはちょっと・・・」という方にも是非お薦めです。
私がこのワインに初めて出会ったのは、さいたま市にある素敵屋さんという名の洋食屋さん。
ここのタンシチューは、本当に美味しいんです。
それで、ときどき妻と食べに行くのですが、このお店でグラスワインの赤を注文すると、このワインを出してくれます。(現在、もし違うワインになっていたらごめんなさい・・・)

そんな経緯で、このワイン(トーレス サングレ デ トロ(赤))とめぐりあったのですが、それがまたこのお店のタンシチューとベストマッチング。
それ以来、我が家でも赤ワインが飲みたいときは、このワインになることが多いです。
「お酒は、洋の東西を問わず値段の高いものが絶対美味しい」とある先輩に教えてもらいましたが、リーゾナブルな値段の「お気に入り」を見つけることも、また楽しいものです。
もしよろしければ、是非お試しを・・・。

さて、お気に入りのワインを飲んだからには、やはりスペインの音楽を聴きたくなります。
アルベニス? グラナドス? ファリャ?
うーん、どの作曲家も素晴らしいけど、今日聴いたのはフェデリコ・モンポウ。
独特の神秘的な美しさをもったピアノ曲を数多く書いた作曲家で、一連の「歌と踊り」が有名ですが、この「コンポステラ組曲」は彼が69歳にして書いた最初のギター曲です。
1958年にサンティアゴ・デ・コンポステラで開かれたマスタークラスにモンポウが教授として参加した際、ギターの神様A・セゴヴィアと出会い、それがこの曲を作曲するきっかけになりました。

曲は次の6曲から成り立っています。
Ⅰ プレリュード
Ⅱ コラール
Ⅲ ゆりかご(クーナ)
Ⅳ レチタティーヴォ
Ⅴ 歌(カンシオン)
Ⅵ ムニェイラ

最初にこのプレリュードを聴いたときに、私が思い浮かべたのは、
「夜明け前のまだ静かな薄暗い家。そこに突然朝の光がきらきらと差し込んでくる」
こんな情景でした。エオニア旋法で書かれた古風な音楽ですが、カンパネラの効果が絶妙です。最後にもう一度冒頭のカンパネラが出てきますが、ここは4度上で再現されます。そのため一層鮮烈な印象を与えます。
美しい「ゆりかご」「カンシオン」を経て終曲はムニェイラ。
8分の6拍子の舞曲ですが、中間部は2度の和音やユーモラスな表情で和ませた後、また楽しげな舞曲に戻りエンディングを迎えます。
このムニェイラを、楽しそうにそしてユーモアのセンスを持って演奏することは、実は大変なことです。

私のお勧め盤は、イギリスの名手ジュリアン・ブリームの演奏。
全編を貫く見通しのよさ、多彩な音色はブリームならでは。

             

我らが山下和仁さんの新盤も、ブリーム盤に勝るとも劣らない素晴らしい出来栄え。とくにプレリュードの神秘感は随一でしょう。
もちろん、セゴヴィアの演奏も、さすがに献呈者らしく確信に満ちたもの。


          
                   

私のなかのベスト3は以上のディスクです。


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ヘルマン/金聖響&読売日響 「戴冠式」「英雄の生涯」

2006-06-11 | コンサートの感想
いよいよ読売日響のマチネーコンサートに金聖響さん登場です。

         

<日時>平成18年6月10日(土) 午後2時開演
<場所>東京芸術劇場(池袋)
<曲目>
■モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番〈戴冠式〉
■R.シュトラウス:交響詩〈英雄の生涯〉
<演奏>
ピアノ:コルネリア・ヘルマン
指 揮:金聖響
管弦楽:読売日本交響楽団

前半は、ザルツブルク生まれのピアニスト、コルネリア・ヘルマンをソリストに迎えてモーツァルトの「戴冠式」です。
彼女の演奏を聴くのは初めてですが、素晴らしいピアニストですね。
アンドラーシュ・シフが「彼女は近年希にみる音楽性そして感受性に恵まれている」と評したようですが、実際に演奏を聴いて納得しました。
最初はやや緊張していたようですが、すぐにオーケストラと呼吸を合わせていきます。決して華麗な技術を前面に出してバリバリ弾くタイプではありませんが、しっとりした音色がとても美しい。聴いていてとても癒されました。
それにしても、この戴冠式というコンチェルトは音階が多い曲です。
上がったり下がったり大忙し。したがってこの音階の表現がとても重要だと思うのですが、色気を出すとバランスが崩れてしまうし、単調になると音楽が死んでしまう。
この日のヘルマンは、端正に弾きながらも微妙なニュアンスを湛えた見事な表現でした。
また、第2楽章以降結構自在に装飾音を使っていましたが、これがまた絶妙。
やはり天性の音楽センスを持っているんですね。
カデンツァはあまり私は聴いたことがないものでしたが、味わい深い素敵なカデンツァでした。

ところで、彼女は黒い眼・黒い髪からどことなく東洋風の印象を受けますが、それもそのはず、お母さまが日本人との由。
是非これからも定期的に来日して、素敵な演奏を聴かせて欲しいものです。

         

後半は、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。
冒頭から、力強くぐいぐい押してくる印象。
読響も持ち前の分厚い響きで、金聖響さんのタクトに応えます。
また名手ぞろいの読響だけあって、各パートのソロも素晴らしくリヒャルト・シュトラウスの豊麗な音楽を堪能させてくれました。
とくに、コンサートマスターのデヴィット・ノーランのヴァイオリンは絶品。
テンシュテットの一連のマーラー録音において、コンマスとして素晴らしい名演を成し遂げた片鱗を見せてもらいました。

金聖響さんと読響の相性はなかなか良いですね。
親友の下野さんが読響の正指揮者に就任したこともあり、このコンビで演奏する機会も多いことでしょう。
また、楽しみが増えました。



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ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル

2006-06-10 | コンサートの感想
絶対に聴きたいと思っていたヒラリー・ハーンのリサイタルに行ってきました。

     

<日時>2006年 6月8日(木)7時開演
<場所>東京オペラシティコンサートホール
<曲目>
■イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 Op.27-1
■エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 イ短調 Op.25「ルーマニア民俗風」
■ミルシュテイン:ヴァイオリンのためのパガニーニアーナ
■モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第25番 ト長調 K.301
■ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調Op.12-3
(アンコール)
■アルベニス:タンゴ
■プロコフィエフ:「3つのオレンジへの恋」から行進曲
<演奏>
■ヒラリー・ハーン  (ヴァイオリン)
■イム・ヒョスン (ピアノ)

あの広いオペラシティの大ホールがほぼ満席でした。
私の席は8列目のやや左側というロケーション。
一日前に聴いたロータス・カルテットの素晴らしいシューマンの余韻をまだ引きずりつつ、期待に胸膨らませてヒラリーの登場を待ちます。
舞台が明るくなり、ようやくヒラリー・ハーンが出てきました。

肌が抜けるように白い。本当に妖精のようです。チャーミングという言葉がまさにぴったり。
さて、肝心の音楽ですが、コンサートの第一曲に難曲イザイを持ってくるというのは、いかにヒラリー・ハーンでも大丈夫かと一抹の不安を持っていましたが、演奏が始まってすぐに杞憂だと思い知りました。
何の気負いもなく、ごく自然な表情でイザイの音楽が奏でられていきます。
クレーメルで聴くイザイは、呼吸することもはばかられるくらいの緊張感とともに聴き手に大きな感動を与えてくれますが、ヒラリーのイザイはまったく違います。
緻密なことはクレーメルにも一歩もひけをとりませんが、とにかく音の響きが美しい!しかも、そこには凛とした芯の強さが感じられます。そしてもうひとつ驚いたのは、もっと冷たい(クールな)表現を想像していましたが、どうしてどうして、とても温かい音楽。
等身大のイザイを感じさせてくれる実に素晴らしい演奏でした。
また、「イザイはブロツキー教授に習ったのは第6番だけなので、第1番から始めて番号順に勉強していくつもり」という謙虚さと誠実さ。
これが彼女の音楽にも如実に現れているんですね。

第2曲めのエネスコは、ルーマニアの音楽を意識して演奏したというだけに、どこかジプシー風のまたオリエント風の響きも感じられて、非常に楽しめました。

後半の冒頭は、また無伴奏の作品で、ミルシュテインの「パガニーニアーナ」。
これは圧巻でした。もう言葉を失うくらいの出来栄え。完璧なテクニックがいわゆる「見世物」にならず、音楽に寄り添っている稀有な例でしょう。
私には作曲者自身の演奏より、また名人クレーメルの演奏よりも素晴らしく感じました。もしこの日、天国のミルシュテインが聴きに来ていたら、きっと舞台に駆け上がってキスの嵐で祝福したことでしょう。

モーツァルトは私の大好きな曲なのですが、若い2人の演奏はとにかく愉悦感に満ちたものでした。
ただ、個人的には、イム・ヒョスンのピアノがもう少しクリアな音色であったら申し分なかったのですが・・・。

コンサートの最後を飾るベートーベンの第3番も、すこぶる充実した音楽。
とくに第2楽章の深く息の長いフレージング、第3楽章のヴァイオリンとピアノの
見事な掛け合いと若々しい躍動感が印象に残りました。

アンコールは2曲。
いずれもヒラリー・ハーンが日本語で紹介してくれました。なんと愛らしい日本語!みんなにんまりして、聴いていたのではないでしょうか。
そして終演後ロビーに出てびっくり。サインを希望する人で溢れかえっていました。500人はいたのではないでしょうか。
溢れかえった人のなかに、私が含まれていたことは言うまでもありません。(笑)
そんな状況にもかかわらず、ひとりひとりに一生懸命サインをしてくれているヒラリー・ハーンとイム・ヒョスンに、またまた魅力を感じてしまいました。

          

この日の演奏を聴いて、ヒラリー・ハーンはまさにヴァイオリン界の至宝であり、いま間違いなく王道を歩んでいると確信しました。
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ロータス・カルテット シューマン:弦楽四重奏曲 全曲演奏会

2006-06-08 | コンサートの感想
昨日、ロータス・カルテットのシューマンの弦楽四重奏曲 全曲演奏会に行ってきました。
場所はカザルスホール。
シューマンの室内楽を味わうにはまさに最高のホールです。

シューマンの音楽を聴いていて最近とくに強く感じるのは、楽器編成が小さいほど彼は自由に活き活きと自分をさらけ出すことができたのではないかということです。
その最たるものがピアノ独奏曲であり、歌曲というジャンル。
一方、シンフォニー等編成が大きくなってしまうと、ときにパレットの色をもてあましているように感じることがあります。
そういう意味でいうと、弦楽四重奏曲はそれらの中間的なところに位置し、独特の香りがします。
ただ正直に言うと、同じような規模の室内楽であれば、私はピアノトリオやピアノ四重奏曲あるいはピアノ五重奏曲により魅力を感じています。
ピアノが加わると、俄然表情が活き活きとしてくるからほんと不思議。やはりシューマンにとって、ピアノは特別の楽器だったのですね。

《ロータス・カルテット シューマン:弦楽四重奏曲 全曲演奏会》
<日時>2006年6月7日(水) 19時
<場所>東京・日本大学カザルスホール
<曲目>
■弦楽四重奏曲 第1番 イ短調 op.41-1 (1842)
■弦楽四重奏曲 第2番 ヘ長調 op.41-2 (1842)
■弦楽四重奏曲 第3番 イ長調 op.41-3 (1842)
<演奏>ロータス・カルテット
小林 幸子(Vn)
マティアス・ノインドルフ(Vn)
山碕 智子(Vla)
斎藤 千尋(Vc)

          



さて、初めて聴いたロータス・カルテット。
これはうまい!正直驚きました。
途切れることのない集中力の高さと4人の高い表現力に、最後まで圧倒されました。そして、なによりもシューマンの音楽に対する愛情が感じられるのが嬉しいじゃないですか。
ヴィブラートひとつとっても、単に美しく響けばいいというものではなく、全体のバランスを考えて注意深く検討された結果であることが良く分かります。
2ndヴァイオリンのマティアス・ノインドルフ以外は1992年の設立時からのメンバーで、3人とも日本人女性ですが、各人の表現力はそれぞれ多彩でかつ同質性を有しています。優れたカルテットに不可欠の条件を確実にもっていると感じました。
そして、黒一点(失礼!)?のマティアス・ノインドルフがまたいい味を出しています。音色は3人の日本人女性より柔らかく、包み込むような表情が逆の意味でスパイスになっていて、素晴らしいアンサンブルを奏でてくれました。

とくに素晴らしかったのは、第1番のアダージョ。
ベートーベンの第九のアダージョを思わせる、深遠なアダージョでした。
そして、後半に演奏された第3番が何といってもこの日の白眉。
プログラムを読んで初めて知ったのですが、この第1楽章で何度も登場するテーマ「ラーレ」は「クラーレ!」つまりクララへの呼びかけなんだそうです。
なるほど。そう言われてみると、愛情に満ちた音楽ですよね。ロータス・カルテットの演奏もとくに優しさに満ちた素晴らしい表現でした。
第2楽章のスケルツォ風変奏曲の凛とした表情、第3楽章のアダージョで聴かせてくれた息の長い落ち着いた抒情、フィナーレの高いアンサンブル能力、いずれも一級品のカルテットであることを印象付けてくれました。
また、アンコールでは、再び第1番のアダージョを演奏。
前半のステージの時よりも、一段としっとりした素晴らしい演奏でした。

また、演奏とはまったく関係ありませんが、会場ではハープの吉野直子さんと思しき女性の姿も見られました。
聴衆の平均年齢はやや高めでしたが、演奏者・聴衆が一体になった和やかな雰囲気のもと、シューマンの音楽を堪能させてくれた素敵なコンサートでした。




          
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イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調op27

2006-06-06 | CDの試聴記
今日は日帰りで宮崎へ行ってきました。
朝桜島が久しぶりに噴火したというニュースをみて、何かの前兆だったらと不安になりましたが、何とか無事に帰宅できました。

さて、今月聴く予定のコンサートは次の4つです。
6月 7日(水)ロータス弦楽四重奏団 
6月 8日(木)ヒラリー・ハーン 
6月10日(土)読売日響マチネーコンサート
6月14日(水)メトロポリタンオペラ 「椿姫」

簡単にご紹介しますと、
☆ロータス弦楽四重奏団は、知る人ぞ知る日本の実力派カルテット。新譜もリリースされているシューマンの弦楽四重奏曲の全曲演奏です。半額チケットが幸運にもゲットできました。
☆ヒラリー・ハーンは何としても実演を聴いておきたかったヴァイオリニスト。
私が最も期待を寄せている若手奏者です。イザイの無伴奏第1番、ベートーベンのヴァイオリン・ソナタ第3番他のプロ。
☆今月の読響マチネは、金聖響さん読響に初見参!関西で絶大な人気を誇っているマエストロだけにとても楽しみです。R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」他のプロ。
☆メトは当初行く予定ではなかったのですが、主催者のモニターチケットに当選してしまい、C席ですがほぼ半額でゲットできました。ルネ・フレミングがヴィオレッタを歌います。

というわけで、今日は予習をかねてイザイの無伴奏を聴きました。
イザイの名前を初めて知ったのは、中学生の時に観た教育テレビのヴァイオリン教室です。
先生の石井志都子さんが、レッスンの中で「イザイは、私の心の中の神様です」と言った言葉が今でも忘れられません。

もともと、イザイの無伴奏では2番と3番が好きなのですが、今日聴いたのは第1番。
この曲はヨーゼフ・シゲティに捧げられていますが、様式はバッハの無伴奏ソナタ(とくに第1番)によく似ていますね。
グラーヴェ~フガート~アレグレット・ポコ・スケルツォーソ~フィナーレという4楽章構成ですが、とくに第2楽章のフガートが印象的です。またフィナーレの冒頭は、私にはバッハの無伴奏パルティタ第1番のブーレのリズムをひっくり返したような感じに聴こえます。その後ドゥーブルのような展開を見せてあっという間にエンディング。

お薦めCDはクレーメル盤。

          

この独特の緊張感と凄みは、クレーメルだけのものでしょう。
フガートの表現力は、ヴァイオリン1丁とはとても信じられない。
また、この曲は多くの日本人ヴァイオリニストにも愛奏されていますが、中でも私は加藤知子さんの録音が気に入っています。
鬼気迫るクレーメルとは対照的に、集中力を切らさずしかもゆとりと気品を感じさせてくれます。
さて、8日のヒラリー・ハーンはどんな演奏を聴かせてくれるのでしょうか。
大いに期待しています。

■イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調
■ギドン・クレーメル(1976年)

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ケフェレックのモーツァルトアルバム

2006-06-04 | CDの試聴記
あの「熱狂の日」と銘打ったラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン音楽祭から早くも1ヶ月が経とうとしています。
本当に早いものですね。
5月4日と6日の2日間で10回のコンサートなんて、一言でいえばまさにクレイジー。でも本当に楽しかった。私にとってかけがえのない貴重な経験でした。
とくに印象に残っているのが、ペーター・ノイマン率いるコレギウム・カルトゥシアヌムのコンサートと、ピアノ協奏曲「ジュノム」を含むケフェレックの計3回のコンサートでした。

特にケフェレックの真摯で誠実なモーツァルトは、楽譜に最大の敬意をはらいながら演奏していたその舞台姿とともに、今でもはっきり思い出すことができます。
そんな折、いつもブログでお世話になっているemiさまから、「ぶらあぼ6月号」に音楽評論家の舩木篤也氏が「拝啓、アンヌ・ケフェレック様」と題するエッセイを寄稿していると教えていただきました。
今日ようやく「ぶらあぼ」を入手し読んでみましたが、まったく共感する箇所ばかり。
とくに印象に残った部分は次の箇所です。

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「拝啓、アンヌ・ケフェレック様」
(前略)
ソナタ第13番変ロ長調K333の冒頭、属音から主音へとすべりおちる瞬間、私は息をのみました。それは、「和声的効果」のためにするものでは、まったくなかった。ごくさりげない、しかし別様にはありえない、ある気遣いの声の到来、第2主題を始める時のヘ長調の和音もそうです。あなたはそれを、人の肩にそっと手を置くように、とても柔らかなアルペジオで弾かれた・・・。
私は、モーツァルトのことばが初めて解ったような気がして、胸の奥にこみ上げてくるものを抑えきれませんでした。(以下略)
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他のプログラムとぶつかってしまったので、私は彼女のk333を聴くことができなかったのですが、この表現、本当に良く分かります。
私がピアノソナタk311の第2楽章で身が震えるほど感動したのも、まさにこれだったんですね。
クリスタルのような音色の美しさや、素晴らしいスタッカート技術に裏打ちされたアーティキュレーションの見事さももちろん印象的でしたが、何より彼女の表現は本当に自然でした。あざとさが全くないというか・・・。
だからこそ、聴き手はモーツァルトの伝えたいことをストレートに受け止めることが出来るんですね。
こんな体験をしたのは、グルダ以来と言ったら言いすぎでしょうか。

当日のコンサートの感想でも書きましたが、こんな素晴らしいモーツァルトを聴かせてくれるのに、どうして彼女のモーツァルトの録音はほとんど見当たらないんだろう。
現在ソロのアルバムとして入手できるのは、このディスク1枚のようです。
だからこそ、本当に貴重なディスクといえますね。
この演奏について、あれこれ書くのは控えることにします。
出来る限り多くの方に聴いていただきたいから・・・。
あえて、聴きどころをあげるならば、2曲めの変奏曲と最後のニ短調の幻想曲でしょうか。


<モーツァルト作曲>
■ピアノのためのロンド イ短調 K.511
■デュポールのメヌエットの主題による9つの変奏曲 ニ長調 K.573
■幻想曲 ハ短調 K.475
■ピアノソナタ ハ短調 K.455
■幻想曲 ニ短調 K.397

■アンヌ・ケフェレック(ピアノ)
■録音:2001年

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モーツァルト ピアノ協奏曲第18番変ロ長調 K.456

2006-06-03 | CDの試聴記
モーツァルトは交響曲からオペラ・宗教曲にいたるまであらゆる分野の音楽を作曲していますが、私の場合、まず協奏曲・オーケストラ曲といういわゆる器楽の分野からモーツァルトの音楽に慣れ親しんでいったので、オペラ・宗教曲という分野の音楽を本当に楽しむようになったのは比較的最近なんです。
尤も、新人時代大変お世話になった支店長から「君は随分クラシック音楽が好きなようだけど、もし無人島に一曲だけ持って行く音楽を選べるとしたら何を選ぶの?」と聞かれて「モーツァルトの魔笛です」と答えたようですから、それなりに昔から魅力を感じてはいたのですが、実際のステージで観たこともなかったし、やっぱり遠い存在だったのですね。
余談ですが、上記の支店長に結婚式の媒酌人をお願いしたところ快諾いただいたのですが、新郎新婦の紹介のときに、しっかりこのことを話されてしまいました。(笑)

さて、そんな私がオペラに本格的に関心をもったのは、10年前にザルツブルクで初めて実際に「フィガロの結婚」を観たときでした。シンプルすぎる舞台装置にはいささかがっかりしましたが、オーケストラ・歌手達が一体になって、本当に生気溢れる音楽を創りあげており、「これって、なかなか面白いじゃん!」とカルチャーショックを受けたのです。
その後オペラをよく観るようになって、今度はオペラと協奏曲(とくにピアノ協奏曲)の類似性を強く感じるようになりました。

随分前置きが長くなりましたが、ピアノ協奏曲の中でも最もオペラティックな印象を私がもっているのが、この18番の変ロ長調コンチェルトです。

第1楽章冒頭、何と素敵なオープンニングだろう。
前口上として「さてさて皆さん、今宵お聴きいただく曲は…」と語りかけているように聴こえませんか?
この優しい雰囲気は、傑作ぞろいのピアノコンチェルトの中でも出色のものでしょう。
第2楽章は、よく知られているとおり「フィガロの結婚」の第4幕冒頭でバルバリーナが歌うカヴァティーナ「ピンをなくしてしまった」と同じメロディです。
私はこのカヴァティーナ大好きなんです。本当に短いカヴァティーナだけど、はっとするくらい美しい。バルバリーナにとって唯一の独唱曲ですが、モーツァルトは心憎いくらいの名旋律を与えています。
このカヴァティーナの美しさは、この楽章でも存分に魅力を放っています。
第3楽章冒頭の主題も、このままオペラにすぐ使えそうです。そして随所でみせるピアノの細かい動きは、まるで子供が自由自在に走り回っているよう。
私はこの楽章を聴くと、童心に返ったモーツァルトの悪戯心をついつい想像してしまいます。

私のお気に入りのディスクはいろいろあるのですが、とりあえずバレンボイムの新盤を。
ベルリンフィルを弾き振りしたライブ演奏で、ピアノ・オケともに溌剌とした表情がとても魅力的。
全集ですが、びっくりするくらいの安価で販売されています。

■モーツァルト:ピアノ協奏曲第18番変ロ長調 K.456
■ダニエル・バレンボイム(ピアノ&指揮)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
■録音:1993年ライブ録音


           

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プフィッツナー 歌劇「パレストリーナ」から3つの前奏曲

2006-06-02 | CDの試聴記
今週は、週明けからトラブルに見舞われ少々へヴィな1週間でした。
ただ、今日は大阪で官庁折衝があったので昨夜から大阪に入り、久しぶりにアインザッツリベラ33さんMICKEYさんと再会。時間を忘れて大いに盛り上がり、すっかりリフレッシュさせてもらいました。
そのアインザッツで、グレゴリア聖歌の話題から「教会音楽の父」といわれるパレストリーナの話になり、連想ゲーム風にプフィッツナーのオペラ「パレストリーナ」の前奏曲を聴いてみようということになりました。
昨日聴いたのはサヴァリッシュ指揮によるもので、この演奏もとても良かった。

このオペラは3幕もので少々長いのですが、私は以前からこのオペラの前奏曲が大好きで、ときどき取り出しては聴いていました。
私の愛聴盤は、ライトナー指揮のベルリンフィル盤です。
もう一枚持っているティーレマン指揮によるベルリンドイツオペラ管弦楽団盤も、しなやかでとても美しい演奏なのですが、「訴えかける力」という点でこのライトナー盤は傑出しています。
今日出張から帰って久しぶりに聴いてみましたが、その印象をますます強くしました。


          


第1幕の前奏曲、独特の神秘的な響きがします。
ロマンティックでかつ静謐感に満ちた音楽。後期ロマン派の音楽にも聴こえるし、古くルネサンス期の音楽にも聴こえる。またオーボエが奏でる響きを聴いていると、私はそこに日本の笙や篳篥(ひちりき)の響きも感じます。
そして中間部で登場するティンパニの雷鳴のようなトレモロには、思わず鳥肌が・・・。
ほんとに不思議な音楽ですね。
私は、この曲が、ワーグナーのローエングリン第1幕の前奏曲のあとにそっと続けて演奏されても、ちっとも驚かないでしょう。

第2幕はトリエント宗教会議の場面ですから、前奏曲も第1幕とはまったく異なり強い表情を見せます。
そして続く第3幕の前奏曲では、また第1幕の雰囲気に戻ります。
この前奏曲は、第1幕の前奏曲と比べても、より祈りに満ちた感動的な音楽だと思います。第1幕の前奏曲がローエングリンだとすると、第3幕の前奏曲はパルシファルのイメージでしょうか。
とにかく美しい音楽ですよ。
まだお聴きになっていない方がいらっしゃれば、ぜひ一度聴いてみてください。

ちなみにこのオペラ「パレストリーナ」について、トーマス・マンは次のように表現しています。
「『パレストリーナ』では一切のものが過去に向いている。『パレストリーナ』を支配しているのは死への共感だ。」と。
また、プフィッツナーには、この「パレストリーナ」以外にも小交響曲等素敵な作品がたくさんありますので、また機会を見てご紹介したいと思います。

ところで、いつもコメントをくださるウィーン留学中のzauber-tonさんは、ガッティ指揮のウィーンフィルの定期演奏会で最近この曲を聴かれたそうです。
日本ではあまりプログラムにも載りませんから、生でしかもウィーンフィルの演奏と聞けば、本当に私も聴いてみたい・・・。

■プフィッツナー : 歌劇「パレストリーナ」から3つの前奏曲
■フェルディナント・ライトナー指揮
■ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
■録音:1959年 DG


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