ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

フランク 「前奏曲、フーガと変奏曲 op18」

2006-03-29 | CDの試聴記
何故か無性にフランクのピアノ曲が聴きたくなって、久しぶりにかけてみました。
フランクの鍵盤音楽としては、「前奏曲、コラールとフーガ」等素晴らしい作品がたくさんありますが、私がとくに好きなのは「前奏曲、フーガと変奏曲」です。
最初に聴いた時から、「何という敬虔でロマンティックな音楽!」といっぺんに虜になってしまいました。
今日聴いたのも、もちろんこの曲。

この「前奏曲、フーガと変奏曲 op18」はフランク40歳前後の作品で、オルガンのための「6つの作品」の第3曲として作曲され、サン・サーンスに捧げられています。
ベートーベン、ワーグナーの影響もあるといわれていますが、音楽の深遠な響きはやっぱりバッハだなぁ。
オリジナルのオルガンで聴く演奏(イゾワールがサントリーホールで見事な録音を残しています)ももちろん素晴らしいのですが、私がもっとも大切にしているディスクは、ヴェデルニコフのピアノによる演奏です。
ピアノへの編曲もよく知られるバウアー版ではなく、ヴェデルニコフ自身の手によるもの。

まず前奏曲。幻想的な雰囲気がとても良く出ています。またバスの生き生きとした表情がとても印象的。
続くフーガは、ヴェデルニコフならではの緊張感と内声部の表現力の高さによって素晴らしい名演になっています。この立体感は、他の演奏からはなかなか得がたいものだと思います。
そして終曲である変奏曲。最弱音できわめて静かに、でもぞくぞくするような緊張感をともなってアルペッジョが始まります。
しばらくすると、静寂の中からかすかに前奏曲のテーマが現れ、しだいにはっきりした形になっていきます。そのあと、確信を持って再現されるテーマの何と美しいこと!
蓋し名演だと、改めて思いました。
聴きながらふと感じたのですが、この変奏曲のあとにバッハのフルートソナタBWV1031(偽作の疑いがありますが)の第2楽章シチリアーナを続けて演奏したら面白いんじゃないかと。

この曲の他のお薦め盤としては、先ほどご紹介したイゾワールのオルガンによる演奏。これはバッハとフランクの名作を交互に演奏したプログラムで、録音も極上です。
そして、ピアノによる演奏ではクロスリー盤。クロスリーは、端正なスタイルの中に瑞々しい叙情性を感じさせる素敵な演奏を聴かせてくれます。
また、クロスリー盤は、フランクの鍵盤楽器のための傑作がカップリングされているのも魅力的です。


ロシア・ピアニズム名盤選26
ヴェデルニコフ/リスト、ラヴェル&フランク
<曲目>
■リスト:ローレライ
■リスト:メフィスト・ワルツ 第1番
■リスト:エステ荘の噴水
■ラヴェル:水の戯れ
■ラヴェル:組曲「クープランの墓」
■フランク(ヴェデルニコフ編):前奏曲、フーガと変奏曲 作品18
<演奏> 
アナトリー・ヴェデルニコフ(ピアノ)

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アバド&ミラノ・スカラ座管弦楽団員の「ブランデンブルク協奏曲」

2006-03-25 | CDの試聴記
オペラ演奏を本業とするオケのメンバーたちがバッハを演奏すると?

このテーマに対するひとつの回答がこのディスクです。
ミラノ・スカラ座管弦楽団といえば、皆様ご承知のとおり、ヴェルディやプッチーニの書いた美しくも激しい音楽のうねりを、歌手達にぴったり寄り添いながら見事に表現できる稀有のオケです。
ただ、それがバッハとなると、あまりに明るくまたカンタービレが効きすぎるのではないかと、このディスクを実際に聴くまでは内心一抹の不安を感じていたことも事実です。
しかし、杞憂でした。
当時40代前半だった若きマエストロ アバドのもと、スタイリッシュといってもいいくらい爽やかなバッハを聴かせてくれています。何より肥大化した厚化粧の音楽になっていないことに、私は安堵しました。

もちろん古楽風の演奏様式ではないし、全編にわたって太陽の光をいっぱい浴びたような明るさが支配していることは疑う余地がありませんが、とにかくメンバーひとりひとりが「音楽することの喜び」を持って演奏していることがよくわかります。
第3番・第4番などはその好例でしょう。
第5番はチェンバロのソロに名手カニーノを迎えての録音ですが、少しチェンバロ独奏が浮いてしまっている感じもしなくはないですね。
私が最も印象に残ったのは、第6番です。
しっとりとして温かい見事なバッハだと思います。
からっとした明るさからは全6曲中最も遠い、どちらかといえば地味なこの第6番に惹かれたというのも、私自身ちょっと意外でした。

また、まったく演奏内容には関係ありませんが、ムーティーやジュリーニと組んで素晴らしい録音を数々残している「ミラノ・スカラ座フィルハーモニー」という立派な名前がこのオケにはあると思うのですが、なぜ「ミラノ・スカラ座管弦楽団員」という名称になっているんだろう。
レコード会社との契約の問題もあるのかもしれませんね。


<曲目>
■J.S.バッハ:ブランデンブルグ協奏曲 BWV.1046-1051
<演奏>
■クラウディオ・アバド指揮
■ミラノ・スカラ座管弦楽団員
■ブルーノ・カニーノ(チェンバロ・ソロ)(第5番)
<録音>
1975年11月、1976年5月
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新国立劇場  歌劇「運命の力」

2006-03-21 | オペラの感想
今日、新国立劇場の「運命の力」を観てきました。

<日時>2006年3月21日(火)
<場所>新国立劇場
<曲目>ヴェルディ:歌劇『運命の力』
<演奏、歌手>
■レオノーラ     : アンナ・シャファジンスカヤ
■ドン・アルヴァーロ : ロバート・ディーン・スミス
■ドン・カルロ    : クリストファー・ロバートソン
■プレツィオジッラ  : 坂本 朱
■グァルディアーノ神父 :ユルキ・コルホーネン
■フラ・メリトーネ  : 晴 雅彦 
■カラトラーヴァ侯爵 : 妻屋 秀和

■指 揮 : 井上 道義
■演 出 : エミリオ・サージ
■合 唱 : 新国立劇場合唱団
■管弦楽 : 東京交響楽団

開演前の2時半ごろオペラ劇場に入ると、2階へ上がる階段付近に人だかりができています。
一体なんだ?
近寄ってみると、人だかりの原因はWBCの中継でした。
私も内心気が気でなかったのですが、まさか新国立劇場の中で実況を見れるとは・・・。
9回表のJAPANの攻撃、決定的な10点めが入ったところでした。
奇しくも沸き起こる拍手と大歓声。とてもオペラ開演前の厳粛な雰囲気とはいえませんが、良いですねぇ。私も嬉しくって嬉しくって・・・。
そのままJAPANは9回裏最後の守備につきます。
守護神大塚が2塁打を打たれて、その後1アウト3塁になったところでタイムアップ。開演まではもう少し時間があったのですが、あまりぎりぎりになると着席時に他のお客さんに迷惑をかけるので、後ろ髪を引かれる思いで席に着きました。
(「大塚頼んだよ」と心の中で念じたことは言うまでもありません)

今日の席は、2階3列目正面という願ってもない良席。舞台も観やすいし、何よりも音が素晴らしかった。
そんななか、序曲が始まりました。
実に充実した響きがします。決して奇をてらったところはなく、これから起こる悲劇を真正面に見据えた素晴らしい序曲でした。はやくも名演の予感が・・・。

このオペラは、主役の3人にドラマティックな歌唱力が求められており、なかなかキャスティング泣かせと聞きますが、今日の3人の主役は揃って素晴らしい出来栄えでした。グァルディアーノ神父もプレツィオジッラも良かったし、メリトーネも演技力も含め出色。合唱も見事で、これだけ粒の揃った公演は、新国立劇場の演目としてもそうはないと思います。
特にレオノーラ役のシャファジンスカヤ は、幕が進むにつれて歌・演技共にどんどん迫真性を増していき、聴衆に大きな感動を与えてくれました。
声が立派なうえに表現力があるので、レオノーラ役にはうってつけの人ですね。
聴衆のブラヴォーも凄かった。

そのほか、とりわけ印象にのこった場面をご紹介すると、
第2幕第2場の後半、グァルディアーノ神父が修道士全員を集めて「聖なる洞穴には決して近づいてはならぬ」と厳命する場面、歌手達・オーケストラ・舞台が三位一体となって、類をみないくらいの崇高な雰囲気を生み出していました。
それから何と言っても第4幕のラストで、レオノーラ・アルヴァーロ・グァルディアーノ神父が「誰も呪ってはいけない」と歌う3重唱の場面、胸がいっぱいになって息もできないくらい感動しました。キリスト教の信者ではない私でも、「救済」という意味が分かるような気がしました。
そして、レオノーラが息をひきとったあと、最後にオーケストラだけで奏でるピアニシモの凄さ。オペラでこんな見事な弱音を聴いたことは、過去あったかしら。
井上道義さんと東京交響楽団に対して心からブラヴォーです。

そして、今日の舞台は本当に素晴らしかったと思います。
演出も素晴らしかったし、何よりも照明が斬新。あまり詳しくないので上手に書けないのですが、こんなに印象に残った舞台はあまり記憶にありません。
今回は、事前にゲルギエフが指揮した初演版(1998年キーロフオペラ)で予習をしていったのですが、冒頭の序曲は初演版では前奏曲になっていて音楽も少し違いがあるし、何よりも最後の場面(初演版では何とアルヴァーロも死んでしまうのです!)が決定的に違います。
このあたりも比べると本当に興味深いです。

歌手・合唱・オケ・指揮者・演出等、全ての関係者の方にブラヴォーを贈りたくなる素晴らしく感動的な公演でした。



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ルクー:弦楽合奏のためのアダージョ(ピアノ四重奏版)

2006-03-20 | CDの試聴記
テレビ朝日で放映していたドラマスペシャル「愛と死をみつめて」を見ました。
ほんとのことを言うと、この手のドラマは苦手なんです。年とともに涙もろくなって、とてもじゃないけど最後まで見ていられなくって・・・。
さて、今回は、朴訥でひたむきな青年河野実(マコ)役を草薙剛が、けなげなヒロイン大島みち子(ミコ)役を広末涼子が演じていました。
脇を固める大杉漣や伊藤蘭、ユースケ・サンタマリアを含め、私は素晴らしいキャスティングだったと思います。すっかり感動しました。
特に最後に広末涼子を通して大島みち子さんが語る、「もし健康な3日間を神様がくれるなら」というくだり、
1日目:お母さんと一緒に台所で料理を作る、お父さんには晩酌を、兄妹たちとはいろいろ語りたい。
2日目:愛するマコに料理を作ってあげたい。最後に別れるときにはキスをしてね。
3日目:今までの想い出を、自分ひとりでそっと振り返りたい。
たしかこんなことを言っていたのではないでしょうか。

こんな簡単な、至極当たり前のことを、どうして神様は叶えてあげないの?
いま思い返しても目頭が熱くなります。
大島さんは、病魔と闘いながら、けなげに純粋にそして真摯に生きてきました。
そんな人柄をきっと天使が嫉妬したのでしょう。彼女は20歳の若さで天に召されます。早逝するひとはきっとこんなパターンが多いのではないかしら。

そんなことを考えながら、今日は夭折の天才作曲家ルクーを聴きました。
ギョーム・ルクーは1870年1月20日ベルギーのウーシーに生まれ、1894年に24歳という若さでこの世を去ります。
セザール・フランクの最後の弟子にしてダンディにも師事したルクーの作風は、真摯でどんな場合も「夢」を感じさせる叙情性に溢れたものでした。
イザイに委嘱された名曲「ヴァイオリンソナタ」、絶筆となった「ピアノ四重奏曲」をはじめ、数こそ決して多くありませんが、残された作品はすべてルクーの孤高の芸術を感じさせてくれる素晴らしいものばかりです。

この美しいアダージョは、もともと弦楽合奏用に作曲されたものですが、G・イグレシアの手によってピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの四重奏用にアレンジされました。
もう恍惚となるような美しい旋律、独特のハーモニー、そして時折みせる明るく夢見るような表情。
一度聴いたら、だれでもルクーのファンになるでしょう。
3曲の歌曲を含むこのアルバムは、晩年の彼が残した室内楽の名品ばかりが集められていますが、アンサンブル・ムジーク・オブリクがしっとりとしたすばらしい演奏を聴かせてくれます。
お薦めです。

<曲目>
ルクー作曲
■モルト・アダージョ(弦楽四重奏のための)
■ピアノ四重奏曲(未完)
■ラルゲット(チェロとアンサンブルのための)
■弦楽合奏のためのアダージョ(ピアノ四重奏版)
■3つの歌曲

<演奏>
■アンサンブル・ムジーク・オブリク
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プチ音楽断食

2006-03-17 | CDの試聴記
今週は仕事がたてこんでいたこともあり、日曜日に聴いたアルブレヒト&読響のコンサートを最後に、思い立って「プチ音楽断食」をしてみました。
といっても山篭りをして音と隔絶した世界で過ごすわけではないので、街中でも喫茶店でも音楽は聴こえてきます。ただ、たった5日間ではありますが、我が家のリビングルームのスピーカーからも、また愛用のIpod+B&Oイヤホンからも音が流れることはありませんでした。
これにはちょっとした理由があって、「最近少し安易に音楽を聴きすぎているな」と感じていたからなんです。まさしく、自宅にいるときは四六時中音楽が流れているし、移動中や出張時でさえIpod+B&Oイヤホンで常時音楽を聴いているという状態でしたので、一度「音に飢える」状態にしたほうがいいかなと思ったのです。

さすがに3日目くらいになると、普段にも増して色々な音楽のフレーズが頭の中をよぎるようになりました。パパゲーノのアリアや、マーラーのシンフォニー、ブルッフのヴァイオリンコンチェルトその他、数え切れないくらいのフレーズが浮かんでは消えていきました。
そして断食4日目の昨日あたりは、さすがにどっぷり音楽に浸かってみたいと心底思うようになっていました。

そんな中、とうとう今日プチ断食が終わりました。
昨日から何度も何度も頭に浮かんでいたのはバッハの平均律、とくに第1巻最後の24番目の前奏曲とフーガでしたから、断食後最初に聴くのはきっとこれだなと確信していたのです。
ところがさにあらず、さきほど断食後最初の音楽として無意識のうちにCDプレーヤーにセットしたのは、何故かモーツァルトのクラリネット五重奏曲でした。
演奏はウラッハ&ウィーンコンツェルトSQ盤です。

何と美しい音楽。何と温かい演奏。
夏の暑い日に汗を一杯かいた後冷たい水を一息に飲んだときのように、身体のすみずみまでクラリネットの柔らかな響きが満ち満ちていきます。
少しオーバーな表現をすると、「あー、生き返った!」という感じです。
フィナーレまで一気に聴きとおしました。
以前にも増して音楽が新鮮です。
どうやら、プチ断食の効果があったのかな・・・。

<曲目>
■モーツァルト:クラリネット五重奏曲イ長調K.581
■ブラームス :クラリネット五重奏曲ロ短調op.115
<演奏>
■ウラッハ(Cl)
■ウィーンコンツェルトハウスSQ
<録音>1951、52年


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アルブレヒト&読売日響 マーラー:「巨人」他

2006-03-12 | コンサートの感想
先週は水曜日に名古屋、金曜日に広島と出張が続いたせいもあって、少々グロッギー気味です。
しかも、広島・名古屋の連続出張といえば、1月にインフルエンザに罹ったときのあのコンビネーションではないか・・・。
案の定、花粉症と風邪の合わせ技一本という感じで、熱っぽいし、喉は痛いし、咳も止まらないし、目も鼻もむず痒い。
完全にブルーの週末になってしまいました。

ただ、今日は2005年度最後の読響マチネーコンサートの日なので、気力を振り絞って(ちょっとオーバー?)、いざ池袋の東京芸術劇場へ。
今日のシェフは、来シーズン限りで常任指揮者を勇退するアルブレヒト。プログラムは前半がモーツァルトの初期の交響曲から3曲、後半がマーラーの「巨人」です。
オケのメンバーを見渡すと、コンサートマスターはデヴィッド・ノーランで、2月のマチネーのときと同様セカンドヴァイオリンの首席の1人が替わっているようです。

さて前半のモーツァルト。
流行のピリオド楽器のスタイルとは異なりシンフォニックな響きですが、颯爽としたテンポで生気溢れる音楽を聴かせてくれました。
とくにヴィオラ・チェロ等内声部を受け持つ弦楽器の響きに「こく」があって、それが音楽にしなやかな弾力性を産み出します。このしなやかさが、モーツァルトの初期の作品にはことのほか重要で、その意味でも素晴らしい演奏でした。
私の席は前から3列目のセンターやや左という場所なんですが、ホールの中央辺りの席では、ブレンドされたさらに素晴らしい響きだったのではないでしょうか。

後半は、がらっと雰囲気を変えてマーラーの「巨人」。
隅々まで気配りされた、充実感一杯の素晴らしいマーラーでした。
クライマックスの設定、弱音部の緊張感、音楽の勢い(方向感と言ってもいいかもしれません)を決して損なわない音楽作りは、まさに名匠の名に恥じないものだと改めて感じ入りました。
そんなアルブレヒトのタクトに見事に応えてみせる読響の実力は、まさに本物です。
とくに印象に残ったのが、第3楽章のコントラバスのソロ。
首席の星さんでしょうか、凛とした見事な音色と表現でした。終演後、アルブレヒトが真っ先に労をねぎらったことも大いに頷けます。
こんなに素晴らしいアルブレヒトと読響の演奏を、あと何回聴けるんだろう。
ちなみに、来月から始まる新シーズンの読響マチネーコンサートでは、アルブレヒトは2回登場します。
満を持して12月にはベートーベンの第九を、そして最後の月である来年3月にはマーラーの第九を聴かせてくれることになっています。
とりわけ、マーラーの第九は今から楽しみな半面、その後きっと寂しさに打ちひしがれるんだろうなぁ・・・。

<日時>3月12日(日) 午後2時開演
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
■モーツァルト: 交響曲K.74
■モーツァルト: 交響曲K.110
■モーツァルト: 交響曲K.111
■マーラー: 交響曲第1番 ニ長調「巨人」
<演奏>
■ゲルト・アルブレヒト指揮
■読売日本交響楽団



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武満徹 「2つのレント」

2006-03-07 | CDの試聴記
今日は本業である「年金」のことを少々・・・。

最近、離婚の時の年金の分割の話題が多いですね。
まさにそのとおりで、
平成19年4月からは、当事者の合意又は裁判所の決定があれば、婚姻期間中の厚生年金の最大2分の1までが妻に分割可能になります。
さらに、翌平成20年4月からは、それ以降の専業主婦であった期間(第3号被保険者期間といいます)については、離婚時に当事者の合意や裁判所の決定がなくても、配偶者の厚生年金の2分の1を分割できるようになります。

四六時中改正だらけの公的年金制度ですが、これはさすがにカルチャーショックに近い劇的な変革ですね。
さらに昨日の日経新聞の記事では、「入籍していないいわゆる事実婚の配偶者であっても適用可能にする」旨、報道されていました。
「事実婚は適用対象外」と従来から整理されてきたことを覆す、大きな変更です。
この一例を見ても、「この法律をなんとしても実のあるものにしたい」という政府の強いメッセージが裏にあると、私は感じました。
しかし、現実問題として、「年金の離婚時の分割」いうビッグイベントを来年に控えて、いま離婚件数が激減しているというのは、何を意味しているのでしょうか。何とも不気味な話ではありますね。
また、この話は国の厚生年金だけにとどまらず、代表的な企業年金制度である厚生年金基金でも発生します。
このあたりのことは、機会を見てまたご紹介したいと思います。

さて、離婚や年金とはがらりと話題を変えて、今年没後10年になる武満徹さんのことを書きたいと思います。
世界のタケミツこと武満徹さんの初めての作品をご存知でしょうか。
それは、1950年 20歳の時に書かれた「2つのレント」というピアノのための作品です。
ただ、信じられないことにこの作品は、当時の批評家山根銀二氏から「音楽以前だ」と酷評され、以来作者武満氏自身の手で封印されてしまったそうです。
余談ですが、この山根銀二という人は、カルロス・クライバーがウィーンフィルと組んだDGの「運命」の音楽評でも、当時「まことに荒っぽい。」とひとことで切って捨てていました。
若い感受性豊かな青年タケミツが、この評論家の言葉で大きなショックを受けたことは想像に難くありません。
その後、この「2つのレント」を改作したリタニという作品を1989年に発表しており、これも大変魅力的な作品ですが、機会があれば是非原曲の「2つのレント」を聴いてみたいとずっと思い続けていました。

そのような折、藤井一興さんがこの曲を録音していることを知り、すぐにCDをゲットしました。
早速「2つのレント」から聴いてみました。1曲目がリタニと異なっているんですね。
いやー、瑞々しくって、幻想的で、素晴らしい曲、素晴らしい演奏!
どんな聴き方をしたら、「音楽以前」なんだろう。
個人的にはリタニよりこちらの方が好きです。

1曲目は、メインモティーフが表れた後、すぐ半音上でモティーフをエコーのように再現。そして沈潜。またつぶやくように即興的なモティーフの描写、そしてまた沈潜。これを繰り返します。
この雰囲気はギターのための処女作である「フォリオス」ともよく似ています。
他のどんな作曲家からも聴けない、音の色彩感覚、時間の感覚、空間の描写、まさにこの処女作からして、まぎれもない武満さんの世界が聴きとれます。
2曲目の「レント・ミステリオーソ」も大変魅力的な作品で、中間部の盛り上がりが素晴らしいです。

このアルバムには、掲題の曲のほか武満さんの代表的なピアノ作品が集められていますが、いずれも秀演です。
私にとって、また大切なディスクが1枚加わりました。

武満徹:ピアノ作品集
<曲目>
■雨の樹素描 (1982)
■閉じた目 (1979)
■フォー・アウェイ (1973)
■ピアノ・ディスタンス (1961)
■遮られない休息 (1952~59)
■2つのレント (1950)
<演奏>藤井一興(P)
<録音>1982年12月6~7日
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オーケストラアンサンブル豊島 春季演奏会

2006-03-05 | コンサートの感想
今日は、何とか時間のやりくりがついたので、おさかな♪さんが参加されている「オーケストラアンサンブル豊島」の春季演奏会へ行ってきました。
「日本におけるドイツ年2005/2006」を記念して、ドイツ名曲コンサートと銘打ったコンサートです。ご覧の通り、なかなか素敵なプログラムですね。

前半は、ワーグナーとブラームス。
最初の2曲はまだ硬さが残っていましたが、伸びやかな「歌」がベースのワーグナー、器楽的でよりからっとした明るさを持つブラームスという個性の違いが良く分かる演奏でした。
そして前半最後の曲は、ブラームスの悲劇的序曲。
この悲劇的序曲で、見違えるようなサウンドになりました。
一体何が起こったんだろう。
冒頭の強奏から、「あー、ブラームス!」と感じさせてくれる素晴らしい響きです。第2主題の歌わせ方も素敵で、非常に充実した「悲劇的」を聴かせていただきました。
ところで、2曲目の大学祝典序曲から感じていたのですが、オーボエが素晴らしく上手いです。
これは「運命」が楽しみだぞ・・・。

後半は、ベートーベンの「運命」。
悲劇的序曲の好調さを、さらに上回るこの日一番の演奏でした。
第1楽章冒頭から、力強くかつ豊かな響きがベートーベンにぴったり。
前半やや遠慮がちだったホルンも何か吹っ切れたようないい音になったし、チェロ・コントラバスの音が深く分厚い響きでオケ全体を支えてくれました。
聴かせどころのオーボエのソロも、まさに絶品。
第2楽章は、中間部の管楽器の掛け合いの部分が美しかった。この箇所は、指揮者がなかなかコントロール出来ない部分で、奏者達のアンサンブル能力に懸かっているわけですが、見事なアンサンブルでした。
第3楽章の中間のトリオはチェロとコントラバスの聴かせどころですが、バッチリ決まりました。この日のために、奏者の方がこの部分をどれだけ必死に練習してきたかを想像すると、胸が熱くなります。そして、ブリッジパッセージを経て終楽章へ。
終楽章は、この曲の集大成として高揚感に満ちた感動的な演奏。
奏者の方たちの真剣なまなざしが、気持ちのこもった音となって、聴き手にびんびん伝わってきました。
あまりに有名である半面、主要モティーフがことごとく短い休符で始まるような難しい曲を、練習に練習を重ねてここまで仕上げてこられた指揮者・オケの皆さんの努力に、心からの敬意を表したいと思います。
なかでも、先ほども書きましたが、オーボエの素晴らしさには正直脱帽です。すっかり痺れました。
それから、「運命」ではアンサンブルを整えるためにどうしても硬めの棒になりやすいのですが、指揮者の小森さんは、常に大きな流れを損なわないよう、大きく表情豊かに振っておられたのが印象的でした。素晴らしいマエストロですね。
アンコールは、ブラームスのハンガリー舞曲第5番。

大好きな曲を素敵な演奏で聴かせていただき、大変満足な一日でした。

●春季演奏会 ~ドイツ名曲コンサート
<日時>2006年3月5日(日)14:00開演
<場所>文京シビック 大ホール
<曲目>
■ワーグナー:『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲
■ブラームス: 大学祝典序曲
■ブラームス: 悲劇的序曲
■ベートーヴェン: 交響曲第5番「運命」
(アンコール)
■ブラームス: ハンガリー舞曲第5番
<演奏>
■指 揮:小森康弘
■管弦楽:オーケストラアンサンブル豊島
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フェインベルグ 未発表録音他(1948年-1962年)

2006-03-04 | CDの試聴記
目が痒ーい。
今週は徹底的に花粉症に苛められました。
大袈裟ではなく、「目玉」を取り出して水でじゃぶじゃぶ洗いたいくらいです。
こうなると、鼻も常時むず痒いし、仕事にもなかなか集中できません。
このシーズンは決して嫌いじゃないんですが、この症状だけは何とかならないかなあ。

さて、そんな憂鬱な気分のなか、今週よく聴いたのは、
・バリリカルテットのモーツァルト:弦楽五重奏曲第3番&5番
・ケフェレックのモーツァルトアルバム
・フェインベルグの未発表録音集
の3枚です。
今日は、その中からフェインベルグの未発表録音集を採りあげます。

フェインベルグは1890年生まれのロシアの名ピアニストですが、彼の新譜がリリースされる話は、銀璧亭のTandoさまからうかがっておりましたが、ようやく先日入手することができました。
早速聴いてみましたが、昨年初めて彼の平均律を聴いたときと同様、大変強い感銘を受けました。
ひとことで言うと、とにかく自然。テンポもデュナーミクも柔軟で、堅苦しさは微塵も感じられません。
録音時期が大きく異なるので、中には録音に難のあるものもあります。
たとえば、1948年のライブ録音であったスクリャービンのピアノソナタなどは、スクリャービン特有の美しい内声部の変化がほとんど聴き取れない。想像を逞しくすると、確かにそれらしく聴こえるような気はするけど、やはりもっといい録音で聴きたかったというのが本音ですね。
楽しみにしていただけに残念でした。

しかし、バッハは素晴らしかった。
とくに初出のステレオ録音の3曲は、神々しさすら感じさせる名演奏。
これだけ立体的にフーガが鳴り響くことも珍しいでしょう。
ロマンティックなバッハですが、ポリフォニーの再現という点で圧倒的な印象を聴き手に与えます。
濡れたような弱音の魅力も、フェインベルグの大きな特徴でしょう。
なかでもフェインベルグ自身の手で編曲された「前奏曲とフーガ」BWV533を聴いていると、不覚にも何度も涙がでそうになりました。
そして、この曲を録音した同じ年にフェインベルグはこの世を去ります。
1962年のことでした。

<曲目>
■Bach: Fantasia & Fugue in a, BWV 904(初出ステレオ)
■Bach: Sinfonia in A, BWV 798
■Bach: Toccata in D, BWV 912(初出ステレオ)
■Bach-Feinberg: Prelude & Fugue in e, BWV 533(初出ステレオ)
■Bach-Liszt: Fantasia & Fugue in g, BWV 542
■Scriabin: Sonata no. 5(1948年1月 モスクワにおけるライブ録音)
■Rachmaninoff: Preludes op. 23 nos.1 , 3, 7, 8
■Liszt: Consolations no.s 1, 2
■Chopin: Ballade in f, Op. 52
<演奏>
サムイル・フェインベルグ(ピアノ)
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