ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

第8回ストラディヴァリウス・サミット・コンサート2009

2009-05-31 | コンサートの感想
昨日の読響マチネと順序が逆になってしまいましたが、27日に聴いたストラディヴァリウス・サミット・コンサートの感想を。

第8回ストラディヴァリウス・サミット・コンサート2009
<日時>2009年5月27日(水)19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■デ・モラーレス :アンティフォーノ(「死者のための聖務日課」より)
■ヘンデル :合奏協奏曲集 op.6から 第1番ト長調
■ヴィヴァルディ :2つのチェロのための協奏曲 ト短調
■ニールセン :小組曲 イ短調 op.1
(休憩)
■バーバー :弦楽のためのアダージョ op.11
■ドヴォルザーク :弦楽のためのセレナーデ ホ長調 op.22
(アンコール)
■スーク:弦楽セレナーデ 第2楽章
■モーツァルト:ディヴェルティメント KV.136 第3楽章
■チャイコフスキー:弦楽セレナーデ 第2楽章
<演奏>
ベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツ

コントラバスを除くすべての奏者がストラディヴァリウスを使用し、その総額がなんと90億円にも達するという話が結構目玉になっていたようですが、そんなことはどうだっていい。
ベルリンフィルの名手たちが自然体で聴かせてくれたこの2時間は、私にとって大変幸せな時間でした。
終演後、後ろの列に座っておられたご婦人が、ため息混じりに「まるで別世界のようね」という会話をされていましたが、まさに仰るとおり。
彼らに、何かを誇示しようとするような姿勢は微塵もありません。
「この曲、いい曲でしょ。自分たちもこんなに楽しんで弾いているんですよ」とでも言いたげな表情で演奏してくれました。
もちろん極めつけのアンサンブルの精度を誇るベルリンフィルのメンバーだからこそ、それが最上の結果に結び付くわけですが、まあ何とも見事な演奏でした。

冒頭のデ・モラーレスの曲は、オリジナルは合唱の曲でそれを弦楽アンサンブル用にアレンジしたものですが、ノン・ヴィブラートの透明感あふれるサウンドはオープニングにぴったり。
そして、この日の白眉はバーバーのアダージョでした。
ことさら悲壮感を際立たせた表現ではなく、むしろ淡々とした表現でしたが、それがかえって心に沁みます。感動的な演奏でした。
また、この日のメインのドボルザークも名演。
第1楽章冒頭の数小節で、ホールの空気を一瞬にして変えてしまいます。
ワルツを経てスケルツォが終わった段階で早くも拍手が来てしまいましたが、無理ないかもしれませんね。
鳴りやまない拍手に応えて、日本語が堪能なヴァイオリン奏者(誰なんだろう?)の曲目紹介に続いてアンコールを3曲も演奏してくれましたが、中でもスークの優雅さが印象に残っています。

個々の音色の素晴らしさ、そして11人がうみだすサウンドの素晴らしさは言うまでもないことですが、何といっても呼吸感の見事さに私は大きな感銘を受けました。
最近、元巨人軍監督の長嶋茂雄さんが「○○○してますか?」と言っているように聴こえるテレビのCMがありますが、この日の私なら、「もちろんです!」と答えたでしょう。
最初から最後まで、私も心の中で名人たちと一緒に「音楽」していましたから。

コメント

ケレマン&オラリー・エルツ/読響 プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番ほか

2009-05-30 | コンサートの感想
5月の読響マチネを聴いてきました。
指揮者もソリストも、私は初めて聞く演奏家でしたが、まず選曲がいい。
センスの良さがうかがえます。
果たして演奏も素晴らしかった。
とくに、プロコフィエフのコンチェルトとラフマニノフが印象に残りました。

<日時>2009年5月30日(土) 14:00開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■シベリウス:
 トゥオネラの白鳥
 レンミンカイネンの帰郷
■プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
(アンコール)
■パガニーニ:カプリス第1番
■バッハ:無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番からサラバンド
(休憩)
■ラフマニノフ:交響的舞曲
<演奏>
■ヴァイオリン:バーナバス・ケレマン
■指揮:オラリー・エルツ
■管弦楽:読売日本交響楽団

まずプロコフィエフの2番。
ケレマンはハンガリー出身の若いヴァイオリニストですが、必死に弾きすぎないところがいい。
彼は、心身を縛ろうとする様々な鎖を巧みに解き放ち、音楽そのものを楽しもうとしていました。
そんなアプローチは、古典的でモダン、抒情的でウィットに富んでいるけどどこか風刺的という、プロコフィエフの2番のような曲にはまさにうってつけ。
ハイフェッツが愛奏したからというわけではありませんが、余裕しゃくしゃくで汗ひとつかかずに弾ききってこそ、この曲本来の魅力が顔を覗かせます。
昔、まさに「全身全霊を込めて」弾いた演奏を聴いたことがありますが、一番おいしいところがものの見事に消え去っていました。
今日のケレマンの演奏では、とりわけ第2楽章が良かったなぁ。
シンプルな美しさに満ちていて、最後にテーマが帰ってくるときの表情が実に素敵。
アンコールは2曲。
胸のすくようなスピード感をもったカプリス、ゆったりとしたテンポをとりながらも即興的な装飾音符を散りばめ静かに息づいていたバッハ、いずれも素敵な演奏でした。
故グルダがスリムになってヴァイオリンを弾いたら、ひょっとしてこんな感じ?
一方、ケレマンの容姿だけみれば、「のだめカンタービレ」に出てきそうな風貌だったなぁ。(笑)
冗談はともかく、このヴァイオリニスト、私は大いに気に入りました。
是非また聴きたい!

後半のラフマニノフの交響的舞曲も、非常に充実した演奏でした。
エルツという指揮者は、派手なことは一切やらないけど、常に音楽は躍動感に富んでいるし、その響きは生命力にあふれています。
呼吸感がとにかく抜群なのです。
いい指揮者だと思います。
容貌やもっている雰囲気は、どこかブロムシュテットに似てるかな?
また、最近ときとして響きが粗っぽくなるような気もしていた読響ですが、今日の演奏は素晴らしかった。
演奏後の団員の人たちの表情が、それを物語っていたような気がします。

今日はエルツ、ケレマンという才能豊かな音楽家に出会うことができました。
こんな出会いがあるから、コンサート通いはやめられないのです。
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津田理子 ピアノコンサート(Musik Treffen in YOKOHAMA Vol.2)

2009-05-24 | コンサートの感想
今日はブログでお世話になっているyurikamomeさんのお誘いで、津田理子さんのピアノを聴きに横浜へ行きました。

<日時>2009年5月24日(日)14:00開演
<会場>テラノホール
<曲目>
■バルトーク:ルーマニア民族舞曲※
■ストラヴィンスキー:クラリネットのための3つの小品※
■徳備康純:ピアノのためのソナチネ(2007)
■吉松隆:鳥の形をした4つの小品op.18※
■徳備康純:風のダイアローグ(2008)
(休憩)
■ショパン:即興曲第1番
■ショパン:バラード第3番
■ショパン:エチュード「別れの曲」「三度」
■ショパン:マズルカop.17-4
■ショパン:スケルツォ第3番
(アンコール)
■バッハ:コラール:コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」WV639
■リスト:巡礼の年第1年「スイス」より
<演奏>
■津田理子(ピアノ)
■芹澤美帆(クラリネット)※

テラノホールは宝積寺というお寺の境内にある施設で、144席というこじんまりとしたホールです。
お寺の境内という性格もあって、豪華なというよりもむしろひっそりとした外観ですが、冒頭のバルトークの音を聴いて愕然としました。
もの凄く音がいい!ちょっと聴けないくらいの素晴らしい音です。
ホールの音響の良さに加えて、ピアノの音もすごく良かった。
グロトリアンというドイツのピアノですが、クララ・シューマンをして「演奏旅行に持って歩きたい」と言わしめたほどの銘機だそうです。
当然新しいピアノではありませんが、決して古色蒼然とした音色ではありません。
一言で表現すると、「豊かな音色を奏でるピアノ」という印象でしょうか。
「いつも弾き慣れているスタインウェイとは随分違った感触で、最初は戸惑いました」と、終演後津田さんはお話しされていましたが、私は津田さんの音楽性ととてもよく似合っていたと感じたのですが・・・。

前半は、近現代プログラムと題して、クラリネットとの重奏、ピアノソロ、クラリネットソロと盛りだくさんの内容。
日本人作曲家の3曲が印象に残りました。
吉松さんの曲は、まさに「YOSIMATSU’s World」。
いつ聴いてもいいなぁ。
そして、徳備康純さんの作品は初めて聴きましたが、いい曲ですね。
ソナチネでは、とくに第2楽章が美しい。
「綾なす夢」と題されており、遊び疲れた子どもが母親の膝の上で見る夢だと徳備さんはライナーノートで書いておられましたが、私は聴きながらどこかモンポウの音楽を夢想していました。(これも一種の夢かなぁ・・・)
前半のラストを飾る「風のダイアローグ」も素晴らしい作品で、大いに気に入りました。
2度音程の音型をモティーフにした力強いパッサカリアと、緊張感をもった終曲フーガという印象をもつ音楽ですが、津田さんの明晰で自然に響くピアノが、この曲の素晴らしさを描き切っていたと思います。
この曲が終わった後、作曲者である徳備さんもステージに登場し、大きな拍手を浴びていました。

後半はオール・ショパンプロ。
強く印象に残ったのは、マズルカイ短調op.17-4。
メランコリックという以上にどこか神秘的で、「この曲こそが、前半のステージで弾かれた音楽との橋渡しをしているんじゃないか」と強く感じたのです。
民族的な色合い、祈り、憧れ、そういった様々なものをマズルカのリズムにのせて奏でる独特の音楽。
バッハのようでもあり、サティのようでもある。醒めているようでどこか熱い。まことに不思議な音楽に聴こえました。
音色、フレージング、テンポの微妙な揺れ、どれをとっても津田さんの表現は本当に素晴らしかった。
良く知っている曲のつもりだったのですが、なぜか別の音楽を聴いているような気持ちでした。
アンコールは2曲演奏してくれましたが、特にバッハが絶品。
津田さん自ら「このピアノはバッハに合うはず」とコメントされていたとおり、深遠な中に豊かな情感が込められていて、大きな感銘を受けました。

終演後、聴衆からの質問に答える形で、津田さんがインタビューに応じてくれました。
ピアノの練習に関することが大半でしたが、私が興味深かったのは、
・集中して練習することが大切。だらだら練習しても意味がない。
・楽譜をできるかぎり注意深く読むこと。
・頭でよく考えて演奏すること。指に任せちゃダメ。
・良い響きは、タッチとペダリングと耳の共同作業。
・バッハは大事。とくによく勉強すること。
・姿勢が大事(とくに背筋と腹筋)。土台がしっかりして初めて腕が自由になり、しっかりピアノが弾ける。
等々。

また、東京芸大時代に師事した安川加寿子さんのレッスンについては、
・安川さんと言えばフランスものの印象が強いけど、最初の2~3年は意外なことにベートーヴェン等の古典音楽ばかりみっちり教えられた。
・ペダルのことは、かなり細かく教わった。
(「そういえば、日本人はあまりペダルが上手くないですねぇ」とも。)

こういう企画はいいですね。
とても素敵なコンサートでした。
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スコット・ユー&読響 ベートーヴェン「英雄」ほか

2009-05-22 | コンサートの感想
新型インフルエンザもなんのその、今週は、鹿児島・宮崎・名古屋と全国を転戦しました。
昨日は、出張先の名古屋から東京芸術劇場に直行。
読響の名曲コンサートを聴いてきました。
セミナーが少し長引いてしまい、名古屋で新幹線に乗ったのは5時前です。
どう考えても7時の開演には間に合いそうもありません。
前半は潔く諦めて後半の「エロイカ」を聴こうと、お気に入りのプレミアムモルツ数本を買い込み、車中ではすっかりリラックス状態。
品川で降りた後も、とにかく池袋へ直行しコーヒーでも飲んで一服した後で「エロイカ」をと目論んでいたのですが、意外にスムーズに移動できるではありませんか。
何と、ぎりぎり開演時刻の19時に間に合ってしまいました。
というわけで、奇跡的に前後半とも聴くことができました。

<日時>2009年5月21日(木) 19:00開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第2番
■ショパン:小犬のワルツ(アンコール)
■ベートーヴェン: 交響曲第3番〈英雄〉
<演奏>
■ピアノ=デヤン・ラツィック
■指揮:スコット・ユー
■読売日本交響楽団

前半はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
まずは、可もなく不可もなくという演奏という印象。
もう少し濃厚なロマンティシズムを感じさせてくれても良かったかなぁ。
良く弾いているんだけど、3年前に同じ読響のコンサートで聴いた若き天才ガヴリリュクのときのような感銘を受けるまでには至らなかった、というのが正直な感想です。
アンコールは「小犬のワルツ」を聴かせてくれました。

後半はベートーヴェンの「エロイカ」。
冒頭から速い。これは相当に速いです。
終始スタイリッシュで、まさに力感あふれる「エロイカ」。
こんなスタイルは決して嫌いではないのですが、聴き終わってあまり心に残らないのは何故だろう。
スコット・ユーの関心は、この日もっぱらテンポとダイナミクスに向けられているようでした。表情ひとつとっても次が読めてしまうというか、とにかくサプライズがないのです。
良く言うとけれんみのない演奏なのですが、例えば第2楽章なんかはもっと陰影に満ちたデリケートな変化をつけてほしいところです。
それと、アンサンブルの乱れも結構ありましたから、まだスコット・ユーとオケの間の呼吸もしっくりいってなかったのかもしれません。
そういえば、終演後の拍手から退場までの流れも、どこかぎこちなさがありましたし・・・。

なんだかネガティブなレビューになってしまいましたが、スコット・ユーの音楽センスの良さは疑う余地がありません。だからこそ余計に、優等生的なまとめ方ではなく、もっと本音で語ってほしいのです。
次に聴くときは、「人間スコット・リー」をもっともっと前面に出して、生きざまを見せてほしい。
期待しています。
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「熱狂の日」2009(4) ケフェレック(P) バッハコンサート

2009-05-17 | コンサートの感想
出張続きで小休止してしまいましたが、ようやく大好きなケフェレックのコンサートまでたどり着きました。
よし、書くぞ~。(笑)

ケフェレックのソロコンサートは、今回わずかに3公演だけでした。
そのうち、4日に開催された2公演を聴くことができました。
半分以上曲が重なっていますが、熱狂的なケフェレックファンを自認するわれら3人からしてみれば、「重複してしまっている」のではなく「幸運なことに2回も聴ける」なのです。

まずは昼の部から。
<日時>5月4日(祝)14:45開演
<会場>ホールG409
<曲目>
J.S.バッハ
■コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」BWV639(ブゾーニ編)
■前奏曲 第4番 嬰ハ短調 BWV849(平均律クラヴィーア曲集 第1巻より)
■前奏曲 第22番 変ロ短調 BWV867(平均律クラヴィーア曲集 第1巻より)
■前奏曲 第8番 変ホ短調 BWV853(平均律クラヴィーア曲集 第1巻より)
■トッカータ、アダージョ ハ長調 BWV564(ブゾーニ編)
■「イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV807」よりサラバンド
■「オーボエ協奏曲 ニ短調」(BWV974)よりアンダンテ
■前奏曲 第14番 嬰ヘ短調 BWV883(平均律クラヴィーア曲集 第2巻より)
■カンタータ BWV147よりコラール「主よ、人の望みの喜びよ」(ヘス編)
■「イギリス組曲 第3番 ト短調 BWV808」よりサラバンド
■「フルートソナタ 変ホ長調 BWV1031」よりシチリアーナ(ケンプ編)
■コラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659(ブゾーニ編)
<演奏>アンヌ・ケフェレック(ピアノ)

演奏に先立って、通訳を交えてケフェレックさんから簡単なスピーチがありました。
「私はこれから皆さんとバッハの音楽の中に船出します。どんな旅になるか分かりませんが、旅が終わるまで静かに瞑想しながら聴いていただきたいのです。日本には禅とか能という素晴らしい伝統があります。その伝統を受け継いでいる皆さんならきっと理解していただけると思うので、どうかよろしくお願いします。」というような話だったでしょうか。

ブゾーニ編のコラールがオープニングに選ばれていましたが、奇しくもつい1時間ほど前に聴いたエンゲラーとまったく同じです。
しかし違う。まるで違う。
どちらが良いとか悪いとかではなく、まさにスタイルの違い、音楽観の違いだと感じました。
この日も、ケフェレックはひとつひとつの音色・アーティキュレーションを実によく選んで弾いていました。
彼女がコメントしていたとおり静謐な雰囲気がホールの隅々まで漂ってきます。
この素晴らしい時間と空間を共有できたことに、私は深く感動しました。
そして、この日のクライマックスはトッカータとアダージョ。
(プログラムではトッカータとアダージョとフーガから2セクションとなっていましたが、実際はアダージョのみ)
ここで、ケフェレックは祈りにも似た敬虔な表情で弾き始め、徐々に強い感情が溢れだし、やがて今まで聴いたこともないようなもの凄いフォルテを響かせたのです。
音の大きさではなく、強い意志の力をもった持続する音が私を圧倒しました。
私はこの曲の間中、ずっと目を閉じて聴いていたのですが、聴き終わった後、両手を固く握りしめている自分に気づきました。
凄いバッハを聴いた・・・。そのときに、そう実感しました。
こんな感動的なバッハを聴かせてもらって何も言うことはないのですが、唯一不満があるとしたら、それはホールの音響。
とくに高音が、まるでハイカットフィルターを通して聴いているような音だったのです。「ケフェレックの音はこんな音じゃない」と私は心の中で叫んでいました。
夜はホールも変わるので、きっと音も変わるでしょう。いや、変わってくれー!

さて、この昼のコンサートの直前、ロビーで思いがけない方にお目にかかりました。
いつもブログでお世話なっているemiさんです。
「何とかケフェレックの演奏を聴きたい」と来場されたのですが、当日券の販売もなかったようで、残念ながらお聴きになれなかったそうです。
こんなに素晴らしいバッハのコンサートだっただけに、本当に残念!
でも、夕方のヴァシリエヴァのコンサートまで少し時間がありましたし、せっかくお目にかかれたのですから、ケフェレックの昼間のコンサート終了後、ワイン片手にお話をさせていただくことに。
いゃー、楽しかったです。ケフェレックやLFJの話をしているうちに、あっという間に時間が過ぎていきました。
emiさん、本当にありがとうございました。

また、この日はケフェレックのサイン会も開催されていて、首尾よくサインをいただくことができました。
3年前にはスカルラッティのディスクにサインをしてもらったのですが、この日はバッハの新しいアルバムにサインをいただきました。
しかし、近くで見る憧れのケフェレックさんは驚くほど小柄なんですが、笑顔が素敵でほんとにチャーミング。
この人柄がきっと演奏に表れているんですね。

そんなこんなで、夜の部へ。
エグエスの素晴らしいリュートを堪能した後は、もう一度ケフェレックのコンサートです。
<日時>5月4日(祝)20:30開演
<会場>ホールD7
<曲目>
J.S.バッハ
■コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」BWV639(ブゾーニ編)
■カプリッチョ 変ロ長調 「最愛の兄の旅立ちにあたって」BWV992よりアダージッシシモ
■前奏曲 第4番 嬰ハ短調 BWV849(平均律クラヴィーア曲集 第1巻より)
■前奏曲 第22番 変ロ短調 BWV867(平均律クラヴィーア曲集 第1巻より)
■カンタータ「イエスは十二使徒をひき寄せたまえり」BWV22よりコラール(コーエン編)
■前奏曲 第8番 変ホ短調 BWV853(平均律クラヴィーア曲集 第1巻より)
■トッカータ、アダージョ ハ長調 BWV564(ブゾーニ編)
■パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
■コラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659(ブゾーニ編)
<演奏>アンヌ・ケフェレック(ピアノ)

ホールはD7。
D7は少し傾斜がついたホールで、とても見やすいし、音もなかなか良いと思います。
期待に胸ふくらませて待っていると、素敵なスマイルでケフェレックが登場。
昼間のコンサートのときと同様、演奏の前に簡単なコメントがありました。
内容はほとんど同じで、「静かに最後まで聴いてほしい」ということでしたが、最初のコラールを聴いて、私は涙が出そうになりました。
演奏自体に大きな変化があるわけではありません。
違うのは音色。
この音、この音だったのです。私がイメージしていたのは・・・。
透明で明晰、それでいて温かな音色。私の大好きなケフェレックの音がしていました。
昼間の演奏で唯一気になっていたことが、完全に解消しました。
こうなれば、ひたすらケフェレックのバッハを味わうだけです。
アダージョでまず精神的なクライマックスを築いたあと、夜の部のメインはパルティータハ短調。
パルティータハ短調と言えば、最初の来日の時の鮮烈な録音が忘れられません。
しかし、この日の演奏は即興的なセンスと緊張感に満ちた表現力で、ディスクをさらに上回る名演奏でした。
冒頭シンフォニアで一瞬指が滑って不協和音になりましたが、そんなのはまさしくご愛敬。こんなバッハはそうそう聴けるものではないでしょう。
ケフェレックに、そしてバッハに、ただただ感謝です。

かくして我々のバッハ漬けの一日が終わりました。
終演後は、イタリア料理店で、MICKEYさん、ユリアヌスさんと打ち上げ。
飲むほどに酔うほどにバッハの話で盛り上がりました。
気がついたら、ワイン2本があっという間に空いておりました。
少々飲みすぎ・・・
しかし、素晴らしい音楽、素晴らしい演奏、美味しいワイン、もうこれ以上ない幸せな時間を過ごさせていただきました。
来年も是非よろしくお願いします。

すっかりLFJの記事を書き終えた気持ちになってしまいましたが、5日のカンタータとペルゴレージが残っておりました。(汗)
最終回は、明日からの出張が終わり次第くつもりです。
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「熱狂の日」2009(3) B・エンゲラー(P),ヴァシリエヴァ(チェロ),エグエス(リュート)

2009-05-10 | コンサートの感想
午前の2つのコンサートの後は、まず腹ごしらえです。
ただ午後のコンサートまであまり時間がなかったので、「近くてボリュームもそこそこ」というコンセプトのもと、3人でガード下の「焼肉トラジ」へ。
ランチビール片手に、MICKEYさん、ユリアヌスさんと、早くも話がはずみます。
気がつくと、あっという間に午後のコンサートの時間が来てしまいました。


午後一番のコンサートは、ブリジット・エンゲラーのピアノでバッハの小品集。
<日時>2009年5月4日 13:30開演
<会場>ホールD7
<曲目>
J.S.バッハ
■ブゾーニ編:コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」ヘ短調 BWV 639
■シロティ編:オルガンのための小前奏曲 ホ短調
■シロティ編:管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068 よりアリア
■シロティ編:前奏曲 ロ短調 BWV855a
■リスト作曲:カンタータ「泣き、嘆き、憂い、畏れよ」 BWV12 にもとづく変奏曲
■マルチェッロ~バッハ:「オーボエ協奏曲 ニ短調」(BWV974)よりアンダンテ
■ケンプ編:「チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV1056」よりラルゴ
■ケンプ編:「フルートソナタ 変ホ長調 BWV1031」よりシチリアーナ
■ケンプ編:コラール前奏曲「汝その道を命じたまえ」BWV270
■ケンプ編:コラール前奏曲「主よ、人の望みの喜びよ」
(アンコール)
■ピツェッティ:アンダンテ
<演奏>ブリジット・エンゲラー(ピアノ)

パンフレットの「LFJのゴッドマザーが心を込めて奏でる・・・」というフレーズは、まさに言い得て妙?(エンゲラーさん、ゴメンナサイ)
スタイルとしては、フランス流というよりも明らかにロシア流。
まさに「力強く濃厚なバッハ」でした。
正直、温かく透明感のあるバッハが好みの私としては少しスタイルが違いましたが、複数の編曲者の手によるアレンジの違いがはっきり分かって、その点では大変興味深いコンサートでした。
そして、アンコールで弾いてくれたピツェッティが、抒情的な美しさでまさに絶品。
イタリア生まれのピツェッティという作曲家はそんなにメジャーじゃないけど、もっと聴いてみたい作曲家ですね。


さて、このあとはお待ちかねケフェレックのコンサートだったのですが、夜の公演も聴いたので、後で二つまとめて感想を書きます。
そして私がお二人と別れて一人で聴いた午後の3つめは、ヴァシリエヴァの無伴奏チェロ。
<日時>2009年5月4日 17:00開演
<会場>ホールD7
<曲目>
J.S.バッハ
■無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007
■無伴奏チェロ組曲 第6番 二長調 BWV1012
<演奏>タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)

2月の読響マチネのアンコールで弾いてくれた1番の前奏曲があまりに素晴らしかったので、プレオーダー系で何回も何回もチャレンジしたのですが、破竹の連戦連敗。
「あれほど聴きたいと思っていたけど、きっと縁がないんだ・・・」と半ばあきらめかけていた矢先、ダメもとで申し込んだ一般販売で首尾よくゲット。
期待に胸ふくらませて開演を待ちました。
爽やかな笑顔とともにステージに登場してヴァシリエヴァが無伴奏の第1番を弾きだします。
「私を虜にしたこの前奏曲を今聴いている・・・。このバッハを聴きたかったんだ。そのために随分苦労したけど、彼女の演奏が聴けて本当に良かった」と、私は何度も何度も頷きながら聴き入っていました。
ヴァシリエヴァのバッハは、ひとことでいうと「歌うバッハ」です。
所謂、「語るようなバッハ」とは対極にあるスタイルですね。
理屈に縛られないストレートで歌う無伴奏は今や貴重だし、それだけダイレクトに聴き手の心に届きます。
加えて呼吸感が抜群なので、テンポの揺れも「あー、なるほど」と納得させられてしまいます。
彼女のそんな美質が最も端的に表れていたのが、第1番でした。
一方、第6番の方は桁違いの難曲ということもあり、さすがに一杯一杯の演奏(決して未完成あるいは未熟という意味ではありません)でしたが、4本弦のチェロで果敢にチャレンジしているヴァシリエヴァを見たら、天国のバッハもきっと称賛を惜しまなかったでしょう。
私的には、大満足のコンサートでした。
画像は、終演後のサイン会でサインしてもらったCDです。
「ブラーヴォ!」と語りかけると、とびきりの笑顔で「サンキュー」と返してくれました。


夜の部は、再びお二人と合流して2つのコンサートを聴きました。
2つ目のケフェレックは文字通り「伝説の名演」だったのですが、前述のとおり次回まとめて書きます。
この日の夜1番(妙な言い方で恐縮です!)は、エドゥアルド・エグエスのバロック・リュート。
<日時>2009年5月4日 19:00開演
<会場>相田みつを美術館
<曲目>
■フローベルガー~エグエス:組曲 第2番(1649年稿)
■ビーバー~エグエス:無伴奏ヴァイオリンのためのパッサカリア
■J.S.バッハ~エグエス:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009
(アンコール)
■ヴァイス:組曲「不実な女」よりアントレー
<演奏>エドゥアルド・エグエス(バロック・リュート)

なかなかリュートの生演奏は聴けないし、しかもバッハの組曲3番全曲とくれば聴くしかありません。
ちなみに、当日はCD録音用か放送録音用か分かりませんが、本格的な録音機器を持ち込んでのコンサートでした。
この会場はもともと音楽用ではないので、音響という点だけとれば、かなりしんどい。
こじんまりしているので、さぞかし室内楽にぴったりかと思いがちですが、とにかく音がデッドなのです。特に高音が伸びないので、曲によっては泣きたくなるような状況になることもあります。
しかし、この日のリュートは、まさに私がイメージするリュートの音がしていました。 エグエスのタッチの美しさとポリフォ二ックな扱いの上手さが大きく影響していたことは間違いありませんが、リュートやチェンバロという古楽器にこそ適したホールだったのかも知れません。

私のようにギターを弾く者からみると、あれだけ右手を制約されながら(=小指は常時表面板につけたまま、薬指も原則使わない)、よくぞあの複雑なポリフォニーで書かれた音楽を弾けるものだと改めて感心しました。
あまりフィゲタ(右手親指と人差し指の交互弾弦のこと)を使うような場面はなかったようですが、エグエスの左手の技術の巧みさが秘密のカギかもしれません。
ビーバーの美しさ、バッハのチェロ組曲では前奏曲のアルペッジョの大胆さと各舞曲の性格の描き方のうまさに感銘を受けました。
アンコールは、バッハのリュートの師匠でもあったヴァイスの組曲「不実な女」から第1曲アントレーを弾いてくれました。
良かった。実に良かった。
この幽玄さは、やはりギターでは絶対表現できないものですね。
思い出に残る素敵なコンサートでした。

ケフェレックのコンサートの感想は次回に。
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「熱狂の日」2009(2) 村治佳織:チェンバロ協奏曲,小林道夫:イギリス組曲第4番ほか

2009-05-07 | コンサートの感想
最後に聴いたマタイから書き始めた今年のLFJ。
時間を戻して、4日に聴いた7つのコンサートの感想を数回に分けて書きます。

この日は、日頃お世話になっているMICKEYさん、ユリアヌスさんとご一緒させてもらいました。
我々にとってのオープニングコンサートは、村治佳織さんをソリストに迎えたバッハのコンチェルト。

<日時>2009年5月4日(月)9:30開演
<会場>東京国際フォーラム ホールC
<曲目>
J.S.バッハ
■ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048
■チェンバロ協奏曲 第2番 ホ長調 BWV1053(ギター&オーケストラ版)
■チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV1056(ギター&オーケストラ版)
<演奏>
■村治佳織(ギター)
■シンフォニア・ヴァルソヴィア
■ジャン=ジャック・カントロフ(指揮)

朝9時半というのは、普段ならリハーサルどころかウォーミングアップをしている時間帯でしょう。
こんな時間に開演というのは、いかにプロとはいえ、演奏家にとって本当につらいと思います。
ブランデンブルクの3番で、ホールの音自体は少しこなれてきたはずですが、大きな拍手に迎えられて白いドレス姿で登場した村治さんの表情はいささか硬め。
ホールの大きさを考慮してでしょうか、マイクを使用しての演奏でしたが、あまり音量的にはプラスになっていませんでした。
また、このチェンバロ協奏曲のギター編曲版は技術的にもなかなか難しいところがあり、よく弾いているのですが、指が温まるまでの間に終わってしまった感じでした。
あれだけハイポジションの動きが多いと、高音を美しく確実に発音することにどうしても気を取られてしまうので、音が響かないとどうしても無理をしてしまいがちですね。
CDではあれだけ小気味よく弾ききっていたことを思うと、少々残念でした。
しかし、2番のシチリアーノ・5番のアリオーソといった緩徐楽章は、しっとりとした情感をたたえた佳演。
また別の機会(夜のコンサート等)に、是非通して聴いてみたいところです。
余談ですが、プログラムの表示は5番→2番でしたが、本番は2番→5番の順で演奏されていました。

この日二つ目のコンサートは、チェンバロの大御所小林道夫さんのイギリス組曲とフランス組曲。
<日時>2009年5月4日(月)11:15開演
<会場>東京国際フォーラム ホールG402
<曲目>
J.S.バッハ
■イギリス組曲 第4番 ヘ長調 BWV809
■フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV815
■イギリス組曲 第5番 ホ短調 BWV810
(アンコール)
■オルガンのためのパストレルラより第2曲
<演奏>小林道夫(チェンバロ)

このホールG402というのは、教室あるいは会議室風の場所で、決して音響的には恵まれた会場ではありません。
しかし、どこかサロンの雰囲気を感じさせてくれるところは、なかなか得難い魅力です。チェンバロのような繊細な音色を楽しむ空間としては、むしろ良かったかもしれません。
小林さんは今年76歳になられるようですが、聴かせてもらったバッハは本当に瑞々しく素晴らしかった。
冒頭、小林さんは「リラックスして聴いてください」と語りかけるとともに、演奏曲目についてこんな話をされていました。
●イギリス組曲4番
解説には「おだやかさが特徴の」と書かれているが、決してそんなことはなく溌剌とした雰囲気もある音楽。終楽章のジーグは、モーツァルトの最後のピアノソナタとのテーマと関連があることは知っておいていただきたい。
●フランス組曲第4番
冒頭のアルマンドは、「プレリュード、フーガとアレグロ」のフーガに雰囲気がよく似ている。
●イギリス組曲第5番
ホ短調というのはマタイ受難曲に代表されるように、やはりシリアスな雰囲気をもっており、この曲も例外ではない。

さて、小林さんの演奏ですが、ひとこと「大家の至芸」とでもいうべきもの。
舞曲という性格を過剰なまでに意識した演奏や、緊張感ですべてを覆い尽くすような演奏にも出会いますが、小林さんのバッハはそれらとまさに対極にあります。
「もっとリラックスして、バッハの音楽を楽しんでください。リラックスして聴くと、いままで見えなかったものが見えてくるかもしれませんよ」と言われているような気がしました。
柔らかなタッチ、自然なアーティキュレーション、弾力性をもったリズム。
「こんなバッハなら一日中でも聴いていたい」、そんな気持ちにさせられる素敵なバッハでした。

続きは次回に。
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「熱狂の日」2009(1) コルボ バッハ:マタイ受難曲

2009-05-06 | コンサートの感想
今年もラ・フォル・ジュルネへ行ってきました。
私が聴いたのは4日・5日の2日間、計10公演です。
音楽仲間の方たちと素晴らしい時間を共有させてもらった4日、普段なかなか聴く機会の少ない宗教曲をまとめて聴いた5日、いずれも得難い経験でした。
本当は時系列に書くべきなのですが、何といっても深い感銘を受けた昨夜のマタイから。

J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV244
<日時>2009年5月5日 19:45開演
<会場>東京国際フォーラム ホールA
<歌手>
■シャルロット・ミュラー=ペリエ(ソプラノ)
■ヴァレリー・ボナール(アルト)
■ダニエル・ヨハンセン(テノール)
■ファブリス・エヨーズ(バリトン)
■クリスティアン・イムラー(バリトン)
<演奏>
■ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
■ミシェル・コルボ(指揮)

あれほど敬愛してやまない音楽でありながら、マタイを実演で聴くのは初めてでした。
会場が5,000人収容の巨大なホールということで、若干の不安を持ちながらコンサートに臨みましたが、コルボの人間味あふれるマタイを聴くのに、大きな障害となることはありませんでした。
舞台の両サイドには大きなスクリーンがあって、舞台の映像をリアルタイムで映し出してくれます。日本語訳が出たら最高ですが、これは贅沢というものでしょう。

指揮台に立つコルボの表情をみただけで、私は早くも胸がいっぱいになりました。
もう2年前になりますが、同じ「熱狂の日」で聴いたフォーレの崇高なまでの美しさを思い出したのです。
そんな感慨に浸る間もなく、冒頭の第1曲が始まりました。
引きずるような、しかし強い意思をもったリズムを刻み続けるバス。
そんなバスに支えられて管弦楽が奏で、続いて悲痛な雰囲気を湛えた合唱が加わってくると、そこはまぎれもないマタイの世界。
私が一度は生で聴きたいと願っていたマタイの世界。「感傷的になるな」というほうが無理です。
ヒューマンな温かさをもったコルボの特徴は、この第1曲ですでに明らかでした。
弱音で美しく歌わせながら、リズムの弾力性を失わない表現力もコルボならでは。

すっかりコルボのマタイの素晴らしさを堪能しているうちに、あっという間に第1部が終わりました。
拍手がぱらぱらと起こりましたが、コルボは演奏を止めることなくそのまま第2部に入りました。
えっ、休憩なしに最後まで演奏するの?
一瞬ホール内にどよめきが起きます。
私が、「よし、こんなに素晴らしいマタイなら、むしろ続けて最後まで聴かせてもらおうじゃないか」と腹をくくった矢先、ペテロの否みの場面を経て、あの「主よ憐れみたまえ」が始まりました。
このアリアは間違いなくバッハの書いた最も美しい音楽だし、聴くたびにその美しさに涙しそうになる私ですが、この日初めて聴く生のマタイ受難曲の中で接して、もう息をすることもできないくらい大きな感銘を受けました。
すっと立ちあがって弾きだしたコンサートミストレスのあのヴァイオリンソロ、続いてヴァレリー・ボナールが聴かせてくれた神々しいまでの歌に、私は言葉を失いました。
このときコルボは、素晴らしい表現力で奏でるコンミスに対して、さらに「もっと歌え、もっと心をこめて・・・」と言わんばかりの表情で迫ったのです。
それに応えて、コンミスは尋常ではない純度でヴァイオリンの音を紡いでいきました。
そして、直後のすべてを包み込むようなコラールの美しさ。
この音楽、この情景、私は生涯決して忘れることはないでしょう。
コルボはここでようやく演奏を小休止しました。
異論はあるかもしれませんが、私はコルボの意図に賛成します。

第2部は、第1部にも増して感動的な音楽が続きました。
神の愛を歌うアリアで、ソプラノとフルート(フルートトラベルソではありませんでした)が奏でる慈愛に満ちた美しさ。オーボエ・ダカッチャの伴奏を聴きながら、私は無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番のアダージョを思い出していました。
そして、有名な「甘き十字架」では、通常のヴィオラ・ダ・ガンバに代えて初期稿にしたがいリュートを伴奏に使っていましたが、リュートの幽玄さが実に素晴らしい効果をあげていました。(このリュートは誰だろう?日本人女性とお見受けしましたが・・・)
イエスの最後の言葉「エリ、エリ、・・・」から、エヴァンゲリストの「わが神、わが神、なぜ私を見捨てるのですか・・・」は、生演奏ということも手伝って、極めて鮮烈なメッセージとなって私の心に突き刺さってきました。
そして、続く追悼の「受難のコラール」の迫真性、地震の後合唱が一体となって歌う「本当にこの方は神の子だった」という言葉の意味深さを、体全体で実感させられたあたりからは、バッハの凄さ、コルボの凄さに対し、私はただただ頭を下げるだけでした。
そこから先は実は良く覚えていません。
気がつくと、終曲の感動的な音楽が流れていました。
最後の最後、不協和音がハ短調の和音に吸収されていくのを聴きながら、拍手をするのも忘れて、「あー、私の初めてのマタイが終わった。終わってしまった・・・」と、私は人知れず溜息をついていました。

そのほか、この日特に印象に残ったのが、何度も出てくる「受難のコラール」。
コルボは、それこそ慈しむように大切に演奏していました。
歌手では、エヴァンゲリストを歌ったダニエル・ヨハンセン、アルトのヴァレリー・ボナールがとくに秀逸。
もちろん手兵ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル の素晴らしさも、この日の名舞台に欠かせない存在でした。
しかし、これほどヒューマンなマタイ像を築き上げることができたのは、何といっても御大コルボの功績でしょう。

それから全く余談になりますが、これほど深い感銘を受けながら、この日私は涙がでませんでした。
最近とみに涙もろくなった私としては、考えられないことです。
「劇の登場人物に感情移入して、ついもらい泣きする」という感覚ではなく、人間そのものを深く考えさせられて感動したような場合は、ひょっとすると涙は出ないのかもしれません。

いずれにしても、私の初めてのマタイ体験は終わりました。
いや、始まったばかりなのかも知れませんね。
しかし、最初のマタイが、コルボのマタイで良かった。
いま、心からそう信じています。
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