ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ブラームス:ピアノ五重奏曲ヘ短調 op.34 by ハスキル(P)ほか

2010-07-25 | CDの試聴記
暑い。本当に暑い。
昼間外に出ると、換気扇の反対側に立ったときのような嫌な熱風が迎えてくれる。
そして、今度は思いだしたようにバケツをひっくり返したような雷雨。
何かが確実におかしくなっている。
でも「おかしくなっている」ということを、自然に受け入れてしまう自分が怖い。
そのせいでもないと思うけど、我が家のリビングルームのエアコンも、昨夜突然ポタリポタリと大粒の汗をかくようになった。
もうこのエアコンも御齢19歳になるので仕方ないとは思ってみるものの、何とか治らないものか。
休日なので心配したが、幸い今日修理に来てもらうことができて、エアコンの大汗はおさまった。
でも修理屋さんによると、あと数年が寿命だそうだ。
ここまで頑張ってくれたのだから、何とか天寿をまっとうさせてあげたいなぁ。

さて、元気になったエアコンのおかげで、午後は珈琲を飲みながらじっくり音楽に浸ることができた。
今日聴いたのは、ハスキルのブラームスの室内楽。
ハスキルがソリストとしてだけではなく、稀代の室内楽の名手であったことは、いまさら書くまでもない。
とくにグリュミオーと組んだモーツァルトとベートーヴェンのソナタ集は、あまりにも有名だ。
でもブラームスの室内楽となると、1949年にコンサートホールソサエティに録音したこのピアノ五重奏曲以外に音源は残っていないのではないかしら。
ブラームスのピアノ五重奏曲というと、私には忘れられない思い出がある。
4年前の10月にサントリーホールで聴いたポリーニとブラッハーたちの演奏である。
その日は、前半がザビーネ・マイヤーたちのモーツァルトのクラリネット五重奏曲で、後半がポリーニを中心とするブラームスのクインテットというプログラムだった。
前半のモーツァルトが春を想わせる明るい暖色系の音楽であったのと対照的に、ポリーニたちが描いたブラームスの色は、ずばりブルー。それも、うっかり近づくと吸い込まれてしまいそうな深い青を基調にしたものだった。
このときほど、音楽を聴きながら「色」を感じたことはない。
ポリーニ、ブラッハー、クリスト、ブルネロといった当代きっての名人たちが思い描くブラームスとは、まさにこんな色だったのだろう。
でも、それがまたこの曲には実によく合っていた。

それに比べると、ハスキルたちのブラームスは、はるかに暖かい。
第一楽章の冒頭、16分音符を刻むハスキルのピアノが、なぜこんなに心地よく感じるんだろう。
リズムはしなやかな弾力性を持ち、ひとつひとつの音はあくまでも明瞭。でも決して冷たくない。
本当に不思議なピアニストだ。
そして、この演奏の白眉は第三楽章にある。
とりわけトリオの素晴らしさは、目頭が熱くなるほどだ。
チェロのリズミックな低音に支えられて、ハスキルのピアノが豊かに歌いあげる。
このヒューマンな暖かさは、まぎれもないハスキルの世界。
そして、ハスキルのピアノを引き継ぐヴァイオリンがこれまた素晴らしい。
このときのヴァイオリンはペーター・リバールだが、リバールといえばヴィンタートゥール交響楽団のコンサートマスターであり、名盤として知られるシェリングのバッハ協奏曲全集(一回目の録音)においても、見事な第2ソロヴァイオリンを聴かせてくれていた。
しかし、このブラームスでは、ハスキルに触発されてさらに輝いている。
彼のゆるやかなポルタメントを伴った魅惑的な歌いまわしを聴いて、心動かされない人はいないと思う。
あー、素晴らしいブラームス!

このディスクを聴いていても、ハスキルは決して前面にしゃしゃり出てこない。
しかし、彼女がいったんピアノを弾き出した途端に、周りの空気を瞬時に暖かく変えてしまうのだ。
たとえ、大胆に振る舞う場面があったとしても、その暖かい雰囲気は変わらない。
こんなハスキルと組んで演奏出来た人たちは、さぞかし幸せだったことだろう。
その幸福感は、いまディスクを通して私たちにも伝わってくる。

ブラームス:ピアノ五重奏曲ヘ短調 op.34
<演奏>
■クララ・ハスキル(ピアノ)
■ペーター・リバール(ヴァイオリン)
■クレメンス・ダヒンデン(ヴァイオリン)
■ハインツ・ヴィガンド(ヴィオラ)
■アントニオ・トゥシャ(チェロ)
<録音>1949年(チューリッヒ)
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スカルラッティ:ピアノソナタ集 by クララ・ハスキル

2010-07-19 | CDの試聴記
前回エントリーしたモーツァルトのピアノソナタもそうだが、最近今さらながらハスキルの至芸にハマっている。
このスカルラッティもそんな中で再発見した1枚。
ちなみに、知る人ぞ知る盤鬼にして仲間たちから畏敬の念を込めて「京都の重鎮」と呼ばれているMICKEYさんからも、「これだけは何をさておいても聴いてください」と強く勧められたディスクでもある。

実はこのディスク、十数年前に購入し、そのときも「さすがハスキル」と思って感心はしたものの、私にとってのオンリーワンという存在にまでは至らなかった。
しかし、あらためて聴きなおしてみて驚いた。
これは、MICKEYさんの仰る通り、ハスキルの中でもとびきりの名盤だ。

1曲目に配された嬰ハ短調のソナタ(K.247)を聴くだけで、すっかり私はハスキルが奏でるスカルラッティの虜になってしまった。
繰り返し出てくるフレーズ(スカルラッティのソナタ全体に共通するのだけど)を、ハスキルは音の強弱や音色の変化で語らない。また、あからさまにアーティキュレーションに変化をつけるわけでもない。
ひたすら、美しく潤いのあるタッチで心をこめて聴かせてくれる。しかし…というか、だからこそ、時折みせるほんの僅かな彼女のためらいの表情がひどく私の胸をうつ。
3曲目のハ長調のソナタ(K.132)も、ハスキルの手にかかると得も言われぬ典雅な舞に変身する。決して重さを感じさせない上品なサラバンドと言ったら言い過ぎだろうか。弾力性を持ったリズム感のよさも隠し味になっている。
そして、この優雅な雰囲気の中にさりげなく置かれた装飾音符やトリルの何と言う趣味の良さ!
ハスキルという稀代のピアニストの美質が、この曲に凝縮されているような気がする。
5曲目の変ホ長調のソナタ(K.193)では、この変幻自在のトリルの妙技がいっそう際立ってくる。テンポや曲想がまったく異なるにもかかわらず、ハスキルの刻印が押されているという点で、先のハ長調ソナタとこの変ホ長調ソナタは驚くほど共通点が多い。
小林利之さんが「無数のトリルが鳥の囀りのごとく旋律にまとわりつき、長調でありながら短調の侘しさがある」とライナーノートに書かれていたが、まったく同感。
他にも、雲ひとつない澄み切った青空のように爽やかなイ長調ソナタ(K.322)、バッハを想わせる深みのある表現が大きな感銘を与えるロ短調ソナタ(K.87)、いずれをとってもまさにハスキルの独壇場だ。

やはり、ハスキルは素晴らしい。
聴けば聴くほど素晴らしい。
聴き手の心まで浄化してくれるような演奏家は滅多にいないが、クララ・ハスキルは数少ないその中の一人だと思う。

余談だが、ハスキルの遺してくれた貴重なライブ録音(1953年4月11日 ルードヴィクスブルク城)でも、スカルラッティのソナタを聴くことができる。
ライブでは、このアルバムの中に含まれているハ長調ソナタ(K.132)・変ホ長調ソナタ(K.193)・ロ短調ソナタ(K.87)の3曲が選ばれており、いずれもヒューマンな感動を与えてくれる名演だ。
また、「クララ・ハスキル ポートレート(協奏曲集、ソナタ集)」という激安ボックスセットが最近発売されたが、その中にも、この11曲のソナタ集が含まれている。
私も早速購入して聴いてみたが、悔しいことに、私が持っている2枚組のディスク(画像参照)より音が鮮明になっている。
もし、ハスキルのスカルラッティをこれから聴いてみようと思われた方には、またとない朗報だと思います。

<曲目>
■ドメニコ・スカルラッティ
11のピアノ・ソナタ集
・嬰ハ短調L.256 K.247
・ト長調 L.388 K.2
・ハ長調 L.457 K.132
・ト短調 L.386 K.35
・変ホ長調L.142 K.193
・ヘ短調 L.171 K.386
・ヘ短調 L.475 K.519
・イ長調 L.483 K.322
・ロ短調 L.33 K.87
・ハ長調 L.255 K.515
・ヘ長調 L.479 K.6
■モーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466
■モーツァルト:ピアノ協奏曲 第19番 ヘ長調 K.459
■ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
<演奏>
■クララ・ハスキル(ピアノ)
■ヘンリー・スウォボダ指揮
■ヴィンタートゥール交響楽団
<録音>
1950年9月~10月
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モーツァルト:ピアノソナタ第2番ヘ長調K.280 by クララ・ハスキル

2010-07-11 | CDの試聴記
雨の日曜日。
選挙の投票のために外出した以外は、録りだめた映像の整理や好きなCDを聴きながら、久しぶりにゆったりとした休日を過ごしている。
相変わらず出張続きの毎日だけど、「ipod with B&Oイヤホン」という親友たちのおかげで、音楽を聴くことにはほとんど不自由しない。
そんな中、吉田秀和さんの名著「モーツァルトをきく」を車中で読み返したことがきっかけで、最近毎日のように聴いている音楽がある。

それは、モーツァルト18歳の時の作品である、このヘ長調のピアノソナタ。
第1楽章やフィナーレも勿論素晴らしいのだけど、私がとくに心惹かれるのは第2楽章だ。
ヘ短調で書かれたシチリアーノ風の音楽の何と美しいことか。
今までに何度も聴いたことがあったはずなのに、あらためて聴いてみてその美しさに愕然とした。
そして6種類ほどのディスクを聴き比べてみて、「これは別世界だ」と思ったのがこのハスキルのDG盤。
K.488のコンチェルトの第2楽章を想い出さずにはいられない冒頭の哀愁を帯びた旋律を聴くだけで、私はもう胸がいっぱいになってしまう。
変に思い入れたっぷりに弾かない分、モーツァルトの書いた音楽の美しさがよりストレートに心に沁みるのだろう。
そして左手が16分音符の分散和音を奏で始めると、音楽は俄かに長調に転じる。
続く13小節からのD―A♭―G―B♭/C♭―A♭―E♭―Gという跳躍を伴う高音の旋律が、ハスキルの手にかかるとまるで星の瞬きのように聴こえる。
驚くのは、その星たちの輝き方が、一音一音微妙に変化することだ。
どんなタッチで弾いたら、こんな表現ができるのだろう。
もう奇跡としか言いようがない。

それから、速さについても一言。
この楽章、速度表示は実はアダージョとなっている。
通常のアダージョというイメージから考えると、ハスキルのテンポはいささか速めかもしれない。(そういえば、K.488の第2楽章もアダージョだ!)
タイム表示の比較が必ずしも適切だとは思わないが、たとえばリヒテルが9分かけて演奏しているこの楽章を、ハスキルは4分半で弾ききっている。
しかし、速めのテンポだからと言って、ハスキルの音楽を「飄々とした」とか「淡々とした」という言い方で総括することは正しくない。
彼女の音楽は、どこまでも高貴で瑞々しい質感を決して失わないのだから。
ハスキルのこうした美質を表現するためには、結局このテンポしかなかったのだと私は確信している。

私は、今までもずっとハスキルの大ファンのつもりだったが、このモーツァルトのソナタをじっくり聴くうちに、ますます好きになった。
こんな音楽を聴かせてくれるピアニストは、現在いそうもない。
強いて言えば、やはり私のマドンナであるケフェレックに一番「らしさ」を感じるか・・・。
そういえば、数年前にラ・フォル・ジュルネで聴いたケフェレックの演奏は、私にとって最高のモーツァルト体験だった。
なんだか無性にケフェレックのモーツァルトが聴きたくなってきた。

<曲目>
■モーツァルト作曲
①ピアノ協奏曲第20番ヘ長調 K.459
②ピアノ協奏曲第13番 ハ長調 K.415
③ピアノ・ソナタ第2番ヘ長調 K.280
④『ああ、ママに言うわ』による12の変奏曲ハ長調 K.265(きらきら星変奏曲)
<演奏>
■クララ・ハスキル(ピアノ)
■フェレンツ・フリッチャイ(指揮)
 RIAS交響楽団(①)
■ルドルフ・バウムガルトナー(指揮)
 ルツェルン祝祭合奏団(②)
<録音>
 1954年1月(①モノラル)
 1960年5月(②~④ステレオ)
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