ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 K.595 by クレンペラー&ハスキル 

2012-02-12 | CDの試聴記
「あなたが休日に聴きたい音楽は何ですか?」と直球の質問がきたら、皆さんならどう答えますか。
そんなの決まった答えがある訳ないでしょ、といったんは言うしかないのだけど、私の場合は土曜日と日曜日で微妙に異なるかもしれない。
土曜日はジャンルに縛られずに、その時の気分で聴きたい音楽を貪欲に聴いているような気がする。
一方、日曜日は比較的モーツァルトとバッハを聴くことが多い。
とくに日曜日の午前中は、何故か無性にモーツァルトの室内楽かコンチェルトを聴きたくなる。
土曜日は次の日も休日だという安心感からアグレッシブに、そして日曜日は明日からのことを考えて、本能的に心の安定を求めようとしているのかも・・・。

さて、そんな訳で今日もモーツァルトを聴いた。
曲は、K.595のピアノ協奏曲。
大好きなハスキルが巨匠クレンペラーと遺してくれた貴重なライブ録音だ。
何と言ってもハスキルのピアノが絶品。

第一楽章の冒頭、やや無骨な表現でオーケストラが演奏し始めるが、次第に柔らかい表情に変わっていく。
そしてオーケストラの部分が終わり、ハスキルのピアノが入ってくると、音楽はみるみる生気を帯びてきた。
いつ聴いても凛とした美しい音色だが、フレーズの最後で、ハスキルは一瞬ためらうかのように、ほんの少しだけテンポを落とし同時にディミヌエンドをかける。
有名なフリッチャイと組んだディスクではイン・テンポで通しているので、ライブならではの即興的な表現だと思うが、それが秋の空の如く澄み切ったこの音楽に僅かな陰りを与え、一層強い印象を残す。
そして、ピアノが旋律を弾いているときは勿論のこと、伴奏やオブリガードに回ったときの見事さは、まさにハスキルの独壇場だろう。
たとえば再現部近くのオケとピアノのやりとりの妙は、何度聴いてもため息が出るばかり。
続くラルゲットの慈しむような表情、豊かなニュアンスを速めのテンポに乗せて駆け抜けるフィナーレの見事さ、いずれをとっても名演の名に恥じない演奏だと思う。
そして、忘れてはならないのがクレンペラーの存在。
いつもの巨大な造形美をいったん封印して、ここではハスキルを優しく包み込むような役割に徹している。
それが、隅々にまで血の通った暖かい演奏という形となって、ここに見事に開花している。
そういえば、アラン・シヴィルをソリストに迎えたモーツァルトのホルン協奏曲でも、同様にクレンペラーが見事なサポートをしていたのを思い出した。
一見ミスマッチかと思うような組み合わせだけど、かくも素晴らしい演奏を聴かせてくれるのだから、音楽は分からないものだ。

今日彼らのディスクを聴きながら、私は植村攻さんの名著「巨匠たちの音、巨匠たちの姿(1950年代・欧米コンサート風景」を読んでいた。
実際にハスキルの演奏をホールで聴かれた植村さんの感動が、実にリアルに伝わってくる。
私もハスキルの生のステージに居合わせたかのような貴重な体験をさせてもらった。
以下、植村さんが初めてハスキルのK.595をロンドンで聴かれた時の箇所を引用させていただく。(指揮はルドルフ・ケンペ)

☆植村攻 著 「巨匠たちの音、巨匠たちの姿(1950年代・欧米コンサート風景」より
1955年12月15日 ケンペ指揮ロンドンモーツァルトプレイヤーズ
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K.595
ロンドンのフェスティバルホール

オーケストラによる長い序奏の間、ハスキルはみじろぎもせずに座っていたが、曲が進むにつれて彼女の頭が段々に下がってきて、彼女の指が第一打を響かせた時には、彼女の首が肩の線よりも低いように見え、鍵盤に吸いつくような感じになっていた。
しかし、そんな姿勢から彼女が打ち出した音を聴いた途端に、私はすぐに、これは今まで聴いたいかなるピアニストの音とも違うと感じ始めていた。どこが違うのかを言葉で言い表すのは実に難しいが、一つ一つの音が異常に高い純度で結晶していて、それらがきらめくようにつながっているというような感じであった。
彼女の指先は、柔らかく繊細であると同時にしっかりと力強く、それが実に明るい透徹した音を打ち出すのである。
(中略)
ハスキルはこの曲を、フリッチャイ指揮のバイエルン管弦楽団やクレンペラー指揮のケルンのオーケストラと録音している。それらを聴いていると、古いメカニズムが避けられない音の限界や制約を超えて、あの時聴いた「この世ならぬ音」を、何度でも心に響かせ感動を新たにすることが出来る。そしてそれは、私にとって実に有り難く貴重なことである。

☆クレンペラー&ハスキル・ライヴ
■モーツァルト:交響曲第29番イ長調 K.201
■モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K.595*、
■モーツァルト:セレナード第13番ト長調 K.525『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
■モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551『ジュピター』
<演奏>
■クララ・ハスキル(ピアノ)*
■オットー・クレンペラー(指揮)
■ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
<録音>1956年9月9日 モントゥルー、ライヴ

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バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル(1/26) @東京オペラシティ

2012-02-05 | コンサートの感想
この2週間は、緊急の出張も含めて、あちこち飛び回っていた。
その間ふくらはぎの肉離れに見舞われ、雪の札幌では本当に怖い思いもしたが、足の方も何とか無事に回復しつつある。
書きたいこともいろいろあるが、備忘録の意味も兼ねて、先月聴いたフリットリのリサイタルの感想から。

昨年6月、メト来日公演の「ドン・カルロ」ではネトレプコのドタキャンのあおりを受けて、結果的にあれ程楽しみにしていたフリットリのエリザベッタが聴けなかった。
いま思い返しても、本当に残念としか言いようがない。
過去の来日公演でフリットリが歌ってくれたエリザベッタ(ミラノスカラ座のドン・カルロ)、フィオルデリージ(ウィーン国立歌劇場のコジ・ファン・トュッテ)は、今も私の心の中で極めて鮮烈な思い出として残っている。
とくにスカラ座のドンカルロは、いくつか残念な部分もあったが、フリットリとパーぺの圧倒的な存在感と名唱がその不満を補ってあまりある素晴しさだった。

そんなフリットリが2年ぶりにリサイタルを開くというので、この日私は仕事を早々に片付けて、いそいそとオペラシティに向かった。
冒頭の「サロメの7つのヴェールの踊り」は、迫力はあるが、如何せん色彩感と官能性に乏しい。
リヒャルト・シュトラウスの音楽は、オケの表情だけでも、ふわりと空中に投げ出されてしまうような感覚を味わえるはずなのに、残念ながらそのような体験はできなかった。
でも、フリットリが入ったら、きっと変わるはずだ。
あの美しい「最後の4つの歌」を、彼女はどんな風に聴かせてくれるのだろう。
私は大きな期待をもって、次の曲を待った。

万雷の拍手に迎えられて、フリットリがステージに登場する。
辺りを払うというのは、まさにこんなことなんだろう。
まだ一音も発しないのに、圧倒的な存在感だ。
そして第1曲の「春」が始まる。
2年ぶりに聴くフリットリの声は、しっとりとして艶やかで、私を魅了した「あの声」だった。
なかでも、第3曲が本当に良かったなぁ。
しかし、オケにはまだまだ不満。
これはオケというよりも、指揮者のテナンの責任かもしれない。
テナンは、大仰なジェスチャーで指示を出すが、出てくる音がリヒャルト・シュトラウスに不可欠の精妙さに欠けるのだ。
誤解を恐れずにいうなら、mf~ffの間で音楽が表現されているという印象がぬぐえない。
フリットリの歌が、ニュアンスにとんだ素晴しいものだっただけに残念だった。

後半は、オール・ヴェルディプロ。
1曲目はオテロのバッラビレ。
ここで音楽の神様が舞い降りてきた。
オケの響きに色彩感と生命力が宿ってきたのだ。
これは、いけるかも・・・
果たして、前半と衣装を変えて登場したフリットリが歌うレオノーラのアリアはもう絶品としかいいようのない名唱だったが、オケもフリットリと実にうまくオーバーラップできるようになってきた。
こうなったら、しめたもの。
その後は、もう無我夢中でフリットリの歌に酔いしれ、気がついたらもう一人のレオノーラのアリア(運命の力)が終わろうとしていた。

それにしても凄い。この人のヴェルディは凄すぎる。
抜群の歌唱技術とシルクのような美しい声は、どこか全盛期のヤノヴィッツを思わせるが、加えてフリットリの場合は劇的な表現力も併せ持っている。
こんなディーヴァが歌うヴェルディが極上のものにならないわけがない。

昨年、大震災・原発問題で多くの音楽家が来日を拒んだ中、「こんな時だからこそ、大好きな日本のために力になりたい」と言ってくれたフリットリ。
ドタキャン歌姫の代わりに、準備してきた演目を替えてまで、穴があかないように必死で舞台を作ってくれたフリットリ。
そんな彼女が、この日も最高に素敵なコンサートをプレゼントしてくれた。
いつか、伝説のジャパンライブとして語り継がれるかもしれない。
少なくとも、私はずっとそう思い続けると思う。

☆バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル
<日時>2012年1月26日(木)7:00p.m.
<会場>東京オペラシティ コンサートホール
<曲目>
R.シュトラウス:
■歌劇『サロメ』より 「7つのヴェールの踊り」[オーケストラ]
■歌曲「四つの最後の歌」
ヴェルディ:
■歌劇『オテロ』より 第3幕 舞踏音楽(バッラビレ)[オーケストラ]
■歌劇歌劇『イル・トロヴァトーレ』より 
 レオノーラのカヴァティーナとカヴァレッタ「穏やかな夜~この恋を語るすべもなく」
■歌劇『アッティラ』より 前奏曲 [オーケストラ]
■歌劇『シモン・ボッカネグラ』より "夕やみに星と海はほほえみ"
■歌劇『運命の力』より 序曲 [オーケストラ]
■歌劇『運命の力』より "神よ、平和をあたえたまえ"
(アンコール)
■プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」より氷のような姫君の心も
<演奏>
■指 揮:カルロ・テナン
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コメント (2)
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