ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

千代田の杜 夏コンサート2005

2005-07-31 | コンサートの感想
今日も暑い一日でしたね。午前中たまっていた仕事を会社で捌いてから、午後はずっと楽しみにしていたバッハのカンタータを聴きに、いざカザルスホールへ。
おさかな♪さんのご好意でチケットをご用意いただき、久しぶりにカザルスホールの中に入りました。
以前とまったく変わっていません。何と素晴らしい雰囲気のホール!

<日時>2005年7月31日(日)
<場所>日本大学カザルスホール
<曲目>
(下記の第二部ガラコンサートから聴きました)
バッハ   カンタータ147番「心と口と行いと生きざまをもって」
源田俊一郎 ふるさとの四季
<演奏>
指揮:宇賀野剛史
千代田区民音楽協会管弦楽団
千代田区民音楽協会合唱団
中野ひかり(オルガン)

日曜日の午後に、カザルスホールでバッハのカンタータそれも147番を聴けるなんて、本当に幸せです。
今日の演奏も、手作りのよさがにじみ出てくるような暖かい演奏でした。皆で楽器を持ち寄って、歌える人は歌って、その他の人は気持ちをあわせて聴く。バッハの時代もきっとこんな感じだったんでしょうね。
147番は、ヴァイマール時代に書かれたカンタータの中の最後をかざる幸福感に満ちたカンタータです。そして、なによりも2回歌われるコラール「主よ、人の望みの喜びよ」で有名ですよね。
印象に残っている部分をコメントします。

オープニングの第1曲は、出だしが少し硬い感じがしましたが、次第にほぐれて祝典的な良い感じになってきました。
第3曲は、オーボエとファゴットのデュエットがとても美しい。
第4曲は、バスのレチタティーボがとても素晴らしかった。第2部の第9曲のアリアも見事でした。このバスの方、とても素晴らしい声です。
第6曲は、誰でも知ってる名コラール「主よ、人の望みの喜びよ」です。最初に指揮者が少し押さえるように指示したのは大正解。どうしても美しいコラールだけに最初から歌いすぎるんですが、これをやってしまうと全体にとても平板な演奏になってしまいます。よく流れる素敵な演奏だと感じました。
第7曲は第二部の最初の曲で、通奏低音を受け持つチェロが3連符の連続で難しいところですが、よく頑張って弾いておられたと思います。私も心の中で「頑張って!もう少しだよ」って一緒に弾き続けていました。
終曲は、もう一度あのコラールです一回目よりさらに祈りの気持ちが強く伝わるような素晴らしい演奏でエンディング。

私は今日のコンサートの間、ずっと心の中で歌い、またトランペットをオーボエをヴァイオリンを、また通奏低音を弾いているような気持ちでした。(もちろん、実際は全く吹けないし、弾けないんですが・・・)
木のにおいがするカザルスホールで、同じように木のにおいがする手作りの演奏を聴かせてもらって、幸せなひとときを過ごすことができました。
おさかな♪さん、本当にありがとう!

それから、今日のコンサート、続いて演奏された源田俊一郎さん編曲による「ふるさとの四季」(全部で12曲です。1年をイメージしているのかなぁ)が本当に素晴らしかった。
オケもコーラスも、バッハの時以上にのびやかにかつ活き活きとした演奏で、聴き手にもそのリラックスした雰囲気が良く伝わってきました。
「日本の歌」って良い曲が多いんだなあと改めて実感。
とくに、最後の「故郷」は最初のコーラスだけの部分、その後オケが入ってきた後の充実した表情いずれも最高でした。

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ダンディ:「フランス山人の歌による交響曲」

2005-07-30 | CDの試聴記
今日は久々にゆったりした休日を過ごしています。
午前中テレビをつけたら世界水泳をやっていて、思わず最後まで観てしまいました。日本選手の皆さん、本当に頑張ってますねぇ。体格で劣る日本人選手が技術を磨き必死に泳いでいる姿、かつベストを尽くしてしっかり結果を出していることに大変感動しました。

その後は、年金関係の本(実はこれが私の本職なんです)を読みながら、久々にシゲティの無伴奏や大好きなシンディングのシンフォニーを聴きました。
そんな折、いつもお世話になっているmozart1889さんのブログで紹介されているダンディの記事を読んで、私も無性に聴きたくなりました。
そこで、私が今日聴いたのはミュンシュ盤です。

<曲目>
①フランク:交響曲ニ短調
②ダンディ:「フランス山人の歌による交響曲」
③ベルリオーズ:「ベアトリーチェとベネディクト」序曲

<演奏>
①モントゥー指揮 シカゴ交響楽団
②ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団、シュヴァイツァー(ピアノ)
③ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

このCDのカップリングは、一体何なんだろう。
曲のことではなく、なんでフランクだけがモントゥーなんだ。
ミュンシュにも素晴らしい演奏があるのに・・・。
しかし、そんな些細なこととは関係なく、このモントゥーのフランクは圧倒的な名演です。
色彩感、充実した響き、構成の確かさ等見事としか言いようのない演奏で、聴いた後に深い感動を与えてくれます。きっとベストチョイスにあげる人も多いことでしょう。正直なところ、この曲に関しては、さすがにモントゥー盤のほうが一枚上手だと思います。

さて、聴きたかったお目当てのダンディ。
学生時代にこの曲のタイトルに惹かれて買ったLPが、このミュンシュ盤でした。
「フランス山人の歌による・・・」、何て素晴らしいネーミング。
もちろん、タイトルだけがいいのではなく、冒頭を聴いただけですっかりこの曲の魅力にはまってしまいます。
イングリッシュホルンで奏でられるメロディ(この部分がフランスのセヴェンヌの山に伝わる牧歌=山人の歌だそうです)の、なんと人なつっこくて美しいこと!また、その後ピアノを伴って湧き上がってくるような表情の素晴らしさ。しかも、フランクと同じように循環形式を採用していることから、素敵な「山人の歌」が何度も聴けます。また、第二楽章後半に登場するチェロの美しいメロディも泣かせてくれます。
こんなに瑞々しく、人を幸福にしてくれる曲も珍しいでしょう。
演奏しているミュンシュの豪快にして瑞々しい表現も、この素敵な曲にまさにぴったりです。
すっかり、この曲を初めて聴いた学生時代にタイムスリップした気持ちになりました。

yurikamomeさまも、mozart1889さまと同じデュトア盤をエントリーされています。


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セル&ベルリンフィルのシューマン:交響曲第2番他

2005-07-30 | CDの試聴記
地震の後は台風、台風のあとは猛暑です。今週も水曜から木曜にかけて一泊で大阪出張でしたが、故郷大阪もさすがに暑かった!
でも、今回の出張では往復の新幹線の車中以外にホテルでも時間がとれたので、セル&ベルリンフィルのライブ盤等気になっていたアルバムを集中的に聴くことができました。
特にシューマンの交響曲第2番については、今回のベルリンフィルとのライブ盤とあわせて、セルが残してくれた他の2組の演奏と聴き比べができたことが大きな収穫でした。

セルが得意としたシューマンの交響曲第2番といえば、手兵クリーブランドオーケストラとの2種類の録音が有名で、いずれも名演の誉れ高いものです。版の問題は別にして、安定感・緻密さで一頭地を抜く60年のスタジオ録音盤も見事ですが、57年のルガーノライブは私にとってのベストチョイスです。
ライブならではの即興性とフレージングの透徹した美しさ、第二楽章あるいはフィナーレに見られる信じがたいほどのスピード感、それを支える一糸乱れることのない奇跡的なアンサンブル。オーケストラ演奏のひとつの極致といっても過言ではありません。

さて、今回のベルリンフィルとのライブ盤。
乱暴に言ってしまうと、スタジオ録音盤とルガーノライブ盤の中間に位置付けられる演奏です。
ルガーノライブほどの白熱感はありませんが、ベルリンフィルとの他流試合(ライブ)であることを思い知らされる緊張感、ベルリンフィルの合奏能力の高さ、手兵でなくともしっかりそのフレージングに記されたセルの刻印によって、新たな魅力を持った素晴らしい演奏が誕生しました。

<曲目>
・ブラームス:悲劇的序曲 作品81
・R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』作品20
・シューマン:交響曲第2番ハ長調 作品61

<演奏>
ジョージ・セル(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ミシェル・シュヴァルベ(Vn)

<録音>
1969年6月26日、ベルリン、フィルハーモニーザールでのライヴ

シューマンの交響曲第2番を聴くときいつも思い出すのは、1990年にバーンスタインがPMFで若き音楽家たちに教えた「ザ・リハーサル」というビデオです。それは本当に素晴らしいリハーサル(=レッスン)でした。

第一楽章、バーンスタインが教えていた主題の表現、「ダッパパーン」という感じがいとも簡単に完璧に再現されています。また、ベルリンフィルの音について、クリーブランドオーケストラと比べて力強さと色調の強さを感じました。
第二楽章は、素晴らしいテンポでかつ水際立ったアンサンブル。その上力強さも十分です。ハイドンのロンドンシンフォニーの面影をかすかに聴きながら最後まで疾走するさまは見事としか言いようがありません。さすがにベルリンフィルです。しかし、それでもルガーノライブ盤における鬼気迫る奇跡的な演奏には、ちょっと及ばないかなぁ・・・。(何と贅沢な感想!)
第三楽章、これは本当に美しい演奏です。この楽章のテーマは、シューマンの書いた最も美しい旋律のひとつだと思いますが、バーンスタインがメンバーの目を見つめながら語りかけていた「ブラームスがシューマンから学んだ、素晴らしいウィーンの伝統・・・」という言葉が、現実感をもって迫ってきます。モーツァルトのオペラ「魔笛」の「試練の場の音楽」によく似た中間部のフーガに続く、オーボエとクラリネットの表情の見事なこと。言葉もありません。
フィナーレは、陽気に力強くエンディングめがけて突っ走ります。この輝かしさはやはりベルリンフィルの持ち味でしょう。
細かなフレージング・アーティキュレーションの徹底という点(つまり室内楽的な美しさ)では、さすがにクリーブランドオーケストラに及びませんが、輝かしさという点でベルリンフィルは勝っていると思いました。

今回の演奏をきいて強く思ったことは、オケの個性がこれだけ違うにもかかわらず、その演奏にはセルという音楽家の共通の刻印がしっかり押されていることです。おそらく長くはとれなかったであろうリハーサル時間を想像すると、セルの指揮者としての力量はやはり驚異的なレベルに達していたんですね。
このライブ録音の1年後に初来日を果たして多くの聴衆に感動を与えながら、帰国してまもなく他界してしまったセル。
真に偉大なマエストロでした。





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シューマン 「花の曲」op19

2005-07-26 | CDの試聴記
台風一過です。上陸した割にはそれほど強い雨にならず助かりました。
皆さまのところは、大丈夫でしたでしょうか?
最近は年のせいか、妙に涙もろくなったような気がします。美しいもの、壊れやすいもの、はかないものを見たり聴いたりすると、ついほろっとしてしまいます。
このシューマンの「花の曲」もそんな一曲です。

<曲目>
シューマン:
1) トッカータ Op.7
2) 子供の情景 Op.15
3) クライスレリアーナ Op.16
4) アラベスク ハ長調 Op.18
5) 花の曲変ニ長調 Op.19
<演奏>
ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)

実は、この曲のことはあまりよく知らなかったのですが、クラシックがわかる超名盤100 という新書でこの曲がとりあげられており、すっかり気に入ってしまいました。この本の中で、シューマンが最愛の妻クララに書き送った言葉が紹介されています。
「小さなロンドができましたよ。それらを花束のようにまとめて「花の曲」と名づけるのはどうでしょう?気に入ってくれますか?」
精神病院で息を引き取ったシューマンの無念さ・優しさ、妻への愛情の深さを想うと、この言葉だけでほろりとしちゃってもうダメです。
曲も本当に素晴らしい。最初の出だしのフレーズからして、「どうですか?気に入ってくれますか?」と問いかけるシューマンの肉声が聞こえるようです。
5分足らずの小曲ですが、宝石のような曲だと思います。
演奏しているホロヴィッツの愛しむような表情も忘れることができません。

また、このアルバムには「子供の情景」や「クライスレリアーナ」といった名曲が収められていますが、私は子供の情景の第一曲「見知らぬ国と人々にとって」が大好きです。先日仕事で遅くなったときに電車の中で何気なくこの曲を聴いたんですが、疲れたからだにつめたい水が染み渡るような気がして涙がでそうになりました。
シューマンのピアノ曲って素敵ですね。
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テンシュテットの大阪ライブ マーラー:交響曲第5番

2005-07-23 | CDの試聴記
昨日は日帰りで大阪へ出張。最近何故か週一ペースで大阪へ行っています。
往復の新幹線の中が自由に使えるので、私にとっては、ある意味で大変有意義な時間になっています。仕事をしながらではありますが、愛用のipodでたっぷり音楽を聴くことが出来ました。
今日ご紹介するのは、最近の話題盤の一つ、テンシュッテットの大阪ライブです。曲目はマーラーの5番。

<曲目>
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
<演奏>
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
クラウス・テンシュテット(指揮)
録音:1984年4月13日(金)、大阪フェスティバル・ホール、ライヴ

昨日の出張時に、懐かしいフェスティバルホールの前を通りかかったのも何かの縁を感じます。
今から約20年前に、この場所でテンシュテットがマーラーを演奏していたんですね。そう考えると、胸がいっぱいになりました。
テンシュテットのマーラーの5番は、1978年のスタジオ録音盤、1988年のロンドンライブ盤の2種類が有名で、そのほかに1990年録音のコンセルトヘボウライブ盤等もあります。

今回の大阪ライブ盤は、EMIのスタジオ録音とロンドンライブ盤(EMI)のちょうど中間の時期の演奏です。EMIの2組の演奏はいずれも私にとって大切なアルバムで、特にライブ盤はマイフェイバリットの1枚。

さて、この大阪ライブ盤。
とにかく音が素晴らしい。ライブ盤としては驚異的な音質です。
第一楽章、冒頭のトランペットソロの素晴らしさがこれだけリアルな音で聴けるとは・・・。過度の表情付けをしないでゆったりと大きなフレージングで奏されるこのソロが、かえって胸にジーンと訴えかけてきます。後半の第二中間部でヴァイオリンが奏でる深い哀しみの表情(11:16くらい)、これも一度聴いたら忘れることはできません。最後のピツィカートも本当に効果的。
第二楽章、とにかく弦楽器の充実した響きが印象に残ります。特に、弱音のティンパニのトリルに支えられて静かに奏されるチェロ(4:20くらい)の表情の美しいこと。
第三楽章は、18分を要する長大なスケルツォ。ホルンの牧歌的な表情と弦楽器のピツィカートの鮮明さが印象に残ります。
そして、あの美しいアダージェット。「非常にゆっくり」というマーラーの指定どおりの演奏。何と12分を要していますが、私には淡々と抑え気味の表現が大変好ましく感じられました。
フィナーレは、この曲の中で最もメリハリを利かせた演奏。生気に満ちた表現、フーガの処理が見事。コーダの最後のほうでアンサンブルがちょっと乱れひやりとさせられましたが、何とか持ち直してエンディング。
またマーラーの5番の名演が一つ増えました。

他の方の演奏評をいくつか拝見しましたが、「情念のこもった」「のめりこんだ」「ドラマティックな」という評が多かったように思います。しかし、むしろ私はマグマのような熱い思いを中に秘めつつ、表情自体は逆に淡々とした演奏のように感じました。全体の見通しがよくスケールが非常に大きなところに、この演奏の特長があります。
ただ、この素晴らしい演奏を聴いても、私は、癌と闘病中であった88年に行われたロンドンライブの、あの桁違いの集中力をもった演奏により惹かれます。指揮者もオケも本当にギリギリのところで勝負している姿が、私の心を捉えて離しません。一世一代の名演でした。

しかし何度も言いますが、今回の大阪ライブの演奏も、マーラーの交響曲の名盤を語る上で今後必ず登場するでしょう。
しかも、この名演が名匠テンシュテットのもと日本で生まれたことは、私達にとってかけがいのない財産です。
でも、やっぱり聴きに行きたかったなぁ。(当時大阪に住んでいただけになおさらです。残念!)

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ジュリーニのシューマン:交響曲第3番「ライン」

2005-07-18 | CDの試聴記
昨日は、久しぶりに結婚式に出席しました。
ちょっと暑かったけど、天気は晴天で絶好の結婚式日和。
新郎新婦は私を含めてそれぞれ会社は違うのですが、ともに私が日頃最も信頼しているSE(システムエンジニア)どおし。2人の門出にふさわしい素晴らしい結婚式でした。
会社の上司でもなく学生時代の先輩でもない私を主賓格で招待してくれた新郎新婦の気持ちが、私としては何よりもうれしかった。
また、披露宴の合間に新郎のお父様が挨拶に来られて、「公私とも一番お世話になっている人だと息子からよく話をきいております。今後ともよろしくお願い致します。」と言われた時は、さすがにジーンときました。会社は違うけどこんな素晴らしい仲間と一緒に仕事をさせてもらっているんだと、改めて幸せに感じた次第です。
「末永くお幸せに・・・」

さて、今日は久しぶりにたくさん音楽を聴くことができましたが、ご紹介する1枚はジュリーニの「ライン」です。

シューマン 交響曲第3番「ライン」
カルロ=マリア=ジュリーニ指揮
ロスアンゼルスフィルハーモニー管弦楽団
(1980年録音)

まだ、ジュリーニショックから完全には立ち直れていない私ですが、ようやく平常心に近い気持ちでジュリーニの偉大な音楽を聴けるようになってきました。
午前中に聴いたジュリーニがロンドン交響楽団を指揮した「田園」が予想以上に良かったので、そちらをエントリーしようかとも考えたのですが、午後立て続けに色々な指揮者でシューマンをきき、やっぱりジュリーニの「ライン」が本当に素晴らしかったのでこれにしました。
私がシューマンのシンフォニーを最初に聴いたのは、フルトベングラー指揮の第1番「春」です。
しかし、残念ながらそのときはピンときませんでした。その後、LPやコンサートでシューマンを何度か聴く機会はあったのですが、「シューマンっていいなぁ」と最初に感じたのは、シューリヒトがパリ国立音楽院管弦楽団を指揮した2番・3番を聴いたときです。この演奏は本当にすばらしかった。とくに「ライン」の瑞々しさは今も忘れることができません。
(ただ、その後シューリヒトがコンサートホールソサエティ時代に録音したSDR交響楽団との演奏は、スクリベンダムの復刻盤をききましたが、単にせかせかした演奏で正直がっかりしました。)

さて、このジュリーニの「ライン」。
マーラー編曲版をもとにした演奏ですが、版の問題は別にして、素晴らしく充実した響きが味わえます。
第一楽章、「いきいきと」とだけ示されたこの楽章の雰囲気を、これだけ見事に再現した例は稀だと思います。開始まもなく第一主題の対旋律が爽快に響き渡るあたり、既に気持ちがわくわくしてきます。歌に溢れていながらどんな場合も響きが決して薄くなることがありません。これがジュリーニの素晴らしさです。
第四楽章は、まさにケルン大聖堂を仰ぎ見るかのような感動的な演奏。シューマンもきっと満足するでしょう。
そしてフィナーレ、この楽章も第一楽章と同様「いきいきと」と指示されています。
落ち着いたテンポで響きを大切にした演奏ですが、この躍動感はどうだろう。
ラストも決して煽らないのにオケは徐々に高揚していき、圧倒的なエンディングを迎えます。名人の技としか言いようがない見事な演奏。久しぶりに聴きましたが、やっぱり感動しました。

ところで、このCDでカップリングされている、シノーポリ&フィルハーモニア管弦楽団の「未完成」はあまり話題にならないようですが、これも素晴らしい演奏です。
機会があれば是非お聴きいただきたいと思います。

P.S
気分転換にテンプレートを変えてみました。




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小菅優&広上淳一/読響 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲他

2005-07-13 | コンサートの感想
ここしばらく仕事が忙しくてなかなかブログの更新もできなかったのですが、今日は久しぶりに所用があったこともあり休暇をとりました。用事も終わったので、忘れないうちに日曜日に行った芸劇マチネーコンサートの感想を。

<日時>7月10日(日)
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
《チャイコフスキー・プログラム》
■チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 op.23
■チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 op.74〈悲愴〉
<演奏>
指揮:広上 淳一
ピアノ:小菅 優
読売日本交響楽団

今年の読売日響のマチネーコンサートは毎回充実した演奏で、読響の好調さがはっきりうかがえます。指揮者・ソリストも人を得た人選で、月1回ではありますが、とても贅沢な楽しみを味わわせてもらっています。
さて、今回のチャイコフスキープログラムは、両曲とも生涯に何度も味わえないかもしれないような感銘深いできばえでした。

まず、ピアノ協奏曲第1番。
小菅さんのピアノコンチェルトを聴くのはベートーベンの3番、モーツァルトの21番に続いて3回目になりますが、やはり本当に素晴らしかった。
指揮者広上さんの好サポートもありますが、とにかく音楽が活き活きしていました。
まず、冒頭のオケのテーマに続いて登場するピアノの音の凄いこと。その気迫溢れる音に思わず身を正してしまいました。最初のうちこそ広上さんとテンポが微妙に合わなかったようですが、だんだん音楽が進んでいくうちに息もぴったり。これだけ大きなスケールで弾ける女流ピアニストは、少ないでしょう。
続く第二楽章では、一転して夢見るようなデリカシーを感じさせてくれました。弱音の美しさ、歌わせ方の上手さも特筆もの。中間部のスケルツォはまさに小菅さんの本領発揮です。指揮者とラリーするというよりは、ピアノから身を乗り出して直接オケのメンバーに語りかけるんです(もちろん声に出してではないですよ・・・)。これこそ音楽の、また協奏曲の原点なんだと感じました。
フィナーレは、快速なテンポで一気呵成に聴かせてくれました。このリズム感のよさ、テクニックの素晴らしさはなんと表現したらいいんだろう!さらにエンディング近くでティンパニの猛烈なクレッシェンドを受けてピアノが登場するところ、音量も気迫もまったくオケに負けていませんでした。これこそ協奏曲の醍醐味ですね。全曲を通して、オケとピアノががっぷり四つに組んだ素晴らしい演奏でした。
終演後、盛大なブラボーがかかったのも当然でしょう。
ベートーベンやモーツァルトでは、どちらかというと「オーケストラと自然に対話する」という印象が強かったのですが、今回のチャイコフスキーでは、よりスケールの大きな白熱したものを感じました。白熱した演奏だけど決して強引ではない。その音楽はどんな場合も自然に息づいていて、オケと一体感をもっています。今後がますます楽しみな小菅さんでした。
少し甘めの感想に感じられるかもしれませんが、何せ熱心な小菅ファンなものでその点はご了承下さい。
唯一残念だったのは、せっかく休憩の時に小菅さんのショパンの前奏曲集のCDを買ったのに、サイン会がなかったことです。ああ残念!

後半は、「悲愴」です。
チャイコフスキーのシンフォニーは、とにもかくにも「オケが気持ちよく鳴りきってなんぼ」です。その基本条件を満たした上で、スラブ的だとかチャーミングな表現だとかの要素が加わって個性的な名演が出来上がるのではないでしょうか。
その意味から、今年ラザレフ&読響で聴いた4番・5番は素晴らしい演奏。
この日の広上さんの「悲愴」は、さらにその上を行く印象に残る名演でした。
第一楽章冒頭、ファゴットの神秘的なフレーズに続いてチェロ・コントラバスで奏される主題が、対旋律のバランスが絶妙で、素晴らしい演奏になる予感を持たせてくれました。
第二楽章は、もう優雅としか言いようのないワルツ。とても変拍子の曲とは思えません。読売日響も色気のある演奏をするようになったなぁ。
第三楽章のマーチ(+スケルツォ)は執拗にインテンポを意識した演奏で、チェロ等の弦楽器の刻みを終始克明に演奏させることで、圧倒的な緊迫感と迫力を感じさせてくれました。
(よくぞここで拍手が起きなかったものです・・)
そしてあの終楽章。広上さんは決して誇張した表情付けはしません。しかし、だからこそあの第一バイオリンと第二バイオリンに一音づつ交互にメロディを弾かせる特殊な作曲技法が、絶大な効果を与えてくれるのです。しかし、何より私が感動したのは、曲の中ほど以降で何度かでてくる「全休符」でした。その全休符では単に音がないのではありません。オケのメンバー全員が息を吸い込んだ状態で瞬間息を止め、次のフレーズを待っているのです。聴衆を含めたホール全体が息を止めているといっても過言ではありません。このものすごい緊張感。つづくフレーズは、当然ながら堰を切ったように熱い表情になります。そしてまた全休符。こんな体験は初めてでした。
心の底から感動しました。

強引なことは何もしないようでいて、こんなに深く感動的な音楽を作るとは・・・。
広上淳一、恐るべしです。
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エネスコのバッハ:無伴奏バイオリンソナタ&パルティータ全曲

2005-07-03 | CDの試聴記
中野雄氏監修の「クラシック名盤 この1枚」(光文社)という本のなかで、エネスコのバッハ無伴奏についての記事があり、以前から是非一度聴いてみたいと思っていました。この演奏、コンチネンタルというアメリカのマイナーレーベルからLPで発売された箱入りの初期盤は、何でも中古市場で数百万円の値がついているそうです。ただ、既に何度か「板おこし」の方法でCD化されたものの復刻の状態はうまくいっていないようで、前述の本では唯一「La Voce - Ton Rede CCD104/5」という盤がオリジナルの95点のできばえと評価されていました。
こんな話を聞いてしまうと、これは探すしかありません。私なりにかなりがんばって探したのですが「La Voce - Ton Rede CCD104/5」には出会いませんでした。たとえばフィリップス盤は今も現役ですので比較的容易に入手することができますが、店頭で何度か迷ったあげくあきらめました。(「CDで迷ったらまず買ってみる」私にしては本当に珍しいことです!)
そんなわけで、「機会があれば出会うだろう」とひとまず自分に言い聞かせていたところ、先週CDショップで何気なくバッハの輸入盤のコーナーを見ていたら、エネスコの演奏がありました。例によって板おこしの失敗作のひとつなんだろうなと、あまり期待せずCDを手にとってびっくり。まぎれもない、赤いジャケットの「La Voce - Ton Rede」盤じゃないですか。もちろん、即ゲットです。
以下、その試聴記を。

<曲目>
J.S.バッハ : 無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)
<演奏>
ジョルジュ・エネスコ
(録音:1948年、49年 ニューヨーク  CONTINENTAL原盤)

正直に告白します。
最初に全曲聴いたときには、「何でこの演奏が、またこの録音が、こんなに世評高いんだろう。」と感じました。
私なりに一生懸命聴いたつもりでしたが、そんな印象だったんです。しかし、過去の経験から得た「気に入らなかった演奏でも黙って3回聴いてみる」をとにかく実践してみました。
幸い木曜日から大阪へ出張だったので、ipodに入れて車中でもじっくり聴くことができました。
その結果、ようやく、ようやくですが、エネスコのバッハの素晴らしさが見えてきました。

エネスコのバッハは、基本的にインテンポでオーバーな表現は皆無です。
技術的にはさすがに年齢的な衰えが見え始めており、音程もあやしい部分が散見されます。
最初に聴いたときは、この部分がやはり気になったんでしょうね。
しかし、何度か聴いているうちに、パーツパーツにとらわれず全体の見通しが素晴らしいことが分かりはじめ、どんなフレーズもおろそかにしない真摯さが聴き手にひしひしと伝わってきました。

もっとも感動したのは、やはりパルティータ第2番の終曲シャコンヌです。
この曲は変奏曲として古今最高の作品ですが、エネスコの演奏ではオスティナートバスの扱い・アクセントの使い方が素晴らしく、ポリフォニックな部分が見事に再現されています。
第一の難所である前半の長大なスケールでは、下降フレーズの部分で一音一音楔を打ち込むような表現が印象に残りました。つづくレガートな表現との対比も見事。
また、中間部から再び転調する部分にかけて聴かせてくれる静謐感と美しさには、ただただ感動です。
シャコンヌ全体から醸しだされるこの「気品」は、やはり別格のものですね。

もう1曲あげると、ソナタ第3番のフーガです。
10分以上かかる大変な難曲ですから、どうしても技術的な衰えや音程の不安定さが目立ってしまいます。しかし、音楽の最も高いところを常に見据えながら「私はこう弾くんだ。私のバッハはこうなんだ」ということを、どんなときでも感じさせてくれます。
聴いているうちに、エネスコの音楽に奉仕するひたむきな姿に何度も涙がでそうになりました。

この真摯さ、気品こそがエネスコの何よりの魅力なんですね。
ただ不思議なことに、真摯なんですがストイックさをあまり感じさせません。
この点が、晩年のシゲティ等と異なるような気がします。
人間的な優しさというか、ある種の人懐っこさもエネスコ特有の魅力なのかもしれません。

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