ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

渡辺玲子/デ・ワールト&読売日響 R・シュトラウス:バイオリン協奏曲 他

2005-06-25 | コンサートの感想
先週はジュリーニ・ショックがあり、土曜日は一日中ジュリーニの演奏を聴いていました。
ただ、今週に入ってからは日曜日に読売日響のマチネーコンサートに行って以来、仕事が忙しかったこともあって、なかなかじっくり音楽を聴くことができませんでした。
記憶が薄れないうちに(既に少し危ないですが・・)マチネーコンサートの感想を。

<日時>6月19日(日)
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
■R.シュトラウス: 交響詩〈ドン・ファン〉 op.20
■R.シュトラウス: ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.8
■ラフマニノフ: 交響曲第3番 イ短調 op.44
<演奏>
指揮:エド・デ・ワールト
ヴァイオリン:渡辺 玲子

意外ですが、エド・デ・ワールトは初来日なんですね。
今回のマチネーの選曲は、ちょっと渋めですが素晴らしい選曲だと思います。

まずドン・ファン。冒頭から気持ちのこもった素晴らしいサウンドでした。弦も管楽器もティンパニもいずれ劣らず充実した響きで、アンサンブルも極上です。そんななかで、オーボエを中心とする木管のメロウで繊細な音がくっきり浮かび上がります。もともとどちらかというとスロースターターである読響ですが、この日の第一曲は圧倒的な名演と言って差し支えありません。

続くR・シュトラウスのバイオリン協奏曲。決して演奏機会に恵まれた曲ではありませんが、ケンペの全集(バイオリンはヘルシャー)で聴いたときから密かに愛好している曲です。
結論からいうと、この日の白眉でした。
渡辺玲子さんのバイオリンはケンペ盤のヘルシャーを凌ぐ出来栄えで、素晴らしい演奏でした。
とくに第二楽章の深い表現が印象的。中低音の響きが本当に素晴らしく、確信をもった表現が大きな感動を与えてくれました。渡辺さんの音は、滴るような美音というわけではありませんが、どの音にも意味が込められており聴き手に強く迫ってきます。
渡辺さんの演奏を聴いたのは、3年前に日本フィル定期でブルッフのスコットランド幻想曲を聴いて以来ですが、今回のR・シュトラウスのほうが印象は強いです。感動しました。
ところで、渡辺さんはアメリカでジョセフ・フックスに師事していましたが、この日のコンサートマスターが同じフックス門下の兄弟子にあたる藤原浜雄さんだったということもあり、終始リラックスして演奏できたのではないでしょうか。2人の時折見せるアイコンタクトも楽しそうでした。

後半のラフマニノフの3番ですが、冒頭の神秘的な響きが日本の笙を思わせます。
全体にロマンティックな曲想ですが、あまりべたべたせずに見通しよく演奏されていたことに好感を持ちました。デ・ワールトは、よく歌わせながらも曲の構造を聴き手にきっちり伝えることのできる素晴らしい指揮者だと感じました。
是非もう一度聴いてみたいマエストロです。

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Musical Baton

2005-06-19 | CDの試聴記
いつもお世話になっているみー太さまから、おもしろいTBをいただきましたので、チャレンジしてみました。

●Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
⇒ituneに4.5ギガ入っています。

●Song playing right now (今聞いている曲)
⇒ジュリーニ&ロスフィルの「悲愴」

●The last CD I bought (最後に買った CD)
⇒下記の4種類です。
・オイストラフのヴァイオリン協奏曲セット
・山田耕筰:交響曲「かちどきと平和」
・クララ・シューマン:ピアノ協奏曲、ピアノ三重奏曲
・ヴォルフガング・トムベック(ウィンナホルン)の芸術

●Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある 5 曲)
⇒これは本当に難しいですね。全てを無視してよく取り出すCDという観点だけで・・・。
①メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲
これは室内楽のマイフェイバリット

②バッハ:平均律クラヴィア曲集
演奏者によって随分違うので、その分楽しみが多い

③ダウランド:「帰っておいで」(come again)
これは、バーバラ=ボニーのアルバムがほとんど

④テレマン:12のメトーディッシェ・ゾナーテン
ブリュッヘンたちの演奏。オーディオチェック用でもある

⑤ユー・ルック・グッド・トウー・ミー(オスカー・ピーターソン・トリオ)
曲もいいけど、とにかくこのベースの音をきいたらもう止められない

よくみたら、シンフォニーが1曲もないじゃないですか。シャコンヌもマタイも。また大好きなモーツァルトもブラームスもベートーベンも、おまけにマーラーもワーグナーも・・・。
やっぱり、この質問は回答不能です。

●Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す 5 名)
⇒この質問は、ひとまずノーコメントにさせてください。
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ジュリーニ追悼(1) ベートーベン 交響曲第5番「運命」 

2005-06-17 | CDの試聴記


いつかこの日が来るとは思っていましたが、とうとう来てしまいました。
ジュリーニは、私が心から尊敬していた指揮者でした。
昨日は悲しみばかりで、結局何も聴くことができませんでした。

そして今日。ようやくジュリーニのCDを聴きました。
でも、こんなときに何を聴いたらいいのか。
最も感銘を受けたシカゴ響との9番トリオ(マーラー、ブルックナー、シューベルト)にしようか、はたまたヴェルディのレクイエム?バッハのミサ?あるいは英雄の第二楽章?と悩みに悩んだ末に選んだのがこの1枚です。
なぜこんなときに「運命」?とほとんどの方は思われるでしょうね。
理由は一つしかありません。
私がたった一度だけ彼の実演に接する機会に恵まれたときに、聴かせてくれた曲だからです。

<コンサートの内容>
1982年5月21日(金) 大阪フェスティバルホール
チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」

<CD>
ベートーベン 交響曲第5番「運命」
カルロ=マリア=ジュリーニ指揮
ロスアンゼルスフィルハーモニー管弦楽団
(1981年11月録音)

今日この「運命」を聴き始めて、すぐに20数年前のあのコンサートの想い出が甦りました。
私が社会人になってまだ3年目のときでした。
初めて見る彼のタクトは、長身で背すじのぴんとはった美しい後姿ではありましたが、華麗さとか器用さとは対極にあるものでした。
誤解を恐れず言うと、淡々と大き目の図形を描きながら拍子を刻んでいくイメージ。
しかし、その決して器用とはいえない指揮でありながら隅々まで神経が行き届いた演奏で、生まれてくる音楽は本当に豊かに息づいていました。
ロスフィルのメンバーのジュリーニを見つめる真剣なまなざしも、決して忘れることができません。

そんなことを考えながら聴いていたので、来日公演直前にレコーディングされたこのCDの演奏内容について、細かなコメントはしません。
でも、特に印象に残ったことを書くと、それは第一楽章の運命のモチーフの処理です。この有名なモチーフがこんなに鮮烈に感じたことは他にありません。とくにティンパニの扱いの見事なこと!それと全曲をとおして感じられるすごい緊張感。これは、その後のミラノスカラ座フィルとの新盤ではあまり感じられなくなりました。
今聴いても、凄い名演だと思います。
こんな話が過去形でしか語れないなんて、本当に寂しいです。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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モーツァルト 弦楽五重奏曲第3番 K515

2005-06-12 | CDの試聴記
6月11日朝 ソプラノのゲーナ・ディミトローバさんが亡くなられたそうです。
つい先日、教育テレビの地上デジタル放送で、ソフィア歌劇場の2000年の来日公演から「トゥーランドット」を放送していたので、観たばかりでした。声に芯があって存在感のあるいいソプラノだったのでとても残念です。
ご冥福をお祈りします。

よっぽどディミトローバが出演しているオペラか、ヴェルディのレクィエムでも聴こうかと考えましたが、今日のところは色々考えて、とりあえずモーツァルトの室内楽をとりあげることにしました。
弦楽四重奏にもう一挺ヴィオラが加わった珍しい編成の弦楽五重奏曲を、モーツァルトは全部で6曲作曲しています。このうちこの3番と4番は古今の室内楽の傑作として知られていますが、モーツァルトのお父さんの死の前後に作曲されていることも何か象徴的です。また、3番がハ長調、4番がト短調という調性を持っており、順番は逆ですが交響曲の40番と41番「ジュピター」の組み合わせとよく比較されています。

ところで、この曲はLP時代にブダペストカルテットやスメタナカルテットで聴いていたのですが、正直に言いますとちっとも好きになれなかったのです。
それが、15年ほど前になるでしょうか、アルバンベルクカルテットの演奏を聴いてびっくり仰天。まるで別の曲です。
雄渾に開始される冒頭のテーマからして他の演奏と全く違いました。単に雄渾なだけではなく、精緻さも全く別次元の演奏で、最後まで一気に聴いてしまったことを今も鮮明に覚えています。
今日改めて聴きなおしても、印象はいささかも違いませんでした。室内楽の限界を超えるような力強さを持っていながら、完璧なバランスを保ち、微妙なニュアンスにもこと欠かないという小憎らしいほどの完成度を持った演奏です。
思えば、このK515が私とアルバンベルクカルテットとの出合いでした。以後、モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、バルトーク、シューベルト等次々に聴き続け、その録音は常にマイ・フェイバリットの位置を占めています。

この曲のその他の演奏では、古楽器を使いながら活き活きした表情が魅力の「アンサンブル415」盤、テンポ感は私の感性に合わないけど、「ああウィーン・・・」という優雅な表現に降参したしまった「ウィーン室内合奏団(ワルター・ウェラー等ウィーンフィルのメンバーが30年前に来日したときの録音)」がお勧めです。
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ウィリアム・ロイド=ウェッバーの「弦楽のためのセレナード」

2005-06-11 | CDの試聴記
どうやら関東も梅雨入りのようです。当分の間は傘が手放せない日が続くんでしょうね。
こんな季節には、やはり気分転換の意味からも癒しの音楽が聴きたくなります。
ウィリアム・ロイド=ウェッバーは、1914年生まれのイギリスの作曲家兼オルガニストです。というよりもミュージカル作曲家のアンドリュー、その弟でチェリストのジュリアンのお父さんというほうが分かりやすいですね。子供達が有名な分少し地味な印象はありますが、このアルバムに収められている曲はどの曲も素敵な曲ばかりです。
その中でも「弦楽のためのセレナード」はとりわけ美しい曲で、私の大のお気に入りです。
バルカローレ、ロマンス、エレジーの3楽章からできており、全体でも10分程度の小品ですが、抒情的な表情がたまりません。とくにロマンスの美しいメロディは一度聴いたら忘れられないでしょう。まさしく癒しの1曲です。

他の曲で特に印象に残る曲をいくつかご紹介します。
まず、タイトルになっている「インヴォケーション(祈り)」。ハープの伴奏にのってしっとりと歌う弦が、ただただ美しい。
また「アッシジの聖者フランシス」という自作のオラトリオに含まれる「夜想曲」。これはジュリアン・ロイド=ウェッバーのチェロとカンガのハープの密かな語らいが、涙が出そうになるくらい美しいです。(宮崎駿監督のアニメのテーマにすぐ使えそう!)
もう一曲あげると、オルガン伴奏でタスミン・リトルが奏でる「ベネディクトゥス」。これはウィリアム・ロイド=ウェッバー自らの結婚式のために書かれた曲で、新婦への愛情がにじみ出ています。

「癒し」というテーマでは、カンガスの「北欧のアダージェット」を取り上げようかとも思ったのですが、ちょっと迷ってウィリアム・ロイド=ウェッバーにしました。
冒頭書きましたが、このアルバムはどの曲から聴き始めてもOKですよ。アルバム全部を聴き終えたときに、もやもや感はきっと吹っ切れているでしょう。

<曲目>
弦楽のためのセレナード
インヴォケーション(祈り)
レント
3つの小さな春
オーロラ(管弦楽のための交響詩)
夜想曲
「すべての愛に勝る神の愛」
ベネディクトゥス
ミサ「プリンセプス・ペイシス」
「神よ、親愛なる神よ」

<演奏>
リチャード・ヒッコクス/シティ・オヴ・ロンドン・シンフォニア
ウェストミンスター・シンガーズ
ロンドン芸術教育学校合唱団
ホリー・コーク(ソプラノ)、タスミン・リトル(ヴァイオリン)、スカイラ・カンガ(ハープ)、ジュリアン・ロイド=ウェッバー(チェロ)、イアン・ワトソン(オルガン)
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ブラームス 「ハイドンの主題による変奏曲」 聴き比べ

2005-06-09 | CDの試聴記
今日は、お客さまの官庁折衝をサポートするため大阪へ日帰り出張しました。
結論は出ませんでしたが、何とかまとまりそうで、内心ほっとしています。
ところで、今日の大阪は死ぬほど暑かった。梅雨を通り越して、「もう夏?」って言いたくなるような蒸し暑さ。いったい何度だったんだろう?
さて、最近無性にブラームスのハイドンバリエーションが聴きたかったので、いいチャンスとばかり4種類ほどIpodに詰め込んでいざ出張へ。

・セル&クリーブランド管弦楽団
・フルトベングラー&ベルリンフィル(1950年)
・ケルテス&ウィーンフィル
・アバド&ベルリンフィル

私の中で、この曲の横綱は長い間セルと決まっていました。
したがって、今日もセル盤で聴こうかとも思ったのですが、いい機会だから他の演奏もいくつか聴いてみようと思った次第です。

<セル盤>
テーマからまるで室内楽かと思わせるような透明度の高い響き。全曲とおしてあいまいな表現や響きはどこにも見当たりません。個別の表現では特に第6変奏が見事。まさにヴィヴァーチェというテンポで爽快に演奏されますが、このテンポで破綻しないホルンはまさに超絶技巧だと思います。
アーティキュレーションも楽譜どおりで完璧に再現されています。しかし何と言ってもこの演奏の最大の素晴らしさは終曲のパッサカリアです。まず主題がチェロとコンバスで奏されますが、1小節遅れで第2ヴァイオリンとヴィオラが登場するときの鮮やかさを聴いてください。極論するとこの2小節だけでセルの偉大さが分かります。そのあと展開される各変奏の表現も見事のひとこと。そして、最後に各テーマが重なって出てくる部分の見通しのよさは、ブルックナーの8番のフィナーレで聴かせてくれたあの名演と一脈通ずるものがあります。
もし不満があるとすれば、録音が今いちなことと、第4変奏や第7変奏の表現がややそっけないと感じることくらいでしょうか。

<アバド盤>
久しぶりに聴きましたが素晴らしい演奏です。セル盤と同様のよさを持ちながら、フレーズひとつひとつがよりしっとり歌いこまれており「ああ、いい音楽だなぁ」と実感させてくれます。
セル盤で少し不満のあった第4変奏・第7変奏も、実に見事に表現されています。音がいいことも魅力です。こんな良い演奏をどうしていままで気にとめなかったんだろう。
世評もいまいちですよね。
でも、たいへんな名演ですよ、これは。セルの横綱も危うしです。

<フルトベングラー盤>
たいへんロマンティックな演奏です。良くも悪しくもフルトベングラーの表現ですね。テーマの終わりの部分は「消え入るように」という楽譜の記載どおりのデリケートな表現ですが、彼は最後の4分休符はいつまでも延ばしたかったのではないでしょうか。私が感銘を受けたのは第4変奏です。テンポをぐっと落として歌わせますが、本当に心にしみわたる素晴らしさです。中間部で、一小節ごとにチェロ・コンバスが下降音型をヴァイオリン・ヴィオラが上昇音型を繰り返す部分がありますが、ここでヴァイオリンとヴィオラが奏でる「ファミソファミレド」の見事なこと。こんな素晴らしい表現は聴いたことがありません。やっぱりフルトベングラーです。
ただ、フィナーレでテンポを大きく変化させるのは、少しやりすぎのようにも感じました。

<ケルテス盤>
本当に瑞々しい演奏です。ケルテス&VPOはきっとお互いに尊敬しあっていたんでしょうね。
とにかく力ずくの部分がないのが素晴らしい。
それとこの演奏はケルテスの最後の録音ですが、終曲パッサカリアが未収録のままケルテスが亡くなってしまったため、パッサカリアは指揮者なしで演奏されています。
驚かされるのは、いわばこのようにつぎはぎで作られたにもかかわらず、改めて聴いてみてパッサカリアがそれまでの部分と全く違和感が感じられないことです。いかにケルテスの音楽がウィーンフィルと一体化していたかという証しですね。
これも私にとって忘れることのできない演奏です。

というわけで、横綱のセル以外にも素晴らしい演奏を再認識できました。
とくに、アバド盤は大発見でした。
でも、何だか最近ブラームスを聴くことが多くなったなぁ。


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アンダのバッハ:パルティータ第2番(ザルツブルク音楽祭でのライブ)

2005-06-05 | CDの試聴記
今日は久しぶりの完全オフです。野球のテレビ観戦以外は久しぶりにゆっくり音楽を聴いて過ごしました。
まずフェニーチェオペラが2001年に来日したときの「シモン・ボッカネグラ」を昨夜ハイビジョンで放送していたので、その録画を観ました。このオペラは今まであまりじっくり観たことがなかったのですが、これはブラヴォー(みんな良かったからブラビかな・・・)です。特にパオロ役のヴラトーニャとフィエスコ役のマルティロッシアン が素晴らしい名唱でした。是非一度舞台で見てみたいオペラです。

CDもたくさん聴くことができました。まず、いつもお世話になっているmozart1889さんの記事に触発されてケルテスのモーツァルト40番を聴きました。ケルテスの音楽は何より力ずくでないところが魅力です。仕上がりは結構スタイリッシュになるのですが、ふくよかさと瑞々しさが失われないところに感銘を受けました。タイプは違いますが、カンテッリと一脈通ずるところがあるかもしれません。そういえば、どちらも夭折の天才ですね。
それ以外では、セルのドボルザーク8番(旧盤です)、シューリヒト&VPOのシューベルト5番とブラームス4番、ジュリーニ&シカゴ響の同じくブラームス4番、ライスターのウェーバーのクラリネット五重奏曲等をじっくり聴きました。
そうこうしているうちに、ネットで注文していたCDがきました。
その中の一枚が「ザルツブルク音楽祭のバッハ」と題されたダイジェスト版です。
このアルバムには、グールドがまだコンサート活動をしていた頃のバッハのニ短調コンチェルトやミルシテインによる「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番」といった名演が含まれています。前者は、コンセルトヘボウの10数枚組のボックスCDにも納められているようですから、お聴きになった方もいらっしゃるかもしれません。

でも、このアルバムで私が一番感動したのは、ゲザ・アンダのパルティータ第2番です。
さわれば壊れてしまうようなはかなさと、まるで自分をじっと見つめながら弾いているかのような内的緊張感を併せ持った素晴らしい演奏だと思います。アンダは各楽章の特徴を本当に巧みに描きつつ、美しい音で聴き手を魅了します。とりわけ、サラバンドが筆舌に尽くしがたいほど美しい。この美しいサラバンドがあるから、続くロンド、カプリッチョの軽やかさ、爽快感がいっそう浮き彫りになるんですね。このパルティータだけで5回も聴いてしまいました。
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ワルターのブルックナー:交響曲第9番

2005-06-04 | CDの試聴記
オリジナル・ジャケット・コレクション
ワルターのマーラー&ブルックナー:交響曲集(13CD)から、第4番、第7番に続き、いよいよトラウマになっていたブルックナーの交響曲第9番を聴きました。

<曲目>
ブルックナー:交響曲第9番
<演奏>
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団
(1959年11月録音)

結論から言ってしまいます。
ワルターのブルックナーに対する私のトラウマは、今日をもって消えたと思います。いや、消えました。リマスタリングによって音質が向上していることが、ここでも大きな効果を与えています。
聴く人・聴く装置・聴く状況によって感想は違うと思いますが、私にはとても1959年の録音とは思えません。ワルターの意図するブルックナーがはっきり聴こえました。

4番・7番とも共通していますが、これだけ愛情をもった表現は他の演奏ではなかなか聴くことができません。オケの技術・パワーという点だけでみると最高水準とはいえないかもしれませんが、手造りの暖かさのようなものが曲全体を支配しており、この魅力には抗し難いものがあります。
たとえが変ですが、昔バルビローリのブラームスの交響曲を聴いたときに同じような気持ちになったことがありました。
もちろん、「愛情をもった表現=レガートで美しい演奏」というような単純な話では決してありません。時には音が割れる寸前のffを聴かせてくれますし、必要だと感じた場合は遠慮なくフレーズの終わりをぶちっと切ることもあります。

第1楽章は、テーマが移り変わるときにその直前で微妙にテンポを変えるのが少しわざとらしい感じもしますが、その分各テーマを描写する表現力はたいへんなものです。弱音で奏でられるフレーズが、弦も管も本当に美しい。きっとワルターの強い意思でしょう。コーダの壮大で破滅的な表現も見事です。
第2楽章は、トラウマの原因になった楽章です。じっくり聴きました。やはり歩みが遅い。しかし、以前LPで聴いたときの様な強い違和感は感じられませんでした。むしろこんな表現もあるんだなと思ったくらい。演奏そのものが変わるはずがないのですから、私自身の聴き方が変わったんでしょうね、きっと。でも、リマスタリング効果でティンパニが生々しく再現されていることも大きいのかもしれません。中間部は、オブリガードの木管の動きが実に良く分かります。でも、ここはもう少し早めのテンポが好きだなあ。この楽章のベストチョイスはなんと言ってもシューリヒトの演奏です。
第3楽章のアダージョは、最もワルターの素晴らしさが発揮された部分で、とりわけコーダは文字通り天国的な美しさです。ワルターのこの曲に対する深い愛情が聴き手にもよく伝わってきます。よくいわれる「魂の浄化」を体感でき、私はたいへん感動しました。

というわけで、このオリジナル・ジャケット・コレクションのおかげで、20年来遠ざかっていたワルターのブルックナーに出会え、その素晴らしさを発見できたんですから感謝感謝です。

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シューベルトの弦楽三重奏曲第1番

2005-06-03 | CDの試聴記
今週はいろいろなことがありました。
まず、6月1日は定例の人事異動があり、右腕と期待していた部下が転出、その代わりフレッシュなメンバーが入りました。業務そのものが大きく動いている時期だったので、本当はたいへん痛いのですが、これは組織の宿命だからしかたありません。私自身の役職が少し変わったこともありますが、気持ちも新たに新メンバーで出発です。
続いて昨日は、3月の健康診断でひっかかった不整脈の再検査ということで、とうとう24時間心電図をとることに・・・。
小型の弁当箱くらいの計測器を常時ぶら下げて、3個のセンサーはまる一日間上半身につけっぱなしです。センサー自体は絆創膏で止めるのですが、皮膚が徐々にかぶれてきて痒くなるし、何よりうっとうしいことこの上ないです。
寝るときも枕元に計測器をおいて眠るのですが、センサーが外れてはまずいと思い、さすがの私も昨夜は睡眠が浅くなってしまいました。
今日何とか一日仕事をこなし、夕方になってようやく検査終了。うっとしい「小弁当箱?」や「絆創膏付きのセンサー」ともやっとお別れです。なんという爽快感。当たり前の状態がどれだけ幸せか思い知らされました。
検査結果は、「小弁当箱」のテープを解析して後日知らされるそうです。(少しドキドキ・・・)

そんな中、今日の夜はシューベルトの室内楽を聴きました。

<曲目>
1.弦楽三重奏曲変ロ長調D.581
2.弦楽三重奏曲変ロ長調D.471 第一楽章(未完成)
3.アルペジョーネ・ソナタ イ短調D.821
<演奏>
レジス・パスキエ(ヴァイオリン)
ブリュノ・パスキエ(ヴィオラ)
ピドュー(チェロ)
ペヌティエ(ピアノ)

シューベルトの弦楽三重奏曲は、より規模の大きな弦楽五重奏曲や弦楽四重奏曲、またピアノトリオといった彼の室内楽曲と比べると有名でないかもしれません。
しかし、まさに佳曲といいたくなる愛らしさをもっており、私のお気に入りです。
何故か第一楽章と第二楽章のごく一部までしか作曲されず、未完に終わった1番がとくに好きです。
この曲を初めて聴いたのは、もう10年以上前になるでしょうか、息子と娘が習っていたピアノの先生が出演した室内楽コンサートでした。
何て可愛い曲なんだろうと、一度で好きになりました。
独特のディベルティメント風の愉悦感を持っているんですね、この曲は。
このCDでは第一楽章だけが演奏されていますが、この曲のもつ魅力が見事に表現されています。
カップリングされているアルペジョーネ・ソナタもとても美しい演奏です。

ところで、この曲が作曲された1816年は、交響曲第4番、第5番が作曲された年でもあります。4番はさすがに少し毛色が違いますが、5番のほうはどこかこの弦楽三重奏曲と雰囲気が似ていますね。この5番のシンフォニーも私の大好きな曲です。
あの第一楽章の爽快感・愉悦感は、いつ聴いても(いつ思いだしても)格別のものがあります。
シューベルトもやっぱりいいなあ。
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