ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ブルクミュラー:「クラリネットとピアノのためのデュオ」変ホ長調 op15

2006-11-29 | CDの試聴記
今日は、日帰りで名古屋出張でした。
昨日までのぐずついた天気が、まるで嘘のような快晴。
新幹線から見えた富士山の何と美しいこと!
お陰様で、気分よく仕事をさせてもらいました。

そして帰路の新幹線では、いつものように同行した部下と乾杯。
長らく、我が家の定番ビールは、バドワイザーと決まっています。
小ぶりの薄手のグラスで飲むバドワイザーの爽快さは、いつどんな場合でも格別のもの。
しかし、今日のように晴れやかな気持ちで「お疲れー!」という時や、特別の日に飲むのは、勝負ビールです。(うん?勝負ビール?)
そう、私にとっての勝負ビールは「ザ・プレミアムモルツ」。
「モンドセレクション最高金賞を受賞した・・・」というようなキャッチフレーズはともかく、この芳醇でフルーティな感じすら漂わせた味は、本当にビール?と思うくらい美味しい。

そんなこんなで、すっかり「ご機嫌さん」になった私が帰宅後聴いたのは、ブルグミュラーのクラリネットやピアノ、歌曲を集めた作品集。
ブルグミュラー?あの美しいピアノのための練習曲を書いた作曲家?
そう思われる方も多いと思いますが、このノルベルト・ブルグミュラーは、有名な練習曲を作曲したヨハン・フリードリヒ・フランツの実弟です。

このディスクには、ピアノソナタや歌曲(何と白井光子さんが歌っています!)も収録されていて、どの曲もなかなかチャーミングな佳曲ばかり。
その中でも一番気に入っているのが、このクラリネットとピアノのための作品です。

三楽章あわせて10分強の小品ですが、素朴で思わず口ずさみたくなるようなメロディが本当に素敵。
愛すべき作品だと思います。
欲を言えば、クラリネットが、もう少しデリカシーを持って吹いてくれたら言うことなしなんですが・・・。
でも、それは言いますまい。
すっかりご満悦のromaniでした。

  

N.ブルグミュラー室内楽集
<曲目>
■ピアノソナタ ヘ短調 op8
■クラリネットとピアノのためのデュオ 変ホ長調 op15
■13曲の歌曲集
<演奏>
■ディッター・クレッカー(クラリネット)
■マルコ ヒロコ(ピアノ)
■白井光子(ソプラノ)
■ハルトムート・ヘル(ピアノ)







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アーノンクール&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト:3大交響曲

2006-11-27 | BS、CS、DVDの視聴記
昨夜は、アーノンクールのモーツァルト3大シンフォニー(11月11日の公演)を、NHK教育テレビで放映していたので、まさしくかじりつくようにして観ました。
今回のウィーンフィルの公演の中でも、ただ一回しかない貴重なプログラム。
しかも、土曜日かつサントリーホールとくれば、一番人気は当然でしょうね。
私があえなく撃沈したのも、むべなるかな。
オークションでペア15万円の値段がついたのには少々驚きましたが・・・。
そんなプラチナチケットのはずなのに、P席で結構空席があったのはなぜなんだろう。
あー、もったいない!

<日時>2006年11月11日(土)
<会場>サントリーホール
<曲目>
モーツァルト
■交響曲第39番変ホ長調 K543
■交響曲第40番ト短調 K550
■交響曲第41番ハ長調 K551
<演奏>
■指 揮:ニコラウス・アーノンクール
■管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

最初は39番。
この曲は13日に実際にステージで聴いたのですが、あらためてその日の感動が甦ってきました。
とくに第3楽章のトリオのなんと見事なこと。
クラリネットの夢見るような柔らかさ、そしてリピートでほんの少し音量を落としたクラリネットの背景で、優雅に浮かび上がる弦楽器の3拍子、またまた涙ぐんでしまいました。

そして40番。
私が常々この曲のスタンダードだと考えているジョージ・セルのテンポ設定とは随分違います。
第1楽章はとにかく速い!
でもこれがモルト・アレグロなんですよね。フルトヴェングラーのテンポに近い印象。まさしく疾風のごとく駆け抜けました。ちなみにフレーズ単位の表情は濃いめ。
第2楽章は良く歌います。
続く第3楽章は、やや速めのテンポ。
でも私が感銘を受けたのは、速さ云々よりも、この楽章が「メヌエット」という舞曲であることを強烈に意識させてくれたことです。
アーノンクールのモーツァルトは、いつも第3楽章にご注目です。
そして、終楽章はアレグロ・アッサイという設定にもかかわらず、やや遅めのテンポ。
しかし、フレーズというフレーズはすべてアーノンクール&ウィーンフィルという名工によって克明に彫刻されていました。

最後はジュピター。
これは、ほんとに見事な演奏。
「どこがどうだった」と言うような表現をためらわせるくらいのレベル。
とくに、フィナーレの立体的で輝かしい音楽は、まさに圧巻でした。

そして、このコンサートの放映の前に、番組では短い特集が組まれていました。
題して「新潮流ピリオド奏法」。
これは面白かった。
新婚ほやほやの金聖響さんをゲストに迎えての番組内容でしたが、スーダン&東京交響楽団、ノリントン&NHK交響楽団のピリオド奏法への取り組みも興味深かったし、最も印象に残ったのは、他ならぬアーノンクールへのインタビューでした。

「歴史に忠実なだけの演奏が、本当に聴衆のためになるのか。博物館のような演奏は大嫌い。音楽の生命を伝えるために、あらゆる方法を試みている。原点を知りそこに生命を吹き込みたいんだ!」

たしか、こんな要旨だったと思います。
素晴らしいコメントだと思いませんか。
私はこの言葉をきいて、思い切り感動しました。
そして、この言葉を「演奏という現場」でしっかり体現できるところが、アーノンクールのアーノンクールたる所以でしょう。
やはり偉大なマエストロです。

少しこの話題からはずれますが、残念なお知らせがあります。
私が大阪出張時の憩いの場所だった梅田新地の音楽バー「アインザッツ」が、この12月22日をもって閉店することになったのです。
秘かな楽しみというよりは、アインザッツへ行くこと、そしてそこでマスターやブログでお世話になっている人たちと大好きな音楽について語り合うことが、出張の主目的だったかもしれません。
閉店の理由等は、アインザッツのHPをご参照いただきたいのですが、マスターの菖蒲さんには本当にいろいろご教示いただきました。
本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

来月、お目にかかれる日を楽しみにしています。
そして、同じビルの「新地のアーノンクール」さんにもご挨拶しなきゃ。(笑)
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フルトヴェングラー:ピアノ五重奏曲 ハ長調

2006-11-26 | CDの試聴記
今月16日にボジョレー・ヌーヴォーが解禁になりました。
ボジョレー好きの私は、既に2本いただきましたが、今年は当たり年?
2本とも、とてもまろやかで爽やかな味がしました。
最近では3年前のボジョレー・ヌーヴォーがとても美味しかったのですが、そのとき以来でしょうか。
ショップによっては早くも値下げをしているので、また値段につられてふらっと買ってしまいそうです。
飲酒運転取り締まり強化の背景もあり、例年のフィーバーがないのは、かえってラッキーだったりして・・・。(笑)

さて、ボジョレー・ヌーヴォーとは、およそかけ離れた音楽ですが、久しぶりにフルトヴェングラーのピアノ五重奏曲のディスクを引っ張り出して聴いてみました。
指揮者というよりも、作曲家としての名声を望んだフルトヴェングラー。
現実は、あまりにも偉大なマエストロとしての評価に比して、必ずしも彼の望んだようにはなりませんでしたが、彼が最後まで守ろうとしたドイツ音楽への熱い思いは伝わってきます。
(好き嫌いは別にして・・・)
私は彼の作品の中では、3曲のシンフォニーもいいけど、「ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲」が好きで、時々聴きます。
ほかにヴァイオリンソナタ等の室内楽も作曲していますが、このピアノ五重奏曲が室内楽のジャンルでは代表曲と考えていいでしょう。

          

<曲目>
■フルトヴェングラー:ピアノ五重奏曲 ハ長調
 第1楽章:Molto Allegro
 第2楽章:Adagio
 第3楽章:Ruhig  
<演奏>
■ダニエル ベリック(P)
■エリシン弦楽四重奏団

さて、このピアノ五重奏曲のディスク。
今まで何回か聴いてきたのですが、実は1回も最後まで聴きとおせなかったのです。
このジャンルの曲にしては、まず演奏時間が異例に長い!
3楽章構成で、それぞれが(26分、22分、24分)という長さなんです。
どう考えても3曲分ですよね。
CDで楽しむ分には、初めからそう考えて聴く手もありますが・・・。
そして、何よりも、音楽そのものが冗長に感じてしまうことが、聴きとおせなかった原因です。

しかし、今日は嵌りました。
初めて、この曲を最後まで聴きとおせました。
ひょとして、ボジョレー・ヌーヴォーのおかげ?

第1楽章は、「弦のユニゾン」に「ピアノの合いの手」という組み合わせで曲が進みます。
2分半過ぎのフレーズはとても美しい。
しかし、やはり長いなあ。いろいろなファクターを詰め込みすぎ、という印象が拭えません。
いくら集中して聴いても、いつの間にか退屈してしまうのです。

今日聴いて素晴らしいと思ったのは、第2楽章。
ピアノのメロディがとても美しい。
ヴァイオリンをはじめとする弦楽器も、憧れを胸に秘めたような可憐な表情が、とてもいいですねぇ。
5分過ぎに登場する旋律は、どこか「さくらさくら」を思わせます。
また、この「さくらさくら」は、この楽章全体を通してのサブテーマのようになっています。
そして、11分過ぎのヴァイオリンのメロディは、まるで静かに何かを訴えかけているかのよう。
そして、チェロがそのヴァイオリンの訴えかけに真摯に応えます。このあたりの表情はドイツロマン派の素晴らしさそのもの。
19分過ぎからの、ピアニシモで歌うヴァイオリンとチェロの対話の妙は、この曲の白眉でしょう。

第3楽章にきて、ようやく明るさを感じる音楽になりました。
3分過ぎには、どこかベートーヴェンの「大公」を思わせるフレーズが出てきます。
この楽章が、各楽器の扱いを含めて、一番室内楽らしい雰囲気を感じさせてくれました。

各楽章を、それぞれ私の独断で評価すると、
第1楽章:△、第2楽章:◎、第3楽章:○
というところでしょうか。
この曲を、何度も最後までとおして聴くことは相当大変なことだと思います。
しかし、じっくり聴くと、フルトヴェングラー自身が語っている言葉を、この作品においても実践していることが分かります。
「私(=フルトヴェングラー)はいつも『存在するもの』からではなく『生成しつつあるもの』から出発します。私が思うに、音楽とは決して出来上がっているものではない、それは第1小節の音が鳴り始めた瞬間から発展し始め、それに続く全ての部分はここから生まれるのです。」
(ヘッカー著 「フルトヴェングラーとの対話」より)


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アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス ヘンデル:「メサイア」

2006-11-22 | コンサートの感想
「最高のメサイア」
昨日サントリーホールを埋めたすべての聴衆が、そう感じたに違いありません。
そのくらい、素晴らしかった!
オーケストラ、ソリスト、コーラス、そしてマエストロ、全てに対してブラヴォー。

<日時>2006年11月21日(火)19:00~
<会場>サントリーホール
<曲目>ヘンデル作曲 オラトリオ『メサイア』
<演奏>
■ニコラウス・アーノンクール指揮
■ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
■ソプラノ:ユリア・クライター
■アルト:ベルナルダ・フィンク
■テノール:ヴェルナー・ギューラ
■バス:ルーベン・ドローレ
■アーノルト・シェーンベルク合唱団

      
    

これだけの大曲になると、どこかに穴や綻びがでるものです。
しかし、昨日のメサイアにはそれが全くなかった。
まさに奇跡のような演奏だったのです。
加えて聴衆も最高でした。
2時間半を超える大曲を聴いているにもかかわらず、凄い集中力。
最後のアーメンコーラスが終わった後も、物音ひとつしません。
アーノンクールが両腕の緊張を解いて脱力したあと、一拍おいて、いっせいに拍手が起こりました。
ホール全体がどれだけの一体感をもっていたか、これだけを採りあげても想像いただけると思います。
こんなメサイアを聴かせてもらって、もう「ありがとう」という言葉以外に、私は何も言葉が浮かびません。

実は最近風邪のせいだと思うのですが、ときどき耳が片方だけ少し塞がったような感じになるのです。
この日が、まさにそれでした。
よりによって、楽しみにしていたアーノンクールのメサイアの日にならなくてもと、体調をちょっぴり恨みましたが、かえって感覚を研ぎ澄まして聴くことができたのかもしれません。

さて、この日の席は大好きなP席ではありません。
大奮発して、プレオーダーでS席をとりました。(笑)
1階の14列目という声楽曲を聴くには理想的なロケーション。

ステージに登場したコンツェントゥス・ムジクスの雰囲気はアットホームな感じでいいですねぇ。
コンマス席には、元ウィーン響のコンサートマスターにしてモザイク・カルテットの第一ヴァイオリンもつとめるヘーバルト。
その隣にはマエストロの愛妻であるアリス・アーノンクールがにこやかな表情で座っています。
マエストロの指揮にあわせて最初のシンフォニーが始まりました。
なんて温かい音色。そして透明なんだろう。
まさに、私の理想とする響きです。

第1部では、第11曲の合唱が、純粋無垢な表現で、思わずにっこり。
中ほどの「Wonderful,Counsellor,・・・」という歌詞が鮮烈に響きます。
それにしても、このアーノルト・シェーンベルク合唱団の素晴らしさは、もう形容しようもないくらいです。まさに世界一。
そして、第16曲の「Rejoice Greatly」は私の最も好きなアリアです。
ソプラノのクライターはこの日初めて聴きましたが、これまた素晴らしいソプラノですね。
名盤の誉れ高いアーノンクールの新盤で歌ったクリスティーネ・シェーファーにも負けません。
これだけ透明で美しい声をもったソプラノも珍しいでしょう。
バーバラ・ボニーの声に近いかなぁ。
容姿にも恵まれているので、今後ますます人気が出ると思います。

第1部が終わり休憩に入りました。
せっかくだから、より晴れやかな気持ちに浸りたいと思って、私もスパークリング・ワインをいただきました。
周りを見渡すと、本当にみんな楽しそう!
「メサイア」という音楽がもたらす、独特の幸福感ゆえでしょうか。
そして、私にも幸運が訪れました。
メサイアのおかげかワインのおかげか分かりませんが、耳の不調が、うそのように消えたのです。

後半は、そんな幸運も手伝って、一層素晴らしい音楽を堪能することができました。
第20曲のアリアは名唱。
このフィンクというアルトは、アーノンクールのお気に入りの歌手ですが、やはり実力がありますねぇ。
そして第22曲の合唱は、どこかモーツァルトのレクイエムに似ています。
また、第36曲のバスのアリア「地上の王たち・・・」は、凄い迫力でした。
このアリアを歌ったドローレは、プログラムを見ると、1980年生まれの26歳だそうです。
若々しいはずですよね。
ちなみに1980年は、アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが初来日した年。そして、私が社会人になった年でもあります。
この年に生まれた歌手が、もうこうやって大活躍しているんですよね。
感慨深いものがありました。
そして、第2部を締めくくる第39曲「ハレルヤ」。
新盤のディスクでも最も印象に残った曲ですが、この日も素晴らしい演奏でした。
ひとことでいうと、眼差しが優しいんです。
アーノンクールは、いつの間にこんなに優しい音楽、包容力に溢れた音楽を聴かせてくれるようになったのでしょうか。
もう、聴いてる間中、ずっと幸福感に浸っていました。

続く第3部では、何といっても終曲が感動的でした。
あの長いフーガからアーメンコーラスへ至るまで、もう圧倒的な演奏。
この曲がこんなに立体的に感じたことはありません。
そして、終演後の素晴らしい聴衆の反応は、冒頭書いたとおりです。
素晴らしいホール、素晴らしい聴衆にも恵まれ、滅多に聴けないような「最高のメサイア」に出会うことができました。
このコンサートを聴けた幸運に感謝しなければ・・・。

今年に入ってから、4月にウィーンで観たムーティの「フィガロの結婚」、最近では、アバド&ルツェルンの「マーラーの6番」等、生涯決して忘れることのできない名演に実演で出会うことができました。
この日の「メサイア」も絶対忘れることの出来ない、特別のコンサートに入ると思います。

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chiakiさんのコンサート

2006-11-20 | コンサートの感想
昨日は、加古川であるピアノ発表会を聴いてきました。
ピアニストは、いつもブログでお世話になっているcalafさんの愛娘であるchiakiさん。
chiakiさんはプロのピアニストではありません。
障害を克服するべく、お父さんと二人三脚で頑張ってきました。
この発表会に至るまでのcalafさんとchiakiさんの大変な道のりを考えると、生半可な気持ちでこの発表会を聴くことができません。

加古川駅を降りて、歩くこと約20分。
ホールに着くと、もう既に何名かの方が来られていましたが、そこで初めてcalafさんにお目にかかることができました。

calafさんとは、まさに初対面。
でも、何十年も前からの知り合いのように、ギターのこと、ピアノのこと等、開演前のロビーで熱っぽく話し続けました。
開演前の大事な時間帯なのに、お父さんを占有してしまって、chiakiさんには申し訳ないことをしてしまいました。
そして、受付の方を見やると、受付をてきぱきとこなされている若い方がいらっしゃいます。私は身内の方と勝手に思いこんでいたところ、何とその方はこれまたブログでお世話になっているdokuohさんとの由。
その振る舞いが、あまりに自然だったので、これは驚きました。(笑)
しかし、先日のブログにも書かせていただいたとおり、calafさんともdokuohさんともこの日が初対面だったわけですが、打ち解けて話をするのにものの10分もかかりません。
考えてみると本当に大変なことです。
休憩時には、先日のコンサートで初めてご挨拶させていただいたemiさんも加わり、東京から来たブログ3人衆とcalafさんの4人で音楽談義に花が咲きました。
「人の縁、ブログの縁、音楽の縁」ということを、強く感じないわけにはいきませんでした。

さて、chiakiさんのバッハ、素晴らしかったです。
バッハの音楽は、数ある音楽の中でもとりわけいろいろなアプローチがあると、私は固く信じておりますが、今回のchiakiさんの演奏は、ほかのだれでもない「今のchiakiさんのバッハ」だったと思います。

パルティータ第1番の前奏曲、後半の装飾音符がとても優しかった。
そして父でありピアノの師でもあるcalafさんが「聴いて欲しい」と仰っていたサラバンド、私にはとても優雅に聴こえましたよ。
そして、この日のプログラムの最後を飾ったパルティータ第2番のシンフォニア。
ハ短調ということもあるのでしょうか、チェンバロによる演奏ですら少しはったりをきかせた表現が多い中、きわめて温かく誠実に弾かれていたと思います。
また、3曲聴かせていただいたアンコールでは、とくに2曲目と3曲目が素敵でした。
2曲目は、マルチェロのオーボエ協奏曲の第2楽章。
これってバッハがアレンジしたものなのでしょうか。それはともかく、本当に美しい演奏でした。
3曲目は、ゴールドベルク変奏曲のアリア。
グールドの新盤よりもさらにゆったりしたテンポでしたが、「愛しむ」という言い方がぴったりくるようなアリアでした。

chiakiさん
素晴らしいバッハをありがとう。
「バッハが好きだ」という気持ちがよく伝わってきて、私は感動しました。

そしてcalafさん
calafさんの万感こもったご挨拶には、同じ娘を持つひとりの父親として、本当に深い感銘を受けました。
chiakiさんがこんなに素晴らしいバッハを聴かせてくれたのは、間違いなくcalafさんの愛情あってのことです。
これからも温かく見守ってあげてください。
また、手作りのプログラム。
今までみた、どのプログラムより素晴らしかったです。

ありがとうございました。
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イッサーリス&ナジ/新日本フィル シューマン:チェロ協奏曲イ短調op.129他

2006-11-18 | コンサートの感想
少し遅くなりましたが、15日に聴いた新日本フィルのサントリー定期の感想を。

<日時>2006年11月15日(水)19:15開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■ヴェルディ:歌劇『運命の力』序曲
■シューマン:チェロ協奏曲イ短調op.129
(アンコール)鳥の歌
■リスト:メフィスト・ワルツ第1番
■バルトーク:4つの管弦楽曲op.12
<演奏>
■チェロ:スティーヴン・イッサーリス
■指 揮:ジョルト・ナジ
■管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

     

席は、例によって大好きなP席。
音のバランスは、座る位置によって打楽器協奏曲になったり金管協奏曲になったりしますが、指揮者の意図は全て明確に分かるし、何よりも自分もオケの一員になったような感じが、私にはたまらないのです。
「音楽にコストパフォーマンスという概念はない」と常々考えている私ですが、この席が1,750円でゲットできるのですから、これほどありがたいことはありません。

さて一曲目の「運命の力」序曲は、すっきりした印象。
冒頭のホルンは、休符が少し長め?
非常に印象に残ったのですが、計算された長さの休符に感じられたので、「休符が無言のものを言う」とはいきませんでした。
この曲の場合、その後の展開を暗示するような、もっと悲劇的な面を打ち出してほしいのですが、残念ながらそういう演奏ではありませんでした。

前半のメインはシューマンのチェロ協奏曲で、独奏はスティーヴン・イッサーリス。
このイッサーリスのシューマンを聴きたくて、実はこのコンサートに来たのです。
結論から言ってしまうと、素晴らしかった。
聴きに来て本当によかった。
イッサーリスのチェロは、とにかく自由に歌う!
ときに喜び、ときに叫び、ときにすすり泣く。
まさに感情を隠さない演奏でしたが、私はこんなシューマンが大好きです。
それから、オケの独奏チェロを弾いておられた川上徹さん、これまた素晴らしい演奏でした。
イッサーリスとの対話は見事のひとことで、終演後指揮台を越えてイッサーリスが握手を求めにいったのも頷けます。
私の一番聴きたかったシューマンの音楽を、すっかり堪能させてもらいました。

アンコールには、「鳥の歌」を聴かせてくれました。
この曲をチェロ一台でこなすのは至難の業だと思いますが、見事に弾き切ってくれました。
まさにブラヴォー!
そのあと、何度かステージに登場した後、最後は愛器にもお辞儀をさせて退場。
そのウィットに富んだパフォーマンスに、万雷の拍手を受けていました。

後半の2曲では、バルトークがよかったなぁ。
普段あまり聴かない曲なので、こういう曲は実演で聴くべきですね。
とくにナジのように分析的に演奏する指揮者のもとで聴くと、音楽の動き・つくりが実によく分かります。
オーケストラも生気溢れる演奏で、ナジの棒に応えていました。
クラリネット・オーボエ・フルート等の木管は美しいし、ブラスも見事に炸裂。
この曲の魅力を再発見できました。

新日本フィルの演奏を聴くのは久しぶりでしたが、響きも美しいし技術も安定していて素晴らしいオーケストラだと思いました。
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アーノンクール&ウィーンフィル(その2) ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92

2006-11-15 | コンサートの感想
「激しく、しかも美しいベートーヴェン」

       

アーノンクール&ウィーンフィルの後半の演目、ベートーヴェンの7番を聴いた印象です。
やはり、モーツァルトとは響きが違います。
第1楽章冒頭から、力感と柔らかさが交錯した充実した響きに耳を奪われます。
序奏の、力強いけどシンプルなあの上昇音階ですら、このオーケストラの手にかかると何とも音楽的になっていきます。
そして、主部のヴィヴァーチェに入ってからは、とくに内声部に注意して聴いていたのですが、第二ヴァイオリン、ヴィオラそしてチェロがしっかり聴こえます。
美しいメロディラインについ隠れがちですが、このあたりが、このオーケストラ特有の素晴らしいアンサンブルの秘密かもしれません。

そして、この日最も感銘を受けたのが次の第2楽章。
ヴィオラ・チェロ・コンバスが奏でる有名な主題、私はこんなに震えるような感動持って聴いたことはありません。
アーノンクールは、4小節単位で繰り返されるフレーズの最後の音をやや短めに、しかし実に意味深く表現させます。
私は思わず姿勢を正しました。
そして、続くppに音量を落とした箇所では、もう金縛りにあったみたいで、まったく身動きができません。
もの凄い緊張感、表現力。
弱音がこんなにもインパクトを持っているのですね。
このあたりまでくると、咳払いがホールのあちこちで聴こえてきました。
もちろん会場ノイズには違いないのですが、これは、決して聴衆が集中していないからではないのです。
むしろ全く逆で、あまりの緊張感に、思わず体が反応したのではないでしょうか。
ホールを埋めつくした聴衆が固唾を呑んで見守る中、音楽はさらに高揚し、第2楽章のエンディングに。
ベートーヴェンが、最後の2小節だけを、何故ピツィカートではなくアルコで弾かせたか、初めて分かったような気がしました。
もう言葉で表現できないくらいの感動。
もし、この日のコンサートがディスクとしてリリースされたら、私はこの第2楽章を聴くためだけであっても、必ず買うでしょう。
それほどの演奏でした。

そして第3楽章では、伸びやかなトリオが印象に残りました。
また、コーダのプレストの直前、ゆったりとかつ深々とした表現は見事としかいいようがありません。
私は、なぜかこの響きの中にレオノーレの序曲を聴いていました。

フィナーレは、大変に速いテンポで始まりました。しかも、すざましいまでの集中力。
強奏部では、アーノンクールが両手を大きく振り上げる例の仕草で思いっ切りアクセントを要求するものですから、さすがにウィーンフィルでも音が十分に鳴り切りません。
しかし、これがアレグロ・コン・ブリオなんですよね。
コーダのクライマックス(練習番号Rの少し前)で、唸りを上げて襲い掛かるチェロとコントラバスの迫力には思わず鳥肌がたちました。

アンコールは、ベートーヴェンの交響曲第8番の第2楽章。

アンコールを含め、素晴らしいベートーヴェンでした。
アインザッツのマスターがコメントくださったように、今回のアーノンクールに率いられたウィーンフィルの公演は、何年後かに伝説のコンサートとして語られることになるかもしれません。

私は、ウィーンフィルの音楽が、ウィーンフィルの響きが大好きです。
そして、サントリーホールという日本一の響きを持つホールで聴くウィーンフィルは、格別の魅力を持っていると信じています。
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アーノンクール&ウィーンフィル(その1) モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K543

2006-11-13 | コンサートの感想
今日は、待ちに待ったウィーンフィルの日。
思い返せば、一年前このサントリーホールで、初めて生のウィーンフィルを聴いたのです。
そのときの状況は、今でも鮮明に思い出すことが出来ます。
あのモーツァルトのクラリネット協奏曲の冒頭のメロディが流れ出したとき、私は夢かと思いました。
「こんな透明で温かいサウンドがあるんだ」「本当に奇跡のオーケストラだ」と、まるで雲の上を歩いているような気持ちでした。
そして、休憩時にロビーに出ると、私と同じように目頭を押さえた方を何人もいるじゃないですか。
そのときからです。ウィーンフィルが、私の中で特別のオーケストラになったのは。

今年は、巨匠アーノンクールと来日するとあって、昨年以上の人気。
残念ながら、プレオーダーも一般発売も、あえなく撃沈。
今回ばかりは縁がないと思っていたところ、ネットオークションのことを知り、初めてゲットしたのが今日のチケットでした。

<日時>2006年11月13日(月) 19:00開演
<場所>サントリーホール
<曲目>
■モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K543
■ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92
<演奏>
■ニコラウス・アーノンクール指揮
■ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

         

仕事を何とか早めに切り上げ、いそいそと一路サントリーホールへ。
ホールに着くと、例によってウィーンフィルのグッズが販売されていました。
今年は、「ウィーンフィル手ぬぐい」なんていう新しいものもありましたよ。
前から思っているのですが、ウィーンフィルのコンサートは、どこか華やいだ感じがします。
聴衆の人たちも、演奏が始まる前から、嬉しそうなあるいは幸せそうな表情です。
こんなところも、このオーケストラ特有の魅力の1つなんでしょうね。

さて、今日のコンサートは、ウィーンフィル全国公演の最終日。
いわゆる千秋楽です。
席は、1階席の後ろから3列目の端っこでしたから、いわゆるS席ではなくA席だったのですが、このサントリーホールは、そんなことを全く問題にしません。
本当に素晴らしい音でした。

舞台に目を移すと、コンサートマスターのライナー・キュッヘルを先頭に、オケのメンバーが続々とステージに出てきました。
オーケストラは両翼配置。
オーボエの音を聴くことなく、キュッヘルが立ち上がってチューニングの合図を送ったところで、「そうだ、この曲はオーボエが入っていないんだ」と改めて実感。
チューニングが終わり、いよいよマエストロ・アーノンクールの登場です。
実は体調を心配していたのですが、77歳にとは到底思えないほど背筋がぴんと伸びて、大変お元気そうでした。
これなら期待できるぞ。

そして、変ホ長調の和音が鳴り響きました。
昨年のように「夢のような」感覚はありませんが、それでもしばらく聴き進むと、まぎれもないウィーンフィルのサウンド。
「あー、やっぱりウィーンフィルだ!」
そんな感動が全身を襲いました。
序奏は速めのテンポですが、流れが美しい。しかし、付点のリズムは、きりっとしていて心地よいです。
主部に入って、最初に16分音符の下降フレーズが登場する2小節前の2拍目と3拍目に、マエストロは大きくテヌートをかけます。
これは少々やりすぎかなあ。音楽のせっかくの美しい流れが、ここで止まってしまいます。
でも、序奏の下降32分音符との対比を考えてのことなんでしょうね。

第2楽章は、ひたすら美しい。
そして何より感じたのは、伴奏に回ったパートが、何とも絶妙なサポートをするんです。もう音楽的としか言いようがないくらいの素晴らしさ。
これが、このオーケストラの最大の特長ではないでしょうか。

第3楽章メヌエットは、新旧のCDと同様に大変速いテンポで始まります。
しかし、途中のトリオでは、テンポをぐっと落として文字通り夢見るような音楽を聴かせてくれました。
とくにリピートした後、ほんの少し音量を落としたクラリネットが柔らかくメロディを吹く背景で、弦楽器の3拍子が優雅に浮かび上がる。
もうアーノンクールマジックと呼びたくなるような瞬間でした。

フィナーレの冒頭は、もともとCDでも際立って美しく印象に残る箇所でしたが、ウィーンフィルはやはりその上をいきます。
こんなに美しい表現は、かつて聴いたことがありませんでした。
また、リピートの直前に登場する上昇音型はスタッカートのはずですが、ここもCDと同様テヌートで演奏していました。
しかし、それがまったく自然に聴こえたのは、きっとウィーンフィルのなせる業なんでしょうね。

こうして前半の変ホ長調シンフォニーが終わりました。
アーノンクールのモーツァルトは、やはり一筋縄ではいきません。
しかし、いいですねぇ。
アーノンクールの音楽作りも、ウィーンフィルの響きも。
私、大好きです!

さて、後半はベートーヴェン。
続きは、次回書きます。


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金岡淳子 ソプラノリサイタル

2006-11-12 | コンサートの感想
ブログを始めて、2年が過ぎました。
ブログをやってて良かったと思うことはいろいろありますが、何といっても「人との出会い」につきると思います。

ブログは元来ネット上のヴァーチャルな世界のはずですが、ふとしたことからブログで知り合った方と実際にお目にかかることがあります。
そんなときにいつも驚くのですが、初対面にもかかわらず、打ち解けてお話しするのに、ものの10分もかからないんです。
共通点は「音楽好きであること」、ただそれだけなのに・・・。
まるで奇跡のようです。

9日の木曜日は、そんなブログを通して親しくさせていただいているアインザッツのマスターyokochanさんと連れ立って3人で飲みに行きました。
マスターがウィーンフィル、ウィーン交響楽団の来日公演を聴きに久しぶりに上京されることで実現した飲み会ですが、いやー、ほんとに楽しかった。
話題が途切れることが、まったくありません。
最新のディスクやコンサートの話題、何十年も前の名演奏・エピソード等、話のネタは尽きません。
あっという間の2時間半でした。
マスター、yokochanさん、ほんとにありがとうございました。

そして、昨日は、同様にブログで親しくさせていただいているemiさんがピアノ伴奏で出演される声楽のコンサートに行ってきました。
会場は、大泉学園のゆめりあホール。
大泉学園といえば、東京へ転勤してきて4年間社宅住まいをしていた保谷市のすぐ隣の街です。かれこれ15年ぶりになりますが、懐かしいですねぇ。
ゆめりあホールは平成14年に開館された新しいホールで、全部で176席という小ホールですが、とても綺麗で音響も素晴らしかった。
室内楽や歌曲には理想的かもしれませんね。

<日時>2006年11月11日(土) 15:00開演
<会場>ゆめりあホール(大泉学園)
<曲目>
■チャイコフスキー 「それは早春のことだった」
■リムスキー=コルサコフ 「風ではない」
■チャイコフスキー 「子守歌」
■ラフマニノフ 「夢」
■ラフマニノフ 「リラの花」
■ラフマニノフ 「歌うな、美しい女よ・・・」

■カタラー二 歌劇「ワリー」より ≪おお、ふるさと≫
■プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より ≪氷のような姫君の心も≫
■ヴェルディ 歌劇「椿姫」より ≪さらば、過ぎ去りし日よ≫
■ヴェルディ 歌劇「オテロ」より ≪アヴェ マリア≫
■プッチーニ 歌劇「つばめ」より ≪ドレッタの夢≫
<演奏>
■金岡淳子(ソプラノ)
■伊藤恵美(ピアノ)

さて、プログラムの前半はロシア歌曲。
金岡さんの声は透明感があって、リリカルな歌唱がとても心地よかった。
冒頭の2曲は、「春」を待ちわびる厳しい気候のロシアの人たちの期待感がよく表現されていたと思います。
3曲目は、私の中では前半のクライマックス。
チャイコフスキーの「子守歌」。
不思議な曲です。優しくもどこか哀しい。また、ある箇所では微笑みも感じる。
たしかに子守歌なんでしょうね。でも、私には追憶の歌に聴こえます。
「この子供は、ひょっとするともうこの世にいないかもしれない」、そんな風にすら感じます。歌詞をどんなに読み返してみても、それらしいことはまったく書かれていません。
しかし、そう感じてならないのです。
金岡さんの情感こもった歌は、私の心をうちました。
また、emiさんのピアノも、過度の表情を排しつつ、この曲に対する優しい眼差しを感じさせてくれる素晴らしい演奏。
とくに、付点で下降する半音階のフレーズがとりわけ印象的でした。

前半ラストの3曲は、ラフマニノフの歌曲。
一層ロマンティックな音楽で、ふと7日に聴いた小菅優さんの演奏を思い出してしまいました。
最後を飾る「歌うな、美しい女よ」は初めてきいた曲ですが、前半で唯一と言っていい劇的な曲。素晴らしい演奏でした。

後半は、がらりと変わってイタリアオペラからのアリア。
よく知られた曲が多かったこともあって、聴衆の反応も一段とよくなりました。
冒頭のカタラーニの曲は、私の大好きな曲で、聴きながら幸福感を感じていました。
プッチーニのアリアが終わったあと、照明が暗くなって、何やら机と椅子がステージに運ばれてきました。
いったい何が起こるんだろう。
それは、次の椿姫のアリアのための準備だったのです。
金岡さん、いやヴィオレッタは手紙を読みながら入場してきました。
そして疲れ果てた身体を椅子に沈めながら、
「私のお墓には十字架もなく、花もなく・・・」と歌います。私は何度もみたオペラの舞台の光景が甦り、うるうる状態に。
そして、その後転調してすぐに出てくる「ラ・トラヴィアータ(道を踏み外した女)」というあたりでは、もう目頭をぬぐっていました。
歌い終わって一瞬の沈黙の後、客席から低い声で一声「ブラーヴォ」。
感動的な音楽、演奏でした。

アヴェ・マリアは、オテロでデズデモーナが歌う敬虔なアリア。
前曲のかわいそうなヴィオレッタの印象が残像としてそのまま残っていたので、きわめて鮮烈な印象を与えてくれました。
最後の「ドレッタの夢」は、一転して明るく華麗な曲。
コンサートの最後にふさわしい選曲であり、見事な演奏でした。

アンコールは日本歌曲を一曲聴かせていただきました。
(すみません。曲目は分かりませんでした)

普段、あまり声楽のコンサートに行く機会がなかったので、今回はとても貴重な体験をさせていただきました。
金岡さんの透明感のある歌唱は、宗教音楽にもぴったりではないでしょうか。
そんな機会があれば、是非聴いてみたいです。
また、emiさんのピアノは、妙にオーケストラのオリジナル楽器を意識しすぎることなく、ピアノならではの表現を心がけておられるように感じました。
それが、等身大の実在感のある音楽を生み出すことに繫がっていたのではないでしょうか。
ソプラノの金岡さんと常に対話しながら生み出される音楽はとても魅力的で、私はとても好感をもちました。

emiさま
素晴らしいコンサートにご招待いただき、本当にありがとうございました。
お疲れがでませんように・・・。

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小菅優&コヴァーチュ/ブダペストPO  ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調他

2006-11-08 | コンサートの感想
月曜日の名古屋出張の疲れも少しあってあまり体調はよくなかったのですが、昨日は、ブタペスト・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートに行ってきました。
10日ほど前に半額チケットが入手できたことと、小菅優さんのピアノ、それもラフマニノフの2番が聴けるというので、いそいそと池袋の東京芸術劇場へ。

      

<日時>2006年11月7日(火) 19時開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■リスト:ハンガリー狂詩曲第2番嬰ハ短調
■ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調OP.18
■ブラームス:交響曲第1番ハ短調OP.67
<演奏>
■ピアノ:小菅優
■指 揮:ヤーノシュ・コヴァーチュ指揮
■管弦楽:ブタペスト・フィルハーモニー管弦楽団
 
席は2階のLBC列4番。
ステージに近いし、なかなか素晴らしい席です。
この席が半額の4,000円とは・・・。
本当にありがたいことです。

定刻を5分ほど過ぎた頃、コンサートミストレスを先頭にオケのメンバーがぞくぞく入場。
うん?どこかで見た入場スタイルだなあ。
そうです、あのウィーンフィルのスタイルです。
ウィーンフィルの場合は、ライナー・キュッヘルが先導するのですが、このブタペスト・フィルハーモニーは女性のコンミスが先頭にたって登場しました。
このオーケストラ、普段はハンガリー国立歌劇場のオーケストラとしてオーケストラピットに入って演奏しているのですが、オケのコンサートをやるときは、ブタペスト・フィルハーモニーとして選抜メンバーを組んで演奏するようです。
道理で、ウィーンフィルを意識するはずですよね。

また、奏者がひととおり着席したところで、オーケストラ全体を見て驚きました。
「何と女性奏者が多いんだ!」
弦楽器では7割が女性です。とくにヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの前8人のうち、何と女性が7名を占めていました。
このあたりは、皮肉なことにウィーンフィルと全く逆ですね。

さて、コヴァーチュが登場しました。
指揮棒をもっていません。また指揮台も使いません。声楽曲への造詣が深いのかしら。
最初の曲は、リストのハンガリアンラプソディ第2番。
手慣れた演奏です。さすがお国もの。
でも、響きが少し薄い感じがします。まだホールの空気がこなれていないせいかなぁ。

前半のメインは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
小管さんは、鮮やかな赤のドレスで登場しました。
5月のラ・フォル・ジュネ・ジャポンで聴いたモーツァルトが、彼女としてはいささか残念な結果だったので、私としては一抹の不安を持っていましたが、まったくの杞憂でした。

とにかく、上手い!
とくに第3楽章は「天馬、空を行く」という感じの演奏で、音楽する喜びに溢れていました。
ピアノを弾きながらも、オケの音を絶えず身体で感じながら演奏するその姿は、それだけでも聴き手を魅了します。
今まで、モーツァルトの21番、ベートーヴェンの3番、チャイコフスキーの1番と3回彼女のピアノコンチェルトを実演で聴きましたが、いずれもほんとに素敵でした。私の中では、早くも「小菅優のピアノコンチェルトは、絶対聴くべし」というイメージが定着しました。
盛大な拍手に応えて、アンコールではラフマニノフの6つのモーメントミュージカルから第1番を聴かせてくれました。
何と詩的で美しい表現!
15歳の時にレコーディングもしている彼女の得意のレパートリーですが、間のとり方や弱音の表現力等さらに成長した音楽を聴かせてもらって、本当に嬉しかった。
これなら、今夏ザルツブルクで大評判だったことも頷けます。

後半は、ブラームスの一番。
前半とは明らかに響きが違います。
オーケストレーションの差もあるのでしょうが、奏者達のテンションも明らかに高くなっています。
悠然としたテンポに、やや濃厚な表情づけ。
第2楽章では、ブラームスから首席に座ったオーボエが抜群に上手い。
素朴な響きが美しい第3楽章を経ていよいよフィナーレへ。
そして、ホルンが活躍するあの有名な場面にさしかかりました。
ここまで、少々不安を感じさせたホルンだけに、「何とか、ここは頑張ってくれ!」
まさに祈りにも似た気持ちで、ホルンソロを待ちます。

決まった・・・。そのあとのフルートも素晴らしいぞ。
こんな演奏が出来るのなら、もう少し前からやってくれたらもっと良かったのに・・・。
あとは一気呵成に力強くエンディング。

コヴァーチュの指揮は、全体をしっかり見通した上で、緻密にテンポ設定を行うので、聴き手は安心してブラームスの世界に浸ることが出来ました。

アンコールは、次の2曲。
・ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
・ベルリオーズ:ラコッツィ行進曲
とくに、ハンガリー舞曲の濃厚なロマンチシズムは、大いに泣かせてくれました。

彼らがオーケストラピットに入ったときのオペラも、是非聴いてみたいなあ。
でも、ちょうど来日公演が終わったところなんですよね。
いつもの悪魔が横で囁きそうだったのですが、残念!(笑)


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ル・サージュ&デ・ワールト/読響 シューマン:ピアノ協奏曲ほか

2006-11-04 | コンサートの感想
今日は読響マチネーの日。
ブラームスとシューマンという、晩秋のイメージに最もふさわしい作曲家2人の音楽を堪能して参りました。

<日時>2006年11月4日(土) 午後2時開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■ブラームス:大学祝典序曲 op 80
■シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 op 54
■ブラームス:交響曲第2番ニ長調 op 73
<演奏>
■ピアノ:エリック・ル・サージュ
■管弦楽:読売日本交響楽団
■指 揮:エド・デ・ワールト

     


デ・ワールトの指揮は1年ぶりですが、冒頭の序曲からオケが実によく鳴ります。
どちらかというと、スロースターターの読響ですが、今日は最初からエンジン全開。
そういえば、昨年の1曲目のドン・ファンも凄い演奏だったなあ。
実がぎゅっと詰まった、素晴らしいブラームスでした。
唯一残念だったのは、拍手が2秒早い!
フライングとまではいきませんが、デ・ワールトの手が完全に静止していないのに、待ちきれない聴衆から拍手がきてしまいました。
この曲は、エンディングで全パートが消音した後、最後に一瞬オルガンの響きのような残響が残るのですが、それがかき消されてしまいました。
見事な演奏だったので、気持ちはわかるんだけど・・・。
でも、やっぱり残念。

前半のメインは、エリック・ル・サージュをソリストに迎えてのシューマンのピアノコンチェルト。
ル・サージュは、パユやポール・メイエ、ルルーといった現代屈指の管楽器奏者との共演が多いので、室内楽の名ピアニストのような印象を与えがちですが、ソリストとしての腕も一流の人です。
そういえば、1989年にシューマン国際コンクールで優勝しているんですよね。
この、シューマンのコンチェルトには、きっといろいろ想い出があることでしょう。

響きが本当に繊細で綺麗です。
ル・サージュはメロディの扱いが巧みで、歌うような表現にも秀でている人ですが、むしろこの人の大きな武器は、バスの明快な表現力にあるのではないでしょうか。
単にくっきり弾いているというのではありません。
音楽の要求にしたがって、微妙に変化する弾力性に富んだバス。
このバスの表現力と天性のリズム感があってこそ、シューマン独特の内声や旋律の美しさが活きてくるのでしょう。
決してべたつくことなく、爽やかな抒情を感じさせる素敵なシューマンでした。

アンコールは、その素晴らしいコンチェルトの余韻そのままに、ダヴィット同盟舞曲集から第14曲を聴かせてくれました。
これも、詩的で非常に美しい演奏でした。

後半は、メインのブラームスの2番。
早過ぎず遅すぎず、見事なまでに統制の利いた素晴らしいブラームスでした。
次々と登場する魅力的な主題の表現ももちろん素晴らしいのですが、デ・ワールトの偉大さは、そのテーマを導く部分にありました。
音楽が八分音符から付点に変わることの必然性、なぜ次の主題の前に少しだけrit.がかかるのか等、聴きながら頷くことばかり。
きっとリハーサルは、相当厳しいものだったのでしょうね。
その結果、ジグソーパズルのように、すべてのパートがそれぞれのピースとしてぴったりはまっていくのです。
演奏者が気持ちよさそうに嬉々として演奏する姿をみるのは、聴き手にとっても非常に嬉しいことでした。
ブラームスの2番という音楽がもつ、明るさ・輝きのようなものを、この日の演奏は十二分に感じさせてくれたと思います。
なお、盛大な拍手に応えて、アンコールは、颯爽としたアップテンポのハンガリー舞曲第1番をきかせてくれました。

P.S
終演後、エリック・ル・サージュに、購入したばかりのCDにサインをしていただきましたが、本当に気さくなお人柄と拝察いたしました。
これから、また応援していきたいと思います。

      
      

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デイヴィッド・ラッセル ギター・リサイタル

2006-11-03 | コンサートの感想
昨日、久しぶりにクラシックギターのソロコンサートに行ってきました。
大好きなギタリストの一人であるデイヴィッド・ラッセルのコンサートです。
ラッセルの実演を聴くのは、1991年の初来日の時以来ですから、15年ぶりということになりますね。

初めてデイヴィッド・ラッセルの名前を知ったのは、かれこれ17~18年くらい前だったと思います。
それは、偶然見つけた一枚のCDでした。
CDの冒頭の曲は、ラッセル自らの手によるヘンデルのチェンバロ組曲第7番だったのですが、最初のフレーズからもう痺れてしまいました。
なんと、音楽が生き生きと美しく響いているんだろう。しかも、格調高い。
こんなギタリストがいたんだと、大変驚きました。
終曲のパッサカリアにくると、もう胸がいっぱいになって、しばらくの間何も手につかなかったことを、今も鮮烈に覚えています。
当時30代の気鋭のギタリストだったラッセルも、すでに大家と呼ばれる年代。
そんな彼がどんな演奏を聴かせてくれるか、とても楽しみにして上野の文化会館に行きました。

JRが遅れていたため、開演時間も15分ほど遅らせて始まりました。
ようやくデイヴィッド・ラッセルがステージに登場。
確か50代のはずなんだけど、若い!
かつての貴公子然とした雰囲気は、まったく変わっていません。
とにかく笑顔が素晴らしく、聴き手を一瞬にしてリラックスさせてしまうところは、ラッセルならでは。

最初の曲は、ジュリアーニの大序曲。
華やかで私の大好きな曲なのですが、残念なことにほとんど印象がないのです。
これは、ラッセルには何の責任もありません。
私の近くの席から聞こえてくる携帯電話のマナーモードの振動音が、すべての原因。
それも、しつこくずっと鳴り続けていたのです。まったく残念!

気を取り直して、2曲目のバッハに期待。
これは素晴らしかった。無伴奏フルートソナタのアレンジなんですが、オリジナルのギター曲といってもまったく差し支えないくらいの名編曲であり、名演奏でした。
彼の持ち味である生気溢れる音楽に、さらに深みが加わって、まさに熟成された味。
美しい音を生み出す右手のタッチの素晴らしさと、見事にコントロールされた左手(指)の技術にも支えられて、格調高いバッハを聴かせてくれました。

前半のメインは、グラナドスの詩的ワルツ集。
原曲に非常に忠実な編曲でしたが、正直ギターには荷が重いか・・・。
ラッセルの卓越した技術を持ってしても、そう感じました。
この曲を30年前からレパートリーに入れていた名手ジョン・ウィリアムスは、もっと割り切ったアレンジだったなあ。
しかし、ジョンの弾く詩的ワルツ集は、まるでグラナドスがたった今ギターのために書き下ろしたかのような鮮度の高さと、匂うばかりの美しさを感じさせてくれました。

このグラナドスで休憩のはずでしたが、JR遅延の影響で途中からしか聴けなかった聴衆のことを気遣ってくれたのか、優しいデイヴィッドはここで1曲追加してくれました。
追加されたのは、メルツのハンガリアン幻想曲。
さすがにラッセルの十八番だけのことはあります。それはもう、素晴らしい演奏でした。
私も一度コンサートで弾いたことがありますが、こんな演奏を聴いてしまうと、激しい自己嫌悪に陥りそう。

後半は、ダウランドの4つのガリアルドで始まりました。
カポタストをつけての演奏です。
単にリュートのイメージを模するというのではなく、ギターの機能性を上手く引き出した素敵な演奏でした。
ここまで書いてきて、ふと思い出したのですが、この日のデイヴィッドは、譜面を見て演奏するときだけ眼鏡を外していたなあ。
逆ならよく分かるのですが・・・(余計なお世話でした。すみません)

この日の白眉は、次のハウグの「プレリュード・ティエントとトッカータ」でした。
セゴヴィアのために書かれたにもかかわらず、セゴヴィアが録音をしなかったこともあって、決してメジャーな曲とは言えませんが、本当に素晴らしい音楽を聴かせてもらいました。
とくにティエントは、古きよき時代への憧れのようなものがストレートに感じられて大変感銘を受けました。
きっと、この日のラッセルの演奏に刺激されて、人気がでるだろうなあ。

コンサートの最後は、ソーホの人懐っこい曲。
文句なしの演奏でしたが、この曲をとりに持ってくるなら、ハウグの曲のほうが良かったような気もします。
そして、鳴り止まない拍手に応えて、アンコールは3曲。
最後に弾いてくれたのは、バリオスの「最後のトレモロ」。
素晴らしかった!ただただ、素晴らしかった!
言葉にならないくらいです。
これを聴けただけでも、この日は元が取れる、そんな音楽でした。

「よーし、気候も良いし、これから気を入れてギターを練習するぞ!」と、心に誓った夜でありました。
いつまでこのモチベーションが持つか、甚だ不安ではありますが・・・(笑)

<日時>2006年11月02日(木)19:00
<会場>東京文化会館 小ホール
<曲目>
■ジュリアーニ:大序曲
■J.S.バッハ :無伴奏パルティータ イ短調BWV.1013
(原曲は無伴奏フルートのためのパルティータ)
■グラナドス:詩的なワルツ集
■メルツ:ハンガリー幻想曲(追加)
■ダウランド:4つの小品
 涙のパヴァーヌ~ダウランド氏のガリアルド~
 「つねにダウランド、つねに悲しく」~エリザベス女王のガリアルド
■ハウグ:プレリュード・ティエントとトッカータ
■ソーホ:5つのベネスエラ小品 
ほか

      
      
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続 モーツァルト コンサート用アリア集(ナタリー・デッセイ)

2006-11-01 | CDの試聴記
日本版SOX法関係のプロジェクトチームに召集されてしまった関係で、最近会議が多いです。
一コマ2時間の会議が、多いときは一日に4本。
さすがに、終わったらへとへとになります。

でも、私には、いま癒しの特効薬があります。
先日IANISさまに教えていただいて早速ゲットしたナタリー・デッセイのコンサートアリアのディスク、これがその薬です。
こんなに素敵な声楽のアルバムを聴いたのは、いつ以来かしら。
グルベローヴァの歌うモーツァルトのコンサートアリアのCDを聴きながら、ライブとはとても思えないくらいの完璧な歌唱に大きな感銘を受けながらも、「もう少し優しい声・柔らかい声で聴けたら、どんなに素晴らしいだろう」と夢のようなことを考えていました。
このデッセイの歌は、その夢を叶えてくれたのです。

グルベローヴァにも負けないくらいの安定したコロラトューラの技術、どんなに強い音であっても決して金属的にならない柔らかく美しい声、聴き手の心にまっすぐ伝わってくる歌心。
まさに、私がこの曲から聴きたかった音楽でした。

とりわけ、アンフォッシの歌劇「無分別な詮索好き」の差し替え用のアリアとして作曲されたK418.419の2つのコンサートアリアと、K416が素晴らしかった。
3曲とも、歌劇「魔笛」の夜の女王が歌うアリアだと言われたとしても、「なるほど・・・」と信じてしまいそう。
私にとって、「特別なディスクたち」の仲間入りです。

歌ばかりではなく、演技も抜群に上手いデッセイは、これからもオペラで引っ張りだこになることでしょう。
BSの映像で観た「魔笛」「ホフマン物語」「ルチア」等の圧倒的な名唱と迫真の演技が、今も鮮烈に脳裏に残っています。
今、私がもっとも実演を聴きたい歌手の一人です。



       

<曲目>
■アリア「ああ、情け深い星々よ、もし天に」K.538
■アリア「私はあなた様に明かしたい」K.418
■アリア「いえ,いえ,あなたにはご無理です」K.419
■アリア「もし、私の不幸のすべてを」K.83
■アリア「テッサーリアの民よ!私は求めはいたしません、不滅の神々よ」K.316
■レチタティーヴォとアリア「我がいとしの希望よ!・・・ああ、お前にはどんな苦しみか分るまい」K.416
■レチタティーヴォとロンド「アルカンドロよ、私は告白しよう、どこより訪れるのか私は分からぬ」K.294
■レチタティーヴォとアリア「だが何をしたのだ、運命の星々よ…私は岸辺が近いと期待し」K.368
<演奏>
■ソプラノ:ナタリー・デッセイ
■指 揮:テオドール・グシュルバウアー
■管弦楽:国立リヨン歌劇場管弦楽団
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