ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ポール・メイエ クラリネットリサイタル

2009-02-28 | コンサートの感想
少し遅くなりましたが、24日に聴いたポール・メイエのコンサートの感想を。

<日時>2009年2月24日(火) 19時開演
<会場>東京オペラシティ コンサートホール
<曲目>
■メンデルスゾーン:クラリネット・ソナタ 変ホ長調
■マルティヌー:クラリネットとピアノのためのソナティナ
■ウェーバー:歌劇「シルヴァーナ」の主題による7つの協奏的変奏曲 Op.33
■ベルク:4つの小品 Op.5
■ブラームス:クラリネット・ソナタ第1番 ヘ短調 Op.120-1
■プーランク:クラリネット・ソナタ
<演奏>
■ポール・メイエ(クラリネット)
■エリック・ル・サージュ(ピアノ)

この日は「大好きなメイエのクラリネットが聴ける・・・」といそいそと帰社の準備をしていたところ、急な会議につかまってしまい、ふと時計を見ると6時半。
すぐに頭の中でシミュレーションしました。
会社のある東京駅から新宿へ、さらに初台まで京王新線に乗り換えて、駅を降りてオペラシティの3階まで駆け上がる・・・。
「うーん、仮に待ち時間をゼロだと考えても、さすがに7時の開演には間に合わないな」と観念しました。
それでも、とにかくベストを尽くそうと猛ダッシュで東京駅に向かい、電車に飛び乗りました。
乗り換えも最高のタイミングでしたが、初台駅に着いたら6時57分。
ああ、万事休す!
しかし諦めずに必死でホールまで駆け上がると、「お急ぎください」という係の人の声がします。
なんと!間に合ったんだぁ。
私が席に着いて暫くすると徐々に証明が暗くなり、一呼吸おいてメイエとル・サージュがステージに・・・。

ホールに響くメイエの音は本当に柔らかい。
これが若きメンデルスゾーンの音楽と何ともよく似合っていました。
そして、唖然とするくらいのテクニックの冴え。
さすがとしか言いようがありません。
ただ、マルティヌーもそうでしたが、リズムの面白さが前面にでる箇所で、せっかくの妙技がホールの残響で消されてしまったことは少々残念。

そして、休憩を挟んで始まった後半の3曲こそ、まさにポール・メイエの真骨頂。
冒頭のベルクは、短いながらも味わい深い佳曲。
私は聴きながら、ずっと色鮮やかに描かれるさまざまな情景を思い浮かべていました。
聴き手にこれだけイマジネーションを感じさせるのは、すぐれた演奏であったことの何よりの証左でしょう。
ブラームスでは、どこか懐かしさを感じさせてくれる第2楽章、素朴な響きの第3楽章がとくに印象的でした。
豊かだけど決して重さを感じさせないしなやかなサウンドは、いま思い出しても微笑まずにはいられません。
プログラムの最後に置かれたプーランクは、まさにこの日の白眉。
色彩豊かで、緊張感に満ちていて、ときに、はっとするくらいの優しさに満ちていて、もう息をのむほどに素晴らしかった。
「クラリネットって、こんな凄い表現力を持っているんだ」と、第2楽章を聴きながら改めて思い知らされました。
アンコールの3曲は、さらに自由な遊び心も加わった名演。

それから、ピアノのエリック・ル・サージュについてもひとこと。
彼のソリストとしての力量は、読響とのシューマンのコンチェルトですでに体験済ですが、室内楽奏者としてのセンスもさすがに抜群です。
出るところ、抑えるところ、合わせるところ、それぞれの立ち位置が明確で、とにかくポール・メイエとの呼吸も見事のひとことでした。
奇跡的に全プログラムを聴くことができたわけですが、本当に聴けてよかった。
神様に感謝しなければいけませんね。
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(読響マチネ)ヴァシリエヴァ&シナイスキー サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番ほか

2009-02-22 | コンサートの感想
2月の読響マチネは、オールフランスもの。
シナイスキーもチェロのヴァシリエヴァも、ステージできくのは昨日が初めてでした。

<日時>2009年2月21日(土) 14:00開演
<会場>東京芸術劇場
<曲目>
■デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」
■サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番
■ベルリオーズ:幻想交響曲
(アンコール)
■バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番より前奏曲
<演奏>
■タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)
■ヴァシリー・シナイスキー(指揮)
■読売日本交響楽団

この日、清々しい印象を与えてくれたのは、サン=サーンスのチェロ協奏曲でした。
冒頭のフレーズを強烈なパッションで弾くチェリストも多いのですが、ヴァシリエヴァは丁寧に、そして極めて自然な表情で歌い出します。
小細工をしないで、けれんみなく豊かな表情で勝負するタイプだとお見受けしました。
特に良かったのが第3楽章。ロストロポーヴィチを思い出させるような豊かな表現力に、私は大きな感銘を受けました。
愛器ストラディバリウスの威力もあるのでしょうが、人の肉声に近い音色はこの人の魅力の一つですね。
そして、アンコールで聴かせてくれたバッハの無伴奏第1番の前奏曲が、これまたよかった。
この日最高の聴きものだったかもしれません。
微妙に揺れるテンポと、絶妙の間の取り方。
何の違和感もなく、聴き手に「なんて素敵な音楽!」と感じさせてくれます。
バッハへの深い敬愛の念と、自然な呼吸感がなせるわざでしょう。
休憩時に彼女の無伴奏の全曲を入れたCDがホールで販売されていたので、早速購入して自宅で聴いてみましたが、期待通りの素敵なバッハでした。
しかし、この日芸劇で聴いた演奏のほうが、私には一層感銘深かった気がします。
また、きくところによると、彼女はアバド率いるルツェルン音楽祭管弦楽団の来日公演のメンバーだったそうです。
そうか、あの感動的なマーラーを聴かせてくれた音楽家のひとりだったんだ。
私にとって大切なチェリストが、またひとり増えました。

さて、後半は幻想交響曲。
シナイスキーの指揮をみるのはこの日が初めてですが、(流行の?)指揮棒を使わないスタイルです。
何よりも表情が柔らかい。
客演だからということもあるのでしょうが、その表情の柔らかさが音楽にもよく表れていました。
馬力にもの言わせて突っ走る重戦車型でも、感情を前面に出す激情型でもなく、「わかるヤツだけついてこい!」という孤高のタイプでもありません。
ロシア人指揮者には意外なくらいのエレガントなスタイル。
第2楽章のワルツも優雅そのもの。
また、音が重なる箇所におけるバランスの良さも見事なものでした。
ただ、リハーサル時間の関係もあるのでしょうが、アンサンブルの乱れが散見されたり、少しつっこみ不足で微温的に感じる部分があったことも事実です。
しかし、そんなことは些細な話。
ヴァシリエヴァの素敵なチェロも聴けたし、全体として、とても爽やかな気持ちでフランス音楽を楽しませてもらいました。

さて、次回3月8日のマチネーコンサートは、今年度のラインナップで私が一番楽しみにしているプロです。
スクロヴァチェフスキの指揮でブルックナーの1番とブラームスのハイドンバリエーション、コンチェルトはモーツァルトのピアノ協奏曲第27番という実に魅力的な演目。
そして、モーツァルトは、私の大好きなケフェレック女史との共演なのです。
いまから、そわそわしております。
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ヤノフスキ&ベルリン放送響 日本公演 <2/13 ベートーヴェン・プログラム>

2009-02-15 | コンサートの感想
13日の金曜日のコンサートでした。
不吉だと思われるかもしれませんが、私はむしろ期待してしまうのです。
忘れもしません。2006年の10月、戦慄の走るようなアバドのマーラーを聴いたのが奇しくも13日の金曜日だったから。
会場も同じサントリーホールでした。
果たして、ヤノフスキとベルリン放送響はどうだろうか・・・。

<日時>2009年2月13日(金)19:00開演(開場18:30)
<会場>サントリーホール
<曲目>
《ベートーヴェン・プログラム》
■『エグモント』序曲
■ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61 (ヴァイオリン:樫本大進)
■交響曲第7番 イ長調Op.92
(アンコール)
■バッハ:無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番より「サラバンド」
■ブラームス:交響曲第3番より第3楽章
<演奏>
■樫本大進(ヴァイオリン)
■マレク・ヤノフスキ(指揮)
■ベルリン放送交響楽団

まず、前半のメインであるヴァイオリン協奏曲のほうは、いい演奏だったのですが、樫本大進さんの独特の緊張感をもった求心的なスタイルと、オーケストラの音楽性に微妙にずれを感じ、少々もどかしさを感じました。
アンコールのバッハが心に染みるような演奏だったので、余計にその感が強かったのかもしれませんが・・・。

9日・13日の2回にわたってベルリン放送響を聴いてきて、このオーケストラはとにかく熱いという印象を受けました。
プロのオーケストラに対して、「熱い」という表現が必ずしもポジティヴでないことはよく承知しています。
しかし、いい意味でも悪い意味でも「熱い演奏」というのが、一番ふさわしいと私は感じました。
そして、終始泰然としていたブリュッヘンとは対極の、「テンポも表情も積極的に動かす」スタイルの演奏でした。
この日のメインである交響曲第7番に、その特徴がよく表れていたと思います。

第1楽章、序奏から主部に入る過程、そして主部に入ってからも、かなり細かくテンポを変えていきます。同時に音量の変化もつけていきますから、「おっ、やってるぞ。」と感じてしまうのです。
もちろん恣意性をもったやり方ではなく、曲想にあった表現ではあるのですが、何回もやられると、ちょっと先が読めてしまう気がしてしまいます。
あと、気になったのは、若い奏者が多いせいもあるのでしょうが、いったんオケに勢いがつくとなかなか方向が変わらないこと。
ヤノフスキが細かくコントロールしようとすればするほど、微妙にずれが出ます。
さきほど書いた音量の変化も、デュナーミクというよりは、スビート・ピアノといった鋭角的な手法が多く、その都度アンサンブルに乱れが生じていたように思います。

このスタイルがピタリ嵌ったのは第3楽章。
やや芝居がかったところもありましたが、周到に準備された設計の巧みさに思わず興奮しまいました。
クライマックスにおけるティンパニの強打、つなぎ部分の絶妙の間合いは、とりわけ印象に残りました。
そして、スケルツォの高揚感をそのまま持ち込んだフィナーレは、まさに熱演。
到達点をめざして、オーケストラ全体が夢中になって駆けていく姿は、聴き手の心も熱くしてくれました。
ベートーヴェンもきっと笑顔でエールをおくっていたことでしょう。

アンコールは、思いがけずブラームス。
分厚い響きと暖色系の音色は、やはりドイツのオケですね。
デリケートな音の綾・深い表現という点で、このオケはさらに成熟していくと思います。
2~3年後にまた聴いてみたいオーケストラです。

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ブリュッヘン&新日フィル ハイドン:交響曲第93番,95番,96番「奇跡」

2009-02-13 | コンサートの感想
ブリュッヘンのハイドンを聴いてきました。
まる一日以上経つというのに、トリフォニーホールで体いっぱいに感じた幸福な感覚は、いささかも衰えません。

<日時>2009年2月11日(水)15:00開演
<会場>すみだトリフォニーホール
<曲目>
ハイドン作曲
■交響曲第96番ニ長調「奇蹟」Hob.I-96
■交響曲第95番ハ短調Hob.I-95
■交響曲第93番ニ長調Hob.I-93
<演奏>
■フランス・ブリュッヘン指揮
■新日本フィルハーモニー交響楽団

モダン楽器にピリオド奏法、両翼配置というこのコンビでは当然のスタイル。
ハイドンプロジェクトを前に、ブリュッヘンは謎かけのようなコメントを残しています。
「ハイドンの交響曲を演奏するにあたって、決められたルールがたくさんあるのです。今日では忘れ去られてしまったルールが・・・。その方法さえ会得すれば、すべては自ずと正しい方向に向かいます。」

この言葉が何を意味しているのか、正解はわかりません。
しかし、この日の演奏を聴いて私が何よりも感じたのは、「音のつながりを、本当に大切にしている!」ということでした。
あるパートが奏でる音型、音色、アーティキュレーションを体で感じつつ、次の展開を想像しながら演奏する。
新しい芽・変化の芽が出てきたら、全員でそれを感じ取って次へ繋げていく。
こんな話はアンサンブルの基本中の基本ですが、そのことをこの日の演奏であらためて思い知らされました。

たとえば、93番の第2楽章ラルゴカンタービレ。
山の澄み切った空気のように清々しい冒頭の弦楽四重奏を引き継ぐトゥッティ、力を誇示しない短調のフォルテ、もとのテーマに戻るときの喜び、そのいずれも極めて自然なつながりが感じられました。
その後、弦とティンパニの3連符に乗せて伸びやかにオーボエが歌いだすと、そんなオーボエに導かれるように、今度は3連符の音型が一方の主役になります。
ブリュッヘンたちの演奏では、伴奏に回ってもその3連符の音型がはっきり聞こえるように強く意思統一されていました。
だからこそ、冒頭のテーマと3連符音型が重なるときの美しさが倍加するのです。

また、3曲ともそうでしたが、第1楽章の序奏から主部に入るときに、目立つような変化をつけません。「いつの間に主部に入ったの?」と感じるくらい自然な流れでした。
そして、ハイドンには、つい付点のリズムを強調したくなる箇所や、アーティキュレーション・テンポを変えてみせたくなる箇所が随所にでてきますが、ブリュッヘンはそんな小細工は目もくれませんでした。

ノンヴィブラート特有のピュアな響きは、ピリオド奏法の大きな強みですが、ともすればどこか冷たく機械的なイメージになる可能性も持っています。
この日のブリュッヘンたちの演奏は、そんなレベルを遥かに超えたサウンドだった。
アンサンブルに不可欠なイマジネーション・自発性がもたらす豊かで温かいサウンド。
縦の線を合わせることを目標にしていないので、響きが決して痩せないのですね。
思い出すだけで、私は胸がいっぱいになってきます。

ハイドンは大好きな作曲家ですが、こんな経験は初めてでした。
ほんの少し耳をそばだててみれば、あちこちに新しい発見がある充実したハイドン。
ブラヴォーと言おうとしたけど、涙がこぼれそうで何も言えなかった。
ただ、心の中でひとこと「ありがとう」とだけ言いました。



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「ブリュッヘンのプローベ」と「カフェ・バッハ」

2009-02-11 | コンサートの感想
いろいろ所用があったので、昨日は一日休暇をとりました。
とても興味深い体験ができたのは、ブリュッヘンのプローベ。
「ハイドン・プロジェクト」と題して、ブリュッヘン&新日本フィルは2月に記念イベントを組んでいます。
オラトリオ「天地創造」とロンドンセット全曲という意欲的な内容ですが、そのうちロンドンセットの各回のチケットを購入すると、その公演の公開リハーサルをみられることになっていました。
昨日はその特典でプローベをみせてもらったのですが、これが本当に面白かった。

楽員の人たちがだんだん集まってきて、各自で音出しをした後はチューニング。
このあたりの過程を客席からみてると、まるで自分が楽員の一人としてその中にいるような錯覚を覚えます。
定刻にブリュッヘンが現われました。
長身痩躯の風貌で、まさに哲学者のような雰囲気を漂わせています。
この日公開されたプローベは、96番「奇跡」と93番。
決して激昂したりすることはなく、静かな語り口でプローベは進みます。
口数は多くないけど、実に的確に自分の意図を伝えているように感じました。
細かな指示がなされるにつれて、オケの音の響きがみるみる変わっていきます。
ブリュッヘンが歌って聞かせることは少ないのですが、ときに口笛のような音を使って表現することがありました。
「ここは、どうしてもこんな表情で演奏してほしい」というときに限って使っていたようですが、効果抜群。
そういえば、彼は伝説のリコーダー奏者だったわけですから、この方法が一番手っ取り早いはずですよね。
あまり細かく書いてしまうと、本番の感想記事が書けなくなりそうなので、この辺に留めておきますが、巨匠がまさに音楽を作り上げる秘密の一端を垣間見たような気がしました。

そして、昨日のもうひとつのハイライトは、南千住にあるカフェ・バッハ。
珈琲好きの人なら、「一度は行ってみたい」、「カフェ・バッハの珈琲を味わってみたい」と思う名店です。
私もずっと行ってみたいと思いながら果たせなかったのですが、この日念願かなってカフェ・バッハ詣が実現しました。

カフェ・バッハのことについては、また改めて書かせてもらう予定ですが、この日初めて飲んだお店の定番「バッハ・ブレンド」は本当に美味しかった。
ものすごく強い個性があるわけではありません。
しかし、この絶妙のバランスは何と例えればいいんだろう。
とにかく、一口飲んだ瞬間から人を温かい気持ちにさせてくれるような珈琲で、何度でもおかわりをしたくなるような格別の美味しさでした。
こんな素敵な珈琲で客をもてなしてくれるお店ですから、店内の雰囲気・お店の人の接客もまさに一流。
噂に違わぬ名店ですね。
また、最後にレジをしてくれた女性は松雪泰子似の美人で、とても感じが良かったです。

あれこれ書いているうちに時間がきてしまいました。
これからブリュッヘンの本番を聴きに行ってきます。
続きはまた。

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ヤノフスキ&ベルリン放送響 日本公演 <2/9 ドイツ名曲コンサート>

2009-02-10 | コンサートの感想
昨日聴いたベルリン放送交響楽団のコンサートの感想を。

<日時>2009年2月9日(月)19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■シューベルト:交響曲第8番変ロ短調D.759『未完成』
■ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調Op.58
■ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調Op.67『運命』
(アンコール)
■ショパン:前奏曲第4番(第1部)
■ベートーヴェン:交響曲第8番から第2楽章
■シューベルト:ロザムンデ間奏曲

<演奏>
■ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)
■マレク・ヤノフスキ(指揮)
■ベルリン放送交響楽団

ベルリン放送交響楽団という名前を聴くと、私はいつも混乱します。
まず思い出すのは、フリッチャイ、そしてマゼールという指揮者が振ったオーケストラ。
なかでも、若き日のマゼールのロ短調ミサが私には忘れられません。
しかし、このオケはRIAS交響楽団というのが正式名称で、現在はベルリン・ドイツ交響楽団として活動しています。
一方、もうひとつのベルリン放送交響楽団が、ドイツ最古の放送交響楽団として1923年に誕生したオーケストラ。
旧東側で活動していましたが、こちらもヨッフム、チェリビダッケ、アーベントロートといった錚々たるシェフに恵まれてきました。
今回聴いたベルリン放送交響楽団は、もちろん後者です。
近年音楽監督であるヤノフスキの尽力もあって、内外の評価を上げているベルリン放送響。
まずはお手並み拝見です。

最初は「未完成」。
意外なくらい、淡々と始まりました。
神秘感よりも明晰性を重視ということなのでしょうか。
しかし、それにしても、音量の幅が狭いような気がしました。
弱音が少し大きすぎるのかなぁ。
ニュアンスの変化もあまり感じられなかったので、私としては、いささか不完全燃焼でした。

次のベートーヴェンの4番のコンチェルトはどうなんだろう。
祈るような気持でブレハッチを待ちました。
ステージに登場したブレハッチは、想像以上に小柄。
しかし、いったんピアノを弾き出すと、とても大きく感じます。
この人のピアノは良いですねぇ。
華麗なテクニックに加えて、瑞々しい感性と確かな様式感を併せ持っています。
さすが一級品というところでしょうか。
第一楽章のカデンツァに彼の良さが象徴されていました。
そんな素晴らしいブレハッチのピアノに、オーケストラが触発されないわけがありません。
第2楽章冒頭、オケがユニゾンでレチタティーヴォ風に奏でる箇所、芯の強い見事に引き締まった音がしていました。
続くフィナーレは、両者が火花を散らすようなスリリングな演奏。
私も手に汗握って聴かせてもらいました。
コンチェルトの醍醐味はまさにこれですね。
ミスター ブレハッチ、ありがとう。
今夏来日するガブリリュクと同様、底知れない可能性を秘めた恐るべきピアニストだと思い知らされました。

この日のメインは「運命」。
木管のトップが、そっくり入れ替わっています。
ふと見れば、オーボエに古部賢一さんが参加しているではありませんか。
期待して最初の音を待ちます。
第1楽章は、速い速い!
フリッツ・ライナーを彷彿とさせるようなテンポで、一気呵成に突っ走ります。
しかし、オーケストラ全体の呼吸に一体感があって、充実した心地よい響きがしていました。
第2楽章は、一転して情感のこもった温かい演奏。
聴き手の心まで開かせてくれるような表情に、うっとりして聴き惚れました。
木管をスパイス的に使ってみたり、新鮮なアイデアもふんだんに盛り込まれていました。
「未完成」で、どうしてこんなアプローチができなかったんだろう。
うーん、少々残念です。
続くフィナーレはこの日の白眉でした。
豪快にして精緻な表現に、頷くことばかり。
ヤノフスキの構成力の確かさと、オケの表現力に脱帽です。
13日には、同じサントリーホールでオールベートーヴェンプロを聴きますが、この日のベートーヴェンなら期待が持てます。
今から楽しみです。
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フランク:ヴァイオリンソナタ (コルトー編曲によるピアノ独奏版)

2009-02-08 | CDの試聴記
先日、新しい珈琲ミルが我が家にやってきました。
「ナイスカットミル」という名の電動式のミルで、ニッケルモリブデン鋼でできた特殊なカット刃を使用しているそうですが、私が魅かれたのは何よりもその姿。
珈琲専門店のカウンターごしに珈琲を注文すると、頷いたマスターがくるっと後ろを向いて豆を挽いてくれますよね。
あのときのミルと実によく似ていているのです。
それもそのはず、カリタの業務用ハイカットミルを、家庭でも使えるように小型にしたものなのですから・・・。

さて、実際に使ってみると、少し微粉が周りに飛ぶのが珠に瑕ですが、挽いているときの香りの素晴らしさ、均一に挽き終わった粉をみると、「これは美味しい珈琲になるぞ・・・」と、早くも期待してしまいます。
果たして、慎重に愛情をこめて淹れた珈琲は、今まで以上に美味。
これはすぐれものでした。

さて、最近の休日の楽しみはというと、愛用の器具を使って淹れた珈琲を飲みながらのんびりと音楽を聴くこと。
今日は、CD棚から、フランクのピアノアルバム(世界初録音が2つも含まれているディスク)を選んで聴きました。
<曲目>
フランク作曲
■前奏曲、アリアと終曲
■前奏曲、フーガと変奏※(フリードマン編曲によるピアノ独奏版)
■ヴァイオリン・ソナタ イ長調※(コルトー編曲によるピアノ独奏版)
<演奏>永井幸枝(ピアノ) 
※世界初録音

フランクのヴァイオリンソナタといえば、ヴァイオリンソナタの名品中の名品。
なかでもティボー&コルトーの演奏は、まさに伝説の名盤です。
そのコルトーがピアノソロ用に編曲したバージョンがあったのですね。
聴いてみると、編曲という感じはまったくしません。
はじめからフランクがピアノ用に書いた作品といわれても、素直に信じてしまいそうな自然さに驚きます。
終楽章で徐々にクライマックスに近づくあたりでは、原曲を知っているだけに、さすがに「音の数、音色がちょっと少ないかなぁ」と感じますが、ヴァイオリンの耽美的な音色に代えて、しっとりとした情感をピアノ1台で表現する「技」は、さすがコルトー。

このコルトーの「技」については、松永晴紀さんがライナーノートの中で実に的確にお書きになっています。
原曲でヴァイオリンとピアノが対話する部分はオクターヴ変化させて描き、音楽の流れが阻害されそうな箇所では音を大胆に省略する等、あくまでもピアノで美しく響くということを大切にしているんですね。
永井幸枝さんの繊細で上品な感性が、コルトーの「技」と一体になって、新しいフランクのソナタを表現していることも付け加えておかなければなりません。
永井さんの興味深いコメントがライナーノートに書かれていましたので、最後にご紹介します。
「多くのヴァイオリニストとこのソナタを共演してきましたが、ヴァイオリンが主導権を持つ第3楽章では、ピアノでこの旋律を弾きたいという強い誘惑を感じてしまいます」と。
うーん、なるほど。
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エネスコ ベートーヴェン:クロイツェルソナタほか

2009-02-01 | CDの試聴記
先週は、出張と送別会で、あっという間に一週間が終わってしまいました。
今日は久しぶりに、お気に入りの珈琲を淹れて、ゆったりとした一日を過ごしました。
そして、なぜか無性にエネスコが聴きたくなって取り出したのがこのディスク。
エネスコ、最晩年のクロイツェルソナタです。

<曲目>
■ベートーヴェン:バイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」 <1952>
■シューマン:バイオリン・ソナタ第2番 <1952>
■メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲~第2楽章
<演奏>
■ジョルジュ・エネスコ(バイオリン)
■セリニ・シャイエ=リシェ(ピアノ)
(指揮者・オーケストラ名不詳)

音はかすれて、音程もあやしい。
リズムも、前のめりになりがち。
もはや彼の技巧の衰えは隠しようもありません。
しかし、聴き手の心をぐいっとつかんで離さないこの不思議な力は何だろう。
「長身痩躯の老人が、細くなった腕でバイオリンを抱えて演奏をしている。手つきは少々危なっかしい。しかし、その大きく見開かれた双眸は異様な光をたたえて、まっすぐひたすら前を見つめている。」
エネスコのクロイツェルを聴きながら、私はそんなことを考えていました。

「この音、このフレーズは、こんな大切な意味を持っているんだ。だから、こうやって弾かなきゃいけないんだ」と、エネスコの肉声が聞こえてくるような演奏。
それ故に生み出される音楽は、「枯れた音楽」とはまるで正反対の「強く熱い音楽」でした。
ただ、残念なことに、それを実現する技術はさすがに陰りを見せている。
音も音程も・・・。
しかし、一切の妥協を許さず、目指すものをはっきり見据えたエネスコの演奏からは、独特のオーラがありました。
そういえば、彼のバッハの無伴奏(コンチネンタル原盤)がそうだったなぁ。
上手いとか下手といった尺度がまったく無意味に感じられるような、真摯なバッハ。
そんなバッハとまったく同じスタイルで、このクロイツェルは弾かれています。

カップリングされているシューマンは、同時期の録音にもかかわらず、また違った意味での感動を与えてくれました。
このシューマンでは、あまり技術的なことが気になりません。
シューマンの心の叫びと語り手であるエネスコの感性が完全に一体化しているせいでしょうか、どこまでがシューマンで、どこからエネスコかわからなくなってきます。
とくに第3楽章の高貴なまでの美しさは、エネスコだけのものでしょう。
多少あやしい音程ですら、これが真実だと思ってしまうから不思議です。

そして、余白に収録されているメンデルゾーンのバイオリン協奏曲のことにも触れないわけにはまいりません。
第2楽章しかないし、録音年代も指揮者もオケも不明。
凡そレコードとしては不完全。
しかし、この美しさは一度聴いたら決して忘れられないでしょう。
エネスコの没後に母国ルーマニアでLPとして発売されたものの復刻だそうですが、まさに絶品。
何としても全曲聴きたいと思わせてくれる素敵な演奏でした。

自分の目指す高みを明らかにして、どんな困難があってもそれに妥協しないエネスコのスタイルは、生き様を人にさらすようで、実は本当に勇気のいることです。
「人生の年輪を感じさせるような演奏」とか「枯淡の境地の音楽」といったスタイルのほうが、きっと楽だったでしょうに。
でも、今できることを精一杯やりとげることの素晴らしさ、清々しさを、エネスコは教えてくれます。
そういえば、先日映画館で観た「感染列島」の中で何度か登場する言葉を思い出しました。
「明日、地球が滅びるとも、君は今日、林檎の木を植える」※

※ルーマニアの詩人ゲオルギューの言葉で、開高健・石原慎太郎がよく使っていたそうです。
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