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行きました!映画『靖国 YASUKUNI』試写会。

2008-05-02 04:22:57 | 映画評論
 昨日、5月1日、映画『靖国 YASUKUNI』の試写会に行って参りました。
 名古屋テレビが名古屋シネマテークの協力のもとに行ったもので、名古屋を中心としたジャーナリスト、報道関係、ライターなどを対象としたものです。
 名古屋シネマテークが6月に上映することを受けての、プレ上映会ともいえるものです。

 名古屋テレビ(通称メーテレ)へ行くのは久しぶりです。
 通常より多い目と思われるガードマンと職員が玄関付近を固める中、受付であらかじめ送られてきた招待状に氏名、所属など書いたものに名刺を添付して渡し、胸にぺったんこと同局のマスコット、メーテレ君のイラストの入ったワッペンを貼ってもらいました。
 これで試写室への出入りはOKです。

     

 会場は思ったより広く、そこにややゆったりめに椅子が並べられています。
 一応、300人を予定とのことです。

 局アナの司会で、試写会が始まりました。

 映画の内容は語らないでおこうと思います。
 それはこれから観る人へのエチケットですから・・。
 ただ、一つだけいうならば、この映画は、日本の言説や表現空間が現在どのような状況にあるかを如実に示すものです。
 映画そのものではありません、事前に騒がれたことを含めての話です。

 

 試写を観た人は、ある意味でいささか拍子はずれだったのではないでしょうか。
 というのは、この映画は事前に騒がれたような「反日」をエキセントリックに叫ぶようなものでは全くないからです。
 
 記録映画は、ある主張を持った作り手が、ある意味では自らその対象にのめり込むもの(マイケル・ムーアや原一男など)と、対象と距離を持った映像を提供しながらメッセージ性を抑制し、その論議を最終的には観客にゆだねるものとがあります。

 この映画は明らかに後者に属し、従って、画面の解説や誘導のためのナレーションも一切ありません。
 むしろ、画面の大半を占めるのは、いわゆる靖国派の人たちの言動やパフォーマンスです。
 南京とおぼしき画面もありますが、それも一切の解説などをせず、ただ、当時の(日本の軍部の検閲済みの)新聞報道などを写すのみです。
 もちろん、南京虐殺などなかったという人々の活動や映像も、何ら反論もつけず描かれています。

     
           胸に貼られたワッペン

 さきに、「日本の言説や表現空間が現在どのような状況にあるか」を示す映画だといいました。しかしそれは、この映画そのものの話というより、こんな程度の映画が、国会議員まで巻き込んで、きわめてヒステリックに、かつエキセントリックに否定されねばならない状況を指しています。
 あの事前の騒動からして、どんなにすごい映画かと思って観た人が、拍子抜けするのではとも書いた次第です。

 最後に一つ、有村とかいう議員が、この映画は刈谷さんという高齢(90歳)の方を欺いて作ったものであることを強調していましたが、それは全くの虚言です。
 この映画は、豊かな技量と経験を持った刀匠としての刈谷さんを、その考え方や生き様を何ら否定することなく描いています。私にいわせれば、この映画の中でもっとも魅力的な人物です。

     
        椅子の上に置かれた映画のチラシなど

 刈谷さんをいささかも誘導したり、曲解したのではない証拠は、監督が、「休みにはどんな音楽を聴かれますか」と問うたのに、刈谷さんが聞き違えて、私はこれを聴きますと昭和天皇の業績をたたえたテープをかけるのですが、それをカットすることもなくそのまま残しています。

 刈谷さんが作った刀がどのように使われたかは、刈谷さんの責任ではありません。
 その折の、状況と、まさしく「政治」の問題なのです。

 監督は刈谷さんをあるがままに美しく描いています。
 それが故に刈谷さんは、有村議員の誘導による出演取り消しの要請にも応じることなく、そのまま上映を認めたのだろうと思います。

 
      上映15分前。終わって振り向いたら満席だった。

 見終わった感想は、外野席が見もしないで騒ぐような映画では決してないいうことです。
 国会議員が権力を笠に着て事前検閲をするようなことがなく、表現されたものが広く人々に公開され、その上で議論がなされるべきだと思います。

 その意味では、様々な問題提起がなされた結果、広く話題になり、より多くの人たちがこれを観る機会が与えられたことを素直に肯定したいともいます。



コメント (9)
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