イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

必殺皿戻し

2009-10-19 19:45:05 | 夜ドラマ

『不毛地帯』で、近畿商事東京支社長・里井役の岸部一徳さんが画面に登場すると、つい「よっ官房長」(←@『相棒』)と思ってしまいますね。

支社内のセットに入ってくるときの背中こころもち曲げた姿勢とか、大門社長(原田芳雄さん)の声に振り向き直る動作の速度などで、高級官僚ならぬ戦後勃興期の商社マン、それも“業界首位の会社ではなく”“本社ではなく支社”という庶民性、商売人的生臭さを岸部さんがうまく表現されていました。

いまや名脇役、とりわけ上司役・偉いさん役や父親役・祖父役系では、ドラマ/映画を問わずなくてはならない存在になっている岸部さんですが、いまだに忘れられないのは1994年の、丸谷才一原作の映画『女ざかり』での与党幹事長役ですね。

当時岸部さん47歳のはずですが“老け作り”が抜群だった。頭髪や顔面などはヘアメイクさんの腕次第で、かなりの部分、何とでもなるでしょうが、この年代(1947年生まれ)には珍しいover180センチの長身で料亭の鴨居をくぐるときの背の丸めかた、よんどころない事情で陳情におよんだ大学教授・津川雅彦さん(←のちの法務相・瀬戸内ですな)を、若干の憫笑をこめて見下ろすときの目つきクチつきなどがまさに与党幹事長そのものでした。

この作品のこの役の前に、『細雪』『ひとひらの雪』『その男、凶暴につき』といったところで、主役じゃないけどチョイ役ではない、お話的に浅からぬ意味のある役でお顔を見かけてはいましたが、この人の俳優としての魅力は、一般的な“演技力”というより、人間観察の確かさ、もっと言えば“役柄と自分との距離感の、コントロールのうまさ”にあるような気がします。役になり切るのではなく、役から半歩距離をおいて、演じつつ気配を消して観察しているようなスマートさ、クレバーさが常に底流にある。

GSブームの最前線タイガース時代から、一貫して担当してきたベース、そして定評あったバリトンコーラスに見られる、渋い音楽的資質と関係があるのかも。

中村玉緒さんの三味線つきで『座頭市』を一曲歌い踊って「…イヤな渡世だなア」と言い残し座敷を去って行く格好が絶品(もちろん中村さんが、座頭市と言えば…の勝新太郎さんの夫人であることが醸し出す、“客席ぐるみの楽屋落ち”的可笑しさもあるのですが)。

“出てくる人出てくる人、全員大物俳優・女優”だった『女ざかり』でしたが、レンタルビデオで観てから10何年経ち記憶に残っている場面と言えば岸部幹事長の踊りつき座頭市と、津川さんのカエルの交尾実演、透き通るような松坂慶子さんと、あとは外科医なのに血を見て逃げ出す風間杜夫さんぐらい。あんまり百花繚乱、華のある、或いはクセのある人をアタマカズ出し過ぎると、かえって作品が薄く、軽くなることってあるものです。ギャラ製作費の無駄遣い。

そう言えば、飛ばし飛ばし…と言うより、結果的に岸部さんの出演されたパートないしエピソードだけちゃんと見たNHK『芋たこなんきん』『だんだん』『白洲次郎』なんかもあったっけ。特に個人的に大ファン、興味津々な俳優さんではないにもかかわらず、「ちょっと見てみたいなと思って、試し視聴した作品にはなぜか決まって出ている」「彼の登場シーンが無くなると、なぜか作品そのものへの興味も薄れる」という、珍しいポジションになっています。

『不毛』は劇中現在時制が昭和33年ですから、もちろん回転寿司はなし(当然“寒空チョコパフェ”もなし)。壹岐(唐沢寿明さん)がかつての関東軍将官で同じシベリア抑留帰りの谷川(橋爪功さん)を訪ね、地獄を見て辛くも帰還した仲間たちの苦境に思いをいたしつつ一献酌み交わすつつましい卓袱台から一転、大門社長と里井が自衛隊機売り込み作戦を練る高級料亭の豪華な酒膳への切り返しは見事でした。

岸部さんの、官房長とは角度も毛色も、似ているようで立派に異なる“政治力”“策士”演技が、『不毛』を牽引してくれることを期待しましょう。久々2クール半年にわたる大作連続ドラマ、尻すぼみになっては残念過ぎますからね。

コメント
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