イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

ここがおうちだよ

2009-08-25 21:49:37 | 夜ドラマ

『任侠ヘルパー』7話で感心したのは、“ありがちなシングル介護の悲劇”という茫漠たるお話にせず、介護される母と介護する独身ひとり娘の、それぞれに個性的な人物像をしっかり描写して、“こういう母でこういう子だから、こういう状況が出来し、こういう心理が掻き立てられた”という、“特殊性”をきちんと立ててドラマにしてあったところです。

「特殊をもって、普遍に迫る」…これこそフィクションの醍醐味。介護が誰にも遍く関わり得るモチーフだからこそ、“介護に追われて結婚も恋愛もできない”“付き合いが悪いため友人も離れる”“職場を頻繁に脱け出さざるを得ず常に解雇の不安”“低収入を補うため介護プラス深夜の内職で慢性睡眠不足”“疲労のピークでぶちキレ無理心中刃傷沙汰”など、誰でも思いつく最大公約数モチーフだけつないで描いたのでは何の感興も呼ばなかったはず。

今話の要介護高齢者・孝江(江波杏子さん)は中学教員を勤め上げ女性校長にまでなった経歴の持ち主。ひとり娘の初美(西田尚美さん)は母が教鞭をとっていた中学の卒業生で、同級生は皆、母を「孝江先生」と呼ぶ教え子たち。これだけで特殊すぎるほど特殊な母娘です。学校に行っても家に帰っても“先生”がいるという環境で、初美は成長してきたのです。

同窓会での女友達たちとの、なんとなく一抹よそよそしくお客さん扱いな再会シーンを見るにつけても「先生の娘」という特殊な視線が“気のおけない、バカ話もでき醜態もさらせ、校則抵触の共犯にもなれる親友”を作る妨げとなった、潜在的に居場所の狭い初美の青春時代をうかがわせる。。

最初に宅訪した晴菜(仲里依紗さん)と彦一(草彅剛さん)への、孝江の偏屈で拒否的な態度には、白内障や下半身麻痺など加齢障害で身体が言うことをきかなくなった老人特有の苛立ちや短気とともに、“要求水準に達しない者や仕事に駄目を出す”という姿勢でしか何十年も社会と関わってこられなかった、古いタイプの教師気質が根底にあります。

こういう母親のもとで成人した初美は、結果として“自分はお母さんの期待にじゅうぶんこたえられない、褒めて誇りに思ってもらえないダメな子”という刷り込みを潜在的に受け通して大人になってしまいました。母が嫌い自分も気が進まない宅訪ヘルパーを依頼してまで同窓会に駆けつけるのも、さして懐かしくも親しくもない級友たちと、是非とも旧交を温めたいわけではなく、恩師でもある孝江から、身体障害で出席できない自分に代わってスピーチを「してくるように」と指示“された”から。

体調を口実にしても足腰と視力以外は正常な孝江なら車椅子でスピーチぐらいできそうなものなのに、「慕われていた」らしい孝江は、要介護となった姿を生徒たちに見られたくないから、初美に命じて行かせるわけです。

“弱った姿を他人に見られては恥と思うがゆえに、家族以外寄せ付けず依存する”という家族介護の、これは普遍的過ぎるくらい普遍的な一側面です。

“幼少青年期に親に苦労をかけ、期待にこたえられなかった自分だから、親が老いたら自分の幸福を犠牲にして面倒を見る義務がある”“他の誰にも任せられない”という、後ろ向きに背負った考え方も、実親シングル介護のこれまた普遍的な暗部。

元教師の母親と、優等生になれなかったひとり娘という非常に特殊な母娘像を取っかかりにしたからこそ、介護をめぐる普遍的な人間模様にまでお話の読解余地を広げ得た。

介護問題のうわっつらを掬っただけの凡庸作なら、初美がついに逆上して孝江に向けた庖丁を、駆けつけた彦一がみずから流血しながら押さえた場面をクライマックスにし、孝江が初美の溜めていた疲労とストレスを知って、反省して母娘抱き合って終了…にしていたでしょう。ところがこのドラマは、“その後”を丹念に、しかしあくまでも好テンポで追尾します。

周囲の不安を押し切って彦一は孝江をタイヨウにショートステイさせます。視力がない上、娘と自宅から離れたことのない初美は当然猛反発。給食も拒否して個室に閉じこもりますが、夏休みでタイヨウの手伝いに来ていた涼太(いまや天下の加藤清史郎さん)に接するうち、徐々に心を開きはじめます。教師歴の長い孝江は、“先生と(従順で利発な)生徒”との関係を実感できると、落ち着きを取り戻すのです。ここらへんのパーソナリティの描き方も見事。

折りしも母・晶(夏川結衣さん)がマスコミに叩かれ、“自分の母親(←涼太にはお祖母ちゃん)を捨てた”報道に心をいためていた涼太、「孝江センセイは、自分の子のことが嫌い?」「ダメな子だから?」と問いかけます。

自分がいかに、点数や優劣抜きに娘を愛していたか、それゆえに甘えて依存していたかを遅ればせながら自覚しはじめた孝江に、彦一が「あんた立派な先生だよな、あんなに親の面倒を一生懸命見る生徒に育てたんだからよ」「だけどそろそろ卒業させてやってもいいんじゃねぇのか」と呟くように諭します。幼時に母親が出奔し、甘えられなかった(第5話参照)彦一は本能的に、孝江の中で初美が“娘”と“生徒”の二重像になっていること、そのために母娘ともに、親子でいることが窮屈になっていることを見抜いた。

やがて「…まずい」とブーたれながらも、晴菜の補助で給食を口にするようになった孝江を、りこ(黒木メイサさん)とともに彦一は見守ります。

一方、自宅では久々にひとりの時間を得た初美。就職情報誌で仕事を探しますが、自宅介護に半身縛られる前提ではなかなか面接にまでも漕ぎつきません。同窓会で再会し唯一親身に心配してくれたバツイチ男の同級生が、自宅からの携帯で中座したレストランデートの後の状況を案じて立ち寄ってくれますが、「お母さんを他人に預けて、ふらふらしてられないから」と玄関払い。バイクの前カゴのロゴから見て酒屋の若旦那らしい同級生は、「たまにはふらふらしてもいいんじゃないかな、また来るよ」と言い置いて、深追いせず辞去してくれました。

こちらも徐々にながら、実母の介護は償いでも罰則でもないこと、ときには制度や他人の手を借り、母自身を説得してでも自分の時間を作り、母のためではない自分のための人生を送ることをためらわなくていいのだと実感しはじめたようです。

いつでも自宅で無理心中できるようにと押入れに隠し持っていた練炭と睡眠薬を夜半ゴミステーションに運び、遠い音に振り向くと電線越しの夜空に花火大会。辛くても面倒くさくても、優等生でもできる子でもなくていい。できない子でも生きていこう、時に戦って乗り越え、時にはふらふらしながらやり過ごして、とにかく生きていようとじんわり決心した矢先の初美です。あの練炭で死んでいたら、あの花火は見られなかった。ここにいて一緒に見たら喜ぶだろうなと思う、母親も自分が手にかけていたかもしれなかった。でも生きている、母さんも生きている。涙がこみ上げます。

長い台詞の応酬でも、派手な立ち回りでもない、ありふれた人間の心が、ひととき“ありふれ”を抜け出て聖なる瞬間を垣間見た、そんなひとこまを描く。こういう場面のためにドラマというものは存在するのだと思います。音楽も素晴らしかった。

そして劇中の一夜明けて、さらにスマートなことに、ショートステイを経て互いに内心ひと皮剥けたはずの孝江と初美が、自宅引き取りで再会する場面を、このドラマはあえて画面に出さないんですね。

彦一の後から刃物現場にかけつけて事情を知っている晴菜は「お嬢さんどんな様子でした?大丈夫でしょうかね」と気遣わしげですが、所長(大杉漣さん)は「大変なことにはかわりないだろうけど、(訪問介護の申し込みが来てるから)これからはウチがお手伝いできるからね」。孝江の申し込みは「翼くん指名」でした。

“合格点かそうでないか”を基準に、“ダメなものにはダメ出し”を信条に生きてきた孝江先生が、社会通念上の介護職としては合格点であるわけがない彦一を“言葉遣いは荒いけど、いいヘルパーさん”と受け容れるまでに度量を広げたのです。

でも、内なるその変化によって起きたであろう、目に見え台詞になる言動の変化はベタに映像にせず、もっと見たいなと思わせて打ち止めにし、想像させるだけ。この辺りの叙述の節度がとても好ましい。

ちょっと心配な点を、無理やり探すとすれば、彦一がここんとこちょっと、“人をはばかる任侠ゆえの(結果的に好ましき)はみ出し”の域を超えて“介護ヒーロー”化し過ぎでしょうかね。押入れの練炭と睡眠薬、同じ時刻に2台も3台もセットされている目覚まし時計、行き当たりばったりに触ったところから、エスパー並みに速攻きわどい潜在事象を洞察するし、職業的ホスピタリティとは対極の不器用な、任侠らしいと言えば言える荒っぽいやり方で本質を衝く行動も言葉もいちいちピンポイントのジャストミート。

ショートステイの個室に案内されるや、「私イヤよ、こんなところイヤ、家に帰して~」と哀れっぽい声で娘の名を呼ぶ孝江に、思わず駆け寄りそうになる初美を“いまはダメだ、鬼になって放っとけ”“オレたちが悪いようにしないから”とばかり腕を掴んで無言で制するあたり、コイツどこまで酸いも甘いも噛み分けてるんだ?と舌を巻くくらいの人情通じゃありませんか。

目の見えない孝江に初美の庖丁沙汰を気取らせまいと、声を呑んだまま裸の掌で刃を握りしめ食い止める場面なんざあ、人命を救うためなら敢然と自身を犠牲にする、正義のヒーローそのもの。後から追いついたりこに「痛ぇぞ」と包帯を巻いてもらったあと、いまにも「通りすがりの任侠ヘルパーだ!覚えておけ」と言いそうでした。

孝江から指名されたことを所長から聞かされた後なのかまだなのか、エンドロールとともに涼太に「アニキ!早く」と食堂に手を引かれて行ったら、なんと自分の誕生日パーティー。日頃、彦一の手荒でぶっきらぼうな仕事ぶりがお年寄りに好感を持たれているとは思えませんが、彦一に手を焼きながらもリスペクトな晴菜ちゃんがうまいことアナウンスして興味持たせてくれたのかな。

「つばさくん誕生日おめでと~!」の大合唱に「ハァ?」と戸惑う顔、本当に人に構われるのが嫌いなのか、実は嬉しいんだけど照れて無理やり無愛想を装ってるのか、どちらともとれるちらつかせ方が鉄仮面顔の草彅さん、うまいですよ。ゲストキャラのその後を想像させ、レギュラーたちの今後と結末を気にかけさせる。大枠を1話完結に作りつつの引きの強度、心憎いばかりです。

コメント
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