『トリビアの泉』か『伊東家の食卓』のどちらかだったと思うのですが、「童謡『うれしいひなまつり』と、同じく『どんぐりころころ』と、TV時代劇『水戸黄門』の主題歌『ああ人生に涙あり』は、ぜんぶ相互に歌詞を入れ替えても歌える」という豆知識を聞いたことがあります。
女声・男声ふたつのプロ合唱団の皆さんが、実際、入れ替え全ヴァージョン歌って聞かせてくれた記憶があるのでのでガセではありません。
どれも独特なシュールな味わいがあったのですが、特に『ひなまつり』のフシで歌う、
♪人生楽ありゃ苦もあるさ 涙のあとには虹も出る
あーるいてゆぅくぅんだしっかりと じぶんのみーちをふみしめて
……は実に脱力な、あたかも春霞にけむった青空の向こうに虹を仰ぐかのような、一種、幻想的な気分さえ醸し出してくれたものです。
28日『安宅家の人々』最終話、危篤の宗一(内田滋さん)の枕辺で久仁子(遠藤久美子さん)が『どんぐりころころ』を歌いはじめた場面で、唐突にこの豆知識が想起されてしまい、フシが『ああ人生に涙あり』に変換されて、しかもなぜか譲二(小林高鹿さん)の声で、脳内にローローと響き渡ってどうにも止められなくなってしまいました。
♪どーんぐりころころ どーんぶりこ
お池にはまって さーあ大変
どーーじょおが出ぇてぇ来ぃて こーんにちわ
ぼっちゃんいっしょに あーそびぃまぁしょー
……“いっしょに”と“あーそびぃまぁしょ”の間で半パクおくところが、実にこのドラマの紡ぎ出す、“(良くも悪しくも)○ソがつくくらいマジメマッポウ”な空気感にあまりにもマッチしていて、宗一が息を引き取り通夜の場面に変わっても脳内再生がエンドレス。
“どんぐり”という言葉、イメージもこのドラマを象徴するのにナイスマッチでしたね。中央競馬にも90年代後半から、2000年に入っても平地芝~障害レースと活躍したドングリって馬がいて、名前のキュートさだけでいつもそこそこ人気していたよなあ、とか余計なことまで思い出してしまった。
久仁子とのたった一度の愛の交歓で、命を宿して逝った宗一さん。「愛はひとつだけじゃない、夫や妻、恋人を思う愛、花や自然や生きとし生けるものを思う愛、その人のことを思うだけで幸せになる、それこそが無償の愛」を皆に教え伝えるためだけに、この世に短期滞在したような存在でしたが、それなら34歳の中年男性にまで引っぱらずに16~7の少年で描いて終わらせてもよかったような気もしますがね。
55話(21日)の久仁子との愛の場面も、久仁子は自棄になった譲二に暴行されかけ逃げ出した直後、宗一は「雅子さん、自由、追いかけません」と自分に言い聞かせている最中という緊急避難みたいな地合いじゃなくて、もっと“お互いに唯一無二の存在”が伝わる描写で結ばれてほしかったな。
とりあえず、ありがちな不倫三角関係やレイプで望まぬ妊娠、報復の連鎖などさんざん手垢のついたモチーフを筋立て上ほとんど使わずに3ヶ月、60話もたせ切った(そのためにお話が全般にキレイ事主導というか、絵に描いた餅っぽくなったうらみはあるものの)心意気には、この枠の“進取の気性”を感じさせてもらいました。
しかも、昼ドラベーシックの一環である“親の因果が子に報い”だけは、先代安宅宗右衛門・綾子夫妻の遺志という形で最終話までしっかり報いまくっているという伝統芸的抜かりのなさ。
どうせなら高原ホテルの10周年記念パーティー、宇田川母・さきさん(山本みどりさん)、譲二母・佳恵(奈美悦子さん)、宗彦叔父さん(小野了さん)も顔見せてくれて、久仁子の元フィアンセ稔(阪本浩之さん)も「誰も知らなかったと思いますが実は独立して事務所開業してたんです」と花束持参で来訪、従業員幸太郎くん(荒川優さん)とマリちゃん(松下萌子さん)が「誰も知らなかったと思いますが実はボクたち付き合ってました、結婚します」って発表するとかすれば『蒲田行進曲』のエンディングみたいで壮観だったでしょうにね。
このドラマのような『○○家の人々』『~~一族』とタイトリングされる夫婦-親子-きょうだい、ファミリーに焦点を絞ったお話には、血縁のない“他人”を飾りでなく本気で2~3からませると、一気に物語世界に広がりと奥行きが出てくる。3ヶ月、月~金12週いける枠だからこそのダイナミズムもいつか見せてほしいものです。