イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

生まれっぱなしのガキ

2007-08-30 20:47:11 | テレビ番組

先々週後半ぐらいからでしょうか、これを書いているPCのツールバー“いま検索されているワードランキングベスト10”に“読書感想文”が常駐するようになりました。

そうか、気がつけば夏休み終わりまで、もう秒読みなんですね。

そう言えばお盆休み前から上位にいた“自由研究”はここのところランク落ちして見なくなっている。いちばん時間がかかり、他の子とかぶらないアイディアも必要とされる“自由研究”が片付いた、そのさらに先まで後回しにされているのが“読書感想文”らしい。

で、試しにクリックしてみると、これが驚いた。

「著作権フリー!パクリ・コピペ自由な読書感想文」「『フランダースの犬』を読んで:原稿用紙3枚」「『アンネの日記』を読んで:同4枚」なんてのがPDFでしっかり載っている。

“公開日・時間限定、つまりパクリがバレにくいボーナス感想文のアップ日時は以下の通り”との特典リンクのほか、“パクリがバレたときの反省文の書き方”までも併録されていて、まさに至れりつくせり。

つまり、“読まないで書く”が最近の小中学生の金科玉条らしいのでした。先生方、もうやめようよ、この課題。意味ないもん。

本当に最近の小さなお友達は、普通に“本を読む”のが苦痛、面倒以外の何ものでもなくなっているんですねぇ。これは気の毒。

月河の小学生時代の夏休みは、「休みの前に買ってあげる本は5冊まで」と親に言い渡され、「大事に読みなさいよ、一気に読んじゃいけませんよ」と何度も何度も釘を刺されていたにもかかわらず、休みに入った最初の3日ぐらいで読み切ってしまってました。

「買ってもらえないならウチの本棚にある本を読めばいい」とばかり、松本清張さんの社会派推理、海音寺潮五郎さんの時代小説、父親の会社の創業者の回想録(←父親は一度も読んでない)、世界名画全集のピカソとかドガの伝記部分、俳句の歳時記まで読んでしまうと、職業別電話帳(いまのタウンページ)まで読み出して、当時、水泳のできない子は休み中も週に2度学校のプールに行って実習しなければいけない規則になっていたので「親が先生に叱られるから、せめて週1は行ってくれ」「それもイヤなら、頼むから外に出て何でも体を動かす遊びをしてくれ」と母親にほとんど泣きつかれたりも。

でも、考えてみると、そんな読書好きというより、活字中毒に近い子供だった月河すら、“読書感想文”は苦手で憂鬱でした。

考えてもみてくださいよ。「おもしろかった」か「つまらなかった」かのどちらかひと言で済むのに、何ゆえ400字詰めで2枚も3枚も延々書かなければならないのかと。

確か小4の冬休み、児童文学の某大物氏の古典的有名作品(←退屈)を課題にされて、「“○○”という人が、□□しないで、“◆◆”という人と☆☆して、▽▽に行って**したりして、最後に▲▲になれば、もっとずっとおもしろかったと思う」と書いたら、先生に「本はそういう態度で読むものではない」とえらくご機嫌を損ねられた記憶があります。

とにかく、“本の中に、字で書かれたこと”というアナザーワールドを虚心坦懐に受け容れ、咀嚼して想像を膨らませて楽しむ経験を、感性の軟らかい小さなお友達が「TVアニメやゲームとは違う面白さがあるんだな」と味わって知ってくれさえすれば、それでいいんじゃないでしょうか。

パクリコピペフリーサイトからの流用でも切り抜けようと思えば切り抜けられる感想文なんか義務付けてちゃ、“本”から引かせる逆効果しかないんじゃないかと思いますが。どうなんでしょう。

『金色の翼』44話。こちらは“映像で描かれたアナザーワールド”です。

迫田(片岡弘貴さん)の言語麻痺を罠と疑う玻留(倉貫匡弘さん)の、思いつきながら二度にわたる策動で迫田受難の日でしたが、一度め、姉・修子(国分佐智子さん)と槙(高杉瑞穂さん)のビリヤード勝負中、反応なく車椅子に沈黙する迫田のシャツの首に玻留が氷を入れる隙を窺う場面では、BGMがラテンの歌曲。

OPクレジットには曲名がありませんでした。これ、サントラに収録されるかな。

いままでラテンナンバーがBGMに使われるときはすべてインスト曲で、ヴォーカル曲は今回が初めてだったように思います。ちょっとビスコンティ映画『家族の肖像』(74年)で、ヘルムート・バーガーとクラウディア・マルサーニ、ステファノ・パトリッツィらが絡み合ってバート・ランカスターに見せつける場面を思い出させる、ほどよく俗っぽいセンシャスな曲でした。

続く槙と玻留の殴り合い→修子の水ぶっかけシーンには、一転あえてクラシックギターの物寂しいソロ曲。

テラスで、ガラスの水差しを凸面鏡にした玻留の二度目の悪だくみ進行シーンには、音楽の代わりに理生(肘井美佳さん)のボードレール『人と海』(>『悪の華』!)朗読がBGMになりました。なんとも粋なこと。

ビリヤードシーンで高杉瑞穂さんの官能的なキュー捌きに比べて、国分佐智子さんの構えがいかにも硬く付け焼刃チックなのが残念でしたが、鐚一文身体が触れ合うでもない、ただ互いに秘めた意地とプライドだけが撞球台の周囲で火花を散らす演出にセンチメンタルな歌曲を充て、取っ組み合いの荒っぽいシーンに、相反する悲傷な曲を持ってきて人物たちの空しさや憂いを透かし見させる、古典的と言えば古典的だけれども洗練された演出でした。

玻留とやり合って顔に負傷した槙に、「初めから彼(=玻留)を挑発する気で?…あきれた、でもあまりやり過ぎないで」と手を差し伸べるセツ(剣幸さん)も、今日はいつになく色っぽい。かつての愛人の面影を重ねて…?昨日の静江(沖直未さん)の話、眉唾もんにしても妄想のタネまいてくれちゃったな。

俳優・高杉さんの熱心なファンなら、理生に手当てしてもらったあと、制服の白シャツの裾をパンツにタックインする仕草にも萌えたのではないかな。腹周りが締まってない男性には100%無理な仕草ですからね。あれはさほどのファンではない月河もオッと思いました。

ただ、今週の演出担当・奥村正彦監督、高杉さんをカッコよく撮ろうという熱意があり得意としていることは間違いないのですが、どうもご自身の惚れツボに“淫して”いるようなふしが随所で気になります。

カッコよさ読み取りのベクトルが一方向集中で、以前にも書きましたが、そういう風でなくていい場面まで、槙が“頭良さそう”“先読み・打算上等”に見え過ぎる。

“女で人生壊れて行く男の話”のファンとしては、槙はもっと純朴で真っ当で、不器用いっぱいいっぱいなキャラからスタートして、徐々に目つき顔つきを変え、策略擦れして行ってほしかった。

高杉さんは、もうちょっと前のヒュー・グラントのような、“知的”も“お間抜け”もいける役者さんになってくれると面白いと思う。たとえばあと15年か20年後ぐらいに、いま黒田アーサーさんが演じている奥寺のようなキャラを、40代半ばの高杉さんが演ってくれたら、毎日楽しいでしょう。

いや、昼帯ドラでなくても別にいいのですが。

コメント
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