「満を持す」と云う諺があります。
意味は、ご存知のように、十分に準備を整えて機会がやってくるのを待ち受けることですが、今日はこの諺の由来について調べました。
「満を持す」の「満」は「みちること」「いっぱいになること」を意味する語ですが、ここでは弓をいっぱい引き絞ることを意味し、「持す」は「その状態を保つ」を意味しています。
このことから、「満を持す」とは、弓を引き絞ったままの状態を維持することから、十分に準備をして機会を待つの意味になります。
この諺の出典は中国の史記(李将軍列伝)で、この中に呉と越の戦いにおける次のようなエピソードがあります。
越の王・勾践(こうせん:~起源前465年)は謀臣范蠡(はんれい)の諌言(かんげん)を聞かず、呉を討つ兵を起こすも、返り討ちにあい、逆に追い詰められました。
勾践は范蠡のいうことを聞かなかったことを後悔し、これからどうしたらよいかと范蠡に尋ねました。
すると范蠡は
「持滿者與天、定傾者與人、節事者以地。 」と云いました。
この読みは、満ちたるを持つ者は天と与にし、(みちたるをたもつものは てんとともにし)、
傾けるを定むる者は人と与にし、(かたむけるをさだむるものは ひととともにし)、
事を節する者は地と以にす。 (ことをせっするものは ちとともにす)。
この意味は、
『満を持する者には天の助けがあります。傾けるを定める者には人の助けがあります。事を節する者には地の助けがあります。
今後は、この天と人と地の助けを得るように努めなければなりません。今はただ辞を卑くし、礼を厚くして和を請うことです。
その為には、王自ら呉の臣下と為られることも、またやむを得ないことでありましょう。』
勾践はその言葉に従って呉王に降り、その後は、かつて呉の王・夫差(ふさ:第7代の王)が薪の上に臥して復習の心を研ぎ澄ましたように、肝を嘗めてはその苦さに「会稽(かいけい)の恥(会稽山で負けた敗戦の恥辱)」を思い返し、范蠡(はんれい)の助けの元にひたすら国力の充実に努め、満を持すること二十二年、遂に呉を亡ぼして天下に覇を唱えました。
ここから「満を持す」と云う諺が生まれ、更に、この呉の王・夫差が薪の上に臥して身を苦しめ、また、勾践が部屋に苦い肝を吊るして毎日のようにそれを舐めて呉に対する復讐を誓った事が元となって生まれた諺が「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」です。
この臥薪嘗胆は、呉の王・夫差と越の王・勾践が共に仇を晴らそうと長い間、復讐を誓って苦労を重ねたことから生まれた諺だったのですね。
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「満を持す」は、さしあたり麻雀で満願を張って、待っていることをいうのでしょうか。
たいへん失礼しました。 m(_ _)m
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「満を持す」は、さしあたり麻雀で満願を張って、待っていることをいうのでしょうか。
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「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」と言う言葉自体初めて聞きました。少し調べたのですが、明治時代、三国干渉時のスローガンにも使われていたんですね