分かりやすい対立図式

 NHK番組『地球特派員2006』のお話の続きです。
 番組の終わりの方で姜氏が

 「・・・いままでやっぱりこの、社会の差別をめぐる問題は性差別とか、あるいはまあ移民系の問題とかいろいろあったわけですけれども、いまもうひとつやっぱり『若者』、若者が特別なひとつのクラスのようになって、そこに問題が集約的に現れている。
 で、そうすると若者であって女性であって移民であるというのが、いちばんやっぱりしわ寄せを、まあ引き受けざるを得ない、そういう人になっていくのかなあ、とちょっと心配ですね」

と事態を総括するとき、わたしはなんかちぐはぐな感じがしたものです(この番組は基本的には経済番組ということのようなので、これでいいと言えばいいはずなのですが)。
 それはなぜかと考えてみて、こう思いました。

 高齢者の雇用確保のために「若者」をフランスの外に放り出せ、という主張はあり得ない。男性の雇用確保のために「女性」をフランスの外に放り出せ、という主張もありえない。
 当然です。フランス人もそんなことは考えもしないだろうし、日本人もまさかフランス人がそんなことを考えるとも思わない。

 でも「フランス人」の雇用確保のために「移民」をフランスの外へ放り出せ、という主張は、非人道的ではあるけれども理論的にはあり得てしまう。日本人も、そういう主張をするフランス人がいることはありうると考えてしまう。

 そういうことではないでしょうか。
 「移民」と「若者」「女性」ではなんというか、相容れないカテゴリー分けです。経済学的にはどうだか知りませんが、人間的には同列に扱えないはずです。

さてこの番組、ビデオを見直しているうちに一般視聴者がここからどういう印象を受けるか、かえってだんだん分からなくなってきたのですが、(^_^;) ひとつこれはたぶん言えるだろうと思うのは、「白人の、フランス人の多数派」と「非白人の移民系の少数派」という「分かりやすい対立図式」が視聴者に印象づけられるだろう、ということです。

 姜氏のインタビューに答えているシテの移民系の人たちは、みな無辜の善良な人たちです。当然ながら、昨年の暴動に参加したわけでもないし、犯罪行為に関わっているとも思えない人たちです。
 あるアラブ系の若者は「ソルボンヌを出ているのに職が得られない」と嘆きます。
 あるアフリカ系の若者は「シテで育つと言うことは、人種差別と生きるということなんです・・・ 有色人種のわたしたちは汚い団地に住んでいます」と言います。
 またある移民系家族は、アラブ風の室内飾りやお茶の飲み方が「普通のフランス人との文化の違い」を見せているだけで、父も子供たち(フランス生まれのフランス国籍保持者です)も失業中で母の家政婦としての収入に頼って一家肩を寄せ合ってつつましい生活を送る人たちとして紹介されます。息子は「肌の色が違うので、誰もフランス人と認めてくれません」と言うのです。

 しかし番組のあとの方で「暴動後、フランス社会の移民を見る目はますます厳しい物になっています」というナレーションのあと、路上のインタビューに答えて三人の「白人」フランス人がこんなことを言っています。
 六十代くらいの女性。
 「同化の可能性のない外国人が多すぎるのよ。だから同化出来る人だけを選んだらいいと思うわ。平等を守るためにこういうことをする国は他にも多いでしょう」
 十代から二十代前半くらいの男性。
 「移民はとりしまるべきです。問題は彼らの文化とフランス文化が違うので、うまく行かないんですよ」
 五十代くらいの男性。
 「移民一世じゃなくて二世が同化しにくいんですよ。わたしたちは移民を受け入れました。しかし彼らの子供の教育まで管理できなかったってことです」
(以上どれも日本語吹き替えです。原語でなんと言っているのか聞き取れません。インタビュアーの質問はどういうものだったのかとか、彼らの答えの真意、および翻訳の妥当性を考えていくと疑問がいくつかわいてきますが、それはここでは省略します)

 この後、「暴動後の世論調査によると『移民の数が多すぎる』と答えた人は以前に比べ9ポイント増え55%。全体の半数を越えました」というナレーションが入って、その後出てくるのは・・・ 姜氏とジャン=マリー・ルペン氏の対談なんですよね。 (^_^;)
 たしかに彼は「極右政党の党首」という紹介で、最大多数のフランス人の意識を代弁しているわけではないことは視聴者にも知らされてはいるのですが。
 それでルペン氏はこういうわけです。
 「フランス共和国のスローガンは自由・平等・友愛ですが、他にもスローガンはあります。国民であることを選ぶか死を選ぶか、です。移民たちに言いたい。『フランスを愛するか、さもなくば出て行け』と」

 この二つのシークエンスの間には確かにいろいろ他の話が入っているのですが、印象として「移民」と「白人フランス人」の相対する二つのグループの本心がここに集約されているような感じがします。

 この対立図式から出発すると、フランスの実情をよく知らない日本の視聴者は

フランスでは、広がる格差社会への不安が背景にあるにせよ、なんの罪もない移民系の人たちが、「自分たちと文化が同じでない、肌の色が違う」というだけの理由で不当な差別を受け、国から出て行けとさえ言われている

と了解するよう誘導されてしまう危険があるように思うのです。

 この番組で「移民」という言葉は、その意味内容の差にあまり明確な注意を喚起することなしに「フランス国籍を持った移民系の人」を指したり、「フランス国籍を持っていない外国人」を指したり、あるいは「犯罪を犯した移民系の人」を指したり、「人種、文化が違うだけで何の罪も犯していない移民系の人」を指したりしているように見えます。

 この番組で用いられる「同化政策」という言葉も、建設的な意味を持っていません。
 現在のフランスの「同化政策」とは、実は文化が違う者へのいわれのないイジメに過ぎない、と視聴者に理解させかねない、と思います。

 ナレーションでは「平等を国家理念のひとつに掲げるフランス。これまで、移民であっても、フランスの国家理念を受け入れる者にはフランス国籍を与えるという、いわゆる同化政策をとってきました。そこでは就職や教育を受ける権利も平等とされてきました。しかし現実には移民系の住民たちの多くが仕事にもつけず郊外の低所得者用団地の中で鬱屈した日々を送っています」というのもあるのですが、これもずいぶん問題の多いまとめ方です。一枚岩の「フランス」から、「移民」が一枚岩的に不当な差別を受け、一枚岩的にシテで鬱屈している、という提示の仕方にみえますから。

 分かりやすい対立図式は、曲者だと思います。
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