受け継ぎ


 ジャン=イヴからメールが来て、スタンダール『パルムの僧院』ロワイエ本と『日記』手稿の一部が6月20日にDrouotで競売に出るから、これを皆に知らせるためにLe Courrier Stendhalの次のやつを早めに出す、と言ってきました。それで彼のページ(Flash Infoのところです)で詳細を調べてみたら、あのPierre Beresが所蔵書を整理するのだというのが分かりました。

 ああ、ベレスかあ・・・ (^_^;) もう93歳とはいえ、まだ生きてるんだ。 

 相続での財産分割のために、売りに出してきたらしいです。
 この二つの出品物がどういう重要性を持つかという話はちょっとややこしいので省きますが、わたしはベレスが持っているはずの『恋愛論』の草稿が今回の競売に出るのか気になっていま調べているところです。たぶんまだだと思います。こいつは死ぬまで手元にとどめるような気がします。

 名高いスタンダール『恋愛論』には最後のところに「諸断章」という部分がありますが(わたしは今のところこの部分だけについての論文を書いた世界唯一の人物だと思います。ひひひ。 (^_^;)v )、数ページのノートながら明らかにこの部分の最初の草稿と思われるものが存在し、それが古籍商のピエール・ベレスという人が所蔵したままほとんど未調査で残っている、という話は前から知ってました。

 それで、あるときベルチエ先生

「あれは、ありかが分かってて相手は商売人なんでしょう? なんでどこかが買わないんですか?」

と聞いたんですよ。そしたらベルチエさんは、

「売らないんだ、あのベレスが! まったく moche な奴だ」

と憤慨するんです(moche というのは「精神的に汚い」という意味です)。


 売らないどころか、人に見せもしないんです。 (^_^;)

 かつていっぺんだけ、あのスタンダール研究の大御所デル=リットさんがベレスに必死でかけあって見せてもらったことがあったんですが、それはたしか「10分だけ、それもベレスが手に持った手稿を覗き込ませてもらっただけ」という状況だったと聞きました・・・ (^_^;;)
 だからいま『恋愛論』のしっかりした版(上の写真はクラシック=ガルニエ版です)に付いているこの手稿についての注は、デル=リットさんのそのときの大急ぎの調べで書かれたものでしかないのです(と、たしかジャン=イヴから聞いたのですが、ガルニエ版の編集はアンリ・マルチノですからマルチノかもしれません)。

 考えてみて下さい。スタンダールの真筆である事は分かっている。どういう内容かも分かっている。でも一度も詳しく調べられた事はなく、全部転写されたことすらない、そういう手稿なのです。だからこそ研究者はみんな見たい。わたしも見たい見たい見たい! 心底見たい人がたくさんいるから、否が応にも値打ちがあがって、ベレスはひひひひひと陰険な喜びを得るわけです。 (T_T)

 まったく、なんでこれがベレスみたいな奴(彼の店は非常に歴史ある由緒正しい店らしいけど)の手に渡っちゃったんだろう?
 自分はスタンダールマニアでもないんだから、さっさと売っちまって美味いものでも食うのに使えばいい、とわたしなんかは思うんですが、このタイプの人間はそうは考えないんですね。

 こういう性格の悪い野郎というのは・・・ フランスの爺さんにはかなりいそうです。(^_^;)

 これでこの手稿が競売に出ても、またベレス並みの意地悪な人物の手に落ちたら、今度はこの人物が死んで遺産整理する時まで誰もタッチできない、ということになります。

 この手の話は文学研究の世界ではよくあることのように思います。腹はたちますが、災害などで消失してしまわない限り何十年か何百年かのうちには手稿はオモテに出てくるはずです。そのころにはわたしは生きていないかもしれませんが、世代を越えてスタンダール研究の営みが受け継がれている限り、後代にこれを調査してくれる誰かがいることでしょう。

○一部字句修正しました。06.04.04.
○一部内容追加しました。08.09.03.
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