あの村上龍さんが「13歳からのハローワーク」を出版した時には、あの「コインロッカーベイビース」からずいぶん時がたったんだなあ・・・と思いました。私にとっての村上龍さんは、「限りなく透明に近いブルー」よりも「コインロッカー・・・」の印象が強い作家さんでした。何せ、当時はまじでコインロッカーに赤ちゃんを捨てる事件が続発していたので、タイトルだけでも十分にショッキングだったものです。鷺ノ宮の小さな本屋さんで購入したときのことも、はっきり思い出されます。
でも、テレビのRYU's BARなどで見た龍さんは、しっかりとした知性や教養を感じる方で、しかも地に足のついた大人。この「55歳からの・・・」も素晴らしい短編集でした。
人生の秋を迎えた人々の複雑な感情がストレートに伝わってきました。
定年して家でごろごろするだらしない夫に嫌気がさし、離婚して婚活する主婦、リストラで困窮しながらも、ホームレスに身を落としたかつてのクラスメイトを必死で助ける男性、早期退職し、妻とキャンピングカーの旅を夢見た営業マンにつきつけられた現実、愛犬を失った主婦、古書店で出会った女性に淡い恋心を寄せるトラック運転手。どの物語もなんだかわかる。
その中でも、「空を飛ぶ夢をもう一度」という物語が一番印象に残りました。実はこの本を勧めてくれたのは夫で、当然「ペットロス」に反応するかと思ったらしいのですが、残念、違いました。
「空を・・・」は、高級住宅街で偶然出会ったかつてのクラスメイトが、実はホームレスに近い生活をしているうえに重篤な病に冒され死期が近いと知り、何が何でも彼の母親に会わせなければと奮闘する物語。何に心を惹かれたかというと、どんなに年を重ねても、人って若い頃の輝くような時を共にした友人には、何の見栄も遠慮も持たずまっすぐな気持ちを向けることができるんだなあということを確認できたような感覚を持ったからです。自分にとっては何の得にもならず、相手にとっては迷惑かもしれない事でも、「きっとそれが一番いいに違いない」という青い確信に向かって突っ走る初老。なんだか胸がきゅーんとしました。