パレスチナ、ガザの何が問題なのか?(後編)
田中 廉
1.ガザの現状
2024年8月末でガザの死者は4万人を超えた。ガザの住民数は230万人なので、約1.7%の住民が死亡したことになる。4万人はガザの保健当局が死亡を確認した数なので、爆撃により瓦礫に埋もれたままの多数の死者は計算されていない。一説にはその数は1万人程と言われている。これらを考慮すると住民の2%強が死亡したと思われる。15年戦争(日中戦争+太平洋戦争)の日本人の死者は民間人を含めて310万人と言われている。開戦時(1941年)日本の人口は7200万人なので、約4.3%が戦争の犠牲となった。ガザの犠牲者は10ヶ月ほどで日本の犠牲者(比率)の半分ほどなので、その惨状は想像に余りある。
住民はイスラエル軍の命令で「安全地帯」へと移動させられた。その「安全地帯」で、イスラエル軍が正式には「攻撃対象外」としてきた、難民キャンプ・病院・学校・複数の人道支援施設を、「ハマスがいる」との理由で繰り返し爆撃している。それは成人男子がいれば、すなわち「ハマス潜伏」とみなしているかのようである。現地で医療活動を行っている「国境なき医師団(MSF)」は、「こうした攻撃は、パレスチナ人の命を明らかに軽視し、人間性を剥奪する行為だ。」と表明した。MSFの責任者は、「あらゆる予防措置をとっているとのイスラエルの声明など、受け入れられません。」と述べている(MSFのHPより)。
昨年12月、ハマスにとらえられた人質の男性3名が自力で脱出し、白旗を掲げ上半身裸で両手を上げていたにもかかわらず、イスラエル兵に射殺された事件があった。イスラエル軍当局は、「白旗を掲げ投降の意思を示す人物を攻撃することは、規則では禁じられている。」と述べているが、この事件はイスラエル軍のモラルの低さと残虐性を示している。この事件は殺されたのがイスラエル人だったので問題となったが、これがパレスチナ人であれば無視されたであろう。
私は古居みずえさんのドキュメンタリー映画「僕たちは見た、ガザ・サムニ家の子どもたち」の1シーンを思い出した。2008年~2009年のイスラエル軍がガザに侵攻した後の現状を伝える映画である。子どもが空き缶に茶色に変色した土を集めている。何かと聞くと、「イスラエル兵が家に来た時、おとうさんが両手をあげて出て行ったのに、玄関でイスラエル兵に射殺された。その血がしみこんだ土だ。」という。
イスラエル兵のパレスチナ人への人権無視の姿勢は、昔から綿々と続くようである。今も一日に数十人、時には100人以上の市民がイスラエル兵により殺され続けている。さらにはイスラエル軍による検問所封鎖により、ガザ地区では食料不足、医療不足で多くの市民が命を失っている。たとえ命が助かっても幼児期に飢餓状態に置かれた子供たちは、成人になっても多くの障害が残ると言われている。食糧援助を行っている人権団体の話では、それまでは援助物質を受け取ると袋のまま家族のもとに運んでいたのが、今ではその場でむさぼるように食べ始めているとして、飢餓が非常に危険な状態で、また人々の精神の荒廃をもたらしていることを指摘していた。
イスラエルの飢餓作戦(CNNニュ-ス) 8月5日:イスラエルのスモトリッチ財務相は「人質が帰還するまでガザ地区の住民200万人を飢えさせるのは、公正で道徳的な行為かもしれないが、世界の誰も我々にそれを許さないであろう。」と発言した。国連の独立した立場の専門家は「イスラエルが意図的で狙いを定めた飢餓作戦を実施している」と非難し、「これはジェノサイド(集団虐殺)的暴力の一形態」と名づけた。国際刑事裁判所の検察官は、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相について、「戦争の兵器として飢餓を利用」しているとして逮捕状を請求した。
このように、イスラエルの非人道的行為は目に余る。しかし私たちは何もできず、無力感にさいなまれている毎日である。
2.ハマスとはどのような組織なのか?
自然発生的に生じた反イスラエル抗議運動である、第一次インティファーダ(1987~88)で、パレスチナ民衆の民族意識が高まった1987年に結成されたのがハマス。イスラム主義を掲げ、イスラエル建国を認めずパレスチナ人によるイスラム教国家を目指している。これに対し、当時のパレスチナ政権を担っていたファタハは、イスラエルの建国を認め2国家共存、非宗教国家を主張する。
ハマスは貧しい人たちへの援助と、汚職が少ないことなどで支持を広げた。オスロ合意の13年後、2006年に全自治区(西岸地区とガザ地区)において、EU監視団の下で実施された総選挙で、ハマスは約60%の議席を確保し勝利した。ハマスはファタハと組み「統一政府を承認するのであれば、イスラエルと長期にわたる休戦条約を結ぶ用意がある」と米国のブッシュ政権に申し入れたが、イスラエル国家を承認していないとのことで拒否された。逆に、米国はガザのファタハ組織に軍事援助を行い内戦となるが、ハマスが勝利しファタハはガザから追放され、それ以降ハマスがガザを統治している。
カーター元米国大統領は2007年6月、ダブリンで開かれた国際会議後の記者会見で、「米国が2006年の選挙結果を認めなかったこと、およびハマスを屈服させるためにファタハに軍事援助を行ってきたこと等」を批判した。米国が民主的に行われた選挙結果を認めず、正当政権をクーデターで倒そうとしたのは事実のようだ。
ハマスはイスラエル建国を認めずオスロ合意に反対し、自爆テロ・ロケット攻撃などの武力闘争で一般市民を攻撃することもあるが、選挙で選ばれた団体である。原理主義ということでISなどと同列に扱われることもあるが、原理主義グル-プ内では穏健派で、教育・医療・福祉などの組織はしっかりしているようである。この8月14日、父親が出生届を出しに行っている間に、生後4日の双子の赤ちゃんと母親がイスラエル軍の空爆で死亡した。痛ましい事件であるが、ガザの建物の60%ほどが被害を受け(2/14時点、衛星画像より分析)、イスラエルの攻撃が続くという大混乱の状態でも、出生届の受付という行政組織が機能していることに驚いた。行政組織はそれなりにしっかりしているのではないだろうか。
ハマスはテロ組織なのか?
イスラエルがテロ国家とするならば、ともに無抵抗の民間人を殺害することもあるので、ハマスもテロ組織である。しかし、イスラエルがテロ国家でないというのであれば、もちろんハマスもテロ組織ではない。
欧米がハマスのテロだけを問題とし、イスラエルのテロを自衛権として認めるのは、長年の白人国家のダブルススタンダードである。ユダヤ人はアメリカを味方につければ何をしても、実際上は問題ないと考えているようだ。ユダヤロビーの巨額の金と600万人といわれる票の力、そして多分、秘密情報でアメリカ政府に大きな影響力を与えている。他の先進国はアメリカに対抗する力も根性もなく、アメリカのスタンダードに従うだけである。また、イスラエル政府が執拗にハマスをテロ組織と認めるよう迫るのは、テロ組織に対しては何をしてもよいということで、自らの非人道的行為を覆い隠すためである。
3.イスラエルの情報操作について
①. 典型的なのが昨年10月のハマスの襲撃報道である。まず、最初に衝撃的な偽情報を流す。
「ハマスが40人の赤ちゃんの首を切断……」とのニュースがCNN・FOXニュースなどを通し世界に報道された。バイデン大統領も「写真を見て衝撃を受けた」と発言。1日で4400万回の表示、30万回の「いいね」10万回のリポストがあった。日本でもそそっかしい女性が「ハマスが40人の赤ちゃんの首を切断して大喜びしているとの報道。これはもう、『人間の皮をかぶった動物たちと私たちは戦っている』というイスラエル国防大臣の発言は差別ではなく真実ではないでしょうか。保育園にテロリストが襲撃し、保母らを殺害して、0歳から2歳児の赤ちゃん40人の首を生きたままナイフで切断ですよ。」と投稿している。
しかし、真実は赤ちゃん殺害の事実は確認されなかった。また、イスラエルが発信した赤ちゃん殺害の写真は、AI合成の偽物と判明した。現地の軍当局は当初から未確認としていたが、イスラエル当局は未確認のまま発表した。その後CNNは「未確認事項を報道した」と謝罪し、米国大統領府は、「写真を見たのではなく、イスラエル当局の話に基づいたもの」と訂正した。
この作り話は、米国が湾岸戦争に踏み出す強いきっかけとなった「ナイラ証言※」と非常によく似ている。
【ナイラ証言※】イラク兵がクエートの病院に侵入し、新生児たちを保育器から取り出し放置し、死に至らしめたのを目撃したと涙ながらに証言した。後にそのような事実はなく、ナイラ証言は広報会社が世論に与える影響を最大限にするために作文し、ナイラがその筋書き通りに話した反イラクキャンぺーンと判明。
X投稿の日本の女性も含め「無垢な赤ちゃんの殺害」という感情に強く訴えるフレーズを使い、有無を言わせずハマス=極悪という世論を誘導している。この偽情報の効果は大きい。通常訂正文は小さく報道され、訂正に気が付かない人も多く、またSNSは間違っていても訂正されることが少ないので、偽情報は広く行き渡り、一定の人の深層にハマスに対する嫌悪感を残す。
➁. イスラエルの非道が報道されたとき
イスラエルは、自分たちがやったことを、パレスチナ側がやったことだと偽情報を流す。第三者は検証ができないので判断を保留する。その内に、うやむやのままに終わる。
【例】 2月29日、ガザで援助物資を運んでいたトラックに集まった住民に対し、イスラエル兵が発砲し112名が死亡した。イスラエルは最初、群衆がトラックに殺到して、群衆の踏み付けやトラックにひかれて死んだと発表し、トラックに集まる住民の航空写真まで公表した。しかし、調査が進み銃弾で死亡した人が多いことがわかると、今度は、トラックを警備していた戦車に群衆が襲いかかったので射殺したと発表。(航空写真は提示せず)
では、どのようにイスラエルの情報操作に抵抗すればよいのだろうか?
パレスチナ紛争について「どっちもどっち」「憎悪の連鎖」のような表現をするメディア、評論家は信用しない方がよい。問題の本質を見失っている。本質は、イスラエルの侵略に対するパレスチナ側の抵抗運動である。我々は、賢く疑い深くなる必要がある。事件後、マスコミが発表しなくなっても、ネットなどでその後の調査結果等の報道に注意することが大切と思う。(面倒だけれど)それと、情報の裏付けとなる資料や根拠が示されているかもチェックポイントになると思う。
4.ハマスがイスラエル建国を認めず武力闘争をするから平和的に共存ができないのだという意見があるが、本当だろうか?
私も、そう思う時があったが、今は違うといえる。西岸地区を統治するファタハはイスラエル・パレスチナ2国家共存を認め、イスラエルに対して武力闘争は放棄している。その結果、何が西岸地区で生じたかといえば、入植地の拡大とパレスチナ人の迫害である。パレスチナ人の持つ肥沃な土地はどんどんユダヤ人(イスラエルの人口の20%はパレスチナ人であるが、イスラエル政府が没収した土地はユダヤ人に与えられている。)に奪われ続けている。入植地拡大について欧米は、それを批判はするが、何の制裁も課さず実際は黙認である。入植者は銃で武装し、近隣のパレスチナ人を襲撃したり、家屋・果樹に放火し、その土地から追い出そうとしている。そのあまりの凶暴さに欧米・日本でも4~28名の入植者を入国禁止にしたほどである。イスラエル政府は、その暴徒の取り締まりを本気ではやっていない。イスラエルに抵抗しようが、しまいがパレスチナ人の土地と命は奪われ続けているのが現状である。
5.イスラエルの狙いは何か?
イスラエルの極右の大臣などは、パレスチナ地域は神が我々に与えられた土地だから、パレスチナ人を追放し全土をユダヤ人のものにすると公言している。イスラエルの極右政権はオスロ合意に反対し、現在、パレスチナ自治区の西岸地域では、今まで以上に入植地を拡大し、昨年からパレスチナ人に対する襲撃が激増している。国連高等弁務官は昨年10月から今年5月末までに、西岸地区でユダヤ人入植者やイスラエル治安部隊が、500人以上のパレスチナ人を殺害し、そのうちの148人は子どもだったと発表した。
このままガザの植民地化が進めば、重要で豊かなパレスチナ人の土地は奪われ続け、住民は都市部に追いやられ、ごく限られた仕事しかなくなるであろう。イスラエルは生活の糧である土地を奪うだけでなく、パレスチナ人の歴史・誇り・アイデンティーを奪い、最終的には満足に自活できず、夢も希望もない今のガザ地区のパレスチナ人の状態に置き、周辺のアラブ諸国に自発的に脱出させようとするのではないかと危惧している。
今回の事態に対し、EUがエジプトに1兆円ほどの援助を与えるという報道があった。これは、EUはガザのパレスチナ人の追放を予想し、その難民がEUに向かわずアラブ諸国で吸収させようとしているのではないかと気になる。
6.私たちに何ができるのか?
① 機会があるたびに、パレスチナ、ガザの現状とイスラエルの非情を周囲に発信すること。
② 精神的、財政的援助。あるパレスチナ人の言葉が印象的である。「私たちが、この地で生き延びることが、大きな抵抗なのです。」悲しいことだが、現状ではその通りである。個人的にも、さらには日本政府にもパレスチナ援助を続けさせるよう運動して行くこと。それと、鈴木宗男氏のような親イスラエル政治家の動きは要チェックである。
③ イスラエルの製品、協力企業のボイコット―――これはかなりの効果があり、イスラエルはボイコット運動を非常に警戒している。米国では26州で、州の仕事をするためにはイスラエルに対するボイコットをしないことに署名することが求められ、署名を拒み解雇になる人もいる。米国の言論の自由には、ユダヤ問題については大きな制約があり不自由である。これはドイツなどのヨーロッパ諸国でも似たような制限がある。「反ユダヤ主義」というレッテルを張り、イスラエルに対する批判を抹殺しようとしている。
中東でスタ-バックは2000名以上の人員カットを行うと発表。イスラム国家での反イスラエル感情により売り上げが激減したため。
日本では、伊藤忠の子会社がイスラエルの大手軍事企業と協力覚書を交わしていたが、オンライン署名で短期間の内に2.5万筆以上が集まり、伊藤忠は2月末で協力覚書を終了すると発表した。
④ パレスチナ人が現地で働ける職場を作ること。
2012年にパレスチナ西岸地区を訪問した時、知り合ったパレスチナ人の言葉「日本からは、沢山の援助をいただいて非常にありがたい。しかし、いま私たちが欲しいのは仕事なのです。」よくわかる言葉である。仕事があれば、やる気も誇りも取り戻せる。
【投稿日 2024.9.2.】
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