扶桑往来記

神社仏閣、城跡などの訪問記

宇治〜徳島取材 #5 四国八十八箇所 二番 日照山極楽寺

2009年03月19日 | 御遍路・札所

二番極楽寺は一番から西へすぐのところ。

本尊は阿弥陀如来、空海はここで37日間阿弥陀経を読経したという。

空海が彫った本尊阿弥陀如来は光り輝き鳴門沖まで届いて漁の妨げとなったため、漁民が本堂の前に山を築いて光をさえぎったという。

 

 


宇治〜徳島取材 #4 四国八十八箇所 一番 竺和山霊山寺

2009年03月19日 | 御遍路・札所

徳島の取材が終わり時間が空いたので御遍路の真似事でもしてみようと思い立ち、一番札所の霊山寺へ。

四国三郎を渡ってしばらく行くと霊山寺。

吉野川下流の扇状地北側沿いに一番から十番までが続く。

一番すなわち最初の遍路寺だけに遍路グッズを揃えるお店が併設されている。

まず形から入るのもいいだろうが、遍路として真面目にやろうと思って今日は見学。

ガイドブックを買ってから参拝。

仁王門の傍らに御遍路さんがいると思ったら、遍路グッズをフル装備したマネキンさんだった。

開山は天平年間、行基によって開かれた。

空海はこの地で修法するうち、釈迦の説法の場面を感得し、念持仏である釈迦誕生仏を納めたという。

境内を見物していると御遍路さんが朗々と「南無大師遍照金剛」と唱えていた。

いつかここから歩き遍路をはじめてみたい。

 

 

 

 


宇治〜徳島取材 #3 阿波おどり会館と眉山

2009年03月18日 | 取材・旅行記

二日目は徳島の取材、ホテルを出発して市役所で情報収集。

午前中は阿波おどり会館で勉強。

阿波おどりの発祥は諸説ある。

やっていることからすると盆踊りに近いと思っているが、地元では徳島藩祖の家政が徳島城の完成祝いに踊る許可を与えたとの説があるようだ。

家政は秀吉の草創期の家臣小六の子、尾張生まれであるから戦国末期に畿内をかき回した三好一族からの政局転換をうながし民政にも緩かったのかもしれない。

いずれにしても陽気で華やかな集団群舞は香川県の象徴となっている。

 

会館は眉山に登るロープウェイの発着場になっていた。

天気も良いので登ってみる。

徐々に高度が上がるにつれ、和歌山浦の海が拡がり対岸までが一望。

この光景をみると義経の屋島合戦前哨戦が思い出される。

義経が暴風雨を押して上陸したのは高松港より少し南の小松島とされている。

北をみれば四国三郎、吉野川の河口。

昨日渡って来た時も驚いたが大きな川である。

 

眉山は標高290mほどの高さ、眉の形をしているところから眉山の名が付いた。

万葉集に「眉の如 雲居に見ゆる 阿波の山 かけてこぐ舟 泊知らずも」との船王(ふねのおおきみ)との歌がある。

いい山を背負っている町の民は幸福である。

故郷に帰ってきたなあと心に染みるのはこうしたランドマークだと思う。

 


宇治〜徳島取材 #2 羽曳野あたり

2009年03月18日 | 取材・旅行記

二日目は羽曳野方面に取材。

朝、JAの直売所「あすかてくるで」を取材撮影。

次に羽曳野市役所に資料をもらいに行ったところ、市内の古刹「野中寺」で毎月18日に弥勒菩薩半跏像の御開帳を行っていることを知った。

これはいかずばなるまいと同行者にも勝手を申し上げて参詣。

とても小さな仏像であることは知っていたが、間近で見るとやはり小さい。

半跏像は作例が少なく飛鳥白鳳期に見られる渡来仏、いい経験をした。

昼食はまたJAあすかてくるでに戻って地元名物「かすうどん」。

不思議にはまりそうなうどんだった。

 

そして夕方からは淡路島を経由して徳島までE39でドライブ。

阪神高速の車線変更にびびりつつ神戸を抜けて明石大橋へ。

徳島市内に日があるうちに入って徳島ラーメンの夕食。

 

 


宇治〜徳島取材 #1 宇治上神社から平等院

2009年03月17日 | 世界遺産・国宝・重文

地域再生本企画の打合せで大阪に行くことになった。

まず実家で体制を整えて大阪に出発。

今回の取材は徳島、豊岡、羽曳野。

二回に分けて行こうと思う。

今日は大阪まで行くがただ行っても芸がないので新東名から宇治に立ち寄って大阪泊まり。

 

宇治に着いて宇治上神社から参詣、神社は世界遺産に登録されており、本堂が国宝。

神社建築としては最古クラスということらしい。

寺院は飛鳥時代からのものがある一方、随分遅いもので建築思想と技術が舶来の仏教から神道に展開された証左ということだろう。

「上」神社というのは明治に神社が上下に分割されたから。

 

宇治上神社と平等院の間には宇治川が流れている。

今日はかなりの水量でどうどうともの凄い流速。

中洲に佐々木高綱と梶原景季による先陣争いの碑、当時の宇治川の流れはどうだったろうか。

この宇治川の景観が今日一番の収穫。

平等院は相当久しぶりだった。

国宝の仏像などを室内展示している「鳳翔館」が新設されていた。

 

のんびり大阪日本橋までいって打合せ後、都ホテルに泊。