蔵王権現との対面を果たした後、少しあたりを歩いてみた。
蔵王堂の脇を降りていくと南朝の行宮跡がある。
後醍醐帝がしばらく御座所としていた。
今は南朝妙法殿という三重の塔が立ち、南朝の4人の天皇と忠臣の霊をなぐさめる。
それにしても吉野の天は広く地は狭い。
日本を二分した南北朝の政庁があった場所としてはいかにも侘びしい。
桜の季節こそ気分はいいのであろうが、冬枯れの頃になれば京への憧憬がつのったであろう。
南朝跡から蔵王堂の下を回ると仁王門に戻る。仁王門の脇を抜け上千本の方に行くと多宝塔が見えた。
東南院である。
この塔は紀州野上八幡宮の境内から昭和期に移築されたとある。
金峯山寺をはじめ吉野の寺は多くの寺院と同様に廃仏毀釈で荒れた。
元々、江戸幕府は修験道にいい顔をしなかったので江戸期もつらかったろうが明治に入ってとどめを刺されたようなものである。
吉野には吉水神社、吉野水分神社という世界遺産に指定された建築がある。
後醍醐帝が主に住んだのは吉水神社であってそちらに足を向けようとも思ったがいつか桜の時期に再訪することにして吉野山を降りた。
階段の上が蔵王堂、下に南朝跡がある
南朝妙法殿
東南院の多宝塔、姿がいい
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