日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

神楽坂「伊勢藤」~「風情」という“非日常性”を売る居酒屋

2010-07-30 | ビジネス
神楽坂に知る人ぞ知る“居酒屋”「伊勢藤」というお店があります(ちなみに私は最近まで知りませんでした)。先日店の前を通ったのですが、屋根の低い木造平屋の昔ながらの日本家屋といった風情で、店の前にはメニューも何もなく、筆文字の看板がわずかに「伊勢藤」を語るのみ。入口と思しき場所には縄のれんがかかっていて、そこからぼんやり透けて見えたのですがなにやら薄暗い中に人影がけっこうあるようでした。でもあまりに静か・・・。入口はオープンエアなのに話声ひとつもれてこないのです。私は「ここ何屋さん?」と思ったぐらいですから。

目にした光景がなんとも不思議だったのでネットで調べてみたのですが、実に興味深い“有名店”であることが分かりました。ネット上に書き込まれた利用者による“口コミ情報”によれば、「伊勢藤」は「いせとう」と読むそうで、詳しいことは分かりませんが歴史はかなり古いらしく、いい表現をすれば花街として栄えた“古き良き神楽坂”を今に伝える数少ないお店だそうです。まず特筆すべきは、飲みモノは「日本酒(白鷹)」のみ。それを「冷や」か「燗」の飲み方を選ぶ。いまどきビールのない居酒屋ってちょっと珍しいです(この季節ビールがないのは辛いかも)。つまみは黙っていても「一汁四菜」が出されるそうです。他にも多少のつまみはあるようですが基本はこれだそうで、いきなり余計な注文をしようものなら、「まずこれを食べてから」と軽い“ご指導”をいただくそうです。

何よりあのオープンエアの入口から音ひとつ漏れない理由ですが「気になる話声は厳禁」だそうで、普通の飲み会レベルの音量で話をしていると、店主より「ちょっと声が大きいですよ」とこれまた“ご指導”をたまわるのだとか。なので、皆さん連れを伴って入った客人も自然とヒソヒソ、口数も少なくなるようです。何よりある利用者が書き込んでいましたが、「話をしていると、周囲にみな聞かれているようでちょっとその気にならない不思議なムードがある」と。中には、「修行場のような雰囲気」とまで言っている人もおりました。「おひとり様」も多いようですが、私が外から見た人影は2~4人連れがちらほらいたように思われ、仕事帰りに「小声」で何を話しているのかそれはそれで興味をそそられることろではあります。少なくともストレス発散にはならないですよね。

続けて書き込みをいろいろ読んでみました。この店のメインの肴である「一汁四菜」ですが、「なぜ飲み屋でいきなり味噌汁か」「別にうまくはない」「ごく普通の肴」とさして評判は良くはないようで。また唯一の飲み物メニューの「白鷹」にしても、けっして「うまい酒」と評判のものではない訳です。それでも、「食べログ」あたりの評価は決して低くないのです。この店に集う人たちは食べ物や飲み物を味わうと言うよりは、この他では味わえない「風情」を楽しみにきているのでしょう。長年多くの人たちに愛されてきたのであろう「伊勢藤」を知るにつけ、飲食業は食べ物や飲み物を売る商売ではなく「非日常性」を売るのだ、ということを改めて実感させられる思いであります。
※ある人の書き込みに「許された日本酒だけを少ないつまみで飲み続け、そして時折叱られる、という非日常性こそが、この店が愛される理由」とありました。なるほど。

時代の流れの中で失われつつある日本古来の「わび」「さび」の世界にも似た「伊勢藤」のビジネスは、「わざとらしさがない非日常性」があればこそのモノであります。一時期流行った“隠れ家的居酒屋”があっという間に下火になったのは、この部分に大きな問題があったと思っています。この「伊勢藤」が個々人にとって好ましい店であるかどうかは別にして、飲食に限らぬ長続きする対消費者ビジネスのヒントがそこにはあるようには思えます。関心のある方は、ぜひ一度「伊勢藤」に足を運ばれてみてはいかがでしょうか(21時半閉店だそうですから出足はお早めに)。ちなみに、私は黙って飲めないクチなので、この「風情」はちょっと敷居が高いです。

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