OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

歴史に"もし"はなし、それ以上に当たり前すぎて問われないこと

2018-01-27 14:24:14 | Weblog
えっと・・・とりあえず、何かしら書いていこうということで・・・かなりおバカなことや、度を越してどうでもいいことでも、恐れず恥ずかしがらず書こうと・・・そういうブログを始めた頃の基本姿勢を思い出して、今日は、超バカバカしい疑問を発表してしまいます(^^;。

いや~、ほんと、人が聞いたら、何言ってんだろうって言われると思うんですが、先日、突然、ふと思っちゃったんですよね。「豊臣秀吉さんって、織田信長さんがいなくても天下をとったろうか」って。

彼って、かなり才能のある人だと思うんですよ。運も強いけど、人の心を掴む術も戦に勝つ能力にも長けていたようだし、権力を得始めてからの権謀術数だとか統治能力だとかもスゴイ。スタート地点は、とてもとても天下を狙える地位じゃなかったけど、彼なら頂点まで上り詰めたのにも納得できるよなって。

でも・・・そんな彼でも、信長っていう超人がある程度までのお膳立てをしてくれていたからこそ天下を取れたのかも・・・そういうこと、歴史の研究者や、歴史好きな人は、どう思っているのかなぁ~。

きっと、個々の皆さんの中で、あまりにも自明のことで、特に言葉にして主張したり語り合ったりすることがないことなのかもしれないけど・・・もし語り合ったら、意外に意見が分かれたりしないのかなぁ~って。

というのもね、先日「美の巨人たち」という番組で、70代半ばで本格的に絵を描き始め、80歳で初めて個展を開き、100歳を超えてもなお絵を描き続けたグランマ・モーゼスの回を見たんです。彼女は貧しい農家に生まれ農夫に嫁ぎ、亡くなるまで農婦として生きた人で・・・その絵も、プロの画家のそれとは根本的に違うんだけど、優しくて暖かくて可愛くて、だからこそアメリカの人たちに愛されたようなんですが・・・そんな彼女が世に出るためには、やはり彼女の絵を認めて引き上げた人がいたからなんですよね。最近で言うと、ピコ太郎さんにとってのジャスティン・ビーバーみたいなことかな、違うか(^^;。とにかく、どんなに素敵な絵を描いていても、それだけでは国民的な画家にはならないわけで・・・

なんていうか、どんなに凄い偉人であっても、その人の周りの環境すべてをひっくるめて、その功績が存在するわけで・・・

ただ・・・売れている芸人さんたちがよく仰る言葉に「それがいつになるかは分からないけれど、面白い奴は必ずいつか売れる」っていうのがあるんだけど、本当だろうかと・・・

もしそれを秀吉に当てはめたら・・・秀吉さんは芸人さんではないけど(^^;・・・信長なんぞというサイコパスが居なくても、秀吉なら別の形できっとのし上がり天下を取ったに違いないのだろうかとかね・・・。いやいや、そういうこととは別に、信長さんと秀吉さんってセットというか・・・どこか二個一感があるようなとか・・・

たとえば、家康さんだと、あまりそういう疑問は湧かないんですよね。もちろん、信長が居て秀吉が居ての徳川幕府って感じがないではないですが、家康さんなら、途中で命を落とさずに生き延びれていれば、徳川幕府を開けたんじゃないかと思わせるものがあるんだけど、秀吉さんの場合には、スゴイ才能の持ち主だけど、やっぱり信長ありきなのかなぁ~とかね。

ちなみに、信長さんは、本能寺がなければ、無事に天下統一ができたろうか・・・やっぱり、あの人の性格、あの人のやり方では、必ずどこかで破たんしたろうか・・・ふむ。

歴史って、後から見たら全て必然っぽく見えたりもするけど・・・局所局所で、あれっていうようなこと、起こってますよね。なんでそうなるのかな、あり得なくない?みたいなこともね。結局は、偶然の積み重ねなのかな・・・それも含めて必然なのかな・・・

そんなことを考えるから、運命論とか、天の意志的な事が、心に入り込む隙を作ってしまうのかも・・・なぁ~。

いや~、話があっちこっちにとびましたが・・・ふと、そんなことを思ったのでした。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿