「自分探し」って言葉、よく使いますよね。自分探しの旅に出るとか・・・。
でも、その意味するところって・・・ものすごく良く分かるような気もするけど・・・じゃあ、どういうことって言われると、分からなくなっちゃうような・・・
そもそも、我々にとって「自分」ってものが何なのか・・・それが不明ですからね。
あのね・・・年々感じるのは「存在の根っこって、『ひとっところ』なんだろうなぁ」ってことなんですよ。「同じ大海から生まれでた」って言ったら、海から命が生まれたっていう生物学的っていうか物理学的っていうか、そういう進化論っぽい感じになっちゃうかな・・・でも、もっとイメージとしては、意識の事柄として・・・個体って、大海の飛沫みたいな感じで存在するのかなって・・・そんな風に思えるんですよね。
けどね・・・子どもの頃から、ずっと、わたしの中には「それじゃツマラナイ」って気持ちがあって・・・大部分は、他者と同じもので出来上がっていても、ほんの一部分でも、決して他とは重ならないものがあり・・・それが「自分」ってものじゃないかと思っていたんですよね。いや・・・思っていたというより・・・そう、ありたかったんですよね。だから「違う」ってことに、すごく拘ってきたし・・・「特別である」ってことに執着してきたんです。
けど・・・はたして、そんなものがあるのかと・・・個体差は、あくまでも、成分の配合の違いであって・・・他にないものが我にあり、我にないものが他にあるなんてのは、幻想なんじゃないかと・・・
そうなれば、自分探しっていうのは、その配合をデータ化することに他ならないのかとか・・・それとも、成分を自分なりに調合して、納得の配合を自分の上に実現する事が自分探しなのかとか・・・ふむ。
自分探しをしている皆さんは、いったい、どんな自分探しをしてらっしゃるんでしょうね・・・案外、自分を映す鏡を探してらっしゃるってことだったりするのかな。
でも、その意味するところって・・・ものすごく良く分かるような気もするけど・・・じゃあ、どういうことって言われると、分からなくなっちゃうような・・・
そもそも、我々にとって「自分」ってものが何なのか・・・それが不明ですからね。
あのね・・・年々感じるのは「存在の根っこって、『ひとっところ』なんだろうなぁ」ってことなんですよ。「同じ大海から生まれでた」って言ったら、海から命が生まれたっていう生物学的っていうか物理学的っていうか、そういう進化論っぽい感じになっちゃうかな・・・でも、もっとイメージとしては、意識の事柄として・・・個体って、大海の飛沫みたいな感じで存在するのかなって・・・そんな風に思えるんですよね。
けどね・・・子どもの頃から、ずっと、わたしの中には「それじゃツマラナイ」って気持ちがあって・・・大部分は、他者と同じもので出来上がっていても、ほんの一部分でも、決して他とは重ならないものがあり・・・それが「自分」ってものじゃないかと思っていたんですよね。いや・・・思っていたというより・・・そう、ありたかったんですよね。だから「違う」ってことに、すごく拘ってきたし・・・「特別である」ってことに執着してきたんです。
けど・・・はたして、そんなものがあるのかと・・・個体差は、あくまでも、成分の配合の違いであって・・・他にないものが我にあり、我にないものが他にあるなんてのは、幻想なんじゃないかと・・・
そうなれば、自分探しっていうのは、その配合をデータ化することに他ならないのかとか・・・それとも、成分を自分なりに調合して、納得の配合を自分の上に実現する事が自分探しなのかとか・・・ふむ。
自分探しをしている皆さんは、いったい、どんな自分探しをしてらっしゃるんでしょうね・・・案外、自分を映す鏡を探してらっしゃるってことだったりするのかな。