OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

過去は決してリセットされない

2013-01-08 14:03:38 | Weblog
写真は、紫陽花の新芽です。
てんちゃんと子ども博物館のお庭を散歩していて見つけました。
まだまだ寒いのに、こんな時期からチャンと準備してるんですね。
ちょっと新年に相応しいかなと思い、選びました。

新年かあ・・・

もともと、新年に際して気持ちを新たにするとか
新たな目標を定めて、それに向かって頑張るとか
そういうことを真面目にしていなかったイイ加減者なんですが・・・

それにしても、いったいどうすればいいのかな

ぼんやりとテレビ画面を眺めていて
病気や飢餓から世界の子供達を救おう・・・みたいな呼びかけを見ると
こういうことに一生懸命になれたらいいのかな、とか思います。

もっと直接的に、交通事故遺児の支援だとか
交通事故を減らすための何かの活動だとか
そういうのもあるのかもしれないけど
わたしはどうもそれは・・・

それよりは
若いアーティストの卵さんたちを応援するようなことができたら
その方が、なんとなくシックリくるのかなと思います。

でも・・・なんにしても・・・
わたし自身で何かしたいと思うことは何もないんだな・・・
今いくつかあげた選択肢を眺めて思いました。

それでも、心の中で、必死に何かを探しているのは感じています。
わたしは、いってい何を探しているんだろう・・・
何を知りたいんだろう・・・
何を見つけたいんだろう・・・・

ところで、イキナリですが
過去の過ちって、人の評価にリミットを設定するなって、ふと思いました。

人は誰だって、いろんな失敗をしていると思います。
不可抗力の失敗だけじゃなく
自分の弱さや思慮のなさ、強欲さなどから、恥ずかしい過ちを犯したことだって
きっと過去に一つや二つはあると思います。

それを他人に知られてしまった場合
それが過去の過ちであっても、今の評価に影響を及ぼしてしまうことは
やっぱり致し方ないことなのだと思います。

わたし自身は
自分が恥ずかしく愚かしい過ちをたくさん犯してきた人間なので
人の過去にとらわれず、できるだけ今を評価したいと思っています。
過ちが人を成長させ、好い方向に変化させることがあると信じたいと思っています。

ただ・・・過去と同様の過ちを繰り返されると
どうしても「やっぱり」と思ってしまいますね・・・はい。

だからやっぱり
過去の過ちって、決して完全にリセットはされないんですよ。
まっさらな評価表ではないということなんですよね・・・ちゃんとバツの記載は残ってる。

だとしたら
「やっぱりダメなんだ」の「やっぱり」ではなく
「やっぱり何かあった人は、何もなかった人より大きいね」の「やっぱり」にしたいですよね。
過ちを勲章にできるようになりたいですよね。