OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

必ず、近いうちに映画の『あん』を拝見しますっ!!

2018-09-21 19:07:49 | Weblog
樹木希林さんがお亡くなりになり、出演されたドラマや映画の一部が、テレビなどでさかんに放送されている。そのなかに、河瀬直美監督の映画『あん』があった。

わたしは、映画の『あん』は拝見していないが、原作のドリアン助川さん小説は読んでいる。というか、小説を読んでいたから、映画を見なかった。理由は、小説を読んで、樹木希林さんが演じられた徳江という女性に抱いたイメージが、あまりにも樹木希林さんに抱いていたわたしのイメージとかけ離れていたからだ。

映画も好きだし小説も好きだから、小説が映画化された場合、両者は別物として鑑賞すべきだということは、十分に理解しているつもりなのだが・・・個性的な俳優さんというのは、役を演じられていても、観客がその方の強烈な個性を引きずって見てしまうことが少なくない。だから、観客としての自分が消化しきれないだろうと思うなら、最初から見ない方がいいと、私なりの判断をしたわけなのだ。

けれど、テレビで映画『あん』のシーンのいくつか見て・・・いいや~、これは・・・と恥じ入った。いや~・・・まじ・・・これは見るべきだった・・・っ!!!

大いに反省して・・・わたしは必ず、近いうちに映画の『あん』を拝見しますっ!!




出来ることはあるのだろうか・・・

2018-09-18 11:04:22 | Weblog
今月もお花が届いた。月命日の前日・・・運転していた青年からだ。物覚えがいささか曖昧になってきた母が「なんで?誰から?」と聞く。なので、いつもと同じ説明を、また繰り返し・・・ながら、思った。「この青年のこと、どうしてあげればいいものだろうか」。

昨年、七回忌を終え、毎年お花を送ってくださる先生方やお友達、お世話になっていた先輩方には、お礼と共に「お花を送っていただくのは、今年を最後に」とお願いする手紙を送った。

命日に花を供えていただけるのは、ほんとうにほんとうに嬉しくて有難くて・・・藍那はたくさんのステキな方たちと出会って、楽しい時間を皆さんと一緒に過ごさせてもえたんだなと、慰められるのだが・・・

この日に藍那を思うということは・・・それはやはり悲しい思い出になってしまうので・・・いつとはなく、ふと楽しい出来事の中で、そういえば藍那と一緒に笑ったな、一緒にバカやったな、一緒に頑張ったなって、笑顔で思い出して欲しいので・・・そうお願いすることにした。

でも、毎月、月命日に花を供えてくれる、運転していた青年には、何も言っていない。お花を断ることが、彼にとって良いことなのか・・・彼の心を解放してあげられるものなのか・・・ひよっとしたら、かえって彼を追い詰めはしないか・・・その判断が、どうしてもつかないからだ。

決して、許せないからではない、恨んでいるからではない。彼を恨んだことは一度もないし・・・だから許すことなど最初からないのだ。もし恨むとしたら・・・それは天、それ以外にはないかもしれない・・・

交通事故では、誰もが簡単に加害者にも被害者にもなりうる。もちろん、まったく過失がなければ加害者になることはないかもしれないが、ちょっとしたスピードの出し過ぎ、ちょっと注意力が散漫になること、眠気に襲われたりといったことを経験していないドライバーなど居ないだろう。その時、たまたま何も起こらなかったか、取り返しがつかないことが起こってしまうか・・・結果によって、その人の人生は激変してしまう。昨日まで、穏やかに暮らしていた善良な人が、ちょっとした過失で、人殺しになってしまうようなことが起こってしまうのだ。

だから、司法が課す刑罰は、重大な過失や故意がないかぎり、そんなに重くはないのだろうが・・・加害者になった人の心に圧し掛かる罪悪感は、きっと生涯、その人を責め続け、苦しめるだろう。もともと善良な人であればあるほど・・・その苦しみは深くなるだろう。

だから、交通事故においては、加害者も被害者だと、わたしは思う。運命の被害者なんじゃないかと。

では、そんな人の心をどうしてら救えるのだろうか。被害者遺族だからできることがあるかもしれない。でも・・・お互い、距離を置いた方がいい気もする・・・

だから、お花に関しても悩む。「もういいよ」と言ってあげることが良いのか・・・そうしたら、具体的な行動を封じてしまうことによって、逆に心にシコリが沈澱していかないだろうか・・・

わたしだったら、と考える。わたしだったら、何か出来ることがある方が、自分を保っていられる気がする。せめて月命日には花を送っているということが、贖罪の行為として、彼の心の重荷を一時でも軽くするものになりはしないかと思う・・・でも、ほんとうはどうなのかは分からない。

だから、何も言わないことにした。彼に任せることにした。突き放すようだけど・・・やっぱり、人の心は他人には分からない。彼に、自分で考えて、自分で決めてもらうしかない。今後、彼がどんな選択をしても、わたしたちは、それを受け入れようと思う。




いくつものドラマを同時に体感できるか・・・

2018-09-18 07:23:04 | Weblog
昨日、松本部長先生のお名前を文字にして、先生からご自身の読書スタイルについて聞かせて頂いたことを思い出した。

お話を聞いたのは、わたしがまだ二十歳そこそこで、たぶん最も沢山の本を読んでいた頃。だけど、先生のような読書の仕方は、考えたこともなくて、とても驚いたことを覚えている。

先生は、常に複数の本を家のあちこちに置いていて、その時に気が向いたものを手に取って読むのだそうだ。つまり、同時にいくつもの本を読んでいる途中ということになる。

いや~・・・それ、わたしには無理というか・・・合わないなぁ~と、今になっても思う。ジャンルが違う本なら可能というか・・・必要に迫られてすることはある。調べものの本とか、専門書とかと、それに趣味の小説が一つみたいな・・・先生も、そう仰っていたのだろうか・・・今となっては思い出せないし、確かめようもないけれど・・・

もしいくつかの小説を並行して読むということなら・・・いくつものドラマが、同時に自分の頭や心の中で渦巻くことになり・・・それは受け止めきれないなと、わたしは思うのだ。

なんてことを考えていて、ふと、テレビドラマのことを思った。テレビドラマって、同時期に各局、いろんな時間帯で放送されるけど・・・それは案外、なんの抵抗もなく、するりと受け入れて楽しめているなぁ~って。いや、なぜなんだろう・・・

似たジャンルに映画があるけど・・・まあ、ドラマとは提供のされかたはずいぶん違うけど、それにしても・・・映画は、同時に何本も見られないな。一つのドラマが完結しないと、次のドラマには入って行けない。だから、わたしは続編にエピソードがまたいているタイプの映画は、あまり好きになれないのだ。あっ・・・なんだか乗り切れない映画の時には、一度見るのをやめて寝かし・・・その間に別の映画を見て・・・また戻ることはあるか・・・ふむ。

それにしても、小説や映画を、並行して何作か読んだり見たりするは、なにか多少の不都合があって、それを解消する対策としてやむなくって場合がほとんどなのだけど・・・テレビドラマには、そういう小難しいルールがないんだよなぁ~・・・それを手軽って言葉で簡単にすませてしまっていいものだろうか。

むむ・・・突然、このテーマと恋愛について、思考がリンクしたぞ。思いついてしまうと、しごく陳腐、ありがちな発想だけど(^^;

恋愛においても、わたしは一途です(^^;。同時に複数の人に恋は出来ない。人生で、付き合った人がたった一人なので、前の恋から次の恋への移行に関しては実体験がなくて断定できないけど・・・きっと、一つの恋愛が終わらないと次の恋愛は出来ないと思います・・・

ああ~・・・でも、気持ちが覚めているのに別れてはいなくて、その時に新しい出会いがあり恋がはじまるってことならあるか・・・気持ちは重なってないけど、付き合っているという形でみると重なることはあるかもしれないな・・・って、何いってるんだろう・・・あまりにも中身も発展性もない話になっちゃった・・・(^^;。

ったく、なんの話だったか、ぐちゃぐちゃですな。ああ・・・部長先生の読書スタイルの話だった・・・

先生が入院される前・・・突然、自宅にお電話を頂いた。今まで、わたしたちのグループに何か連絡くださるときは、必ずAちゃんを通してだったから、とても驚いた。Aちゃんから、先生の体調が良くないと聞いていたので、たしか御粥セットみたいなものを送った気がするのだけど、たぶん、そのお礼の電話だったと思う。でも、今まで、そんなこと一度もなかったし・・・「久しぶりに皆で遊びにおいで」とおっしゃった、それが本当に伝えたかったことだったのかもしれない。なのに、単なる社交辞令のような言葉だとしか思わず、「は~い、また伺いますね」と軽く返事をして、皆にも特に連絡しなかった。そして、その後しばらくして、Aちゃんから先生が入院されたと聞いた。ほとんど意識もないので、お見舞いは遠慮下さいと家族の方に言われていると、Aちゃんは言っていた。最も先生と親しいAちゃんですら、会うことは叶わなかった。なぜ、気づかなかったのだろう・・・先生は、ご自分の体調のことが分かっていらして、それまでに一度わたしたちに会いたいと思ってくださったに違いないのに。「なんで言ってくれなかったの、わたしも先生に会いたかった」と、グループの友達にも言われた・・・ほんとうにそうだ・・・

人の気持ちを察する力・・・人の思いを汲み取る力・・・なさすぎだろうと、自分が悔しい。自分のことばっかりで、周りの人に興味を持っていないんだよな・・・だからなんだよな・・・と、反省するも、すぐに元の自分に戻ってしまう。最近、後悔ばかりが・・・あっ、後悔が出来るようになったのか、わたしっ!!それはちょっと進歩かもしれない。真剣に後悔することもできないような人間だったものなぁ~・・・

ああ、今日の雑談は、ほんとうにほんとうにまとまりがない・・・ええい、いいや・・・あっぷしちゃえ!!

消したい過去シリーズ・・・カンニングの告白・・・ああ~

2018-09-17 08:37:01 | Weblog
これは話したくないなぁ~・・・ほんとうに人に知られたくない、消したい過去です。特に、わたしを信じてくれているだろう、その頃からの友人たちに知られてしまったら・・・二度と顔を合わせられないよ、合わせる顔がない。でも、みんな、安否確認のため、このブログ見てくれているだろうな・・・書いたらバレるじゃないか・・・何してんだろう、わたしは・・・。それに子どもたちにも知られたくない。彼らこそ「お母さんが絶対にそんなことするはずない。そういうことを一番嫌う人だもの」と思っていると思う。ほんと、わたし、何してんだろう・・・こんなこと書いて、何も得することはないのに・・・

でも、誰でもない、自分がしてしまったことなんだよな・・・それは間違いない・・・で、どう願ったって、どう祈ったって、やったことはなかったことには出来ないんですよね・・・

ちょっと前置きが長くなります・・・言い訳に聞こえるかもしれませんが・・・言い訳です。でも、まっあ、状況説明でもありますので、ご容赦ください・・・

多くの人がそうであったろうと思いますが・・・わたしも子どもの頃は天才でした(^^;。小学校までは、学校の勉強程度なら、予習も復習もしなくても簡単に理解できました・・・ええ、ええ、紛れもない天才でした、小学校までは。ただし、わたしの通った小学校は、市内で際立って田舎にあり、児童数も少なかったですし、全国レベルでどれくらいの成績であったかというと・・・押して知るべしではありますね(^^;。だから、わたしが阪神エリアでも屈指の名門女子中学校を受験すると聞いて、小学校の教頭先生が母を呼び出し「無理に決まっているだろう、子どもの為にも止めなさい」と、長い長い説教をしたそうです。学力レベルで言うと、今は知りませんが当時は、阪神エリアで勉強が出来る男子は灘中に、出来る女子は我が母校にと言われていたそうですから、教頭先生の忠告は、しごくもっともなものだったんでしょうね。

でも何故か、わたしは合格しました。その後、あまりにも成績の悪い私に驚いた担任の先生が、入試の時のわたしの成績をしらべたみたいなんですが、予想に反して真ん中ぐらいの成績だったそうで・・・「なんでだろう」と頭をひねってらっしゃいました(^^;。でも、それに関しては、わたしなりの答えを持っているんですよね、正解かどうかは分かりませんが・・・たぶん、当たらずとも遠からずだと思います。

今の私をよく観察してくださっても見えてくると思うのですが・・・わたしは記憶力が他の能力に比べて異常なくらい劣っています。単純な記憶が、ほんとうに苦手なのです。だから、国語なら漢字、歴史なら年号や人の名前を正確に覚えるなどのことが、人並み程度も出来ません。それから計算も苦手です。やり方が分からないのではなく、必ずといっていいほどイージーミスをするのです。けれど、考えることは得意です。だから、算数なら文章問題、国語なら読解問題が大好きで、何時間でも何問でも解いていたいほどでした。わたしは、算数のみ家庭教師の先生に勉強の方法を習い、その他は勉強の仕方から参考書選びまで、すべて自分一人で考えて決めていたのですが、そんな作業もまた、たまらなく楽しかったです。

でもって、我が母校の入試問題というのが、そんなわたしに「おいで、待ってるよ」と言ってくれているみたいに、漢字問題と計算問題が少なく、文章問題、読解問題が多かったのです。入学後、当時の中高部長だった松本先生が「皆さんは、自分が頑張って勉強したから、他の子より高い成績を取ったから、合格したんだ。自分がこの学校を選び取ったんだと思っていると思いますが、決してそうではありません。みなさんは成績が良かったからではなく、この学校で大切なことを学んでくださいと、学校に選ばれたんです」と、入学した者の責任について話されたことが今も忘れられません。わたしと違って、入学後も、そして大人になってからも天才で居続けられた人たちにはピンとこない言葉かもしれませんが、わたしには本当に心に響く言葉でした。学力だけなら、わたしにはこの学校に入る資格はなかった。受験した子たちの中には、わたしよりもっともっと学力のある子はいっぱいいたに違いない。けれど、学校から学ぶ事は誰よりも多い子だと機会を与えられたのだと・・・そう思いました。

とはいえ・・・そういうことも、徐々に理解できたわけで・・・最初はやっぱり、けっこうショックですよね。今までは、学力で人に負けるなんて考えたこともなかったのに、入学したとたん、周りが全員、自分より勉強が出来る子たちなんですもの。レベルが違うって感じでしたよ、ほんとに。

ただ・・・これはしょっちゅう言っていることですが・・・たまたま親しくなった友人たちが、学年の中でも学力においてトップクラスの子たちで・・・にもかかわらず、人を成績でランク付するような子たちではなく、成績以外の部分で、わたしという存在をしっかりと認めてくれたので・・・わたしの劣等感は、さして拗れることなく、なんとか自尊心を保ち続けることができました。これもお話したことがあるエピソードだと思いますが、成績に拘る子が、人気のないところでわたしを呼び止めて「なんでHちゃんなんかが、MちゃんやUちゃんと仲がいいの?」と言われたことがあります。おいおい「Hちゃんなんか」ってどういうことよって思いましたが、学力だけで人を判断するなら、そういうことになるわけですよね。

と・・・わたしは、学力が高いだけでなく心根が優しくて真っ直ぐに人の心に向き合える友人たちと出会えたおかげで、大きな転落はせずにすんだのですが・・・それでもやっぱり十代前半の未熟な子どもです。焦りとか恐れとか・・・自分でも御し難い感情に押しつぶされそうにもなっていたわけです。

そして、あれは・・・たしか中学三年生の時でした。定期試験で、やっぱりまたいつも通り良い成績など望むべくもない悲惨な状態だったのですが・・・その時は、とくに酷くて、テストの問題を見たとたんに何も分からなくて頭が真っ白になりました。それで・・・ほとんど無意識に、隣に座っていたTさんの答案用紙を覗いてしまいました。

それ一回でやめることが出来たなら、また執行猶予が付くかと思うのですが・・・その日の次の試験でも、わたし同じことをしてしまったのです。そうしたら、Tさんは、そっとわたしの方に答案用紙を寄せて見せてくれました。わたしは、頭がカッ―と熱くなって・・・それでも止められず、見せてもらった答えをうつしてしまいました。

すると、テストの監視員をしていた担任の先生が、そっと近づいてきて、トントンとわたしの肩をたたきました。わたしはハッとして・・・もう目の前が真っ白になりました。

結局、先生はそれ以上、わたしに何も仰いませんでした。担任なので、学期末に個人懇談で話す機会がありましたが、その時に何も言われませんでした。でも、クラブの副顧問でもあったその先生の視線と、言葉の間合いから「分かってるね。信じているからね」と言われた気がしました。

で、その時、わたしは決心しました。「今後は、正々堂々と悪い点をとろう!!」と。おいおい、それは違うだろう「頑張って勉強しよう」だろうと思われるでしょうが・・・今までも頑張ってなかったわけではないのですよ。だから、頑張っても、たぶん良い成績はとれないんですよ。だから、自分なりに頑張って・・・その結果にも胸を張ろうと・・・ズルして良い成績がとれたとしても、なんにもなりませんものね。

えっと・・・後日談というか、余談ですが・・・記憶能力が最悪なわたしが最も苦手なのが語学(単語が覚えられない)なので、英語の成績は、いつもとりわけ悪かったのですが・・・学校を卒業してから、翻訳家になるための適性試験みたいなのをうけたら、たいそう良い成績を頂きました。そのための特別な勉強はしておらず、母校にいた時のまんまの実力だったんですが・・・つくづく、やっぱり我が母校の同級生たちは、学力が半端ないんだと思いました。わたしが、母校以外の学校に進学していたら、天才じゃないと思い知る時期は、もう少し先延ばしにできたのかも(^^;。

でも、後悔はしていません。素晴らしい友人たちにあえたし・・・学力はともかく、教育方針などの一番肝心なところは、とってもわたしに合った学校だと思って、頂いた10年間を感謝しています。

聞くところによると、母校は今はもう、昔のような校風ではなくなり、すっかり受験校の様相を呈しているとか。十年一貫教育もお題目になり、ほとんどの生徒が他大学を受験して出ていってしまうとか。時代の要請というのがありますから、仕方のないことかもしれませんが・・・もう、わたしのような子が居る余地はなくなっているのかなと思うと、少し淋しくはあります。

じゃあ、わたしのような子は、どこにいくのかな・・・居場所があるといいのだけれど・・・と思わずにいられません。

なんて、綺麗に纏めましたが・・・友人たちよ、今回は、これを読まないでおくれ!!読んでも、わたしのこと、嫌いにならないでおくれ!!それだけが心配でドキドキしています・・・(^^;。

自傷性皮膚症ではあるのだけど・・・

2018-09-15 14:47:13 | Weblog
もともと軽い自傷傾向はあったのだけど、三十代前半で、そういうこともほとんどなくなり・・・最近は、いたって穏やかに過ごしているつもりだったのだけど・・・ここのところ、皮膚むしり症といわれる自傷性皮膚症が酷くなって、液体絆創膏が手放せない毎日です(^^;。

自傷性皮膚症なんて病名だと、なんかものすごく大変な感じだけど、要は、爪の周りの固くなった皮膚とか、足の裏の硬くなっている皮膚を、なんやかやと弄って剥いでしまうってだけで・・・まあ、少しは血も出るし、痛みもあるけど・・・だからどうなんだって程度のことなので・・・自分でもさして気にもとめてなかったのですが・・・

ふと思い立って、ネット検索してみたら・・・発症する人の特徴として「自己否定」とか「自分の気持ちを上手く表現できない」とか「ついつい我慢してしまう」って、わたしとは真逆の性質が並んでいました。あたしゃ、自慢じゃないけど、自己肯定の鬼、自己表現自己主張大好き、我慢できない女の代表みたいなヤツですよ(爆)。ああ、他には「完璧主義」っていうのもあったな・・・それも、まったくないですね、テキトーこそ我の美点と思ってますから(爆)。

あくまでも傾向なので、当てはまらなくても変じゃないとは思うんですが・・・ここまで真逆の特徴が書かれていると、なんだか笑えてきて・・・ここに書きたくなっちゃいました(^^;。それと、こうして言語化したら、皮膚むしりが止められるかもという期待も無きにしも非ずなんですけどね(^^;。

成人の100人に一人か二人は、この自傷性皮膚症だそうですし、その7割が女性っていいますから、「ああ、わたしもそれやる!!そんな病名がついてたの?おもしろ~い!!」って思う方、多いかもしれませんね。明日の雑談のネタにでもしてください(^^)。

自分の価値観を貫くのは意外に難しい(^^;

2018-09-13 09:19:42 | Weblog
amazonが提供している、本を文字ではなく音声で楽しむAudibleというサービスを利用している。読書欲が半端なかった10代20代前半とは違って、頑張って読むのが面倒になってしまった古典や、太宰治のようにどうしても好きになれないけど多くの人に支持されている作家の作品が、朗読でなら苦ではなく耳に入ってくるからだ(^^;。

そのAudibleが、最近、聞き放題からコイン制というのに変わった。コイン制になり、月会費1500円を支払っている会員は、コインを毎月一つ付与されて、それで何でも好きなタイトルを一作品購入できる。もっと聞きたければ、二作品目からは割引価格で購入することになる。

となると、悩むのは、毎月一つのコインで、何を買うかということだ。。好きなものを買えばいい、何も悩むことはない・・・それはそうなのだが・・・

聞き放題の時、わたしがよくダウンロードしていたものに、童話や落語がある。これらは一作の価格が安い。1500円もしないものが多い。と・・・月会費1500円を払って得たコインを、1500円未満の作品に使うのが損だと感じられるのだ・・・うううううっ・・・

でも損ってなんだっ!!聞きたいという気持ちがあれば、損だなんて思うはずがない。自分にとっての作品の価値は、売り手側が付けた価格とは別物だろうっ!!

ああ、その通り・・・その通りなんだけど・・・

なんだか結局、より高額で、かつ興味が持てそうなものを、金勘定で選んでしまう・・・なんて卑しい奴なんだ、わたしは・・・。イヤイヤ、シッカリ者と言ってくれっ!!大人の選択と褒めてくれっ!!やっぱりお金は大切よ・・・お金の計算も出来なきゃね・・・そうでしょ・・・そうだと言ってくれ(爆)。

消したい過去シリーズ(^^;

2018-09-12 14:01:50 | Weblog
母校から、毎年恒例の教育基金の寄付を募る手紙が届いた。それをキッカケに、学校に通っていた頃のことが次々と蘇ってきた。楽しい思い出は山ほどある。なにせ中学一年から大学卒業までの10年を過ごした学校だ。ここで楽しい思い出がなければ地獄の思春期でしょ。残念ながら、そういう思いをした人もいると聞くけれど・・・わたしの場合は、ありがたいことに、友人たち、先生たち、学校のおかげで、楽しい経験を山ほどさせてもらった。

とはいっても・・・当たり前だけれど、楽しいばかりで日々は過ごせない。多感な時期でもあるし、それなりに若い苦悩の中にもあった。でも、それは、今となっては愛おしい思い出になっている。わたしってば、かなり感受性豊かだったんじゃない?なんて、ちょっと誇らしくさえある(爆)。

ただ・・・やっぱり・・・人には恥ずかしくて言えない・・・出来ればなかったことにしたい・・・自分でも忘れてしまいたい・・・情けない失敗も数々ある・・・ああ~。何かのきっかけで・・・そう今回の様なちょっとした切っ掛けで・・・否応なく、それらを思い出すたび、自分で自分に失望して、ゾッとする。

だから、少しずつ、それらを言語化して、自分の中でけじめをつけていきたいな・・・なんて、ふと思いついて、今、これを書いている。後で後悔する気がしないでもないのだけどね・・・

というわけで、恥ずかしさの度合い、情けなさの度合が、かなり低いものからスタートしてみようかな(^^;。

いきなりだが・・・わたしにはセンスがないっ!!ファッションなどはもちろん、全般的な美的センスに乏しい。それは、すでに小学生の頃から感じていた。悲しいかな、見る目というか、良し悪しを判断する感性は、それほど酷くないみたいで、人を見て「彼女はセンスが好いな」みたいなことは、けっこう分かる方だと思う。なのに、自分に関しては、その見る目が全く活かされない(涙)。そういえば合唱部に、耳が抜群にいい音痴の子がいて、周りが「どうしたものか」と困っていたのを思い出すが・・・わたしの美的センスは、そんな感じなのかもしれない。

で・・・わたしのような人間は、センスのある人が大事にしていることも理解できない傾向にあるようなのだ・・・

ある日、教室で机を並べている同級生が新しい鞄をもって登校してきた。色はドンピシャの私好みで、何より良かったのはそのサイズ。教科書やノートが綺麗に整理整頓して入れられる形をしていて・・・わたしは、それがものすごくステキに思えた。それで、母に頼んで同じものを買ってきてもらって、意気揚々と持って登校した。隣の席の子は、それを見て、何も言わなかった。しかし、しばらくたって、その子が、その子の親しい友達に「直ぐに同じものを買って来たのよっ!!」と、わたしのことを話しているのを見かけた。ものすごく嫌そうで・・・悲しそうだった。それを見て、わたしは始めて気づいた・・・わたしは、彼女に対して、とんでもなく申し訳ないことをしたのだと・・・

わたしの無神経さが、せっかくの彼女の喜びや楽しみを台無しにしたことはもちろん・・・そうなることに全く気付かなかった自分の感覚が情けなかった。たぶん、センスが多少でもある人なら、彼女がどれだけ不愉快な思いをしたか、よく分かるのだと思う。でも、わたしは、まったく思いもつかなかったのだ・・・それがなんとも情けない・・・ほんと、恥ずかしい・・・

今でも、テレビなどでファッション自慢のタレントさんが「お気に入りのTシャツを着ていったら、同じモノを着ている人がいて、すぐに着替えたよ」なんていっているのを聞くと、その時のことを思い出して、一人反省してしまう。

同じく、テレビ番組で「嫌いな女」の再現なんかをやっていて、人のお気に入りを何でもすぐに真似する女なんてのが出てくると、穴があったら入りたくなる。

ダメなことだってことが分かってなかったの、ごめんね・・・その時、ちゃんと謝れなかったけど・・・心から、そう思っています。

と、若き日の数々の失敗の中から、まずは、まだ人に話せると思ったものを、披露させていただきました。このシリーズ、本気で続けるのか? 自分でもよく分かりませんが・・・必要なことのようにも・・・墓穴を掘っているだけのようにも思えます・・・さて、どうしたもんだか(^^;。

ラッキーなのか、あんラッキーなのか

2018-09-11 08:17:05 | Weblog
昨日は、一日中バタバタと過ごしました。いくつか所用があったんですが、それらがことごとく段取り通り運ばなかったんですよね。大したことではないし、すぐにリカバリーも出来たことばかりなんですが・・・やっぱり気疲れしましたね・・・微妙に不安が心に残るし。

前にも少し話しましたが、この微妙な不安感というのは、以前には感じなかったもので・・・人の中には、こういう感覚があって、ジワジワと曖昧な感じのまま心が苛まれたりするものだとは知らず・・・もしかしたら、わたしの周りでも苦しんでいた人がいるかもしれないのに、思い致せなかったですね・・・申し訳ない。とはいっても、今でも、他人のそれには全く気づけない鈍感人間ですから、相変わらず気遣も何もできてないですけどね。

えっと・・・そんな話をするつもりじゃなかったんだ(^^;。話を元に戻します。昨日は、とにかくやることなすこと上手くいかない事ばかりだったんですが、その中で一番大変だったのが、運転免許証の紛失でした。夫の戸籍謄本などを取りに市役所に行き、申請用紙に記入して、さあ自分の身分を証するものを添えなきゃと免許証を出そうとしたら・・・あれ?ないっ!わたしの運転免許証がないっ!! 鞄をひっくり返し、大急ぎで自宅に戻ってありそうなところを片っ端から大捜索したけどないっ!! おいおいおいおいおっ!!これは困るぞ!!明日からどころか、今この瞬間から困るぞっ!!車の運転できなきゃ、この田舎では暮らしていけないじゃないか!!ってか、すでに免許不携帯の違反をしていたわけだし・・・ごめんなさい、お巡りさん、気づいてなかったんで、見逃してください・・・(ブログをご覧になった皆さんも、お巡りさんにチクらないんでくださいね、お願いします)。

それにしても、財布に入れていた運転免許証・・・財布はあるし、僅かながらも現金もそのままだし、一緒に入れていたカード類もなくなっていない・・・運転免許証と重ねて入れていた臓器提供の意思表示カードだけがない・・・きっと、今回のように身分証明の為に出して、その後に入れ忘れたとかスルリと落としたってことかな・・・でも、それっていつ・・・思い出せないほど前だぞ~~・・・

とにかく、すぐに電話で警察に紛失届を出し、免許更新センターへ行き、再発行してもらいました。あまりに気が焦っていて、ノーメイク&普段着のまま写真をとったので・・・なんか犯罪者みたいな顔写真ですけど、とにかく新しい免許証を手に入れました・・・ホッ。

で・・・そのまま滞っていた幾つかの用事をすませ、自宅に帰り着いて、ちょっと一息つきながら「今日は散々な日だったな」って思っていたんですが・・・ふと、ほんとうに散々だったのかなって思い返したんですよね。たとえば、本日最大の厄事ですが・・・運転免許証を失くした日と思えば厄ですが、紛失に気付けた日と思えば幸運な日ということにならないでしょうか?よく考えてみれば、今日の厄介ごとの幾つかは、そのようなことでありました・・・ふむ。

以前なら、こういうことは、迷わず幸運と思えたのに・・・どうも、感じ方、物事の捉え方が後ろ向きな今日この頃です・・・それこそが問題だなぁ~と思った夜でありました。

余談ですが・・・戸籍謄本というのは残酷ですね。文字で書いてある・・・分かってるけど・・・そういうものだし・・・というか、それが役割の書類だし・・・その通りだし・・・分かってることだし・・・でも、文字で書いてある・・・嫌だな・・・ものすごく嫌だ・・・