OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

我が身(心)の変化・・・おもに退化(涙)

2022-04-25 09:28:39 | Weblog
ずっと、藍那の写真の周りを花でいっぱいにしていないと気が済まなかった。だから、庭に咲く花は、満開を待ちきれず、蕾のうちにすべて切り取って、これでもかと言わんばかりに飾っていた。それが、この春、なんだか、庭の花々を、そのまま手折らずに愛でたいという気持ちになった・・・。藍那の写真の周りには、買った花々を飾るようにした。それでいい気がした・・・いや、その方がいい気がしている・・・

今、池上彰さんの『世界を変えた10冊の本』を読んでいる。これも、Kindleの日替わりセールで見かけたもので、せっかくだから私のささやかな蔵書に加わっていただこうかと(^^;。で、先日、これまたふと思いついて開いてみたら、とっても読みやすかった。さすが池上さん、平易な言葉で簡潔に書かれていて、ほんとうに分かりやすい・・・というか、だれでも知っている超有名どころなので、読む側にも基礎知識があるため、サクサク読めるともいえる(^^;。で・・・読みながら気づいたのだけれど・・・以前のわたしは、自分の知識や理解を、ほんのちょっと上回っているくらいの本を好んだ・・・が、今は、自分の知識や理解の限界の、ちょっと内側当たりのものを好んでいる気がする。つまり、頑張らないでも分かるものを、確認するくらいの姿勢で読むのが楽で心地よいと思っている気がする。なんという向上心の欠如・・・だめだなぁ~と反省するが、改める気が起こらないのが重症だ。

でもって、これはここ数年よく言っていることだが、映画やドラマの好みが老人タイプになった。若い頃は、主人公が苦悩して苦悩して苦悩しまくる話にのめり込んだものだが、今は主人公にはできるだけ悩んでほしくない。勧善懲悪、主人公目線で見ていてスカッとするような話が好きだ。ついつい、本当に悲しい思いをした人が、悲しいドラマを作れるものだろうか・・・と、引いた視線で見てしまうというのもあるのだが・・・いろいろ考えたり感情を大きく揺さぶられたりするのは面倒だから避けたいという怠け者の気持ちの方が大きい気がする。

ドラマでふと思ったのだけれど、ドラマでは騙したり騙されたり、謀ったり陥れたり、そんなのばっかりだけど、現実も、そんなに酷いことばっかりしているのかな、人間って。いやいや、人間の悪意とか弱さは、自分のことを考えても悲しいほど理解しているけど・・・ちょっとした欲や、ちょっとした見栄、ちょっとした保身で、結果として相手に酷いことをしてしまうようなことは、大方の人に山のようにあると思うけど、企んで誰かを陥れようって思う人って、むしろ珍しくないのかな。そこまで人間って陰険じゃないと思うんだけど・・・そう思える私って、幸せな環境にあったってことなのかな。

とにかく・・・人の好みにしても、心境みたいなものにしても、どんどん変化していくものですねぇ~。何かの出来事がキッカケでというようなことがあって、それは本人にも周りの人にもインパクトがあるけれど・・・むしろ、経年劣化的なものの方がズンと深いなぁ~って思います。もちろん、経年熟成的なこともあるはずなんだけど・・・わたしの場合は、劣化というか・・・なんだかだんだん自己が薄まっていく感じがしてなりません・・・もう数年したら、透明人間になっちゃうかも・・・です(^^;。



バカにも出来ること、ないでしょうか・・・

2022-04-18 14:43:34 | Weblog
NHKBSプレミアムで数学系の番組が続けて放送されていました。「リーマン予想」と「ポワンカレ予想」に関する番組は以前に見た気がするれど、「abc予想」に関する番組は初見のような・・・いやいや、まるで理解できない分野なので、何度見ても初見のような気がするのかもしれないけど・・・とにかく、数学に関する番組を続けてみていて、「やっぱり好きだわ!!まったく理解できないけど好きだわ、数学!!」と再確認したのでした。これまでに何度も言ってきたことですが、まったく理解できないものを面白いと感じるのって不思議なんですが、でも面白いんですよね、好きなんですよね・・・

とね、面白いと感じたら、好きだと思ったら、やっぱり、なにか関わりたくなるじゃないですか・・・でしょ。でも、無理ですよね。何をどうしたって無理ですよね。だって・・・馬鹿ですもん、わたし・・・うぅぅぅぅ(涙)。でも、何か・・・何か・・・どうにか・・・ねぇ~、なんとかなりませんかね(^^;。

数学って、他の学問と比べて何か異質ですよね。他の学問って、現実の世界にある何かしらを対象にしていて、それを観察して、それが何ものかを見極める的な作業をしている気がするんですが・・・数学っていうのは、それらの学問の為に人間が作った道具ですよね。あえて言うなら"道具に過ぎない"。

けど、その道具がスゴイ・・・万能だという意味でも凄いけど、美しさにおいても・・・なんだろう、この不思議な美しさは・・・何の美しさだ?色彩じゃない、造形じゃない・・・いったいなんだ、この美しさの正体は・・・

って、ムチャクチャ魅力的で、猛烈に惹かれるのに、まったく近づけない、少しも関われない・・・それは、わたしがバカだから・・・(涙)。

人間、それぞれ長所や特技があって、ダメなところもあればイイところもあるわけで・・・数学に関してバカなら、別の分野で頑張ればイイ、楽しめば好い、役に立てばいい、とは分かっているのだけど・・・「でもでもでもでも数学がいいのぉ~!」って、駄々っ子のわたしが泣いています(^^;。

何か方法はないですかね。フェラーリが買えないなら、フェラーリのミニカーで遊ぶ的なことでも・・・違うか(^^;。

でも、ところで、わたしは数学の何に惹かれているんだろう・・・数学者の生きざまだろうか、数学という道具を使って世界の真理に近づきたいと思っているのか、ゲームのように挑戦して難問をクリアしていく面白さを味わいたいのか・・・。生き様なら別に数学に頼らなくてもいいでしょ。難問をクリアして楽しむなら、それこそほんとゲームでもいい。やっぱり、真理に近づきたいってやつなんだろうか・・・だから、大学での専攻が組織神学だったりするわけで・・・若い頃から、そういう志向は顕著だったしね・・・それを文系でなく、理系でやってみたい・・・でも、頭脳がついてこない・・・肌に合っている文系ででも難しいのに、まったく得意じゃない理系でなんて・・・ねぇ~・・・

で、ふと思い出すのは、大学を卒業してから、大学の専攻ゼミの指導教授が自宅で開いてらした読書会に参加させてもらうようになったときのこと。参加されていた神学や哲学の先生のおっしゃることは非常によく分かるのだけど、生物学の先生の意見がすごく面白いと感じたのですよ。きっと、その時、自分には理系の視点も必要だって感じたのかもしれません・・・

観察して観察して、調べて調べて、考えて考えて、そこに見えたものをどう表現するか・・・同じものを見ても、文学者と数学者では表現が違う・・・数学者的表現・・・その前の、数学者的アプローチ・・・ん~・・・

やっぱり、身の程は弁えないとダメなのかな・・・足るを知るべきなのかな・・・諦めないと、ただ自分が惨めなだけなのかな・・・

何言ってんだかね・・・わたし(^^;。

好きのツボ

2022-04-16 08:50:36 | Weblog
少し前に、半村良さんの小説が、Kindleストアの日替わりセールに出ていたので、思わず購入してしまった。半村さんの作品はたいてい買っているはずなので、きっとこれも単行本があるはずなんだけど、年を取って読み返すなら、字が大きく出来るKindleが好いものね(^^;。といいつつ、しばらくそのままだったんだけど、先日、ふと見てみたくなって読み始めたら・・・

ああ~、気持ちいい・・・心地いい・・・居心地イイ・・・やっぱり、わたし、半村さんの文章、大好きだわっ!!って思ったのでした(^^)。これは、物語の部分の話ではなく、純粋に文章の話なんだけど・・・おっと、もちろん物語も大好きですが、今は、それとは切り離した文章のみのお話で(^^;。

世に美しい文章を書くといわれている作家さんは沢山おられますが・・・わたしの場合、そのように評価されている作家さんの文章は、あまり心地よく感じたことがないのですよ。たぶん、形容詞が多い文章が苦手だからかな。とはいっても、短い文を連ねるスピード感のある若々しい文章にもさして馴染めない。半村さんの文章が、ほんとうに丁度良くって、とっても心地よいんですよね(^^)。

そうねぇ~・・・いつも話してますが、やっぱり好きか嫌いか、自分と相性がいいか悪いか、それに尽きますよね。わたしが超苦手で、数ページと読み進められない世界の村上春樹さんの文章は、きっと、わたしではない多くの人にとって、わたしが半村さんの文章に感じるような心地よさがあるのかなぁ~。ほんと、自分にとってどうなのか、それに尽きちゃうと思うんですが、そうなると評論とかってどうなるんでしょうね・・・成立するんですかね・・・ふむ。

きっと、好き嫌いとか相性とは別の、技術的なことの評価っていうのもあってしかるべきなんでしょうね。主観的な感想とは別の客観的評価みたいなもの。多くの読者、多くのファンをもつ作家さんには、その両方があるってことなんでしょうね。

そうそう、好き嫌いの話で、最近気づいた自分の嗜好のポイントがあって・・・・それは、俳優さんの馬の乗り方なんですよ・・・乗馬の上手下手(^^)。

ドラマなどを見ていて、馬で疾走するシーンなどがあると、「ああ~スタントさんなんだろうな」ってことが多いです。たまには、華奢な女性のはずが、かなりガタイのいい男性風の後ろ姿になっていたりね(^^。それが、時々「ああ~ご本人が乗ってらっしゃるなぁ~」って分かることがあります。たぶん、乗馬が得意な俳優さんの場合、スタッフさんも心得てらして、「ちゃんと本人が乗ってますよ」って分かるような撮り方をしてくれているんですよね、きっと。とね、瞬間、胸がキュンとしちゃいます。それまでなんとも思っていなかった俳優さんでも、一瞬でファンになっちゃいます。若くて可愛らしい女優さんだったりすると、そのギャップでよけいに萌ちゃいます(^^;。そうなると顔が多少好みじゃなくても、お芝居が大根でも、わたしにとっては素敵な役者さんになってしまいます(笑)。我ながら、好きのツボって恐ろしいなって思います(^^)。

なんの話でしたっけ。ああ、毎度の"自分の好き第一主義"の話でしたね。審査員とか評論を仕事にしている人たちは、それではダメだと思うんですよ。自分の主観だけじゃなく、知識とかデータ、経験に裏付けされた客観的な評価が出来なきゃだめだと思うんですよ。でも、平場の私たちの場合は、むしろ"自分の好み"こそが絶対でいたいと、そう思います。だから、自分の好きなものを万人が否定しても構うこっちゃない。そのかわり、自分が好きになれないものを、他の人が好んでいることを批判してはいけない。自分の"好き"を大切にしましょう、そして他の人の"好き"も尊重したいものだと、そう思います。