OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

正誤ではなく、好き嫌いで選びます

2024-08-07 07:05:49 | Weblog
昨日、「たぶんディベートは得意だったと思う」と話してから、なんとなく考えてたんですが・・・

ディベートが得意だったろうと思う根拠は、詐欺師的口の巧さというのもあるんですが・・・(自分で言うのもなんですが、今はともかく、若いころはそうでしたね~。しかも、それを内心自慢に思ってたふしもある、情けない奴です)・・・本当のところ、一番の理由は、"テーマを決めた議論の場では、好き嫌いを持ち込まない"という、一種のポリシーを持っていたからです。

"どんなことにも良い面と悪い面、メリットとデメリットがある""どんな主張にもそれなりの言い分がある"と思っています。そして、議論の場では、それらを多方面から吟味する。だから、自分がどう感じるかは関係ないと、そう思っています。そう、これに関しては、今もそう思っています。だからこそ、相手の発言を否定したとしても、それは相手の人格を否定することにはならないんですね。もちろん、その逆、発言を否定されても、わたしの人格が否定されたわけじゃないでしょ。

でも、じゃあ、あなたはどっちを選びますかとなれば・・・それは100%、自分の好き嫌いで選びます。ここは、理屈じゃなく、自分の好みの問題だと思っていますから。だって、それぞれに主張があり、それぞれにメリットとデメリットがある、そんな中で選択するとなったら、正誤ではなく、好みしか判断基準はなくないですか?

きっと、優秀な商売人さんだったら、その人(その人が属する集団)にとってのメリットとデメリットを算出して、メリットが多い、あるいはデメリットが少ない方を選択するというスタンスなのかもしれませんが・・・わたしは、まったく商売下手なので、100%好き嫌いで選びます。

それにしても、"信念"のある人は、自分の主張のみが完全に正しくて、相手の主張にはまったく聞くべき点がないと思っているんでしょうか。なら、わたしは、まったく信念などありません。

若いころは、よく"選択"という言葉を使っていました.そうですね・・・今も使ってますね(^^;。わたしは、何かを決めるとき、誰かに保証された正義などではなく、自分一人の責任による、しかも自分の個人的好き嫌いを基準にした"選択"をしたいと思っています。もちろん、その根っこには、色んな人の影響、社会の影響が色濃くあるには違いありませんが、そのうえで、わたし個人の好みに従って、わたし個人の責任において、選択していけたらいいなと思っています。

それが踏みにじられる世界だけは嫌だ、嫌いだ・・・と、そう思って、それに基づいた個々の選択をしていくと思います。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿