ドカベン私的名勝負3選の第二弾は、山田らが2年夏の甲子園大会2回戦の弁慶高校戦。山田太郎、里中智、岩鬼正美、殿馬一人のいわゆる四天王在籍時唯一の敗戦として知られている試合である。
ドカベンを知らない人は、主人公チームがライバルに勝ったり負けたりしながら、何かを掴んだりどこかにたどり着く話だと思っているかもしれないが、違う。明訓は毎回苦戦しながら、すべてのライバルに勝ち続ける。ドカベン山田が入部して以来無敗。常勝明訓、王者明訓と呼ばれ、作中ではいつ負けるのか、いやもう最後まで負けないでしょ、というのが読者の興味を引っ張る要素になっている。
その明訓がついに負けたのがこの試合。
岩手の弁慶高校は、ここまで全試合を1-0で勝ってきた不気味なチーム。エースは普通に本格派の義経光。主砲は左手に神通力が宿るという武蔵坊数馬。名前とか能力がアレだが、そのへんは漫画なので。
試合前日、テレビのインタビューで義経が明日の明訓戦について訊かれ、第一球はどまん中のストレートを投げると予告する。
翌日。明訓のオーダーが発表されて超満員の甲子園球場がどよめく。1番キャッチャー山田、4番サード岩鬼。
本来の1番打者、岩鬼はストライクを打てない(という設定)。なのでど真ん中のストレートは打てない。山田は球種とコースが分かっていれば絶対にホームランを打てる。まず山田のソロで先制する。というのが土井垣監督の作戦だった。山田は期待に応えてプレーボールホームラン。明訓先制。
しかし第二打席、山田は敬遠気味に歩かされる。出塁した山田を2番殿馬がバントで送る。山田は鈍足なので二塁でアウトにできそうなのだが、あえてしない。3番山岡に打たれても山田の足なら本塁生還はないからだ。先頭の走者が山田だと各駅停車で1ベースずつしか攻撃が進まない。
走者が溜まったところで4番は岩鬼。ストライクを打てない岩鬼は、失投をホームランするか、ストライクがボールに見えるように自分を騙すなどして打つかの打者だが、義経はきちんと三振に討ち取っていく。
岩鬼が突破口を開き、殿馬が繋いで山田が返す。この明訓の攻撃パターンが崩された。返す男(山田)が返る男になり、返る男(岩鬼)が返す男になってしまった。義経の予告投球は、打順変更を誘う罠だったのだ。
明訓が追加点を奪えないまま回は進み、7回裏。無死一塁で武蔵坊を敬遠。外角高めに外したボール球を強引にレフトスタンドへ流し打ち。弁慶高校逆転。2-1。
9回表の明訓の攻撃は8番から。いつもなら絶望的な打順だが、今日に限って1番は山田だ。二人凡退しても山田に回る! 山田は期待に応え、ライトスタンド上段へ特大の同点ソロ。
9回裏。一死から義経が出て打者武蔵坊。強烈なセカンドライナーで殿馬のクラブが弾かれて安打に。一死一二塁で5番打者安宅がセンターに抜けるかという二遊間の当たり。これを殿馬が好捕してショート石毛にグラブトス。4-6-3のダブルプレーで延長戦突入かと思われたが!
石毛の送球が走ってきた一塁走者武蔵坊の顔面を直撃。その間に二塁走者義経が三塁を蹴って本塁に向かう。殿馬の素早いバックホーム。三塁側に少しそれたが、タイミングは完全にアウト。しかし、義経はタッチに行く山田の頭上を飛び越えてホームイン。弁慶高校サヨナラ勝ち!
眉間から血を流して仁王立ちする武蔵坊が弁慶の立ち往生を、山田を飛び越えた義経の大ジャンプで八艘飛びを表現してたりするのがマンガっぽいのだが、そこまで非現実的ではないというか、全くありえないプレーでもない。
かなり後に、テレビ中継のゲストで来ていた明訓の前監督・徳川が、明訓にとって最強のライバルは、やはり唯一の黒星を付けた弁慶高校かと訊かれ、「そうは思わんわい」と答えている。一番手強かったというわけでもない相手に、一瞬の隙を突かれて一回負けるところが、現実的だなあと思う。
水島新司は、凡退させるつもりでも、スイングが上手く描けたらホームランに変更したりしたらしい。ドカベンという作品が、予想外の展開になったり予定調和的にならないリアルさは、そのへんから来ているのかもしれない。
とはいえ、確実に一点先制されるわけで、なかなかリスキーな作戦でもある
この前の打者・里中が出塁していれば…(ど真ん中を見逃し三振)
この前の打者・里中が出塁していれば…(ど真ん中を見逃し三振)
走り高跳びの選手なら、これくらいは飛び越えられるのではないかと
衝撃の敗戦の瞬間
明訓が負けるという激レアシーン