曖昧批評

調べないで書く適当な感想など

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」最終回の感想

2021-02-07 20:58:35 | 大河ドラマ



「麒麟がくる」最終回をBSでリアルタイム視聴した。

御膳取り違えキックは、招待された立場なのに饗応役を指名した家康を試す芝居だった。新しい解釈だ。が、十兵衛の謀反メーターがまた上がった。さらに、鞆にいる義昭を殺しに行けという。もう信長は十兵衛の背中を押すようなことしか言わなくなっている。

十兵衛の周りの人たちも、皆十兵衛が立ち上がればいいのにと思っている。天皇や関白や太夫もそういう雰囲気。もう逃げられない。追い詰められて、愛宕大明神?で決意。「敵は本能寺にある。我が敵は織田信長と申す」出ました。

出陣直前、菊丸が忍び込んできた。家康と手を組んで、穏やかな世を作りたい、と家康殿に伝えよ。そんな世になったらまた会おうぞ。ここはちょっと泣けた。

京へ向かう明智軍。妻煕子の思い出が「麒麟を連れてくるのは貴方だといい」という。十兵衛には全てが、これから実行する史上最大の反逆を正当化しているように見えている。それが大河の主人公。

攻撃開始。意外に明るい。イメージでは、夜で暗くて、燃え盛る本能寺、手すりに足をかけて弓を引き絞る信長、肩を射抜かれて槍に持ち替えて奮戦、なのだが。早朝だったらしいのでこれは僕のイメージの方が間違っているのだろう。攻め手が水色桔梗なので明智ですと聞き「是非もなし」という定番のやりとりはあった。

相手が十兵衛と知って俄然やる気を出す信長。目が輝いている。速攻で肩を射抜かれたが、槍を振り回して大暴れ。殺陣は若干ぎこちなかった。まだ火の手は上がってない。明るい早朝の本能寺。

信長、何発か銃撃も喰らって観念し、奥の間に引っ込み、火をつけて儂を燃やせという。やっと火の手が上がり、戦闘終了。信長は丸くうずくまって静止していた。人間五十年の舞はなかった。

そこからはナレーションで飛ばす。誰も十兵衛のために動かなかった。予想外に早く戻ってきた秀吉に敗れ、光秀は死んだ。

三年後。正親町天皇と東庵がすごろくしながら世の中について雑談。武家の棟梁が何度も政権を握ったが、やる気があったのは信長、明らかにそれがあったのは明智という正親町天皇の評。秀吉はダメらしい。

駒が義昭と会う。十兵衛が生きているという噂があるらしい。そんなバカなと笑う公方。街の雑踏で十兵衛っぽい侍を見つけて追う駒。でも角を曲がったら誰もいなかった。長谷川博己が一騎で街道を駆けていく。で、エンド。

・・・・・

ここまで徹底的にさわかな主人公だった十兵衛なので、変の後の不人気、やられ役の史実をどうするのか心配していた。やはりそこまで絵では描けなかった。細川藤孝、筒井順慶の不参戦、山崎の惨敗、農民に刺されたとも言われている最期、全部ナレーションで処理された。

細川藤孝だけは、少し仄めかしがあった。十兵衛謀反の可能性を秀吉に知らせていた。その連絡を陣中で受けた秀吉は、悪い奴の目で「明智様が天下をひっくり返してくれれば面白い」と官兵衛に言ってた。官兵衛は「軍師官兵衛」で官兵衛が好きすぎる忠臣・栗山善助を演じた濱田岳という粋な配役だが、変事を知っての「ご運が開けましたな」はなし。それ以上に秀吉が邪悪だった。

僕の予想、徳川家康に麒麟を見る、まではなかったが、というか麒麟現れなかったけど、家康に託すは合ってた。ちょいちょい出てきては十兵衛と心を通わせる菊丸(家康の忍者)の存在もあるし、わかりやすい展開だったけど。

変の原因は、信長の性格の全て、あるいは信長と十兵衛の痴情のもつれ。敵が十兵衛と知った時の嬉しそうな信長ったらなかった。十兵衛と戦えるのが楽しくて仕方ないと言った感じだった。信長の歪んだ愛情を受け止めきれなくなった十兵衛の犯行が本能寺の変なのだ。このドラマでは。

生存説を匂わせながら想像にお任せするラストは、賛否両論ありそう。皆に好かれる爽やかな十兵衛が、惨めに殺されるシーンは見たくなかったので、個人的にはあれでいいと思う。そして、これまで基本悪役のイメージしかなかった明智光秀を、思い入れできるいい奴に演じて見せた長谷川博己は素晴らしかった。この長谷川博己は殺せない。


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NHK大河ドラマ「麒麟がくる」第1回~第43回の感想

2021-02-03 12:54:00 | 大河ドラマ

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」を第1回から毎週見ている。全部見てからまとめの感想を書こうと思っていたのだが、最終回を見た後だと感想がガラッと変わりそうな予感がするので、とりあえず第43回終了後の感想を書いておく。



主人公は明智光秀である。彼が謀反を起こし、本能寺で主君・織田信長を討つことは、誰でも知っている。その後、秀吉に負けて死ぬことも大体の人は知っている。

その明智光秀を主役にしている以上、ドラマは本能寺の変という日本史上最大の事件に向かって、カウントダウン的に進んでいく。僕はのどかな美濃編の段階から、十兵衛(光秀)は何故信長を裏切ったのか、裏切ることになるのか、このドラマではどの説を採るのか、または新説なのか、と思いながら見てきた。

その謎の答えが、次の日曜日に分かる。分かってしまうと、また感想が変わりそうな気がするので、現時点、最終回直前の感想も書いておいたほうがいいなと思って、今書いている。

■極力省かれた合戦シーン

ここまで、合戦シーンがほとんどなかった。あっても各合戦につき1~2シーンで、出てくる人数も少ない。市川海老蔵のナレーションと図で済ませることが多かった。なので、ドラマ全体が、自然に人間関係を中心とした会話劇ふうになっていった。これはこれで悪くないし、その人間ドラマもよくできていたが、信長の覇業や十兵衛の戦での活躍に実体が伴っていないというか、そういう設定のキャラクターというだけ、みたいな軽さは否めない。

だが、「真田丸」の合戦シーンがショボかったので、これでいいような気もする。密を避けるご時世でもあるし、大勢のエキストラを雇って茨城あたりの原っぱでわーわーやるのもなんだかなあと思う。映画並みの予算があれば別だが。

■猛烈に遅いペース

桶狭間の合戦が第21回。全44回のうち、20回が桶狭間までの話。桶狭間の前と後では時代が違うというか、桶狭間後から本格的な戦国時代だと僕は思っているので(昔「信長の野望」をやりまくっていたせい)、このドラマは、なかなか戦国時代が始まらなくてじれったかった。

◾️曖昧な時期を曖昧に理解

明智光秀は前半生がよく分かっていない。美濃を出た後は越前にいたらしい。その後室町幕府の関係者になり、幕府と信長の仲介役になり、なんとなく信長の家臣になった。という曖昧な時期が曖昧に描かれて、なるほど曖昧だと納得した。

十兵衛は信長の家臣になるのを一度断り、幕府に留まった。その後、正式に織田家に所属したというシーンはなかったと思う。でも、いつのまにか信長の重臣のような行動を取り始めていて、いつのまにか信長のことを「上様」と呼んでいた。その流れが自然で、まさに「何となく織田家臣になっていた」という感じだった。

■光秀視点の戦国時代

当たり前だが、物語は十兵衛の視点で進んだ。美しい従姉妹が信長の嫁になり、農民出身の粗野な男は会うたびに出世し、将軍は2代にわたって自分を高く評価してくれた。関白や天皇まで自分と親しくしてくれる。それは従来の信長・秀吉中心の史観=世間一般の史観では、ほとんど見られなかった景色で、新鮮な感覚を覚えた。なるほど、明智光秀の視点では時代はこう見えていたのか、なるほどこれは裏切るわ、と。

ただそれはあくまで十兵衛視点、光秀のフィルターを通してみる世界なので、やっぱり信長は「褒められたいだけなのじゃ」などと甘えたところのない天才かもしれないし、秀吉も従来のイメージ通りの気さくで人懐っこい男なのかもしれない。そもそも明智光秀があんなに好青年→イケおじかどうかもわからない。その辺は、これが真実というわけではない、あくまで明智光秀が主役の話ということを忘れないほうがいい、と思った。

■最終回が楽しみ

本能寺の変の原因については、普通に光秀の恨み説、幕府、神社仏閣に容赦しない信長を排除説から、秀吉黒幕説、光秀生存説など、無数の説がある。

十兵衛については今のところ、無理に一言でいえば信長への不信感かなあ。比叡山焼き討ちで生じた不信感が、義昭追放、正親町天皇に対する態度等を経て、43回の膳間違えキックで完全にスイッチが入った。巧妙な脚本で自然に信長を討ちたい気分に持っていってるので、おおなるほどと思うが、本能寺の変の原因としてはオーソドックスなものだ。

それよりも、前述のとおりペースが遅かったので、やっと変の直前までたどり着いて、残り1回しかないという状態。最終回は15分拡大らしいが、どこまでやれるのか。ちょっと前までは、時間がないので「敵は本能寺にあり!」の後、夜空に麒麟が現れて消える、みたいな抽象的な表現でぼやかして、あとの顛末はナレーションで済ませるしかないと思っていた。

しかしここへきて濱田岳が黒田官兵衛役で出るというニュースを見た。今までいなかった官兵衛が出るということは、「ご運が開けましたな」はあるのだろう。ということは中国大返しはあって、山崎の戦いまでやるのかもしれない。山崎の戦いは十兵衛の主人公補正が効かない惨敗だ。一瞬いい感じになった筒井順慶、なかよしの細川藤孝も味方してくれない。ここまでの主人公イメージの流れに反するエンドを、どのようにプラスにもっていくのか。麒麟は来なかったという事実を知っている我々現代人を、このドラマはどのように納得させてくれるのか。最終回が楽しみでならない。


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「真田丸」最終回「疾風」の感想(その2)

2016-12-19 20:43:01 | 大河ドラマ


(前記事の続き)

きりは無事に千姫を秀忠の陣に送り届けた。懐に忍ばせた小刀で秀忠をサクッと殺ってくれないかと期待したが、そっと退場しただけ。

大坂城では内記が昌幸の位牌を抱えて戦死。作兵衛も畑を守るようにして斃れた。彼は天王寺でもかなり被弾していた。相当に多いHPの持ち主だった。大助は秀頼、茶々らのこれから自害する人たちに混じっていた。千姫は助命嘆願などしてくれなかった模様。夫を城に残してあの笑顔だもんなあ。

ていうか、千姫って何も役に立ってないよね。なんのための政略結婚だったんだ。彼女を活用できなかった豊臣上層部もアホだが。

火遁の術で家康本陣前から脱出した幸村と佐助は、安居神社らしきところで休息していた。最後に主人公の傍らに居る栄誉は佐助のものに。

幸村「いくつになった」
佐助「55でございます」
幸村「……疲れたろう」
佐助「体中が痛いです」

そんなに歳いってたのか。まあ、昌幸にも仕えていたわけだしなあ。

そこへ敵兵が二人やってきた。疲れ切ってぐったりする幸村に敵兵が近づく。

ボロボロになってorzの姿勢からの、昌幸考案の卑怯ナックル(クナイを指の間に挟んで殴る)で敵兵を始末。こんなに卑怯な大河の主人公がかつていただろうか。いやいない。

だが、左肩を負傷した幸村は「ここまでだな」と自害を決意する。生き延びろ、望みを捨てるなと言い続けてきたのに本人は自害。無数の敵兵に包囲され、四方八方から撃たれるとかの死に方が良かったなあ。





とはいえ、切腹するぞ、介錯しますよという姿勢までしか描かれなかったので、その後敵大軍が来たとか実は逃げ切ったとか、いろいろ想像する余地はある。

同時刻。かどうかわかるような描写はなかったが、本多正信と山里を歩く信之の六文銭が、チャリッと音を立てた。六文銭はお守りではなく三途の川の渡し賃である。弟が今逝ったということかもしれん。そうじゃないかもしれん。

信之は松代藩を治める大名となり、松代藩からは何百年後かに幕府を倒す兵学者、佐久間象山が出る。徳川を倒すという真田家の宿願は、かなり後だが果たされる。と、ナレーションで多少溜飲を下げた。

そしてここでOPとテーマ曲。撮影時期も一年くらいは前なのだろうが、源次郎が若い。年齢を表現し分ける今のメイク技術は凄いな。

最終回のサブタイトルは視聴者が好きなようにつけていいとのことなので、色々考えたのだが、当初の予定だったと思われる「疾風」にしてみた。制作側が言うように、出来上がった最終回はいろんな思いや意味が詰め込まれていて、漢字二文字で纏めるのは難しい。端的に「惜敗」ってのも考えたんだけど、それだとせっかく死ぬシーンを映してないのに敗けが確定。妄想の余地がないからなあ。世間では家族とか真田とか言われてるようだけど、そういうのは華麗にスルーし、風のように駆け抜けた真田幸村の生き様のみ表す「疾風」とした。

・・・・・

世の中は真田丸ロスなのだそうだが、僕はそうでもない。昌幸、信之との絡みも楽しんだが、きりに言われるまでもなく、九度山脱出までの信繁は、何も成していない。僕にとって「真田丸」の本番は幸村に改名してからであり、それは確定している死に向かってカウントダウンしていく物語だった。幸村が死んでからの続きはないのだから、終わった今、もっと続きが見たいとは思わない。

スピンオフが作られれば、もちろん見るけど。

昌幸の死までは、真田家の愉快な仲間たちが戦国の世を生き抜く愉快なホームドラマだった。昌幸の死後、幸村改名からは信之の出番も減り、真田幸村伝説の舞台劇になった。「真田丸」というタイトルは、前半パートでは家族が乗り込んだ船という意味、後半パートでは戦闘要塞の名前という意味を持つ。ただ、戦闘の描写が少なめなこと、信之の方も多少は見せなければならないこともあり、後半パートが戦闘に振り切れていなかったのが、若干物足りなかった。

「軍師官兵衛」に続いて全話感想を書いたわけだが、前回と違って祭りに参加している感が強くて苦にならなかった。僕の場合、いわゆる「録丸」で、視聴するのは日曜の22時頃から。「早丸」や「本丸」の人たちとリアルタイムで楽しさを共有することはなかったが、一応毎回数百人の人がこのブログを読みに来てくれて、ムーブメントに参加している気にはなれた。

「真田丸」は、視聴者が作ったとも言われる。SNSなどの盛り上がりを反映させて脚本がどんどん変化していった。代表例は室賀正武の「黙れ小童」だろう。前半、あれが流行らなかったら、終盤の「だまこわ返し」はなかっただろう。今年は「シン・ゴジラ」や「世界の片隅に」なとユーザーが盛り上げる映画が多かったが、ユーザーが成長させた作品は、撮影しながら放映する大河ドラマの「真田丸」だけだ。その盛り上がりにちょっとでも貢献できていたら嬉しい。

「真田丸」は、完璧な作品ではないが、僕にとって一番お気に入りの大河ドラマにはなった。完璧ではなかった部分は、もちろん合戦シーンのショボさだ。最多で250人のエキストラを動員したそうだが、実際の大坂の陣は両軍合わせて40万近い。CGを使うなどしてでも、うじゃうじゃいる徳川勢を掻き分けて突き進む真田隊を見たかった。

そこで思いついたのだが、皆で作る大河ドラマというなら、熱心なネット民からエキストラを広く募集したらどうだろう。ハッシュタグに「#真田丸」をつけているような連中なら、ギャラなし交通費なしでも千人くらいは参加すると思う。というか関東圏内なら僕は出ます。素人に甲冑は重そうだし、組織で動く練習も必要だけど、作品に対する愛と情熱でなんとかなるのでは。

まあ、もう作ってしまったものだから、そんなの今提案してもしょうがないんだけど。

これからでも可能な合戦シーンの改良については、アニメ化が一番いいのだが、もっと現実的な方法がある。それはノベライズだ。小説なら40万でも50万でも好きなだけ大軍を出すことができる。三谷幸喜本人が書くのが無理なら監修でもいい。NHKは出版部門を持っているんだから、ドラマの脚本をベースにしたノベライズを、ぜひ検討していただきたい。




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「真田丸」最終回「疾風」の感想(その1)

2016-12-19 17:35:17 | 大河ドラマ


テーマ曲なしでスタート。幸村の説得に失敗したからか、大坂を去った信之は、尼寺で本多正信と相部屋になる。寝息がうるさくて眠れない。

大坂城では最後の軍議。中央左が勝永。中央右が幸村。左翼に大野治房、右翼に遊撃隊として明石全登。少数の明石隊が回り込んでも挟撃にはならないのでは、と思わせるところも史実通り。


「天王寺・岡山の戦い」開戦時の情況

幸村には出撃前にやることがあった。厨房に行って与左衛門を問い詰めた。娘が秀吉に手籠めにされ、それを苦にして娘と妻が自殺したらしい。理由はともかく、生かしておくわけにはいかん。斬ろうとしたら、与左衛門は串で自害した。

死体をちゃんと確認しろよと思ったが、佐助もいるし、間違いはないだろうと。それより、そういう事情があっても容赦しないのは、従来のNHKドラマの主人公らしくなくて良い。

正信が御役御免になり、徳川の第一軍師は本多正純になっていた。正純は幸村内応の噂を流す策を提案。結果的にはこれが勝因の一つになった。

茶々と幸村の最後の逢瀬。イチャコラしたのでチューくらいするかなと思ったけど、なにげに茶々もこのとき46歳だからね。ギュッとしながら「望みを捨てない者だけに未来は開ける」というテーマ的な訓話をしたのみ。さらに、この戦の勝利を材料に戦後交渉を有利に進め、四国に移動するという例の戦略を披露。


「美しい死などありません」と、あくまで生きましょうと説く幸村。

この期に及んでまだ勝つ気でいるのはどうかと思ったが、単に家康の首を取れば勝ち、みたいな単純な作戦だったら幸村も又兵衛と変わらないって話になるので、まあこれはよい。

鎧を着ながら内記と会話。

幸村「私は私がこの世に生きた証を残せるだろうか」
内記「義を貫き通し、徳川家康と渡り合った真田左衛門佐幸村は、日本一の兵として語り継がれるに相違ありません」

最終回的まとめ会話が次々に差し込まれる。決戦は近い。

幸村、勝永、全登、大野治長で現場会議。勝利条件は秀頼の出馬。もし出馬されなくても治長が千成瓢箪の馬印を持ってきてるので、雑兵は騙せる。そういうのはちょっと…的な幸村の反応。微妙に伏線。



と、唐突に開戦。毛利隊と本田忠朝隊が撃ち合いを始めてしまった。さっそく計画が崩れる豊臣勢。しかし、後に「真田ばっかり褒められて毛利が褒められないのは残念」とまで言われた勝永の快進撃が始まった。銃ではなく刀槍戦で暴れる勝永。実写は少なめだが、コーエーマップ上では次々に徳川勢を撃破してゆく。

真田隊はロケ映像。特に説明なく家康本陣に迫る。「狙うは家康の首ただひとおおおおおつ!!」と叫びながら騎馬で疾駆していく。その姿を、千姫を連れたきりが見ていた。キラキラしている。源次郎様超かっこいい。

大野治房隊が秀忠の本陣を粉砕し、秀忠が情けない表情で逃げ出した。この恥ずかしい逃走が、後で役に立つのだった。

しかし、現役の将軍の司令部を蹴散らすってのは、かなり凄いことではないだろうか。実質的な本部は家康の本陣だが、秀忠隊だって3万はいただろう。

幸村隊は東軍の真田隊を軽く蹴散らして進撃。三十郎が「源次郎さま〜!」と取りすがるが、幸村は「小物には構うな」と冷たい。これがかつての主従の永遠の別れになるとは。戦場とは非情なものだ。

突出した松平忠直隊をうまくやり過ごし、浅野長晟が裏切ったという情報を流して混乱させたという話がないので、30万の徳川軍を突破した幸村の神憑り的な用兵の納得感はイマイチ。気付けば家康本陣だった。倒しても倒しても無限に湧いてくる徳川兵団をかいくぐり、なおも突撃をかけるカッコイイ姿を期待していたのだが。

だが、内野家康の逃げっぷりは予想を超えていた。文字通り転げるように走って走って走った。家康本陣の馬印が踏み倒されたのは、三方ヶ原で信玄に負けた時以来というナレーション。

これは勝てるかも、という予想外の展開。勝ちを確実にするため、秀頼の出馬を促しに大野治長が大坂城に戻った。馬印を持って。

千成瓢箪はそんなに高くないし、林に遮られたりして見えにくいと思うのだが、目撃した雑兵共は負け戦と勘違いして士気低下。さらに、生きていた与左衛門が放火して煙が上がった。勢いを盛り返す徳川軍。

片桐且元から始まり、幸村の牢人軍団維持策も含めて豊臣側には多数の敗因があるが、今日に関しては大蔵卿局と与左衛門だった。特に、出撃しようとする秀頼を再三押しとどめた大蔵卿局の罪は万死に値する。秀頼の意志薄弱さも呆れるほどだったが。

作兵衛が被弾している隙に家康の目の前に到達した幸村。例の短銃身を十字槍で支えて家康を狙う。草原で十数人だけの護衛しかいない家康と、単騎で対決する幸村の図は、もうファンタジーの領域というか、やはり舞台劇チックである。このシーンは公式サイトに事前に掲載されていたので、僕は「やっぱりこう来たか」としか思わなかった。まあ、これはこれでいいんじゃね?



家康「殺したければ殺せ。儂を殺しても何も変わらん。お前のような戦でしか生きた証を残せぬような奴は、この先何処にも居場所がないわ!」

幸村「そのようなことは百も承知! されど私はお前を討ち果たさなければならないのだ!」

家康の意見は正しいが、後の世でヒーローになるのは幸村の方なんだよなあ。幸村は何も変えられない戦いに身を投じて、多分半永久的な名声を手にした。どちらが真の勝者なんだろうね。と、家康の耳元で囁きたい。家康の肩に手を置いて、彼の心に直接語りかけたい。



逃げた秀忠が駆けつけて、幸村の家康狙撃は失敗に終わった。ああ、豊臣勢はこの世界線でも勝てなかった。

(その2に続く)

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「真田丸」第49回「前夜」の感想

2016-12-12 17:22:36 | 大河ドラマ


江戸の真田屋敷からスタート。信之は幸村の手紙を稲さんに見せた。

信之「そういうわけで儂は大坂に行く」
稲「そんなお身体で」
信之「源次郎は死ぬ気だ。なんとかして止めたい」
稲「死ぬなんてどこにも書いてませんが」

そりゃ書いてないけどさあ。

稲さんには、真田の人間であることが分からないようにするのを条件に許してもらった。

大坂では幸村がまたあの京都への出戦案を提示。今度は伏見城に移るという。伏見で籠城なら結構いいんじゃないかと思ったが、例によって大蔵卿局に却下された。そこで毛利勝永らが大阪城の南面に展開する案を示し、それに決定。

徳川のほうは、牢人を出せば秀頼は助けてもいいという家康に対して、秀忠が強硬に総攻め&豊臣家殲滅を主張。

秀頼「父上は甘すぎる!!」
家康「恐ろしい男に育ったものよのう」

ていうか、どんどん接近してくる嫁に「勝てる!」とか言われてメンタルが追い詰められてるだけだと思うが。江姫の扱いも、以前の大河とは随分違うね。

何のフリもなく大野治房と塙団右衛門が夜戦を行う(樫井の戦い)。唐突に団衛門の動きが走る格好のままで止まった。部下に突撃させて自分は後方にいる気かと思ったが、カメラが正面に回ってみると眉間に一発食らっていた。最期までとぼけた男だった。

団右衛門の遺体が城内に運び込まれた。茶々が「皆この横に並ぶのですね」と余計なことを言うので、きりが急いで茶々を下がらせた。もう大坂城はきりがいないと回らなくなっている。

道明寺方面には後藤又兵衛がいると何故か家康が知っており、本多正信は寝ながら調略案を提示。又兵衛には断られたが、正信はそれでいいと満足げ。寝返るかもしれないという噂を流せば、又兵衛は功績を挙げて噂を打ち消すために無理な戦いをするだろう。

大坂城近くまで来た信之は徳川の警戒網に引っかかる。なぜかスルメ男・平野長泰がいてひと悶着。さらに、そこの検査官が室賀正武の息子だった。真田と聞いて父の恨みを言い出す室賀息子。

信之「黙れ小童!!!」
息子「すみません…」

まさかのだまこわ返しで警戒網を突破し、信之と信尹は大坂城のいつもの食堂で幸村と会見。信濃一国という破格の条件を提示された。ちょっと頷くだけで、昌幸が生涯をかけて奪還しようとした信濃の国守になれるというのに、無言で微笑むだけの幸村。まあここで裏切っていたら伝説の名将にはならないわけで、人生、どこでどういう選択をするか、それがどっちに転ぶかはわからないものですな。

信之「徳川に平伏したくないならそれでもいい」
幸村「捕まれということですか。そしてまた14年」
信之「そうなったら俺が京都と駿府と江戸を駆け回って助命嘆願してやる。それが俺の使命だからだ」

分かりにくかったが、調略されるのではなく戦場で捕虜になれってことなんだろうね。それなら誰にも裏切りとは気づかれない。意外に良い手じゃないか。昌幸ならその話乗りそう。いや、表裏比興の者・昌幸なら調略に乗るかもだが。

「これは今生の別れではない」と幸村の顔も見ずに言い放って信之は出ていった。信尹は幸村の頬に手をやり「好きなように生きるがいい」と言った。信尹は好きなように生きられなかったわけだからね。


これが兄弟の最後のシーンとなった…なるはず…。

好きなように生きられなかった人が他にもいた。その人は家康と会食していた。

景勝「先の戦で源次郎の姿を見ました。己が生きたいと思った人生を生きているように見えました」
家康「真田か…親子二代で楯突きおって…」

又兵衛が調略されたという噂について大坂勢の会話。

又兵衛「播磨35万石だってよ。ふざけんなwww」
勝永「徳川も張り込んだなあ」
幸村「実は私も信濃40万石で(ドヤァ)」
勝永「あんたもか!なんで俺にはないんだよ…」

幸村はすかさず本多正信の策を無効化。決して挽回しようと無理をするな、陣そこから崩れるものだ、と又兵衛にアドバイスした。

道明寺の戦いを前にして又兵衛と木村重成が会話。

重成「色々勉強になりました。お会いできて光栄でした」
又兵衛「そういうことは言うな。そういうのを死亡フラグっていうんだよ。戦の前にそういうことを言うと、どっちかが死ぬんだよ」

で、道明寺の戦い。

真田隊と毛利隊の救援が大幅に遅れた理由は未だに謎らしいが、本作では又兵衛が幸村と勝永に「できるだけゆっくり来てくれ」と言ったから、だった。一応霧は出ていたが、それで遅れたという描写はなし。

孤軍奮闘する後藤隊は、というか又兵衛は、次々に被弾し、多数の敵に包囲され、全方位から槍で突かれて死んだ。合掌。


道明寺の戦い後の状況。又兵衛がモノクロになっている(涙)

後藤隊の敗北を知らない木村隊も苦戦(若江の戦い)。木村重成は泥に足元を取られ、これも槍で突かれまくって戦死。残った長宗我部隊は御家再興を諦めて逃亡(八尾の戦い)。

どうも大坂勢の動きが読まれている。間者がいるのではないか。と、明石全登を斬りそうになる毛利勝永。だが、間者は桶狭間から秀吉の知己だったはずの料理長・大角与左衛門だった。徳川忍者と会話しているところを見てしまったキンコメ今野が与左衛門に菜箸で刺されて死亡。

又兵衛を破って進撃してきた伊達隊と幸村の騎馬隊が、ここから突然野外ロケに切り替わった平原で対峙する。

幸村「関東には本物の武者はいないのか!」
正宗「弾切れだ」

僕にはこれが「女子供を助ける真の漢はいないのか。(いやいる。君だ)」「撃たないからここは一旦退かれよ。(妻子は預かるよん)」という漢同士の遠回しな会話にみえた。

大坂城に引き上げると、九度山脱出を手助けして以来消えていた九兵衛が戦死していた。登場時は意味ありげな人物だったのに…。

春と大八くんとお梅ちゃんは伊達政宗を頼って城を出ることになった。幸村が死んだら泣きますよと言いながら、春は障子に穴を開けるときのように、幸村の膝を人差し指でツンツン連打していた。

春たちを受け入れた伊達政宗は、例によってずんだ餅の宣伝。

正宗「ずんだ餅はお好きかな?」
春「大八、頂きますか?」
大八「ううん…(嫌そう)」

うちの嫁は仙台出身なので、僕もずんだ餅を勧められる機会が多いのだが、脂っこさがちょっと苦手である。大八の気持ちはよくわかる。

城に残ったきりは、千姫を秀忠の陣へ送っていくという指令を受ける。

幸村「その後は沼田にでも帰ればいいだろう」
きり「いいえ。ここに戻ってきますよ。こうなったらおかみ様と最後までご一緒します。源次郎様のいない世にいてもつまらないから」

きりは戦況が分かっている。幸村がまもなく死ぬことも分かっている。ここを生き延びても幸村がいないのでは仕方がない。茶々にではなく幸村に「最後まで付き合ってあげるわよ」と言っているのだ。

嫁はいない。子供もいない。というか、もう二度と会うことはないだろう。邪魔者はいなくなった。チャンスだw

というわけで、幸村はきりを抱きしめてキスをする。「遅い!私は十年前が一番キレイだったのに」とか言われながら。十年前ってもう九度山じゃん。もっと若い頃で、梅の死後で春との再婚前がベストだったんじゃないの?

先日の「あさイチ」で幸村の中の人が「きりと幸村には、女性視聴者の皆さんが感動するシーンが最後にある」というようなことを言っていた。色々意見はあるだろうが、中の人がそう言ってるんだから、幸村も彼女のことは好きだったんだろうし、きりはあれで長年の想いを成就させたのだろう。ナレーションでも言ってたが、きりが一番長く、ほぼ生涯を通じて幸村と一緒にいたわけで、最後にああなって結果的には幸せな人生だったと言えるのではないでしょうか。

いよいよあと一回。おのおのがた、ぬかりなく、伝説を見届けようぞ。

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