僕の世代の野球好きには多いと思うのだが、僕は漫画「ドカベン」から野球を学んだ。なので、ファールフライが真後ろに飛んだらタイミングは合っていると考える。登場人物達が揃ってそう言ってたので。
帰省中の暇つぶしになんとなく夏の甲子園を見ていて、そろそろあれ書くか、と思った。前から考えていたドカベン私的名勝負3選である。
■2年夏の神奈川県大会3回戦 白新高校戦
ビアノ関係の用事でチームを離れていたセカンド殿馬が復帰。しかし、ハイジャック事件に巻き込まれて右腕を負傷していた。打撃はともかく送球はできなさそう。
そこで白新打線が執拗にセカンドを狙う。一塁寄りの打球は捕球してそのままグラブトス。深い打球は止めてからグラブを脱いで左手で送球(ピアノに利き腕はねえづら)。ならばと二遊間のゴロを打てば、ショート石毛にトスして石毛が送球。すべてアウト。それでも白新のエース兼主将兼監督の不知火守は、セカンド狙いの指示をやめない。で、無得点が続く。
里中と山田の会話。
「不知火はまだ気が付いてない。わざとセカンドに打たせていることを」
敵側の会話やん。
ドカベンの主人公は明訓高校なので、なにか仕掛けてくるのはいつも相手側だ。秘密兵器や極秘の策、対明訓用の作戦をしかけてきて、それを苦戦しながら打ち破っていくのがドカベンという作品の基本構造である。策に嵌って苦戦するのは常に明訓だった。それがこの試合では逆転している。
実は殿馬は前述の守備練習をしていた。マシンを使ってグラブトス、ジャンピンググラブ送球などを、白新が狙ってくる想定で極秘に猛特訓していた。何もしなくても守備の天才の殿馬が必死に練習したんだから、そりゃヒットにならないわ。
この練習は読者にも知らされておらず、試合の途中で回想として差し込まれる。明訓高校が敵みたいになる珍しいパターンだった。
だが!!不知火も絶好調。打つ方では策にハマったのもあってさっぱりだが、投げる方は凄かった。150キロ超の速球に超スローボール、超チェンジアップを混ぜてくる。全く同じ投球フォームでこれをやるために、不知火は肩と肘、手首を鍛えに鍛えてきた。しかも、ヤマを張られても打者の構えを見て投球動作中に切り替えられるという。山田太郎が手も足も出ない。不知火は9回までなんと明訓をバーフェクトに抑える。
対する明訓のエース、小さな巨人こと里中智も絶好調。39度の猛暑に耐えながら白新を9回までノーヒットに抑える。
7回裏、不知火のレフト線ライナーを微笑がダイビングキャッチ。しかし、三塁塁審が心臓発作で倒れていて、微笑の捕球を誰も見ていないというアクシデント発生。ダイレクトかワンバウンドかで長時間揉め、たまたま撮ってたというカメラマンが現像するから待ってくれ、いやそんなに待てないとやってたら塁審がフラフラしながら戻ってきてアウトのコール。里中のノーノー継続。
なんかこういうドラマが多い試合なんですよ。だから名勝負なんだけど。
そして問題の延長10回表。明訓の攻撃。有名な「ルールブックの盲点の一点」である。ようやく不知火を捉え、一死満塁の大チャンス。打席には5番微笑。明訓の土井垣監督はスクイズのサインを出す。三塁走者の岩鬼が投球と同時にダッシュ。しかし微笑のバントは球威に押されて一塁線へのポップフライ。これを不知火がダイビングキャッチ。ツーアウト。
一塁走者の山田が帰塁できてないのを見て不知火はファーストへ送球。スリーアウト。ホームベース上で岩鬼が大声で愚痴る。山田の足遅すぎ。白新ナインがベンチに戻ったらスタンドがざわつく。スコアボードでは、何故か明訓に一点が入っていた。
無死または一死で一塁に走者がいる場合、内野フライが上がると球審がインフィールドフライを宣告して、捕球前に打者走者がアウトになる(わざとポロして併殺にするのを防ぐ)。しかしルール上、バントのフライはインフィールドフライにならない。つまり、バントのフライはタッチアップ(タッグアップ)ができる。
スクイズだったので、三走岩鬼は捕球後どころかバントの前に塁を離れ、そのままホームインしている。これは「タッチアップが早すぎる」と解釈される。なので、不知火はサードに投げればよかったのだが、近いファーストに投げた。それでも、岩鬼の離塁が早いことをアピールし、第3アウトをサードで置き換えてもらえば良かったのだが、気付かずに内野手全員がフェア地域を離れてベンチに戻ったのでプレーが成立。岩鬼のホームインが認められた。※
少年時代の僕はこれを読んで、野球って理詰めで奥が深い、推理小説みたいだと興奮した。
当時このルールを理解できる人が少なく、リトルリーグのコーチなどから、子供たちになんて説明すればいいのか分からない、これは本当なのか?と問い合わせが殺到したらしい。後にルール的に正しいことが判明し、さらに離塁が早いことを球審がアピールしなければならないという条項が追加されることになり、水島新司は野球漫画の第一人者という評価が決定的になった。
試合の方は、10回裏を里中がピシャリと抑えて結果的にノーヒットノーラン達成。明訓高校は4回戦に進出した。
長くなったので名勝負第二弾は後日。
※この件についてはアピールプレイに関して説明するのが今は主流だが、僕は原作の説明に則してみた。
勉強不足の不知火くん
バントのフライはインフィールドフライにならない
正確には内野手がフェア地域を全員離れた時らしい